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029:まだらな気持ちの理由①

 星明りを感じるくらいの焚火は、どこか郷愁を誘ってくる。

 この火掻き棒を使うと、思った通りの光量と熱量を調整することが出来た。

 ポツンと存在するストーブは鍋だけに熱を集め、泡立ち始めた鍋に小さく慌てているグレンダとサチを余所に――俺はドンブリに貯めていた水をグルっと回し入れた。


「レイク兄ぃ!」

「えっ、何してるの?」

「何って、びっくり水だよ」


 考えてみると、この世界の料理は『焼く』と『煮る』に特化していて『蒸す』なんて見たことがない。

 だから途中で水を入れるような工程は存在しないし、煮ている途中の鍋に具材を入れるならまだしも水なんか入りはしない。


「それも秘密の作業……なの?」

「気になるか? サチ」

「美味しい作業なら気になるよ! ねっ、サチくん」

「最近のグレンダは饒舌だな」

「だって、美味しいは正義だし」

「正義……」


 インスタントラーメン限定か分からないけど、びっくり水を入れる理由は簡単だ。

 吹きこぼれ防止と麺のコシが強くなること――原理なんて知らないけど効果は理解している。

 手元に用意していた4つの卵を割入れ、サチの顔を確認する。


「迷える年頃か……」

「そんなんじゃ……」


「この『びっくり水』な……。言うほど難しい話じゃないんだ」

「料理のテクニックなら、俺より知りたい奴が……」


「なあ、サチ。情報なんてこの世界に溢れていて、自分に必要なものしか体を通らないんだよ」

「うんうん。なんか引っ掛かる話もあれば、大事な話でも忘れちゃうよね」

「じゃあ教えて!」

「あぁ、吹きこぼれ防止と麺のコシが増すだけだ」


 卵を投入したストーブの火力は少し弱め、ドンブリには粉末スープと白ごまを敷く。

 グレンダとサチの顔を見ると、その反応は正反対だと思う。


「それだけ?」

「あぁ、それだけだ」

「サチくん、こういうのって結構大事なんだよ」

「また二人にしか分からない事を言う……」


「何を焦ってるのか分からないけど、そういう時はまず腹を満たすんだ」

「えー、今答え合わせ……。ちょっと、このタイミングで料理を完成させる?」

「説明はグレンダに任せるよ。サチ、祈りを捧げたら喰うぞ」

「……うん」

「私も食べる。絶対食べるの!」


 これだけ騒いでいても、グレンダは周囲の警戒を決して怠らない。

 それでいて周りに悟られないように会話に参加している。

 たとえ安全な場所にいても、トラブルはどこからやって来るかは分からない。


 だからこその高位冒険者であり、自然体でありながら強くいられる姿を尊敬せずにはいられない。

 問題は獲物を見つけた強者のように、この塩ラーメンを鋭く見つめてくる事だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 やっぱり一番は火女神さまに捧げ、それから車座になって両手を揃えて『いただきます』をする。

 人差し指と親指で挟んだ箸はただの癖なのに、グレンダとサチは何故か真似をしていた。


 この国の主食はパンであり、それも雑穀が混ざったものや低級な小麦で作ったものもある。

 麺が無い訳ではないが、改めて食べる袋麺――特に久しぶりに食べる塩ラーメンには感慨深いものがある。

 フーフー、ズッっと啜れば、口福の波に蹂躙される。


「あー、美味い」

「もう、最っ高!」

「うん、うん!」


 パッケージは違っていても、中身は決して裏切らない味。

 PBプライベートブランドというよりもズバリあれじゃんっと言いたいけれど、そこを言うのは野暮だと思う。

 いつもの味、安心できる味、いつ食べても美味しく、決して裏切らない味。


「ねえ、サチくん。レイクがね、信条を曲げてまで作ったんだよ」

「えっ?」

「グレンダ!」

「ごめんなさい」


「サチにとって、今日は特別な一日だったと思う」

「……うん」

「特別な職業の錬金術師に会って、不思議な経験をしたよな?」


「レドリックさんは、悪い人じゃなかった」

「そうだな」


 冒険者ギルドに在籍していれば、悪意に対して敏感になる。

 一般的に『命を賭ける行為』と聞くと、強い魔物に相対した時と思われるだろう。


 自ら危険なダンジョンに乗り込み、事前情報無しで戦いに行くのは下の下の冒険者だ。

 依頼内容を確認し報酬を見定め、自身やパーティーの実力を天秤にかける。

 そこから必要経費を差し引き、大きな報酬を得られる行動をするのが冒険者としての常識だった。


 依頼人は嘘をつくし、危険は過小評価される。

 新規で組んだ仲間は虚勢を張り、場合によっては仲間を置き去りにして逃げる。

 もしパーティーで財布番を名乗り出たなら、一度は怪しむべきとも言われている。

 可能性だけで言うならば、前からしか攻撃をしない魔物の方が正々堂々としている。


「案内してくれた子も悪くなかった」

「そうだな」


「サチくんより私たちの方が知ってること多いのは、当たり前なんだよ」

「……うん」


 麺を楽しんだ後は、最後の方まで取っておいた卵の黄身に箸を刺し入れる。

 近くで食べているせいか、みんなの食べるペースは何気にシンクロしている。

 グレンダの観察眼はとても鋭く、俺が卵に取り掛かるのと同時に似たような行動をとった。


「好きなように食べて良いんだぞ」

「だって、それ美味しそうだったんだもん」


「レイク兄さん、グレンダ姉ぇ。悩める少年を、ほっとき過ぎじゃない?」

「大人は転んだら、自分で立ち上がるんだよ」

「ロギーには手を差し伸べる癖に」

「それを言われると辛いな。時々アイツ、わざと俺の所に来て転んでるんじゃないかと思うけど……」


「お兄ちゃん心をくすぐられるの?」

「咄嗟には手を差し伸べてしまうな」


 大家族あるあるで言えば、何故か家族の中で妙に愛される存在はいる。

 そういう意味ではロギーは得をしていて、サチは損をしているのだろう。


 だからと言って愛情に差があるかと言えば……。

 直近の弟で『味噌っかす』だったロギーが上手過ぎたと言うしかない。


 かすかに流れた黄身とスープがまだらに混ざり、そこを薄く切った硬いバゲットが通過する。

 目を見開いたグレンダは手を差し伸べたのでパンを渡し、サチは全てを飲み切るようにどんぶりを呷った。

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