026:騙されたくない理由
シンボルである樹からレドリックさんがいる所まで、俺たちの会話が弾む訳はなかった。
多くの冒険者は自らの事を『正義の味方』と思っているだろう。
それを支援する冒険者ギルドもまた『正義の味方』であり、緊急時には戦力として数えられる組織になっている。
そんな沈黙を真っ先に破ったのはサチだった。
「僕は記録に残すよ」
「あぁ、問題ない。でもな、正しい眼で見たそのままを残せよ」
「レイク、正しい事って難しいよ」
「そうだな……。だから俺には、分からないとしか言えない」
「それって逃げじゃない?」
「そう思うなら、もっとレドリックさんの話を聞くべきだな。会話が出来ないモンスターなんかより楽だろ?」
「やっつけた方が楽なのに……」
最後の言葉に反応したのは先頭を歩く案内の少年だったけど、こちらを振り返ることはなかった。
実験場と名付けられてはいるが、ここは立派な農村のモデル地区だと思う。
一時的な感情でこの場を荒らし、後は知らないと投げ出すような事だけはしたくない。
そうこうしているうちに、みんなが集まる所まで戻ってくることができた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戻って来た場所は、水を抜いた後の池のような所だった。
「おかえりなさい。皆さん……、お疲れのようですね」
「なかなか見られない物を見ましたから」
「それなら、こちらも凄いですよ。多少の危険はありますが……」
軽薄なレドリックさんの発言に、サチの眼圧が増したような気がする。
こういう時のグレンダは自然体だし、持っている槍もまた緊急性を示していない。
レドリックさん、見た目だけで言えばマッドサイエンティストな雰囲気なんだよなぁ。
多分同年代だろうけど、生成りの白衣風の衣装でアフロヘアー。
アクティブな科学者だと、物語では悪役で出てくるイメージだ。
そんな事を考えていると、アサドさんとルチアちゃんは残りの荷から二つの物を取り出している。
一つは水槽のような物であり、一つはバスケットボール大のマリモのような物だった。
「ルチアちゃん。それって肉食魚だよね?」
「えっ? これも肉食魚なの?」
「レイクさんは博識ですね」
「本来は大人しい魚なのですが、魔物化して繁殖した可能性があるとも言われています」
一般的にピラニアみたいな肉食魚と言われてるが、本来はプランクトンを食べながら成長するメダカやグッピークラスの魚だ。
足の皮を食べるドクターフィッシュみたいな習性から、『水場の掃除屋』の異名がついている。
その異名が魔物化と相俟って、骨一つさえも残さないと噂されているらしい。
明確な線引きをするのは難しいけど、この魚がいる池に入ったからといって即座に死ぬ訳ではない。
多分こっちの種類は魔物化していない方だし、グレンダが判断出来なかった事からまず間違いないだろう。
レドリックさん・アサドさん・ルチアちゃんの関係性からも安全が分かったし、実物を見てそうだと確信がもてた。
「そろそろかな?」
「うん、そうだね」
案内の少年の言葉にレドリックさんが追随する。
この感じは温室でスプリンクラーが動く前と同じような雰囲気で、池の中央から金属製の突起物が生えだした。
「まずは平穏なる藻から」
「はい、投入します」
突起物から滲みだした水は、思いの外水量が増すスピードが早い。
あっという間に突起物は見えなくなり、その代わりに投入された藻は風に乗ったように池の中心部まで届いていた。
水に触れた球形の藻は、まるで何かに屈したようにその姿を変えていく。
「あぁ、この植物なんだ」
「普段は擬態してるんですが、分かりますか?」
「名前は知らなかったのですが、特徴は知っています」
見た目は池に浮かぶ蓮の葉で、縁が内側に折れて人が乗れそうなタイプのものだった。
実際はサンゴとカクレクマノミの関係みたいな共生タイプの水草で、大きな魚の通過を邪魔する地下茎みたいなものを展開するらしい。
この地下茎がやっかいで、下手な大型魚くらいなら軽くあしらう事ができる。
その動きが触手のようでもあり、事情を知らないと水場が荒れに荒れてしまう。
「じゃあ、これからやる事も?」
「多分、『触手』ですよね」
「実際は触手ではないのですが、なるべく自然な形で採取をしたくて」
「鮮度が命ですからね」
アサドさんがウンウンと頷いていると、ルチアちゃんが肉食魚の放流を始める。
