004:暖かさの理由
ストーブの前面には、幾つかの操作ができるスイッチ類があった。
多分熱量を調節できる機能等で、ひねると弱から強まで選択できると思う。
「燃料がなくても燃える魔道具か……。ランタンに似てるのかもな?」
「レイク、それって今使えるの?」
みんなの視線がストーブに集まる中、燃える物がないなら煙も出ないかと気軽にスイッチを押してみる。
一回押しても反応はなく、二回三回と押してみても無反応だった。
「ねえ、いつもの儀式はしないの?」
「儀式……って、何かやってたか?」
「ほら……、指に嵌めている魔道具に口をつける奴」
「あぁ、そうか。きっとコレだな」
あまりに色々な事が起きすぎて、自分が出来る数少ない事を忘れていた。
もうルーティンというか癖にもなっている動きで、指輪の魔道具に口をつける。
ボンヤリと光る魔力を灯したまま、ストーブのスイッチを押した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジジジジ・ジジジジ……ボッ。
「なんか……、懐かしい音だよな」
風雪を防ぐ横穴にランタンの灯りは、心に安らぎを与える程の光量はない。
かろうじて闇を凌げているだけで、この暗がりは寒さを強く感じさせていた。
「あっ、温かい?」
「だろ?」
「この明るさは……。兄ぃ、説明してくれよ」
「もしかすると聖域の魔道具なのか?」
「レイク。灯りはここで途切れてるよ」
「煙も出てないようだし、ひとまずは検証だな」
オルツがロギーに仮説を話しているようだけど、どう見てもただの暖を取る魔道具だろう。
明かりが届く範囲は徐々に温かくなってきたので、更にポーチの中身を探がしてみる。
確認出来たのは、こんな感じだった。
●マジックポーチ
〇2リットルの水が入っているペットボトル
〇沸いたら音が出るヤカン
〇鍋各種
〇プライベートブランドの牛乳ボトル(加熱殺菌処理済)
〇まるで仕送りのような段ボール
〇金属製の蒸し器(二段重ね)
とりあえずヤカンにペットボトルから水を注ぎ、ストーブの上に置いてみる。
救出される側の毛布が、体全体から足元へ移動している。
「みんな。少しストーブの周りに集まってくれ」
「大丈夫そうね」
「あぁ、とりあえず芯から温まらないとな」
段ボールを漁ってみると、ティーパックの紅茶とプライベートブランドのホワイトシチューの素を見つけた。
この段ボールの中は、どこのメーカーか分からないものが結構詰まっている。
まるで『お金を送ると良い事に使わないから』と思われている、生ぬるい家族の優しさのようだ。
火女神さま……。
とりあえず微妙な気持ちのまま、感謝の気持ちで祈る事をお赦しください。
そんな気持ちに反してストーブによる熱量は、安定しながらも高速で周囲を満たしていく。
毛布を完全にどかした三人は、お尻の下に敷いきながらストーブを興味深そうに眺めていた。
シュッシュッ、シュッシュッシュッシュッ。
「煙が出ないのが不思議ね」
「あぁ、便利な魔道具だよな」
シュンシュン……スー……。
「あぁ、そう言えば」
「ん? 兄ぃ……?」
ピィィィィィィィィィィィィィ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
「落ち着けロギー」
「やっぱり、こうなったか……」
普通のヤカンを入れてくれれば加湿器として使えるのに、何でこんな引っ掛かりやすい罠付きのヤカンにしたのだろう?
ロギーに注意するのを直前まで忘れてたのは俺のせいだけど、みんな驚きすぎだと思う。
グレンダまで素早く槍を手繰り寄せ、俺との距離をかなり縮めたのには驚いた。
「ちょっと外見てくる……」
「あぁ、気を付けて」
さすがに大きな音が出るのは、まずかったと思う。
長年この世界で過ごした生活と、過去にあった自分の常識が入り混じってたのかもしれない。
ここに来た目的を忘れないように気持ちを引き締め治す。
グレンダはすぐに戻ってきた。
「うん、特に問題なかったわ」
「悪い、少し油断してたかもしれない」
「今回が最後の冒険なんでしょ? 多少の事は目を瞑るわ」
何とも言えない静けさが心地悪かったので、段ボールの中に入ったある物を振る舞うことにした。
分かりやすく入ってたのは、黄色いパッケージの紅茶だった。
袋を開けるとティーパックが姿を現す。
「みんな、カップを出してくれ」
俺の呼び掛けに、三人は緩慢な動きでカップを差し出してきた。
それぞれにカップにティーパックの袋部分を入れ、黄色い紙片の部分が外に垂れ下がる。
「姫神さまに感謝が必要だな」
「兄ぃ?」
「ロギー、今度は大声を出すなよ!」
「そうだ、何事も平常心だぞ!」
こういう時にロギーは役に立つ。
逆に言えば、こういう時にしか役に立たない。
きっとあれから成長はしたのだろう。
ただ俺にとってロギーは、あの頃の小さい子どものままだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「熱っ……、甘っ……美味っ」
「「ロギー……」」
「指導者って大変なのね」
「返品が効くなら……」
オルツのボソリとした一言は聴かないフリをする。
一緒に行動するグレンダは、平時は俺を立ててくれる。
「確かに……。ロギーさんを擁護する訳じゃないが、これは上等な茶葉だ……」
「きっと角砂糖のせいですよ」
「レイク。それって高級品じゃないの?」
「こんな時くらいしか使えないだろ?」
確かに売却目的なら、ここにある商品を売ればかなりの金額になるだろう。
好事家などは山ほどいるし、作り方も簡単なものばかりだ。
ただ、これらは火女神さまからの贈り物なんだと思う。
俺たちが楽しむのは問題ないけど、今回は救助者の為に使うべきものだと感じていた。
予備のカップには、一つ余計に紅茶を用意している。
目ざとくロギーが見つけたけれど、『姫神さまの分だ』と言うとアッサリする程簡単に引き下がった。
まだ体が温まっただけで空腹に違いはないのだろう。
「ふぅ、人心地がつきました」
「そういえば脚は大丈夫でしょうか?」
「あぁ、コレですね……」
足元から完全に毛布が消えると、薬師の先生は少し神妙な顔をしていた。
衣服等は冷えている様子もなく、ズボンを軽くめくって状態を見せてくれた。
「先生、来てくれたのが兄ぃで本当に良かったですね」
「ロギー、大げさに言うなよ」
「だって、兄ぃは魔法が使えるでしょ?」
「自慢の兄なのだな」
「オルツさん、止してください。俺は……」
「魔法を使える者は稀少だ。出来れば私からもお願いしたい」
『聖火院』で育った俺たちは、それなりに信仰心に厚い。
ただ神さまと魔法の相性が良くないのか、『水』や『土』の従属神と比べて『火』の女神さまは回復が得意ではなかった。
「先生、気休めですが良いでしょうか?」
「申し訳ない。きちんと報酬は払うし寄進も行おう」
「報酬は遠慮しますので、その分寄進はお願いします」
俺は薬師の足元に触れながら祈りを捧げる。
ロギーも同じように聖句を唱え、その効果は思ったよりも強く効果を表していた。