028:泡立つ理由
法事も無事に終わりました。
ここから通常更新に戻れるかと思います。
パァンと乾いた音が鳴り響く。
ギギギと言いそうな不自然な動きで、サチの顔が正面の俺を捉えた。
「サチくん!」
「えっ?」
小さく漏れ出たサチの声に、グレンダはいそいそとタオルを取り出す。
「慈悲深き水の神よ……」
魔道具により生まれた水はタオルに吸収され、荒く絞るとサチの頬に素早く充てられた。
「サチくん、大丈夫?」
「……うん」
「なあ、サチ。それが、お前の答えか?」
「……分からない。でも、今のは僕が悪かったと思う」
「じゃあ……」
「でも、今は謝らない。謝りたくない」
「いいよ。理解されない職業だって分かって……」
「そうじゃない、そうじゃないけど……」
「じゃあ謝れよ」
レドリックさんが落ち着いてたせいか、案内の少年は声をあらげるだけに留まった。
静かに耐えていたサチだけど、どうやらこの辺が限界のようだ。
小さく震えていたサチは、ゆっくりと村の外に向かって歩き出した。
「サチ、職務放棄は許さないぞ。集合場所は分かってるよな?」
「ねえ、レイク。もうちょっと優しく出来ないの?」
「確かにアイツは子どもであり大人の時期だけど、俺たち聖火院の卒院生は早く大人になる必要があるんだよ」
「あの、レドリックさん。ちゃんと説明すれば分かって貰えたんじゃ?」
「ありがとう、ルチアちゃん。武器を向けてこないだけ、サチくんは優しい方なんだよ」
「ルチアよ、人の心はそう単純ではないぞ」
それぞれの立場を考えるなら、グレンダとサチは俺の管轄となる。
何より最後まで見届けると決めた以上、アサドさんとルチアちゃんは依頼主だしレドリックさんは発注元であった。
もし説明が必要なら俺がするべきだし、仲間の行動を御するのも俺の役割だ。
「一番の未熟者は俺かもな……」
「レイクまでそんなんで、どうするの?」
「どうもしないさ。レドリックさん、俺たちに少し時間をください。それとお願いが……」
「うん、大丈夫。ここの存在は、それだけ危ういことは分かってるよ」
今はまだ商業ギルドの納品の途中だ。
この実験結果も錬金術を使えば薬にもなるし、もし養殖に近い事ができるなら救える命は増していく、
ここは簡易的な小さく完成された世界であり、限りなく外的要因を排除した水生の畑のようなものだ。
錬金術は本質や不穏な噂を聞くと途端に怪しくなる職業だけど、研究成果はきちんと世の中に還元されている。
だからこそ『レドリックの実験場』が許されているし、危険を承知しているからこそ街から離れていた。
この世界で安全に農業が出来る環境は尊い。
そして実験農場という存在が税を安価にし、安定した雇用を生むことに成功している。
怪談の一つでもあれば魔除けにも使えるけど、サチにとってあの少女のレリーフは想像以上だったのだろう。
アサドさんとルチアちゃんに訊いても少女の事は分からず、レドリックさんもあの少女についてどうこうするつもりはないようだ。
流行り病によって消えた村、そこに居たであろう少女。
澱んだ魔力の流れを浄化する為に植えた苗は、現在ではただのシンボル的存在になっている。
無理に伐採や燃やそうとしない限り、ちょっと嫌な雰囲気がある程度にしか思えない。
俺たちに反応した原因をいくつか考えたけど火女神さまの存在くらいで、俺たちに出来る事は見守るだけしかない。
「それで、お願いって?」
全ての作業が終わるまで見守り、俺とグレンダはアサドさんとルチアちゃんを街まで見送ることにした。
二人を送り届けて陽が傾く頃、再び『レドリックの実験場』に辿り着き、膝を抱えて黄昏れているサチを見つけた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
