・墓乗り
・墓乗り
※このお話は三人称視点でお送りします。
ベリアル。この世界における人型兵器の通称である。作業用機械が後に興行用や式典用への応用を経て、戦争用になり定着した機械である。
別段珍しくも無い出自と発展の歴史を持つこれらは、技術の進歩により兵器群の外見が、前時代的な物に揺り返しを起こすと、必要性や費用の観点から一部を残し一線を退いた。
しかしながらその外観から抜群の人気を誇り、開発・研究は今日でも続けられ、宇宙の各地で愛用されており。
『墓』という蔑称で親しまれている。
「おーいお嬢、宇宙に出たぞー。まるで俺たちの明日みたいに真っ暗だ」
囚人護送船改め戦艦ハシタメは、大気圏を物ともせずに、宇宙へと駆け出していた。
「まあ素敵ですわね。嫌いな人間の手を取って心中してやりたいくらい」
軽口を叩き合いつつ、ドリスと滝夜叉は窓の外を眺めた。機械によって保護・補正された視界は、有害な存在を遮り、そのために何も見せなかった。
「しかしやけに上手く行きましたね」
「持つべき物はお金より暴力でしてよドリス」
白銀の女性が、顔に手を当てて笑う。白い顔面は十代の少女のものであり、まるで人間のようであった。
「相手を圧倒的に上回る暴力さえあれば、大抵のことは上手く行きますのよ」
「そりゃまあそーっすけど。おっと何だ」
二人の会話中に、列車の先頭車両を模した艦首に、警報が鳴る。ドリスが手元のコンソールを操作すると、モニターに複数の機影が映し出された。
それらは皆エイに手足が生えたような、奇妙な外見をしており、既に武器を構えて、いつでも攻撃できる態勢を整えていた。
黒い機体にただ一つの赤い目が光っている。
『警告:本艦に銃砲照準が向けられています。繰り返します。本艦に銃砲照準が向けられています』
『止まれ! 宇宙港を襲撃したのはお前たちだろう! 止まらん場合は直ちに発砲する!』
スピーカーから同時に聞こえる声にドリスは眉を顰めた。
妙な所の安普請を改修することを内心で決めながら、彼女は隣を見る。
「宇宙軍の哨戒部隊っすね。お嬢どうします?」
「全砲門開け。静かになるまで撃ちなさい」
滝夜叉はそう言って席を立つと、自分のベリアルを格納してあるドック車両に向かう。
「了解。しかし地上と違って集まって来ますよ」
地上に点在し、出動まで時間の掛かる警察組織と異なり、宇宙軍は衛星軌道上に、常に一定数の集結が可能な状態で出撃している。
またベリアルの質も、偵察用の機体でさえ比較にならないほど高性能である。
「餌が増えるだけですわ。それより残骸の回収や鹵獲の準備をしておきなさい。後であなたの分を設えますわ」
「宇宙港で押収した分で十分だと思うけどなあ」
ドリスが自分の言うことを聞いて動き出すのを見て、滝夜叉は客車へと引き返した。
途中には大型かつ堅牢なドック車両があり、彼女と瓜二つの白銀のベリアル。セント・エトルムが格納してある。
その顔は『生前の自分』を象ったデスマスク。
「……エトルム、私の敵を滅ぼしてくださいまし」
緑色のケープを羽織り、手には大鎌を持った鋼鉄の死神。彼女の祖父が遺した力。
『お嬢、今から攻撃を開始します。射線情報は常に送り続けてますんで、回避設定に連動して、弾幕に飲まれないようにしてください』
「畏まりましたわドリス」
車内放送に返事をしつつ、滝夜叉は無重力に近い車両内の床を蹴って、佇むもう一人の自分の頭部へ飛び乗る。
額が開き、コクピットへと入り込む。
そこには座席など無く、小さな舞台があるだけ。
――搭乗者照合確認。
――脳波同調良好。
――動作追従開始。
――出撃準備完了。
機体内部から伸びるセンサー光が、滝夜叉の手足と結び付き舞台がライトアップされる。
搭乗者の動きをそのまま取り込む、同調型のコクピットであり、これにより彼女とエトルムは一心同体となる。
「セント・エトルム。出ますわ!」
ドック車両の天井が開くと床が上昇し、エトルムは空無き宇宙へ表出する。
白み掛かった金髪がふわりと浮き上がった。
前後の車両は天井や内部、底部に備え付けられた機銃や光線砲を放ちながら、グルグルと横回転し、ミキサーのように射程内の物を粉砕していた。
全長2kmから放たれる夥しい量の攻撃が、ただただ高威力で遮る存在が無い故に、打つかって壊すまで飛んで行く。
