・解浄者(オーバーホーラー) 前編
今回長いです。
・解浄者 前編
※このお話は三人称視点でお送りします。
時は滝夜叉たちがハシタメを奪う二月前。
――クランドール家・大広間。
「それでは大統領家の百代目大統領就任を祝して、乾杯!」
『かんぱああああああああい!』
広大な敷地の居を構えるクランドール家では、彼らが後援となった選挙候補者が、今期の大統領選挙で勝利した祝賀会が開かれていた。
その人物の名はジャスティス・プレジデント。代々大統領を輩出して来たジャメリカ星の支配者である、プレジデント家の当主である。
長身に鍛えられた巨躯。
タフガイそのものと言った風貌は、完全な勝ち組だからこそ持てる威風に包まれていた。
「ありがとう会長。といってもいつものことだが」
「そうだな。だがいつも通りで良いじゃないか」
大統領のがっしりとした手と握手を交わすのは、対照的に痩身の老紳士だった。
彼こそは滝夜叉の祖父であり、ジャメリカの福祉を牛耳るクランドール財閥会長、義持・クランドールその人である。
「豊かな日常が続いて行く、それこそ健康というものだよ。この選挙と同じだ」
「はっはっは。いやいや全くですよ」
大統領は肩を揺らして笑い、義持の肩を叩いた。
ジャメリカにおいて選挙は茶番であり、実質大統領家という王族と、クランドール家の宰相家によって統治、或いは支配されていた。
「人は群れをどこまで希薄にしても、為政者の存在を捨てられなかった。種として組み込まれたシステムなんだ。大昔は優先順位を取り合って、派閥争いなどしていたそうだから、随分と未熟で幼稚な時代だ。だが技術の発展が国家と国民に明確な優先順位を突き付けるようになると、そういった無駄な遊びは時代に耐えられず消えて行った。人々に必要なのは首相や大統領じゃない。神や王様なんだ。今の私たちみたいなね」
義持は極めて善良かつ穏やかな笑顔で断言した。それは目の前の大統領を否定するのではなく、自分たちのジャメリカにおける立ち位置の、再確認に過ぎなかった。
「宗教は便利ですが、式典は肩が凝りますよ。事実として自分より偉い人間に向かって、もっと偉い存在がいると思い、それに縋って私と対等な一個人だと勘違いする輩が、後を絶たない」
大統領は眼前のスポンサーと共に、会場を練り歩きながら話に付き合った。
周囲ではお互いの息の掛かった、関係者たちが談笑している他は、メイドとシークレットサービスといった護衛しかいない。
というか護衛の数のほうが来賓よりずっと多い。
「アレは原初の好き嫌いの枠だよ。子どもが特撮番組のアレコレを好きかと問うのと同じさ。嫌いなものは全部自分たちより下だと思いたがる。本能っていう病気だよ。まあ人間は基本的に病気なんだ。だから自由だの平等だの権利だの多様性だの民主主義だの生意気な寝言をほざくんだ。それに全く値しない分際で」
義持は小さく嘆息した。クランドール家と大統領家は独裁者であったが、その支配は温厚で前向きで正しかった。
大統領もこの手の長話はもう慣れっこだが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「しかし必要悪だ。毎回毎回ろくでもない失敗をする者がいないと、話が進まない」
「そうだな。やらかしと吊し上げがないと納得しないのが人々という奴さ」
適宜法整備をし、労働力不足にクローンを許可して移民を追い出し、暴政を敷く地方官僚や癒着する議員を締め上げ、医療制度も拡充した。
圧倒的な地盤と文明の進歩によって、精錬潔白な政治を可能にする。それ故に彼らは民主主義を上手いこと否定して、ジャメリカ星の長に君臨することが出来た。
「おじい様!」
そんなこの星の主人二人の会話に、割って入る者がいた。
平均より少し高い背に、白み掛かった金色の長髪に栗色の瞳をした、快活そうな少女。
義持の孫娘、滝夜叉・クランドールである。
「おお滝夜叉、よく来てくれたね。こちらは大統領家のご当主で、今期の選挙に勝利して大統領に就任した、名前も大統領閣下だ。ご挨拶なさい」
「まあ、何処を取っても大統領ですのね! 初めまして。私は滝夜叉・クランドール。以後お見知りおきを」
パーティー用の赤いドレスを翻し、スカートの端を丁寧に摘まむと、御年十六歳の令状が、優雅にカーテシー決めた。
「初めましてお嬢さん。大統領です」
大統領は白い歯を見せて笑った。彼らは終生続く勝ち組的空間の中で、幸福な時間を過ごしていた。
この時までは。
「おおそうだ、滝夜叉。例の物を隣の部屋に頼む」
「畏まりましたわ、おじい様!」
「例の物とは」
「ちょっとしたサプライズだよ。さ、行こう」
滝夜叉は元気な笑顔を見せて駆け出すと、二人は後を追い広間を出た。
長く広い廊下を歩き、階段を上がって着いた先は、義持の部屋だった。
扉は開け放たれており、中には少女が一人と、棺のような大きなケースが一つ。
「入ってくれ」
「アレがサプライズ、楽しみですな」
大統領が部屋に入ると、義持は後ろ手にドアを閉めた。
他の者には聞かせたくない内容なのだと彼は思ったが。
(それにしては孫娘の存在が浮いている)
一体どのような要件なのか計りかねていると、義持は滝夜叉の傍まで行き、さっさとケースを開封した。
――中には一体の女性型ロボットが入っていた。
「会長、これは何ですか」
「最新型の義体だよ。人間の全てに移植でき、かつ全てが人間を上回る。うちが医療メーカーを幾つか抱えて居ることは知っとるだろう」
クランドール家は福祉事業を牛耳る延長で、多数の企業を所有している。
そのため多くの医療技術や機器の情報が、義持にも流れて来る。そして義持自身も現役の技術者であった。