再び『レドリックの実験場』に戻った俺とグレンダは、村長の家に向かう途中の木陰でサチを見つけた。
「……おかえり」
「少し落ち着いたか?」
「……」
「あのね。私たちの護衛任務は終わったから、この村を出ても良いんだよ」
サチは見上げていた首を再び地面に戻した。
気持ちを落ち着けても、今日の出来事をなかった事には出来ないのだろう。
「今日のは、全部理由があった……だよね?」
「そうだな」
「無知な僕が……」
「サチくん、知らないのは罪じゃないよ」
「……」
「今日のサチは、いつもと違って見えたぞ。とりあえずここにいても邪魔だから、村長の家に行って滞在許可を貰おう」
サチに手を差し伸べながらそう言うと、一瞬だけ俺の手を取ろうとして――スッと立ち上がったサチは衣服の埃を払う。
静かについて来るのは問題ないが、ずっとこんな空気が続くのはパーティーにとって良くない。
村長の家につくと空き部屋を勧められたが、俺たちは屋外で夜営をすることにした。
安全が担保されている村落では宿に泊まるべきだが、今日は俺たち三人で過ごした方が良い気がする。
元廃村だけあって、空きスペースはたくさんある。
まずは腹を満たす為すっかり調理器具と化したストーブを取り出し、その近くに焚火の準備をする。
火を前にすると素直になれる気がする。
聖火院に在籍していた俺たちは、そんな刷り込みがあるので仕方がない。
火女神さまの近くにいる安心感、それが今は必要だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
久しぶりに開いた段ボールから、いくつかの食材を物色する。
「ねえ、良いの?」
「今日は特別だな。でも調理が簡単な奴だぞ」
「レイク兄さん、それって?」
火女神さまからの贈り物である仕送り品、『ログハウス』の商品は主に洋食方面に特化している。
乾燥パスタや缶詰各種、そこに何故か紛れていた袋麺。
今回使うのはペットボトルの水と、この袋麺にしようと思う。
革袋から調理機材をいくつか取り出すと、雪平鍋のような物を見つけた。
銀色の片手鍋で柄の所が茶色いラーメン用の物……と個人的に認識をしている。
何故か出てくるラーメン用のどんぶりが四つ。
白い椀で縁に赤い四角のマークが描かれているので、間違いなくラーメン用のどんぶりだろう。
ペットボトルの水をどんぶりに四回注ぎ、ストーブの上に設置した雪平鍋に投入する。
「塩と味噌と醤油があるな。サチなら、どれを選ぶ?」
「答えになってない!」
「ん~……。こういう時のレイクって、正解を一番に持ってくる気が……」
「グレンダ。俺って、そんなに分かりやすかったか?」
「でも、これが一番美味しそうかも?」
質問していて何だけど、醤油や味噌を候補に入れたって味が分からないな。
そんな事を思いながら苦笑してみたけれど、やっぱり塩ラーメンが一番のような気がする。
少しだけ沸いてきた湯に、素早く四つの乾麺を投入する。
「あぁぁ、白米があったらなぁ」
「一人で盛り上がってるとこ悪いんだけど、説明はないんだね」
「サチ、世の中分からない事の方が多いんだ。そんな時はどうするのか?」
「……どうするの?」
「ちゃんと観察して、記憶したりメモを取ったりするの。そしてレイクがミソとショウユを隠し持ってることを忘れないこと」
「グレンダ、合ってるけど違うぞ」
「目で見て、鼻で感じて、舌で味わうの」
何故か俺が料理をすると、グレンダのテンションは段々と上がっていく。
普段は人見知りを決め込んでいるのに、何で自身を抱きしめながら熱弁しているんだろう?
確かに屋外の食事は街で食べるものとは違うけど、技術で言えば本職には到底敵わない。
そんな事を考えてたら雪平鍋の中身が泡立ちはじめ、二人の驚く声が静かにシンクロした。




