009:止まった時間の理由
監督生を連れて街に出るのは、将来一人立ちした時用の挨拶の為だ。
タイミングによって機会がない時もあれば、多くの卒院生が連れまわす場合もある。
昔はアキウムさんや、息子さんたちが案内してくれた時期もあった。
俺たちにとっては良い兄貴だったし、仲が悪かったなんて思いたくもない。
「レイク兄さん。今年は……、凄い……、援助……だね」
「どうだ、目立つだろう?」
荷車を一人で引くハシムは、少し大変そうだけど誇らし気だった。
最初に一番の大物である荷車を購入し、その後は順番に雑貨・小物・食料品と回っていく。
荷車の上は水桶・農具・芋と増えていき、今は肉屋に挨拶に来ていた。
代々先輩から引き継がれた店もあれば、優良店を自身で見つけ仲が良くなった場所もある。
この肉屋は後者の方で、この世界では珍しい好奇心と試行錯誤が好きな店主だった。
雪山での救出劇では良い肉を譲ってもらったし、昔の記憶を思い出したので少しだけ思う所があった。
店の前を掃く女の子に荷車一式を見て貰いつつ、ハシムを連れて店の中に入っていく。
「ごめんください」
「レイク兄さん、今日は肉なの?」
「がっつくな。まずは挨拶からだ」
肉屋と言っても商品はあまり飾られていない。
塊肉や加工肉がぶらさがっているエリアは、一定以上進めないように障害物が置かれている。
離れた場所から見る分には問題ないが、それ以上進もうものなら『どこで見てたんだ?』という勢いで店主が飛んでくる。
もちろん買う時は店員に声を掛ける必要はあるが、今回は挨拶も兼ねての訪問だった。
「いらっしゃい……、なんだレイクか」
「なんだとはご挨拶だな。後輩の紹介とうまい話を持ってきたんだが……」
「ほぉぉ。お前が言ううまい話なら興味はあるな」
「まずは挨拶からだ。ほら……」
「レイク兄さんの後輩。聖火院のハシムです」
「おう、宜しくな。ん~……、幸せの指標は?」
「肉をどれだけ喰えるか?」
「ふっ、頑張って稼いだらウチを贔屓にしてくれ」
少し変わった店主だが、なんとなく馬が合うから馴染みになったとも言える。
冒険者時代に人手が足りない――もとい金がない時は、食べ物関係の依頼をよく受けていた。
手っ取り早く現物支給を受けられ、意外と捨てられる部位が多いのが食べ物関係だった。
ちょっとの努力で、食べられない部位が食べられる部分に変わる。
それは『芋の皮を薄く剥く』とか、『キャベツ・タマネギの外側の皮がどこまで食べられるか?』等に繋がるものだった。
それとは別に『肉は厚い方が良い・塊肉は形を整えた方が良い・端切れは……』というこだわりに対応した結果の物もある。
根本的に捨てる部分の内臓だって、鮮度と加工の仕方によっては一級品に変化する。
「それで……。レイク、そこの坊主も知っている内容なのか?」
「あぁ、商売のタネだもんな」
「レイク兄さん、俺……」
「こんにちはー。あっ、いたいた」
「えっ? サチ、何でここに?」
「ハシムばっかり案内してもらうのは不公平じゃん。レイク兄さん、俺の事も紹介してよ」
「そうか……、情報通のサチと同期なのか。坊主、お前も苦労してんな」
何故か肉屋の主人の方がサチの事を知っていた。
みんなの名前を憶えている訳ではないが、ロギーを探しに行くきっかけになったのは冒険者ギルドの伝令をやっていたサチである。
急な出立で名前を確認するのを忘れていたが、どうやらハシムと同年代のようで、ギルドからも一目置かれている存在のようだ。
「分かった分かった。情報料の支払いはコイツらに渡しておくぞ」
「やったぜ」
「ハシム。サチと一緒に荷物を持って帰ってくれ」
「はい、レイク兄さん」
「アイアイサー」
「んじゃ、裏に回って受けとんな。おーい」
これから伝える内容は、以前から試行錯誤していたソーセージの完成に向けての話だ。
腸詰に似た物があるのに今一つなのは、ある種の固定観念が強すぎたせいだ。
それと臓物を有効活用出来れば、ゴミの削減と共に後輩たちにまで肉が回ってくるだろう。
その為には早くから刃物さばきが上手くなる必要がある。
そして丁寧な下処理を真面目に出来る、ある種のセンスと愚直さが必要だった。
どんな才能でも『芸は身を助ける』と思う。
地下にある特別室で包丁を持って語り合う姿は、きっと肉屋の店員にも見せられない筈だ。
俺は実践を交えて丁寧に下処理をして、そこそこの量のモツを報酬として貰った。
アイツらが持ち帰った肉の量が少し心配だけど、こっちはこっちで色々と考えたいと思う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
農作業を言葉で説明すると大変地味だけど、やっている仕事はかなりの重労働である。
長時間労働もあれば腰を屈める作業もあり、収獲の手伝いだけの経験で農家を目指す俺の考えは甘いなと実感する。
ただ、これが『この世界で堅実に生きる』という事であり、少なくとも命のやり取りには直結しない。
聖火院の農地はハシムの指示により順当に整備され、俺は俺でアキウムさんの休耕地で作業をしていた。
最初分担してやろうと声があがったが、今やっている作業は俺なりの親孝行である。
水桶の中に小石を拾い集め、薪は荷車にまとめて乗せる。
野ざらしになっていたので『乾燥とかさせたほうが良いかな?』と思い、移動の為にまとめて荷車に載せていた。
「やりすぎてはいけないし、やらなすぎてもいけない」
聖火院では幼い頃から自立心を育て、何をやるにも自分の為と教えられていた。
多くの兄弟姉妹はいるが基本的にはその時を一緒に過ごした家族を大事にし、卒院したなら戻ってこない事を覚悟する者が多い。
実際『便りがないのが良い便り』を地で行き、何故か識字率が高い聖火院で頭脳系の仕事をしている者は少ない。
かろうじての例外は聖職者への道であり、俺たちは一縷の望みに賭けて魔法の勉強もしていた。
「オブジェとしては微妙だけどな」
休耕地のすぐ近くにストーブを置き、小さな火力でどれほど持続するかの実験をしながら作業をしている。
一人での作業なので休憩を多めに取りながら、たまにアキウムさんの家の方を気にしながら作業を続けていた。
ストーブの上にある鍋には湯が張ってあり、そこから水桶に移して清拭を行う。
心地よい作業だが、自身の利益には結びいていない。
グレンダにはよく優し過ぎると言われてたけど、多くの打算と後悔の念の方が強かった。
たった数日で修復できる親子関係なら、そもそもこんな事をする必要はない。
一度腹を割って話したい思いはあるけれど、家に引き籠っている状態ではそれも無理な話だった。
作業を続けているとハシムから昼の誘いを受ける。
幼い子たちから肉の分配を減らすのも心苦しいので、昼はパン屋で購入したものを食べることにする。
幸いストーブについては触れてこなかったので、わざわざ説明することもなかった。
農作業初日は挨拶から買い物・下準備へと続き、夜は聖火院の来客用の部屋で一晩を過ごすことにした。