032:解き放った理由
サチの悩みは彼が努力し、乗り越えるべきものだった。
かつては俺も同じことで悩み、それでも一攫千金を夢見て冒険者になった。
そして夢破れて、宙ぶらりんの状態で旅をしている。
「サチくん、先端が燃えてるよ」
「えっ? うわぁ」
金属製の火掻き棒の先には、明らかに焚火とは違う種類の火が灯っている。
サチは驚いた拍子に立ち上がり、火掻き棒の上部は黄色い火花に変わっていた。
「キレイな色だね」
「サチ、何ともないか?」
「うん……。えっ?」
焚火から分化したような火は黄色い火花に変わり、その火花が集まり一条の縄になってグネグネと動き始めた。
ほぼ同じタイミングで俺とグレンダは後退り、前後左右に動ける位置に構えて隣を見る。
「これって暴走?」
「パターン青かな?」
「よく分からないけど危険なんだよね」
「どちらに化けるかはサチ次第だな」
今思えば俺がしている指輪は、俺専用の魔力媒体のようなものだ。
通常の魔法使いは杖を使い、魔力を現象に具現化している。
魔力媒体も様々な種類があり、物によっては魔法の適正がなくても特定の魔法が発動するものがあった。
「俺たちは、『火女神さまに祝福されている』って言うからな」
「確か、最大級の祝福って……」
「あぁ、御許に召されることだな」
「で、どうするの?」
「一目で分かる魔力暴走を止めるには……」
「えーっと、意識を刈るのも危険だったよね」
「一番は本人に制御させるか、それとも魔力を枯渇させるまで捌くか」
「どれも一長一短だけど、私は相性が悪いみたい」
サチを無力化させるのは簡単だ。
そこに条件をつけないならば……。
「サチ、集中しろ」
「レイク兄さん、こんな状態で何を集中するのさ」
「カレンに教わっただろ? 瞑想でも何でも、とりあえず心を鎮めるんだ」
隣で槍を構えているグレンダは、普段とは逆に槍を持っている。
いざという時には石突の部分で攻撃し、サチを無力化するだろう。
ただ槍の大部分は木製であり、鞭のようにしなって襲ってくる火には相性が悪いだろう。
「うわぁ、ダメそう。何か、ごっそりと盗られるような」
「そっち方面は努力しなかったのか?」
「無駄な努力はしない主義なんだよ」
「現実的なんだね」
まるで大縄跳びの縄を回す方の人が縄に振り回されているような、そんな勢いのまま物理的にサチが振り回されている。
しかも、ごっそり魔力を消費させられているようで、魔力を失うと気力まで抜かれたような気分になる。
昔の俺は小さな魔法しか使えなかったけど、その感覚は身に沁みて分かっていた。
「仕方ない、このまま対人訓練をするぞ」
「ちょっと、今それどころじゃ」
「いいから、その縄を対象にぶつけるんだ」
「レイク!」
「俺には四六時中使っている『耐火』の魔法がある」
「それにしたって完全じゃないんでしょ?」
「それでも早く事態を収束させないと、村人を起こしてしまうぞ」
さすがに近くに民家があるような場所ではないけど、それぞれの生活の邪魔をしては申し訳ない。
なにより冒険者が来たから事件が起きたとか、余所者が来たから問題が起きたではギルドの使いとして最悪だった。
「分かった! レイク兄さん、僕の為に犠牲になって」
「そうじゃないけど行くぞ!」
こうして俺とサチとの戦闘訓練が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サチが持っている火掻き棒から派生している黄色い鞭は、俺をターゲットと決めると不思議なほど正確に狙ってきた。
傾げた頭と右肩と間を、まるで一条の光線のように空間を貫いていた。
「レイク!」
「大丈夫だって。ほら……」
右手に持っていた短剣を素早く左に持ち替えて、その黄色い炎を断つ。
俺が常時発動している『耐火』の魔法は短剣も包み込んでいるので、武器を傷つけることなく火の鞭を切断することに成功した。
「まだまだぁ!」
「サチくん、急に生き生きしてきたね」
「制御できるならしても良いんだぞ」
「うん、うわっ」
サチの持つ火掻き棒は、ある程度一定の位置を保ち始めた。
暴れているのはその先にある炎で、黄色から赤みが強くなっていく。
「レイク兄さん、ごめん!」
「ノリノリだね」
「俺って恨まれてるのかな?」
「羨まれてはいるみたい」
切り裂いた縄状の炎は、俺の背後で消えたのは分かった。
そして新たに先端が赤みを増した縄状の炎は、長さを一定に保ち始める。
別に縄で俺を拘束する訳ではないので、伸びきって使えない部分の炎は魔力の無駄遣いである。
問題はそれを無意識に制御しているのがサチであり、この状態が暴走しているのかどうか分からないことだ。
初手では首を狙い、今は脚を中心に狙ってきている。
きっとサチなりに俺に勝つ方法を模索しているんだろうけど、本当に勝たれては立つ瀬がない。
「大人の本気を見せてやるよ」
「大人気ない真似は止めようよ」
「死にたくないからな。グレンダ、後は頼んだぞ」
「うん、二人ともがんばって」
脚を使い相手の攻撃を散らしていく。
サチはサチでなんとか抑え込もうという努力は見えたけど、炎が俺のいた場所の地面を穿ちながら移動していた。
俺とサチの距離がどんどん近くなる。
サチの背後に回り首筋の良い場所をトンとすると、炎が最後の足掻きと俺の右手首に巻き付いてきた。
「なんとか引き分けた……かな?」
「ロギーには内緒な」
左手の短剣で巻き付いた炎を断つ。
まるでプツンという音が聞こえたみたいに、炎の先端は宙へと掻き消えた。
弱弱しく残っていた黄色い炎は、一瞬だけ火掻き棒へ巻き付いて霧散した。
「サチくん、寝ちゃったね」
「あぁ、本当なら一刻も早くカレンに送り返したいんだけどな」
「自分の武器を手に入れたら、サチくんも冒険者になるのかな?」
「分からない。分からないけど、冒険者なんて碌なもんじゃないぞ」
「それって私も含めて?」
「いや、年長者の体験談だな」
この火掻き棒ならサチに渡しても良いと思う。
ただそれが出来るのは、サチが完全に制御出来た時だ。
周りを巻き込むような力に振り回されているようじゃ冒険者失格である。
ただ、一つの才能を魅せたサチには、別の未来を見る可能性も生まれてきた。
錬金術師に劣等感を抱かず、この世界を生き抜いて見せる。
俺にとっても羨ましいことであり、弟分を誇らしいと思えた瞬間だった。