入っていた水草ごと池の縁に流し込むと、サチが顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
「分からない……。分からない、ワカラナイ、わからない」
「どうしたサチ?」
「だってこの魚は、魔物になるくらいの危険な奴だろ?」
「可能性としては無くはないね」
「その草だって、危ない物なんだろ?」
「うんうん。外敵を堕とすくらいはするし、切り刻んで栄養にはするよ」
「実験場とか言って、どうせ最後は村人を餌にするんだ!」
「サチ!」
「サチくん!」
「レイクさん、良いんです……」
正直薬の材料に、魔物由来の素材が使われることは多々ある。
この世界でも医食同源的な思想があり、同位同食で考えれば素材になる理由もわかる。
ただそれを一般人に説明することは難しく、効能の証明をする為には専門家に見てもらうしかない。
その専門家が鑑定士であり、錬金術師でもある。
ただ鑑定士や錬金術師と言ってもピンキリであり、本人の実力を証明するのはとても難しい。
この村を見学して分かったのは、レドリックさんには一定以上の実力があり、案内の少年にも特別な何かを感じ取る能力がある事。
そして少年はレドリックさんに心酔しているようだった。
「私の信用なんて、村長に担保されたものですから」
「そんな事ない! 先生は俺たちを認めてくれた」
「どうせ、ペテンで丸め込んだんだろ?」
「先生をバカにするな!」
サチの言葉を遮るように少年の声がこだました。
そして、その言葉も遮るように……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【side:サチ】
僕の名前はサチ、異国の言葉で『幸せ』という意味があるらしい。
僕たちは幼い頃から共通の義母がいて、その人を中心とした家族を演じている。
たまにくる義姉義兄たちは僕たちに食事をご馳走してくれる親戚のようでもあり、その瞬間だけ良い顔をしていれば良いだけのイベントデーだった。
そんな歪な家族ごっこをしていると、時々説教じみたことを言う人が出てくる。
特に『聖火院』の僕たちに言われるのは、『お前はツイている』であり『お前はラッキーだ』だった。
確かに現状を考えると食事に困る事はない。
過去の先輩たちが積み重ねた信用で職に就けているし、苦労話を聞いているからこそ外の世界は大変だと思う。
たとえそれが将来の自分への実績になるからといって、それを恩と思う必要性も感じられなかった。
ただ『本物の家族がいたら違ったのかな?』と、そんな想いだけが胸の中にモノクロの堆積物として暗く降り積もっていた。
「サチは将来何になるんだ?」
小さい頃から、よく話されていた現実。
聖火院の子どもたちは、先輩を見習って冒険者に憧れを抱く者が多い。
一部の現実主義な奴は技術職を目指し、その他は食に関係する職業に関わろうとする。
自分を磨くという部分では全員に共通するが、本当に極々一部に女を磨いている義姉がいた。
主に肉という土産を持ってくる先輩たちは、色々な面で僕たちの事を心配してくれる。
真っ先に心配するのは『腹は減ってないか?』で、その他にも生きる術についてが多かった。
そして肉を持ってくる先輩が取る行動は主に二つ。
自分は我慢して俺たちに喰えと言うか、俺たちがヒクくらい食べるかのどちらかだった。
戦闘技能も魔法の適正もなく、それでも冒険者への憧れを捨てきれない僕がいた。
そんな中途半端な僕が目指したのは、冒険者ギルドだったとは笑えない。
それでも義姉義兄が持ってくる情報はギルドで分かる程度のもので、たまに自慢しに来る大人の底の低さを垣間見た気がした。
結局僕の欲しかったものはその程度のもので、それでもその程度のものが手に入らない現実があった。
「サチくん凄いね。こんなに頼りになる弟欲しかったなぁ」
段々とギルドの仕事に慣れた頃、僕の評価はこんなもんだった。
職員見習いだけど、元々ギルド職員を目指す者は少ない。
一部、有望な冒険者と接点を持つ為に入社する受付嬢や、冒険者を引退した優秀な人材として引き抜かれる例はある。
ただ生存率で言えば冒険者は勧められる職業ではなく、いずれ衰える体に対して貯えをしないといけない。
満たされない得意気の中で、このまま一生自分を騙せたら良いかと思っていた頃、一人の先輩の名前を耳にした。
それは欲しかった才能を振りかざし、小さな義弟たちを騙していたロギーがよく話していた人物だった。




