027:正しさの理由
【side:サチ】
レイクという名前は、僕の心にさほど響きはしなかった。
冒険者ギルドの評価としては中の中で、典型的に伸び悩んで挫折しているタイプだった。
人によって判断基準は異なるが、器用貧乏という言葉は冒険者としての評価が低い。
冒険者なら一芸に秀でた方がパーティーとしての価値が上がるし、リーダーという立場でも何かに秀でないとやってはいけない。
ましてやソロ活動ならば、大きな仕事に取り組む権利さえ得られない。
「へぇぇ。クールなサチくんが、誰かに興味を持つなんて珍しいね」
「そうでもなかったです」
「ふ~ん」
いくら聖火院は家族だと言っても、卒院した者まで全面的に信じるようなことはない。
家族だって気が合う兄弟もいれば、喧嘩ばかりする姉妹だっている。
それが遠くの親戚くらいの距離感になると、自分にとってはどうでも良い存在になる。
そんなレイクの存在を忘れそうになる頃、上司とも姉とも言える先輩からロギーの一報を聴かされた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者の仕事は全てが自己責任だ。
パーティーなら一つの運命共同体だが、それでも戻ってくるまでがミッションである。
だから魔道具であるドッグタグを使った救難信号も、多くの冒険者を救う一因としてはとても弱かった。
そもそも助けに行くこと自体が慈善事業みたいなものであり、高位冒険者やギルド職員が行く場合は事後処理の要素が強くなる。
雪が解けた後の冒険者カードを探すならまだ良い方で、遺骨探しともなると苦労する。
これがダンジョンになると、所有物はおろか自身まで吸収されてしまうから諦めもつく。
吸収のタイミングが分からない以上時間との勝負であり、達成しないことにはポイントとして数えられない。
だから慈善事業と言われており、いくら同年代を過ごしたとは言えレイクも断るものだと思っていた。
「サチくんも心配だよね?」
「えっ……。あー、はい!」
ここはダンジョンから恩恵を受けている薬の街。
だからと言って、全ての人を病から救う事なんてできない。
誰かを試す為に、誰かの命を賭ける。
いつの間にか胸の中に黒い靄が広がり、それを否定しようとして首を大きく振る。
『魔王が現れる所、勇者あり』
『小さき魔王は人心を困惑させ、大きな魔王は国を崩す』
『神が求め加護を与えし勇者に、魔王はその姿を崩していく』
義母が滔々と語るその一節は、いくつもの悲劇を内包していた。
内乱・飢饉・凶作から始まり、その過程で人の心を徐々に蝕んでいく。
俗に言う『魔が差す』もその状態で、いるかいないか分からない絶対的悪である魔王より、『優しい人でありなさい』とよく言われていた。
それならば、ギリギリ助けに行くか行かないかのラインで考えるべきだ。
冒険者ギルドに依頼して精査した以上、依頼主も適正価格で納得している筈。
そして選んだ冒険者も片方はベテラン選手だ。
運だけは良いと言われている男と、その運に巻き込まれたベテラン。
冒険者ギルドを漂う、どこか重い空気を払拭するべく、僕はレイクを探しに聖火院へ走った。
「じゃあ、誰かがロギーを叱ってやらないとな」
そこにいたのは冒険者としては甘々な、ただの優しい遠くの親戚の兄貴だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レイクへの興味は日に日に募る。
調べれば調べる程冒険者としては平凡で、まるで何も武器を持っていない自分に重なるようだった。
それでも無事に帰って来たレイクは、早々と冒険者を辞める話を再び始めていた。
これが自分の未来の姿なら、今のギルド職員への道が正しい選択をしていることになる。
「サチ、お手柄でしたね」
「僕は……、何も出来ませんでした」
「あなたの言葉がレイクを動かしたのですよ」
「……祈ってもいいですか?」
人は神の前では素直になる。
義母には言えない事でも、火女神さまになら吐露できるかもしれない。
