030:まだらな気持ちの理由②
火女神さまに捧げた料理は知らない間に消えている。
今までの経験から言うと器ごと消えていて、いつの間にか革袋に入っているので気にすることはない。
問題は器を持ったまま悩んでいるサチの事だ。
けっして量が少なかったからという理由ではないと思う。
「バゲットとチーズもあるけど?」
「ううん、大丈夫」
「美味しいものを食べたのに、まだ気分は晴れない?」
「……」
うかない顔の原因は、やはり食事ではなかった。
無理に聞き出すことも考えたが、それはサチの気持ちが晴れることには繋がらない。
このままでは仕方がないので、俺たちはレドリックさんにした『お願い』を遂行しに池に向かうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ランタンに照らされた灯りは、池の手前側を妖しく浮かび上がらせていた。
ここにあるのは獰猛な植物とピラニアもどきである。
少なくともサチにはそう見えているし、多少なりとも知識がある人もそう感じている筈だ。
「間違って人が落ちないように柵を立ててるのね」
「わざわざ危険な場所を作ってやる事じゃないと思う……」
「まあな、一般的にはそれが正しいさ。サチ、これを頼む」
「うん、分かった」
「ちょっと、レイク。何で服を脱ごうとしてるの?」
「何って、グレンダには話しただろ?」
「また、のけ者?」
「いなかった人に、それを言う権利はないぞ」
脱ぎ散らかした服をグレンダが丁寧にたたんでいる。
今はシチュエーションが大事だから、そこに家庭的な要素は……。
あー、これ以上雰囲気を崩されると困る。
「行くぞ!」
「え? どこへ?」
「冒険者が行くところは、死に一番近い場所だろ?」
これがS級モンスターを退治しに行くなら恰好もつくが、進む場所は安全が確保された人工池だ。
しかも俺の姿はパンツ一枚で、グレンダは両手で顔を覆って――目の部分の隙間が少し大きくないか?
普通にしてくれれば照れはしないのに、妙な行動をしているとそこがヤケに気になってしまう。
どちらにせよ柵を乗り越えたのは俺だけで、サチの傍にはグレンダがいる。
緊急時の約束として、『グレンダより前に出ないこと』と決めてある。
今その事を理解しているかはともかく、俺はゆっくりと池の方に進んで行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
平穏なる藻と肉食魚がいる池は、一般の人がその存在を聞けば落ちたら死んでしまう罠だと思うだろう。
小さく完成された世界でも人が管理する以上、使いやすく創り出す。
「ちょっと、レイク兄さん」
「心配するな、少し冷たいだけさ」
池の縁にある小さな桟橋を歩いて行けば、安全に池の中に入っていける段差に辿り着く。
サチが掲げているだろうランタンの灯りは心許ないが、それでも月夜の灯りがサポートしてくれていた。
ここから見える平穏なる藻はオニバスのように、小さな子どもが乗っても大丈夫な大きさだ。
水面下では触手のような根が垂れさがっており、小さな肉食魚を捕食しようとする外敵を護っている。
「分かったから! 僕、レドリックさんにきちんと……」
「よく見ていろ! あっ、今のはナシな。説明はグレンダから聞いてくれ」
「サチくん、よく見てて。レイクの最後の雄姿を……」
「グレンダ! ギリギリ聞こえるくらいでボケるなよ!」
レドリックにお願いしたのは池の進入許可であり、少し汚してしまうかもしれない可能性だった。
徐々に藻に近付いていくと、その注意は俺の方に向けられてくる。
具体的には説明し辛いけど、俺と言う存在が藻と小魚を害する敵か見定めているようだ。
そんな事はおかまいなしに、肉食魚は俺の事を偵察に来ている。
今回ここにいる小魚は魔物化していない品種であり、雑食ながらプランクトンで十分なタイプを集めていた。
つまり敵意や捕食を目的に追い回さなければ安全であり、水鳥が優雅に羽根を休める為だけなら共存も可能だった。
「サチくん。どう? レイクが心配?」
「これって、口で説明すれば良かっただけじゃない?」
「うん、そう。私も言ったんだよ。サチくんは、そんなにバカじゃないって」
「そう言われると少し傷つくな。実際バカだったし」
「うーん。本当のおバカさんは、弟分の為に命を賭けて実験する人だよ。だから慕っちゃうってのもあるんだけどね」
「ロギーがついて行きたくなるの分かる気がする……」
「ロギー兄さんって言わないの?」
「アレは呼び捨てで良いんだよ」
池の最深部は肩が浸かるくらいで、平穏なる藻の周りを一周していると仲良く話している二人の姿が見えた。
折角寒さを堪えて夜の散歩をしているのに、こっちの事なんか見ちゃいない仲間に少し悲しくなる。
サチの不安を取り除くのは、正直上手く説明すれば済む話だった。
ただそれをレドリックがいない所で、きちんと説明できないといけない。
だから安全に関してはこれで済む話だった。
正直、樹に描かれた少女についてはどうもしないし、誰も手を出そうとしないだろう。
何となく不気味だから……。
それだけの理由で物を壊すと、どこで大きなしっぺ返しが来るかは分からない。
一回だけ二人の意識が離れた所で頭まで潜ると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
このくらいのしっぺ返しなら――静かにみんなに所へ戻ると、二人からかなり怒られたのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
再び元の場所へ戻り、ストーブの上で軽く湯を沸かす。
タオルを使って清拭し、パンツも変えたらさっきの衣服に着替える。
「ふー、さっぱりした」
「はい、レイク。白湯だよ」
「ありがとう」
「サチくんもね」
今日のサチは、今まで見てきたサチとは少し違って見えた。
理知的で気分屋、それでいて合理的でもある。
そんなサチが、今日は始終苛立っているようだった。
「なあ、サチ」
「ん?」
「もしかして、案内についてくれた少年か?」
「熱っ……」
俺たちはよく卒院生から『恵まれている』と言われていた。
在籍期間ではそんな事一欠片程も思った事がなく、むしろ両親が揃っていて農家に生まれたかったと言う子がほとんどだった。
今説明するならば、少し変わってくるだろう。
それは『冒険者になるなら恵まれている』と……。
「図星か……」
「な、なんで?」
確かにスラム生活者のように、その日食べるものを気にしないのは大きいだろう。
でもそれ以上に読み書きを覚えられる環境があって、エルフである養母から魔力の使い方を教えてもらえる。
時には先輩冒険者が戦い方を教えてくれるし、生活の為に薬草のある場所を共有できるのも大きかった。
それでも行きつく先は、軽戦士タイプの前衛にすぎない。
食糧事情の為か、小柄に成長する俺たちは戦い方まで似てしまう。
無駄に大きくなったロギーは稀な方で、メインアタッカーとして活躍が期待できるだろう。
そんな似た物同士の俺たちにとって、特別な職業・才能を持っている者は正直憧れる存在だった。




