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008:しょくざいの理由

 農業とは地味な作業の積み重ねだ。

 水を遣り、雑草を取り、虫に気を付け病気の対策をする。


 手塩にかけて育てても、収獲前のたった一つの災いで無に帰す事も多々あるのだ。

 天災でも人災でも獣害でも、農家単体では到底抗えるものではない。


「年少組は雑草取り、年長組は水汲みからだ」

「「「「「はい、ハシム兄ちゃん」」」」」

「あぁ、それで良い」


 監督生であるハシムがみんなに指示を出していく。

 年長者になるにしたがって選択する機会が増えていく。

 年長者が必ず卒院するシステムなので、残った者は先輩の良い所を学んでいく末っ子のような賢さがあった。


「ロギーは年長組と同じ事をやりたがったなぁ」

「レイク兄さん、何か言った?」

「いや、なんにも……。ハシム、俺たちはアキウムさん家に挨拶に行くぞ」


「うん、この恰好で良いかな?」

「こっちの事情は知ってるさ。それと、そこまでの援助はしないぞ」

「チッ、バレたか」


 確かに新しく仕事を始める時は、雇用主に認めて貰う為に小綺麗にすることがある。

 ただアキウムさんは聖火院の事をよく理解しているし、やるのは農作業なので問題ないはずだ。


 そしてハシムを含む後輩は、代々したたかな性格をしている。

 家族の利益を担保しつつ、自身も上を目指すことを諦めたりはしなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アキウムさんの家は、聖火院から少し歩いた先にある。


 そこそこ大きな家の周りにはまばらに抜けた柵があり、俺たちの時代は庭に植えてある柿をよく狙っていた。

 今考えれば、よくこんなに見晴らしの良い場所で柿を盗もうとしたものだ。


 逃げ遅れてたのはいつもロギーで、後で救出に向かうと何故か縁側のアキウムさんの隣で大きな柿を食べていた。

 そんな事を思い出しながら歩いていると、先に俺たちが管理して良い休耕地が目に入ってきた。


「ひどいな……。畑の中に薪や、大小さまざまな石が撒かれてたのか」

「うん、ここの事は知ってたから……」

「家庭菜園でもやってたらと思ったが」

「実は何回か家族が迎えに来たらしいんだ」


 俺たちの代では頑固爺という印象があったが、よくよく考えてみれば優しいオッサンだったような気がする。

 直接柿の木を登ると怒られるが、こっそり肩車で盗っている時は見て見ぬふりをしてたのだろう。


 特に奥さんがホンワカした人で、お腹が空いている時にはいつも何かを持たせてくれた。

 そんな奥さんの訃報も知らず、アキウムさん家の子ども達との確執の一因を作ってしまったかと思うと悔やまれる。


「それで?」

「『こんな畑後生大事・・・・に守ってるからだ』って、息子さんが……」

「迎えに来たのは、アキウムさんを思っての事だろうな」

「うん。でも、俺たちにとってもアキウムさんがいないと」


 金持ちが裕福になるのと、貧乏人が上を目指すのでは難易度が変わってくる。

 特に世襲文化が根強いこの世界では、貧乏人は貧乏なままだ。


 そしてアキウムさんは、過去に持っていた財産を俺たちの為に使ってくれている。

 それは本来子ども達に受け継がれる物であり、財産としての畑まで使えなくするのは、お互いに複雑な気持ちが入り混じっていたと思う。


 畑さえなければ、子どもの世話になれたかもしれない。

 人はどこに心の豊かさを求めるのか?

 もし仮に奥さんが存命だったなら、違った選択肢もあっただろう。


「今は考えるな。俺たちに出来るのは?」

「手が届く範囲まで! やっぱり、レイク兄さん達の代でも言われてたんだ」

「それでも、今はまだ裕福な方なんだぞ。だから恩返しをしたい気持ちがある」

「そういう理由なら俺たちも……」


「ハシム。さっきのが伝わってるなら、もう一つの言葉も知ってるよな」

「……うん。三年は自分の為に使う」

「そうだ。そこまでに生活基盤を整えないと、堕ちて行くだけだからな」

義母カレンに顔向け出来なくなるのは……困る」


 年齢的に、まだ明るい未来が残っているハシム達は良いが、俺たちより上の世代になると先々の事を考えてしまう。

 どこかで農家になる事を考えている俺なんかは、アキウムさんに恩を返せる最後の機会になるかもしれない。

 それには、どんな形でどんな言葉を投げかけるか?

