わたしとおかあさんとぬいぐるみ、ときどきおとうさん
きょうおかあさんがぬいぐるみを買ってきたの。わたしのおたんじょうびだから。ぬいぐるみなのは、わたしが前に妹がほしい、って言ったからだと思う。妹のかわりにしなさいってことなのかな。ひどい。わたしだって、もうそこまで子どもじゃないから。ぬいぐるみがニンゲンと違う、って分かるもん。でも、わたしが言ったこと覚えててくれたのはうれしいな。だってさい近のおかあさんはとってもつめたくて、なんかちょっとこわかったから。おかあさんにはいつも笑っていてほしいの。おかあさんはすごくキレイな、わたしのじまんのおかあさんだから。
わたしのおかあさんがほかの子のおかあさんたちより、すごくみりょくてきだな、って分かったのは、5さいのとき。わたしのバースデーパーティーにおかあさんがようちえんのみんなとみんなのおかあさんを招たいしてくれて、レイコちゃんママはもとモデル、って言ってたし、ナオコちゃんママは、きゃくしつじょうむいんさん、って言ってたけど、ふたりのママよりもわたしのおかあさんのほうがずっとキレイだ。でも、きゃくしつじょうむいんさん、ってなんだろう。
でもおかあさんがたまにつめたくなってからも、毎とし、ちゃんとわたしのおたんじょうびをおかあさんは祝ってくれたの。ほんとうに優しくて、ステキなおかあさんだから。だれよりもうれしそうにわたしを祝ってくれるのは、おかあさんの役目。毎とし、大きなホールのケーキを買ってきてくれるのはおとうさんの役目だ。わたしの大好きなケーキに、ロウソクをさしてくれるのも、おとうさんの役目。年れいのぶんだけ、いつもおとうさんがロウソクをさしてくれて、数えるのがわたしの役目。前はすぐに数えおわったのに、ちょっとずつ大変になってきた。
おとうさんも優しくてステキなひとだ。だけどさい近は、おかあさんと違うかんじでちょっとこわい。いきなり怒ったり、泣いたりして、ほんとうにどうしちゃったんだろう。何日か前にも、すごく怒られたときがあって、わたしもびっくりして泣いちゃって、こわかった。叩かれるんじゃないかな、って。おとうさんはそんなことをするワルモノじゃないし、そんなことされなかったけど、でもやっぱりこわかったの。
「ごめん、ごめんな。きょうは気が立ってて」って言ってた。会社でいやなこと、あったのかな。前の会社のときよりも、大変なかんじだ。歩くのもやっとやっとみたいなかんじで。なんかあれじゃ、おじいちゃんみたいだ。
おとうさんもきっともうすぐ帰ってくるはずだ。きょうはわたしのおたんじょうびだから。
でもぬいぐるみか。妹じゃないけど、かわいいぬいぐるみだな。
わたしがぬいぐるみとあそんでいると、おとうさんが帰ってきた。手にはわたしの大好きな、ようがし店のロゴのはいったハコをもってる。きょうはわたしのたんじょうびだから。でもなんかきょうもこわいかんじだ。きょうはわたしのたんじょうびなのに。ひどい。おとうさんはきっと、くうきがよめないひとだ。
でも、ケーキをだして、ひとつひとつロウソクをさしていってくれる。おかあさんもニコニコしながら、わたしとおとうさんを見てくれている。やっぱり優しいおとうさんとおかあさんだ。
わたしのもっているぬいぐるみがいつもと違う、ってきづいたのか、
「それは?」
っておとうさんが言ったの。
「おかあさんが買ってきたんだ」
「そんなわけないだろ!」
おとうさんが、ばんっ、てつくえをたたいたの。わたしもぬいぐるみもおかあさんも、みんなびくっ、としちゃって。やっぱりおとうさんはひどい。でもなんかきょうはいつものお怒りのおとうさんとは違って、なんかおかしい。おとうさん、こんどは泣きだしちゃったの。まるで子どもみたいに、わんわん。わんわん。わんわん。
「もうだめなんだ。おれもいつまでもいられない、ってわかったから。もう演じられないんだ。病院で言われたんだ。もうながくない、って」
おとうさんの言ってることわからないよ。
「おかあさん、おとうさんがこわい」
って、わたし、おかあさんに抱きついたの。
「おかあさんはもうこの世にはいないんだ、それはおかあさんじゃなくて、ぬいぐるみ、だよ」
「ぬいぐるみは、こっちだよ」
わたしがおかあさんの買ってきてくれたぬいぐるみを指さすと、
「どっちもおんなじぬいぐるみだよ」
って、おとうさんが言ったの。
それでようやく分かったんだ。おとうさんはおかしくなっちゃったんだ、って。だってわたしだって、もうそこまで子どもじゃないから、ニンゲンとぬいぐるみが違う、って分かるのに。おとうさんは分かんないんだから。
それに、だっておかしいもん。
おとうさん、わたしのおたんじょうびケーキに、ロウソク、50本もさしてるんだから。