006:かなわない理由
「ただいま、養母さん」
「お帰りなさいレイク。それとグレンダさんも」
「無事に戻りました」
オルツとロギーとは街の入口で別れ、後の事は彼らに任せることにした。
ロギーは残念な弟分ではあるが、あの三人にお金を請求しようとは思ってない。
薬師の先生は無事に患者を救えたのだろうか?
それだけが少し気がかりだけど、聖火院まで報告を貰える手筈になっている。
カレンからは聖火院の子ども達に、畑仕事を少し教えて欲しいと頼まれていた。
だから少し里帰りするつもりで2~3日滞在することが決まっている。
「じゃあ、教えてくれるかしら? 貴方たちの物語を……」
「はい! 長くなりますよ」
「なんでグレンダが報告するんだよ」
「だって……。第三者視点もないと、英雄劇になっちゃわない?」
「ふふふ」
今回も高ランクのグレンダには世話になった。
戦闘がなかったのは結果論であり、冒険者は出来る限りの安全を確保しなければならない。
任務の達成が必須条件であり、今回は速度が必要条件であった。
安心できる仲間が一人いるだけで、心の持ち様は大きく変わる。
ただ年下のグレンダに、少し負い目は感じてしまう。
だからこその冒険者引退であり、まだ若いグレンダには俺が見られなかった世界を覗いて欲しいと思っている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺たちは秘密を隠すように、大事な話は通称『懺悔室』で行った。
救助への道筋は問題なかったが、火女神さまについては別だった。
火女神さまを祀り恩恵を享受する俺たちは、社会から外されたからこそ感謝が出来るのだと思っている。
カレンは聖職者だから少し考えが違うだろうけど、イベントでもないと神さまに興味を持つ機会などない。
通常、この世界のイベントと言えば収穫祭であり、その後に来るのは一年を無事に過ごせた事を祈る感謝祭だ。
主神を中心に『土・水・火・風』の従属神で考えると、祭りの時に話題になるのは『土・水』の従属神が一般的だ。
『聖火院』では年越しの日に小さな火を灯し、夜明けまで語り合うのが通例になっている。
その時だけ特別な食事が出てくるので、俺たちは火女神さまに大きく感謝をする機会だった。
「カレン、これは火女神さまに返却した方が……」
「それは元々あなたの持ち物ですよ。『多くの人を救って欲しい』という願いに応えられたのは、その魔道具のお陰かもしれません」
「レイクは売ったりしないでしょ?」
「あぁ、そんな罰当たりな事は出来ないさ」
ある意味ストーブと料理道具は、今後持っていても問題ないのかもしれない。
ただ薪などの燃料もいらなく暖まることが出来る魔道具は、価値としては凄い事になるだろう。
問題はポーチの中に入っていた、仕送り風の段ボール箱の中身だった。
「これは特別な料理を作れるものですが……」
「うんうん、あれは美味しかったなぁ」
「レイクの料理? それは興味があるわ」
「ただ、前回使ったものが補充されてるんだ」
「えっ?」
ロギーたちの救助に向かった先で作ったのはパングラタン風の料理で、使ったのはプライベートブランドのシチューの素だ。
煮込み料理はこの世界にもあるけれど、俺たちレベルでは極端に美味いものを食べた記憶はない。
たまに手伝いに行っていた食堂の賄いで、端材を使った何かを食べた気がする。
今思えばポトフにして肉団子でも入れれば、看板メニューになったのかもしれない。
「PBメーカー、ログハウス恐るべし……」
「火女神さまの奇跡に感謝しましょう」
「カレン、祈るのは後にして欲しい」
「ねえ、レイク。それって材料費0で料理を作りたい放題ってこと?」
「あ~、さすがに肉とか野菜は必要かな? 後、中に入っていたのは保存が利く調味料みたいなもんだし」
「いつか食べてみたいなぁ」
「今回の礼としてなら良いが、問題は……」
「それはレイクにしか使えないのですよね?」
「革袋への収納とストーブについてはそうです。料理の素については、多分使い方が分からないかと」
「それなら問題はありませんが、後はレイク次第でしょうね」
燃料を使わないストーブと、無限に食べられる料理の素。
ペットボトルの水でさえこの世界では最高級の貴重品だ。
段ボール箱には、主に洋風の料理の素が入っている。
パッと見ただけでもシチューやカレーの素、乾燥パスタ類にスープの素、後……俺を悩ませるインスタントラーメン各種。
和風の食材があれば作れる料理のレパートリーは広がるし、これだけの素材でも大勢を満足させる自信はある。
「俺次第……か」
「レイクも火女神さまが好きだから、お金儲けには使いたくないんでしょ?」
「……まあな」
「それは良い心掛けですね。でも、持てる能力を出し惜しみするのは御心に添わないわ」
「カレン、俺はこれから農家になるんだよ」
「はいはい。では農家のお兄さんに、後輩の指導をして頂きましょう」
「頑張ってね、農家のレイク」
「ハァ、分かったよ。グレンダ、俺は少しここにいるから、後で食事をご馳走することは約束するよ」
「やったぁ!」
問題は『聖火院』には飢えた子どもが多い事。
特に里帰りする冒険者は小さな子にとっては英雄だし、そんな時こそ美味い食事にありつけるチャンスだった。
実際俺たちもそうやって上を目指したし、今は喰うには困らないくらいの実力は持っている。
そんな場所で料理を作ろうものなら、「ねえ、何を作っているの? それって食べられるの?」攻撃で集中砲火を浴びてしまうだろう。
「クタクタになるまでシゴクとするか……」
「レイク、悪い顔をしていますよ」
カレンに注意されたが問題はない。
どんな顔もカレンには見せてきたし、今更隠し通すなんて無理なのは分かっている。
そして一番の敵は好奇心旺盛なカレンでもあり、そうなったら結局全員に振る舞わらなければならないだろう。
「グレンダ、出来れば短期の依頼で繋いでくれ。俺は後輩の指導をなるべく早く切り上げるから」
「ゆっくりで良いのよレイク」
「カレン、俺は基本的にタダ働きはしない主義なんだ」
「でも、おひとよしだから……」
「何か言ったか? グレンダ」
「ううん、なんでもない。じゃあ、楽しみにしてるね」
冴えない人生だった俺が、冒険者を辞めた途端に神さまから祝福を賜った。
それは前世を知っている俺だからこそ特別だと分かり、この世界には違った形の別な物も存在している。
ストーブがなくても暖炉があり、ホワイトシチューはなくても煮込み料理は存在する。
心が躍る反面、『厳しく自分を律しないと』とも思うし、この世界で自由に生きる翼を持ったのかもしれないとも思う。
小治癒の効果が上がった所で聖職者にはなれないしなろうとも思わない。
俺も良い年なので安定した仕事を持ち、早く結婚をして子孫を残さないといけない。
冒険者時代は口を酸っぱくして言われていた言葉に、今更ながら痛感している自分がいた。
「農家か……」
大きな畑を持ち、休日には庭でバーベキューもする暮らし。
少しだけスローライフな生活を夢見ながら、まだまだ自分が働かなきゃダメだなと反省するのであった。