・戦艦強奪
・戦艦強奪
※このお話は三人称視点でお送りします。
宇宙時代。ごく一握りの国と人とが母星を脱出し、やがて科学が長足の歩みにて、多くの不明を解き明かし、信じるとか愛するという曖昧な言葉を駆逐した未来。
暗黒の世界に飛び込んだ人々は、自らの生存を確立する一方、不確かで害悪な隣人たちと決別。交流を絶つことにより、平和な時代を遂に獲得した。
これはそんな、平和な時代の物語である。
――ジャメリカ星警察用宇宙港。
とある太陽系惑星の一つに、人間が住んでいる星がある。それがこのジャメリカ星であり、星内の軽度の治安維持を行う、同星警察組織が有する宇宙港である。
青空の下には数々のスペースシャトルが有り、今日も要らない人間を、暗黒の宇宙の彼方へと捨てに行く。
その他の用途は専ら警察業務。
犯罪の証拠物品の輸送や、要人警護に使われるが……。
「本部! 本部! 至急応答せよ! 本部! 至急応答せよ!」
ジャメリカ警察宇宙港は現在、炎と煙に包まれていた。
『こちら本部、事件か、事故か』
まるで一般人からの通報を受け取ったかのような反応に、宇宙港勤務の警官は苛立ちを覚えたが、不満を訴えている場合では無かった。
「事件だ。現在宇宙港は襲撃を受けている! 護送予定だった囚人が脱走して、ベリアル※らしき機体に乗って警備隊と交戦ちゅ、たった今全滅した! うおわっ!」
※この世界における人型戦闘機械の通称。
警官が見上げた先、警察をあしらった青と黒の二色をした、武骨な一つ目のロボットたちが、白銀の美しい女性型のロボットの手にした大鎌に、切り裂かれて爆散した。
施設内の詰所に逃げ込んでいた警官の傍で、壁が嫌な音を立てて大きく迫り出す。建物全体が歪み、そこかしこで崩落が起き始める。
警備隊を倒した人型機械は執拗に施設を攻撃し、何より逃げ惑う人間を率先して狙った。
明らかに逃亡より破壊と殺傷を優先している。
『もしもし、応答せよ。至急増援を送る。聞こえるか!』
「早く来てくれ! 奴は未だに施設と職員への攻撃を継続している! 恐らく狙いは『ハシタメ』の奪取だ!」
そこまで言って警官は電話を切った。
前時代的な見た目で、無暗に頑丈さを追求した代物だが、おかげで外部と連絡を取ることが出来た。
「クソッいったい何がどうなってんだ……」
彼の呟きが聞こえたのか、女性型ロボットがそちらを振り向く。
その顔は人間の少女そのもので、眠るように目を閉じていた。
「おい、止せよ。こっちに来るな、やめっ!」
女性型ロボットが手を翳すと、高熱を伴った光が、周囲を飲み込んだ。
――――――――
一方その頃、ジャメリカ警察宇宙港地下。
囚人護送用宇宙戦艦『ハシタメ』先頭車両にて。
地上で戦闘と破壊が行われている最中、ここでもまた激しい争いが繰り広げられていた。
つい先刻まで。
「……これで全部か」
呟くのは返り血に塗れた、メイド服に身を包んだ、大柄な女性だった。浅黒い肌に黒い長髪に黒い瞳をしているが、顔形は白人のソレである。
「ば、ばけもの、めっ」
最後まで生きていた警官は、光線銃を握っていた手を力尽くで頭に添えられ、無理矢理に自らの指で引き金を引かされた。
収束して放たれた一条の光が、脳の細胞と神経を焼き切り、生命を終了させる。
「……生命反応無し。動体反応無し。脳波の継続的な活動が見られる者、無し」
冷たい声と共に、全身の各所から熱蒸気を吐き出しつつ、生存者がいないことを確認する。
メイドはサイボーグであった。
寒々しく硬質な地下空間には、惨劇としか言いようの無い光景が広がっていた。
宇宙船強奪を阻止せんと殺到した警官たちは、一人残らず殺され、冷たい床に生暖かい血の絨毯を広げている。
人の形をして死んでいる者は幸せだった。
作業用の機械、壁、床、天井、そして人。
およそ壊せる物は壊され、その上に折り重なり、または下敷きになり、或いはバラバラに『散らかされ』ていた。
(ジャメリカ最新最大最強の戦艦ハシタメ。実際は上級国民の星外脱出用に、囚人護送の名目で建造された汚ねえ箱舟)
大柄なメイドは運転席へ着くと、備え付けのマニュアルを手に取った。