そっと退室した義母を確認すると、レイクに関する事を漠然と謝罪した。
一番の罪は薬師とその患者の命を軽視した事で、ロギーについてはそれ程の思い入れはない。
『自分を律し、悪は赦さない』
その想いを胸の奥に焼き付け、今回の件を刻みつけることにした。
それがギルド職員としての正義となり、依頼者を守る規範になる。
それからはレイクを見張り続け、通常冒険者が忘れ去っていく大事なものを大切にしていることが分かった。
一言で言えば、お人よしの器用貧乏。
そこに兄としての責任を求められたら、|竜の巣穴(多少危険な所)にでも飛び込みそうな勢いなのが心配になった。
誰かが見てあげないといけない。
農業で食べていくことの苦労は一欠片も分かってはいない。
聖火院のルールとして、冒険者になるなら同じパーティーに在籍してはいけない。
不思議なことに、これを守る聖火院の冒険者は多かった。
それなら……。
絶対に文句を言うだろうロギーの対応はレイクに任せて、この旅を通してレイクのサポートと僕自身の今後を占おうと思う。
冒険者として生き抜いたレイクと、戦闘力は抜群のグレンダさん。
潤沢に預かった資金も、貧乏性なリーダーなら散財することはないだろう。
後はロギーの追撃を躱して、旅を楽しむだけだ。
その過程で何か覚えられたら最高だし、何も無ければ『異常なし』の報告でも成果となる。
そんな姿勢のまま一つの依頼を受け、傍観者の立場を通そうとしてたら……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここは錬金術師:『レドリックの実験場』で、金持ちの道楽として人体実験でもしているんだろうと思っていた。
ところが案内された場所はただの農村で、近くには安全な街が隣接している。
ホッとして見学をしてると、とある場所を案内された。
大樹というには小さいが、とても絵とは思えない少女が描かれた樹を見てしまった。
錬金術師と言えば薬師と混同されやすいが、人の命を扱う職業だと聞いている。
今でこそ聖火院も病で死ぬ事は少なくなったが、それでも怪我や病気には気を付けていた。
お金があるだけで救える命がある。
食べる物に困り、最後の望みとして冒険者になる者も数多く見てきた。
ただ農業を手助けしている錬金術師なら、こんな感情は抱かなかっただろう。
あの樹だって錬金術師が土地を祓う為に植えたものらしく、時系列的に関係ないとは言っていた。
ただ旅の錬金術師が都合よく、そんな苗を持っていたのか?
得体のしれない植物、得体のしれない肉食魚、その風貌からは薬師のような『人を救いたい』という感情は汲み取れない。
「ルチアちゃん。それって肉食魚だよね?」
「えっ? これも肉食魚なの?」
レイクもグレンダさんも、この魚が何かを理解している。
依頼主であるレドリックは勿論、商業ギルドのアサドさんやルチアちゃんが運んだのだから両者とも知っていた。
聖火院出身の冒険者が偉そうに語っていた『その程度の知識』は、ギルドで簡単に拾えるものだ。
そう豪語しながら仕事の合間にパラパラと捲り、分かっていた気になっていたのは誰だ?
胸の奥に広がる熱量に、不穏な言葉だけが強調されていった。
『肉食魚』『助けを求める少女』『命をもてあそぶ職業』『実験場』……。
だから精一杯の声で否定した。
この場所から、この危険から、大事な人達を遠ざけないといけない。
レイクは『見た通りの事実』だけを残せと言った。
そうだ、これは絶対に間違ってない。
「どうせ、ペテンで丸め込んだんだろ?」
行きつく結論は目に見えていた。
だから否定のこの言葉は絶対に正しい。
その瞬間、僕の視線は何故か相手を捉えていなかった。
ゆっくり首を正面に戻すと、レイクが悲しそうな目をしている。
そこからジワリと、頬の一部に熱さが灯り始めた。
『なんだ……。優しいだけじゃないじゃん』
そんな事を考えていると、周りの時間が一斉に動き出した。