「ちなみにモデルは私ですわ」
「まあお転婆な所までは再現できなかったがね」
「やだもうおじい様ったら!」
大統領は戯れる祖父と孫を横目に、ケース内のロボットを見た。この全てが義手や義足のような物だとは、俄かには信じられなかった。
「これまでは生身とほとんど同じような義手や、文字通りクローンによる再生があった。しかしこれは遂に、生身を超える適合率や身体能力を与える、新しい体、新しい力なのだ」
義持は力説した。
このロボット義体は、人間の寿命に耐える耐久性に加え、単純に強力なモーターや疑似筋肉と取り換えるような、一般的で粗悪なパワーアップは一切行われていないと。
「なるほど、これで有事の際も大丈夫と」
大統領は内心で胸を撫で下ろした。
地位を考えれば暗殺は珍しくないのだ。より高性能な医療が約束されたというのなら、それは喜ばしいことだった。
「ああ、しかもサプライズはもう一つある。これだよ!」
やや興奮気味に話す義持は、ポケットからある物を取り出した。手の平に置いたそれは、黒い砂粒にしか見えない。
「恐らくマイクロチップの様だが、これに何か入っているのか?」
「いいえ大統領、それには入れるんですのよ」
「入れるって、これ自体は空なのか」
「うむ。そこにはな、人の意識が入る」
「意識?」
選ばれた言葉の不穏さに、大統領は背筋が冷えるように感じた。
「このマイクロチップを体に埋め込むとだな、自分が絶命したときに速やかに意識の吸出しが起きて、この義体に転送され再生されるようになっている」
「ちゃんと本人そのまま、連続性は確認済みですわ」
「それは機械に設定を打ち込み、読み込ませるのとは違うのかな」
大統領の想像は、ロボットがプログラムされた架空の記憶や用意された人格から、自分を別の誰かだと思い込む、フィクションにありがちな姿であった。
「同じとも言えるし違うとも言える。言葉は便利だからね」
義持は肩を竦めて首を振った。ニュアンスとしては違うと言いたいようだった。
「人間の意識や人格なんてものはだ、今やその辺の記録媒体に納まる程度の代物だし、吸い出された人間は木偶同然だ。これまでは吸い出したそれらの情報は、当人かそのクローンにしか直接再生することはできなかった。だが今は違う」
暗い瞳で熱っぽく語る義持と、隣で笑顔を絶やさない滝夜叉に、大統領は遅まきながら、恐怖を覚え始めていた。
「自分以外にも自分の記憶を再生させることが可能になったのだよ。認知症や精神疾患の治療に、人格のダウンロード自体は珍しくも無いが、アレは単に情報を再学習するに過ぎず半ば暗示のようなものだ。だがこれは定着率を高め、利用者の負担を格段に抑えた。本人のものとして自分の体が再生するものだからだ」
「他の記憶のある人に使うと、意識の乗っ取りを起こせるんですのよ」
「それだけじゃない。相手の人格の抹消も可能だ」
聞いている限り、まるで悪霊のようだと大統領は思った。
「人格の移植や記録媒体への保存について、これまでは同一性が問題とされたが、それは技術の発展により解決された。そして今度は本人の意識がどうかという連続性、唯一性が求められるようになった。鬱陶しい人権団体が、オリジナルがどうだの本物じゃなくなるだのと、よく騒いでる奴だね」
人の記憶や人格という情報が保存可能になった昨今、それは複製と可能になり、自己の拡散が可能になった。
そのため『本人』とは何かという議論が、近年は頻繁に交わされるようになっていた。
「全てが自分だというのに、愚かな連中は未だに自分が一人しかいない世界で生きている」
「おじい様、話が脱線してますわ」
「おおすまんね滝夜叉、気付いてくれてありがとう」
義持は咳払いを一つすると、人の意識をシームレスに悪霊にする装置へと話を戻した。
「要するにだ、私たちは死を乗り越えつつあるんだ。この義体から今度は自分のクローンに、意識を乗せ換えることもできる。だから」
そこで年老いた技術者は、支配者へと人相を変えた。
冷たく、それでいてどこか無責任な表情だった。
「私たちはいつまでも人々を支配できるし、何なら今すぐに放り出すこともできる。自由と時間、権力と若さ、長きに渡る神の座を手にしたと言っても良い」
「永遠じゃありませんの、おじい様」
「私はそこまでロマンチストじゃないよ」
どこか狂った二人を前に、大統領は言葉も無かった。これが頓智来な発明品ならどれほど良かったか。
だがどうにもその様な気配は無い。
「私はこの人格の移行を解浄と名付けた。何とも不便で出来の悪い歪な人体から、別のあるべき体へ移せるからね」
義持の言う体が棺の中のロボットだということは、誰の目にも明らかだった。
「まあそういう訳でだ、君もこの技術を使えるよ、という話だったのさ。もしも入用ならば言ってくれ給え」
「大統領なら無料で施術して差し上げますわ」
『はははははははは!!』
「………………………………」
自らの操り糸を切った人形のように、ケタケタと笑う老人と孫に、大統領は何も言えなかった。咽喉が渇いて仕方が無かった。
彼はそれからどうにか平静を装い部屋を出ると、懐から古代の通信端末『携帯電話』を取り出した。
受信機器がほとんど失われた昨今、むしろこういった骨董品のほうが、セキュリティ面で安心できた。
『はいこちらシークレットサービスホットライン』
「私だ。急用が出来た」
――どういった内容でしょうか。
「ああ、それなんだがな……」
大統領は顔を流れる、滝の様な汗を拭いながら、用件を伝えた。
時は滝夜叉たちがハシタメを奪う、二月前のことである。