それは列車の動かし方に、宇宙へ出るための機能と操作が付け足されただけの、簡素な内容だった。
むしろその内容の少なさこそが、特別な資質を要求しない簡潔さこそが、技術の進歩と言えたのかも知れない。
(動力を入れてから惑星脱出用のエネルギーが溜まるまで、結構待つな。取り敢えず報告しとくか)
メイドは外部連絡用の無線機を手に取ると、幾つかの番号を入力した。かけた瞬間に相手先へ繋がる。
コール音が発生しないほどの、高速かつ鮮明な電波状況である。
「もしもしお嬢、こちらドリス。たった今終わりました」
『あらドリス、よくやってくれましたわ。ありがとう』
通話先から透き通るような美しい声がした。
女性型戦闘用ロボットに乗っている人物、それがこのメイド、ドリスの主人であり共犯者であった。
「ただ出発までもう少し掛かります。待ち時間と車両の出口を送りますんで、折を見て合流してください」
『畏まりました。ドリス、あなた宇宙服は?』
「ありますが、無けりゃ警官のミンチで密封作業しますよ」
『まあ頼もしい。ではまた後でね』
手短な会話を終えて、ドリスは無線機を置く。周辺の敵は粗方掃討され、増援の到着は間に合いそうになかった。
「今のうちに漁れるもんは漁っておくか」
そう言って彼女は艦首たる先頭車両を出ると、残り時間を火事場泥棒へと充てた。
――――――――
それから一時間もしないうちに、ハシタメのエネルギーは完全に充填され、出発の準備を完了した。
「お嬢。もう出られます。どうぞ」
『こちらも荷物の積み込みは終わりましたわ』
今や地上の宇宙港は壊滅し、周辺には物見高い野次馬が集まっていた。集まっても行政の邪魔になるだけだったが。
『今からエトルムを降りてそちらに行きます。出してくださいまし』
「了解。では、ハシタメ、発進!」
血まみれのメイド服から宇宙服に着替えたドリスは、運転席に戻りコンソールを弄る。
空中に無数のホログラムの質問が出現し、それらを片っ端から『はい』とか『許可する』の文言を選択する。
すると大地が轟音と共に開かれ、地下から頂戴なレーンが競り上がって来た。
乗員をほとんど必要としない自動操縦の賜物である。
「お嬢、ついでに備え付けの火砲が撃てますけど、どうしますか?」
『無理の出ない範囲でお願いします』
「あいあい」
大きく渦を描くように線路上に停車したそれは、無数の車両が連なり、あたかも大蛇がとぐろを巻いたかのようであった。
その車両の一つ一つに装着された光線砲が、一斉に天地へと攻撃を開始する。
「これで隠し立ても、後戻りもできませんね」
周辺の山や街、シャトルやコンテナ等を吹き飛ばしながら、戦艦ハシタメが、ゆっくりと走り出す。
その姿、全長2㎞の超大型旅行列車。
その異様、全26両編成。
大地を踏み締める度に、大地が沈んでいく。
「元よりそのつもりですわよ。ドリス」
ハシタメの先頭車両の車掌室、もとい艦首に入って来たのは、先ほどまで宇宙港を荒らし回っていた、女性型ロボットのパイロットだった。
白み掛かった金髪を靡かせるその姿は、自身が乗っていたロボットと、瓜二つだった。
「罪も無い人を大勢ぶっ殺しましたね。滝夜叉お嬢様……」
「その罪も無い日々や人生は、元々私たちがくれてやっていたものです。返して貰っても、罰は当たりませんわよ」
動き出した列車は車輪を青白く光らせて、やがて大地から浮き上がって行く。
空を飛んでどこまでも、どこまでも真っ直ぐに飛んでいく。
「行先は」
「当初の予定通り『ウバステ』で。私たちには足場が必要ですから」
「では進路そのまま。これよりハシタメは大気圏を離脱し、そのまま流刑星『ウバステ』に向かいます」
ドリスは予定を告げて前方を見る。
大地や重力を振り切って、ただ真っ直ぐ進むだけで、やがて青空は力尽き、生命を拒む暗黒の海が姿を現す。
「何れは帰って来ますわ。我が一門の恨みを晴らすために、必ず」
白銀の女性、滝夜叉はそう呟くと、惑星ジャメリカを離脱した。
その足元では破壊された宇宙港が、煙と火災に包まれて、拍手にも似た小爆発を断続的に起こしている。
これが彼女たちの、復讐の旅の始まりだった。