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007:踏み出せない理由

 表向きの聖火院は、主神を支える従属神を祀る施設である。

 そこに付随する孤児院は副次的な一面であり、余所の施設もそれぞれ何かしらの社会活動を担っていた。

 国や領主からの支援は土地によって変わり、その不足分は街の名士による補助と自給自足によりまかなわれている。


 現在養母カレンの下にいるのは見習いの女性神官で、他院から受け入れているらしい。

 力関係は置いといて、『土・水・火・風』の従属神はそれぞれ並列に扱われている。

 それでも自分が信じている神には親しみを持ち、他の神々にも敬意を払うのが正しい信徒としての在り方だった。


「整列!」

「「「「「「はい!」」」」」」

「番号!」


 早朝、俺の前に立っているのは、年齢順に並んだ6人の子ども達。

 一人はそろそろ卒院するような年齢だが、コイツが現在いまの監督生だろう。

 年長組の一人が監督生として交代で残り、他の者は外で修業や仕事に励むのが習わしだ。


 冒険者を目指す者が行う素振すぶり等は寝る時間を削って行う為、昼間の貴重な時間に行ってはならない。

 たまに卒院生がフラリとやってきて稽古をつけてくれる事もあるが、たまたま遭遇する確率は低いので毎日行うしかない。


 軽快に番号を告げる後輩たちは、下は小学校入りたてくらいから上は高校生になるかならないかくらいだ。

 それでも真剣に俺の話を聞いている姿は、きちんと現状を理解しているからだろう。


 一人の大人の機嫌を損ねただけで、明日の誰かの食事が消えるかもしれない。

 実際にはそんな事はない。ただ、明日の一品が先々の一食に繋がり、誰かの薬代が得られない可能性にもなる。

 俺たちの年代でもその後の年代でも貧しい時は続いており、泣きながら見送る事しか出来なかった時もあった。


「今日はアキウムさんの農地を整備する」

「……レイク兄さん?」

「ハシムだったな。アキウムさんは聖火院を援助してくれている方で、老齢の為畑仕事が出来ないんだ」

「うん、それは知ってる。それで?」


 聖火院にも隣接する場所に畑があり、領主への税と支援が相殺されている形だ。

 ただ畑は小さく、やっている事と言えば家庭菜園クラスがやっとだった。

 労働力として数えられる者は外で金を稼ぎ、15歳を過ぎたら卒院しないといけないのでまとも・・・な畑仕事は難しかった。


 アキウムさんは篤志家でもあり、大きくはないが長い間聖火院・・・への援助を続けてくれている。

 子ども好きだけど、きちんと叱ってくれる大人でもあり、俺たち世代ではアンタッチャブルで恐い人だった。

 年齢を重ねると丸くなるのか……、実際は見てないから何とも言えない。


「休耕地となっている土地を整備することで、収穫物による支援を行ってくれるそうだ」

「「「「「おおぉ!」」」」」

「おい、はしゃぐな」

「まあ、そう言うな。ハシムの年代だと、恩恵は少ないだろうけどな」


「それは良いんだ。……レイク兄さん、やっぱりあのルールを曲げちゃダメかな?」

「その辺はカレンに相談してくれ。答えはきっと……」


 俺たちを含むどの年代も、聖火院を救う方法をいつも模索もさくしていた。

 一番の解決策は簡単で、成功して金持ちになること。

 ただ成功した者の多くは出自しゅつじを隠し、家庭を持ったものは家族にお金を使うようになる。


 当然と言えば当然のことで、貧乏な卒院生ほど少ない金を集めて無理をしたがった。

 俺も聖火院を離れて農家になる予定だから、誰かの言動を否定するつもりもない。


 次点としてあがるのがエルフであるカレンとの結婚で、俺たちが幼い頃に味わった『初恋ブレイカー』である『無敵のカレン』と結ばれるのはありえなかった。

 今にして思えば『何故カレンと結婚すれば救えるのか?』が分からない。

 多分カレンにも何か事情があって、そのカレン自体を救いたいという意識があったのだろう。