『各員、回避運動を取れ、うわ!』
高速高軌道で知られる宇宙軍の哨戒機が、高密度の弾幕に飲まれて爆散。残骸も容赦なく粉砕・蒸発する。
『お嬢、これたぶんそんな収穫できないかと』
「仕方ないですわね、攻撃頻度と出力落として」
『うっす』
「行きますわよ」
ドリスがハシタメの射撃間隔を落とし、相手が逃げ回れるようになったのを見ると、エトルムがふわりと宙に浮く。
『クソ、政府の役人どもが、選りにも選ってこんなふざけたもん作りやがって! はっ!?』
機体各部の噴射孔から、推進剤の青白い炎と共に、ジャメリカ宇宙軍の兵士は悪態を吐いた。
それは彼の最後の言葉だった。
「ひとオオォーつ!」
下から突き上げられた銀色の拳が、哨戒機腹部のコクピットを潰して胴体を貫通した。
沈黙した機体をハシタメ側へと蹴り飛ばし、滝夜叉が次の機体へと向かう。
『何だ、こんなの見たことないぞ!?』
『二本足で宇宙空間を走ってやがる!』
その言葉を言い終わるのと、投げ放たれた鎌が二人を両断したのは、ほぼ同時だった。
機体に内蔵された誘爆防止弁が作動し、断面が小爆発を起こした程度に留まる。
安全設計を考えればコスト優先でこれらの機構を排除するのは甚だ論外である。
「ドリス、今の機体のパイロットは」
『脱出しましたが撃ちますか』
「当然。生かしておく理由がありませんわ」
『それもそっすね』
ドリスはそう言うと、あっさり弾幕の設定を上昇させた。味方に回収される直前で二人の人間が消えて無くなる。
『生命反応消失』
「でかしましたわ」
設定を戻しながら報告するサイボーグメイドに、雇い主のメカ少女が笑う。
人間は生きてさえいれば経験を積み、活かす。
そして一歩二歩と進み、一段二段と力を付ける。
ジャメリカ星では脱出したパイロットを狙ってはいけないという法律があるが、施行以来守った者は一人もいない。
『ベリアルじゃない。戦艦を狙え! 先頭車両を破壊すればそれで奴は止まる!』
終結した数機がハシタメの前方に陣取り、一斉に機銃と光線砲を乱射。ハシタメは真正面近距離にだけは攻撃出来ない死角がある。
『ドリス』
「問題ないですね」
集中した火線が列車的な外観の艦首に注がれる。
しかしそれだけだった。
『ばっ、馬鹿な……』
『こいつは元々うちの系列会社がお前らの税金を費やして、技術の粋を集めて作った大戦艦。既存の携行火器程度でなんで傷が付くものかよ』
ドリスは煩わしいとばかりに弾幕の設定を上げ、敵の逃げ場を消してからアクセルを前回にした。
機関部が唸りを上げ、巨体の前進速度を上げる。
『まずい! 散開!』
『隊長! 回避コースありません!』
『とにかく回避、回、うお、うああああ!!』
正面から迫りくる列車に、集結していた複数の哨戒機がまとめて轢かれ、圧壊する。或いは機銃に撃ち落とされ、サンドバッグとなって圧壊する。
「二っつ!」
強引に弾幕を抜けて逃げようとした機体を、エトルムの足がコクピット毎貫いて仕留める。
短い間に全滅した敵機は宇宙区間を漂い、ドック車両へと流れ、無数の作業用アームとドローンによって、回収されていく。
『無人砲台や小型ドローンの一つも無しとか、こっちを舐めてんのかよ』
「アレは長期運用を考えると、かなり高く突くんですのよ、ドリス」
全長2kmを超える列車戦艦の四分の一を占めるそれは、今や腹一杯に犠牲者を貯め込んでいた。
『左様ですか。そろそろドックが満杯ですけど、まだまだ敵機が集まって来ます。どうしますかお嬢』
「進路も方針もそのまま。どの道私たちには帰る家もありませんからね」
『了解』
ハシタメは引き続き弾幕を張り、エトルムは近付く者を葬りながら、二人は悠々と宇宙を突き進んで行く。
ベリアルには『墓』という蔑称がある。
兵器の大半は用途が決まり出番も限られる中、この人型兵器はどんな用途でも『とりあえず』で出動させられる汎用性があり、そのせいで有事の際は出番しかない。
当然ながら損耗率は高い。
搭乗者たちは強がり・皮肉・揶揄等を込めて、この蔑称を用い、それはやがて定着した。
人々が長らく戦いを忘れた時代において、ドリスと滝夜叉の行く先で、『墓』に乗る者たちはこの言葉を思い出すようになる。