003:安心できた理由
「だ、誰だ!?」
「良かった、無事だったんだな」
灯りを向けると三人の男たちが身を寄せ合い、毛布を被りながらブルブルと震えていた。
俺たちはみんなを探しながら歩いて来たので、言うほど寒いという実感はない。
掲げているランタンからも僅かな温かみを感じているので、同じ場所に居ても体感温度は変わってくるのだろう。
「もしかして、レイク兄ぃ?」
「育ての母が心配してたぞ。泣き虫ロギー」
「ふふっ」
「泣いてねぇし!」
「あの、貴方たちは……」
「救援部隊……だったけど、大丈夫そうですね」
「オルツさんが、今はまだ動くべき時ではないと」
「ロギーが、いつも迷惑を掛けています」
軽く黙礼してくるオルツは、どんな状況でも対応できる歴戦の猛者の目をしていた。
だてに『指導者』の二つ名を持っていない。
そしてロギーも『迂闊』と呼ばれ慣れているだけはある。
まるで昔拾ってきた、人懐っこいワンコにそっくりだった。
体力と体温を温存しないといけないのに、みんなが温めている毛布から飛び出ようとしている。
「レイク、天気はどうかな?」
「うーん。明日には収まるとは思うけど、足場は悪くなるだろうな」
「目的の物は採取できた。帰るだけなら何とか……」
そう言ったオルツは、ふと依頼人の方を見た。
「もしかして、怪我とかですか?」
「い、今は寒さの方が辛くて、痛みは感じていない……」
「レイク、どうする?」
「とりあえず暖が欲しいけど……。後はメシか?」
「あ、兄ぃ」
俺とグレンダは荷物を紐解いていく。
一番に考えるのは遭難者の救出で、俺が杖代わりにしていた長い棒は必要なさそうだなと地面に置く。
背中に背負っていたもう一本の棒と毛布を使えば担架になるで、手は塞がってしまうけど救出は出来そうだと持ってきた。
「火が焚けないのは我慢してくれ」
「こんなに沢山の毛布、重かっただろう?」
「安心して。法外なお金は請求しないわ」
「あぁ、だからロギーがかけた迷惑料も請求しないでくれよ」
「分かった、十分に検討しよう」
ここで初めて、みんなの顔に笑顔が浮かぶ。
ある意味、ロギーがいたから助けに来たので、そういう意味ではこのパーティーは幸運だろう。
「あ~あ。久しぶりに会えて、こんな状況じゃなかったらなぁ」
「こんな状況じゃなかったら?」
「兄ぃの料理、食べたかったなぁ……」
「ハァ……。助かったと思ったら、早速メシの相談か」
「だって、だってよ」
「焼き締めたパンはある。干し肉やチーズもだ。グレンダ、水は出せるか?」
「えぇ……。ただ、そんなには無理よ」
「マグに少しずつ入れてやってくれ」
荷物として持ってきたのは応急セット・食料・毛布が大半だ。
毛布なんかは紐解けば嵩張るけど、なるべくコンパクトにまとめて持ってきている。
屋外での食事は基本的に携帯食が多い。
調理中は無防備になるし、火を使えば煙が出る。
折角ここまで安全に探し出す事が出来て、こんな狭い場所に危険を呼び寄せたら本末転倒だ。
「慈悲深き水の神よ……」
「便利な魔道具だよなぁ」
「水さえあれば数日は死なないわ」
三人は毛布を脚元に集中させ、パンを薄く切り干し肉とチーズを乗せて食べている。
ナイフで削り取るのも大変だし、口中の水分を持っていかれる。
依頼人の男性は余程お腹を空かせていたのか、口いっぱいに頬張り軽くむせていた。
そこへオルツは水を差しだす。
「すまない……。私が無理を言ったばかりに」
「それは今更です。私たちでは求められた物を採ってこられたかどうか」
「オルツさん。俺には出来たと思……」
「ロギー、お前は黙ってろ」
お腹に少し入れたので落ち着いたのか、三人の顔には少しだけ精気が戻ってきたようだ。
あの頃、みんなに置いて行かれないように強がっていたロギーは今も虚勢を張っている。
依頼人とオルツのわだかまりが無くなった頃、またあの時のような我儘をロギーが言い出した。
「兄ぃ、寒ぃ……」
「こら、ロギー。我儘を言うな」
「懐かしいな」
「レイク?」
「ほら『聖火院』って貧乏だろ? 俺たちはいつも文句ばっかり言ってたんだ」
「兄ぃも言ってたっけ?」
「あの頃は兄貴ぶってたけど、俺たちは無力な子どもだったんだよ」
地面に毛布を敷いて車座になって話しているうちに、いつの間にか昔話を語っていた。
日が昇る前に起きて畑仕事をし、火の女神さまに祈りを捧げて食事を取る。
夏は野山を駆け回り川で魚を追いかけ、冬は寒さに立ち向かう。
そんな時はみんなで固まり押し合いながら、火の女神さまに捧げる歌を歌っていた。
「姫神さまかぁ」
「ロギーはいつも、『お姫さまって可愛いの?』って言ってたよな」
「言ってねぇし」
「そういう兄ぃだって、そのポーチ」
「え? この革袋が……うわぁっ」
ロギーは腰のベルトに通してある革袋を指差したと思ったら、急に辺りが光に包まれる。
一瞬にして光が収まると、俺はこの世界の住人でなかったことを思い出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「今のは……何?」
「レイク兄ぃ?」
「あぁ、多分神託なんだと思う……」
「すげぇじゃん」
「俺は冒険者を引退したんだ。今更神託とか言われても困るんだよ……」
「レイクさん。それで、どの神が何と?」
「オルツさん、きっと姫神さまに違いないですよ。ねっ、兄ぃ」
一瞬だけ顔を見る事は出来たけど、女性だったとしか分からなかった。
その代わり、一瞬のうちに多くの情報が脳を駆け巡る。
俺には前世があり、日本という場所で自由気ままに暮らしていた事。
その生が終わりを迎え、この世界で第二の人生を歩める機会を得られた事。
贈られる筈だった能力は上手く機能せず、結局このタイミングで理解することになったらしい。
「多分、そうだと思う。姫神さまは、救える命を救って欲しいと……」
「レイク、それって冒険者の仕事だよね?」
「グレンダ……。だから、俺にも限界ってもんがな」
「兄ぃ、痴話喧嘩はその辺で……」
「「痴話喧嘩じゃない!」」
やっぱりロギーは迂闊だった。
「ところで、そのポーチは?」
「あぁ、そうだ。オルツさん安心してください」
昔は肌身離さず持っていたと言っていいポーチ。
開かない袋でも、幼い頃は大事に持っていたらしい。
その中に、こんなものが入っていたなんて……。
スッとポーチに意識を集中すると、まるで魔道具のように魔力の一部を吸い取られる。
その代わりに開いた口から出てきたのは、乳白色で円筒状の物だった。
「それは?」
「はい、ストーブです」
そう、取り出したのは薪を使う暖炉ではなく、石油や灯油などで暖を取る地球産のストーブだった。
腰位まである高さだけど、使い方に関しては問題ない。
一つ疑問を投げかけるなら、何を燃料にしてどのくらい持つかだった。
『姫神さま』は『火女神さま』が語源です
『聖火院』のローカルネーム(ワード)でどちらも出てきます。
揺れていたらローカルネームだったと思ってください。