 アキウムさん家族は紛れもなく俺たちの親とも呼べる一家であり、誰よりも幸せになって貰わなければ俺たちが困ってしまう。


「まずは挨拶して、必要な物資を整えるぞ」

「レイク兄さんが指示を出して良いの?」

「あっちの責任者はハシムが担当で、こっちは俺が何とかする」


「ヒュー。大人って恰好良いぃ」

「褒めても何も出ないぞ」


 あと少し歩けばアキウムさんの家に到着する。

 それまでに少し心を落ち着けたいと思う。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 コツコツコツ


 ノッカーで合図をすると、驚くような静けさに不安になる。

 早朝なので非常識な時間と思うのは前世の記憶がある俺の感覚で、この世界に慣れた俺からすると特に問題のない時間だった。

 実際、記憶と言っても個人情報・固有名詞的なものではなく、何となく普通に覚えている事は覚えているような朧気なものだ。


 だからハンバーグとかは作れるしマヨネーズは……。

 あの箱に入ってたから、わざわざ作るような物でもないと思う。

 さすがPBメーカー『ログハウス』は何か違うし、火女神さまのチョイスが料理に偏っているのが少し可笑しく思う。


「寝てるのかな?」

「最近アキウムさんの様子を見たことは?」

「うん。年少組が偵察に行って、ボンヤリしてたって言ってた」


「あまり良くない状態だな」

「そうだね」


 もう一度ノッカーを鳴らすと、少しして老人がやってきた。

 半開きのドアから覗き込む眼が、どこか虚ろで危うさを感じる。


「誰だ?」

「聖火院の者です。俺はレイクでコイツは」

「ハシムです」

「……。話は聞いている、畑は好きに使えば良い」


 そう言い残すと、ドアをバタンと閉めてしまった。

 過去のアキウムさんと今のアキウムさん。

 取っ付き難さは同じでも、どこか違和感が拭いきれない。


「レイク兄さん?」

「まあ、最初はこんなもんだろ? じゃあ道具を買いに行くぞ」

「うん……」

「こっちの責任者は俺なんだ。ハシムが悩むはない」


 古くなった道具は大体理解出来ている。

 水桶・天秤棒・農機具とかを考えていたが、まずは荷車を買わないといけないようだ。

 結構な高級品であり、これがあるのとないのとでは出来る事の幅が変わってくる。


 一時期余剰分の収穫物を売ろうという話も出たが、支援を貰っている以上難しい問題でもあった。

 だから必要ないものは買わない。たとえ卒院生のお金でも、それを将来自分たちが行う場合の指針になるからだ。


「分かった! それで何を植えるの?」

「芋・豆・葉物が無難だろ?」

「種肉とかあれば良いのに……」

「畑から肉が採れるならな」


 そんなファンタジーな事を考えるなら、素直に肉屋に行って余っている部位を安く買った方が良い。


 そう言えばカレンとグレンダに、ご馳走するものを考えなければならない。

 農業指導は2~3日と考えていたが、思いの外長くなりそうな予感がする。


「姫神さまに頼んでみるか?」

「冗談を冗談で返されてもなぁ。俺たち、あまり信心深くないから」

「その辺はスレてるよな」

「本当に生きるのって大変だよね」


 本来なら、可能性しかない年代の子どもが言うべき科白ではない。

 それでも不運な子どもは一定数おり、何故か聖火院には定期的に子供が入ってくる。


 国や領主は間接的にしか関わらないし、予算が出ている以上更に求める事もできない。

 一攫千金のギャンブルが冒険者であり、多くの者が夢破れるのが冒険者だった。

 五体満足のまま冒険者を卒業出来る俺は、ある意味幸せなのかもしれない。


 だからカレンとは違うもう一人の義父アキウムに、卒院生を代表して何かを返したいと思う。

 それが俺の出来る贖罪のようなものなのだから。

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