033:すっきりした理由
焚火からストーブの微かな灯りに変わり、『レドリックの実験場』での朝を迎えようとしている。
俺の隣ではグレンダが肩を預けてきていて、二人とも半覚醒のままゆるやかな睡眠を楽しんでいた。
二人で冒険に出る事はそう多くなかったけれど、一晩や二晩くらいなら睡眠を取らなくても大丈夫だ。
そして安全が確保されている証拠として、肩から毛布を巻き付けている。
先輩冒険者からは『身を寄せ合って暖をとる』のが賢いやり方だと教わり、それでも多くの冒険者がやっていない理由を体感した。
咄嗟に動けず、相手を起こすのを躊躇してしまう。
実際は安全だから出来ることだし、男女間ではそのままそういう関係に……。
「ん……、ううぅ」
毛布にくるまって寝ているサチが、ゴソゴソと身動きを始めた。
「ぎぼちわるぃ……」
ストーブの上には蓋が開いているヤカンが乗っており、サチはモゾモゾと起き出すと自身で木マグに湯を注いだ。
静かに口を洗い流したサチは、俺とグレンダの方をぼーっと見ている。
「おはよう、サチ」
「サチくん、おはよう」
「おはようございます」
二日酔いのおっさんの雰囲気を出しているが、サチはまだ酒を飲んで良い年齢ではない。
特にコレといった罰則はないが、酒は嗜好品であり自身の責任をもって飲むべきだ。
まだ『聖火院』に所属しているサチにその資格はなく、俺が所属していた時も……義兄たちのことはノーコメントにしたいと思う。
「どうだ? 魔法を使った感想は……」
「気分が高揚してたのは分かったけど、お腹のこの辺りを握られたままグワングワンって回されているようだった」
「あの状態は危なかったんだからね」
「ごめんなさい、グレンダ姉さん」
「で、今日はどうする?」
「うん、出発する前に謝ろうかな?」
何かにふっきれたのか、それとも一晩で意識に変化が訪れたのか。
それはサチにしか分からないことで、それでも兄貴分としては良い兆候だと感じていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
村の中を歩いていると、住民たちの勤勉さを知ることができる。
決して錬金術の恩恵だけに頼らず、それぞれに出来る事をしている。
「腐葉土とかを使ってるんだって……」
「ふようど?」
「森を富ませている土さ」
「へぇぇ、錬金術師って凄いのね」
俺とグレンダが町に行ってた時、サチはサチなりに村を回っていたみたいだ。
大体、暮らしに怯えているような生活を送っていれば、これだけ明るい表情で農業が出来る訳はない。
未来への収獲を期待出来るからこそ頑張れる職業であり、生活面で考えれば圧倒的に町の方が過ごしやすいだろう。
「それで、あの池なんだけど……」
「あぁ、あれか」
「結局、薬になるとしか分からなかったから」
「自然に千切れた触手状の根は、池の縁に流れ着く。獲物を攻撃した根は、池全体を澱ませる」
「『魔物化の一因かもしれない』って言われているよね」
「俺は単純に弱肉強食だと思うな。流れ着いた根は、薬にもなるし毒にもなるらしい」
「環境によって変わるんだね」
小さな村だけあって、一回案内されれば覚えてしまう位の広さだ。
最初にレドリックの住処が近くにある温室を訪ね、今は池を目指して歩いている。
本当は閉ざされた池なので、外的要因である俺が入っていくのは良くない筈だった。
それを快く許してくれたレドリックには感謝しかない。
「やあ、皆さん。お揃いで」
「……」
明るく話しかけてくるその横では、案内の少年がこちらを――サチを睨みつけている。
こちらの反応がワンテンポ遅かったのに気が付いたのか、レドリックが少年の後頭部を軽く押しながら再度挨拶を交わした。
「それで……、やっぱり気になりますか?」
「ええ。こういう結果も研究資料にしちゃうのが気味悪がられるのかと……」
「先生は!」
「コラ、まだ誰も何も言ってないよ」
警戒心を剥き出しにした少年は、主にサチをターゲットにしながらも威嚇を忘れない。
サチはこの状況を確実に理解した上で、俺と並ぶグレンダより一歩下がっている状態だ。
「朝一番に確認をしましたが、問題はありませんでした」
「それは良かった。俺の行動が台無しにさせたなら、レドリックさんに申し訳が立たないですから」
「初めての試みに失敗はつきものですよ」
「そう言って貰えると、サチも喜ぶと思います。なあ?」
俺の呼びかけにサチを前に出す。
レドリックさんと俺との会話だと思っていた少年は一瞬タイミングを逸し、ずっと機会を伺っていたサチは前に出るなり腰を折った。
「ごめんなさい、私が無知でした」
「怪しい実験をやっているのは事実だからね」
「せ……」
「でも! 私は世界を広くしたいんだ。私たちの可能性は、こんな場所で終わる程狭くはないからね」
「俺の監督責任でもあります」
「年長者として謝罪します」
「レイク兄さん、グレンダ姉さん……」
「じゃあ、こっちも謝らないとな」
「な、何についてですか?」
「私がお願いしたのは案内で、それは外からのお客様をもてなす事でもあるんだ」
「……はい」
「対話を怠った。それは、こちらに非があっても……」
「「ごめんなさい」」
サチと少年は同じタイミングで謝罪する。
そこに一点の曇りもなければ憎しみも見えなかった。
「じゃあ、お互いこれでわだかまりも無しということで」
「良かったなサチ」
「ありがとうございます。でも、責任の一端はレイク兄さんにもあるんだよ」
「うん、無自覚なのがね。でも、そこがレイクの良い所かも?」
いつの間にか問題がすり替わっていたが、それについての文句を言うつもりはなかった。
確かに火女神さまからの贈り物は特別なので、そこを羨ましいと言われたら返す言葉もない。
この旅は冒険者ギルドの研修という名目の他に、第二の人生を探す旅でもあった。
サチの魔力酔いは無くなったようだけど、贈り物である魔道具については十分に検証する必要が出てしまった。
場合によっては実践を交えて、サチの訓練もしないといけない。
まずは『レドリックの実験場』を、純粋な目で報告書が書けるくらいに視察しなおすべきだろう。
新しい発見があるかもしれないし、そうではないかもしれない。
それもまた良いかと、朝陽に向かい感謝を捧げた。