 俺たちとは寿命が違い、先に人間が老いるのが当たり前のこの世界では、異種族との恋愛はかなり難しくなる。

 そこを理解しているのか? それとも何か隠している事があるのかは分からない。

 カレンにはカレンの人生があり、俺たちはバラバラになってもカレンの子ども達だった。


「でもさー、レイク兄ちゃん」

「おい、止せ」

「まあ良いさ。お前たちはカワイイ後輩だからな」

「いや、レイク兄さん。そこはケジメなんで」


 聖火院の子どもたちは、基本的に年配の人たちを『兄さん・姉さん』と呼んでいる。

 間違ってもオバちゃんと呼んではいけない。


 役職がある人はきちんと役職で呼ぶし、その辺の教育は徹底されていた。

 誰から始まったか忘れたけれど、古い因習を引き継いだのだろう。


「分かったよ、ハシム兄ちゃん」

「おう」

「それで?」


 今日のメンバーでいう中間層に位置する後輩の質問は、誰がどうやって管理するかだった。

 現時点でも隣接する畑は上手く活用出来ていない。


 そもそも聖火院は街外れにあり、畑仕事に向かない立地だった。

 大人も少なく知識もない・技術もない、ナイナイ尽くしに不安になったのだろう。


「アキウムさんの農地は先々の備えなんだ。直ぐにどうこうする必要はない」

「でもレイク兄さんは、早く取り掛かりたいんですよね?」

「本来なら、あの土地を継げる人がいたんだけどな」


 いつから援助してくれてたかは分からないが、アキウムさんは俺が子どもの頃から支援してくれていた。

 確か二人の息子と一人の娘がいて、誰も家を継がずに出て行ってしまったらしい。

 それを知ったのは卒院してからであり、奥さんにも先立たれてからはめっきり老け込んでしまったようだ。


 知らず知らずの内に、俺たちは多くの物を受け取っていた。

 それは本来アキウムさんの子どもが享受するべきだった物もあった筈で、近年アキウムさんとの距離を遠くしてしまったのもある。

 子ども好きな頑固親父、そんな気概を取り戻して欲しいという裏事情もあった。


「ハシム、これも一つの答えなんじゃないか?」

「うん、それは分かってる」


「ねえ、レイク兄ちゃんは農家になるんだよね?」

「あぁ、急いではないけどな」

「ここで働く事は出来ないの?」

「カレンの事きらい?」


 この年代の豪速球の素直さに胸が痛む……。


 好きか嫌いかで言ったら好きだ。

 でも、それはLIKEであってLOVEではない。


 その気持ちは卒業したし、敢えて言葉で現わすなら家族としての『情』だと思う。

 多くの先輩が通ってきた道でもあり、一財産ひとざいさんを築けなかった俺の不甲斐なさでもあった。

 そんな気持ちを抱えたまま、俺はここで過ごすことはできなかい。


「とりあえず、考えるより先に体を動かすぞ」

「「「「「は~い……」」」」」

「返事は?」

「「「「「はい!」」」」」

「ハシム、お前良いリーダーになるな」


 俺たちはいつも問題を先送りにしてきていた。

 それは仕方がない事情であり、卒院してからも見に来るのは罪滅ぼしでもあるからだ。


 今日はまず畑の雑草取りを行い、その後はアキウムさんに挨拶してから休耕地を見る予定だ。

 どのくらい放置していたかによって、手の入れ方が変わってくる。


 冒険者時代には農家で刈り取りの仕事を多くやったものだ。

 あの頃スカウトに乗っていたなら……。

 まだ俺も遠くを目指したかったくらい若かったのかもしれない。


「みんな分かってるよな」

「うん! レイク兄さんは監督で手出しをしない」

「でも、物資の援助は期待できる?」

「まあ、その辺は何とかしよう」


 お互いに慣れ親しんだ関係だからこそ、こんな甘え方なら仕方がないなとも思う。

 ロギーなんかはすぐに先輩風を吹かせそうだけど、俺は適度な距離を保ちたいと思っている。


 いずれ卒院して大人社会の仲間入りする後輩たち。

 出来れば俺のような大人になってくれるなと、密かに願うのだった。

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