025:見せた理由
温室のすぐ隣にある小屋から出てきたのは、まるで爆発コントの後でアフロになったような髪の男性だった。
頭をボリボリ掻きながら、あくびを隠すこともなく自然体な姿でやってきた。
「レドリックさん!」
「なんだい? ルチアちゃん」
「もうちょっと身だしなみに気を付けてください。お客さんもいるんですよ」
確かに俺たちの護衛任務は一つ前の街までなので、安全が担保されたここまで来る必要はなかった。
旅の間に湧いた純粋な興味と、せっかくここまで来たんだから最後まで見守った方が良いと思っただけだ。
一歩下がったグレンダは俺の背中に隠れているし、サチは興味深そうにレドリックさんを観察している。
「レイクです。高名な錬金術師の方に会えるなんて光栄です」
「ただのしがない研究職ですよ。あまり聞きなれない職業で驚いたでしょう?」
握手を交わすと硬い掌に、ただの研究職ではないなと感じた。
サチとグレンダを紹介するとレドリックさんの勧めもあり、一人の少年を案内につけてくれた。
アサドさんとルチアちゃんは納品の準備があるらしく、俺たちは簡単に村――もとい実験場を見学することにした。
まず驚いたのが温室に植えられていた草花ではなく、その施設の完成度だった。
均一な強度で金属を一直線に作ることは難しく、その長さが伸びれば伸びる程難易度はあがっていく。
均等に並べられた柱に少し強度がある透明パネルを並べ、大きな空間が造られていた。
「うわぁ。この植物、毒々しい色だな」
「ちょっとサチくん。無闇に近付かないの」
「まあ大丈夫だろ。それより同じ植物なのに、若干変化がみられるな」
「そこは『てろわーるの違い?』を意図的に作り出しているみたいです。難しい事なのでわかりませんが」
「多分、植生に変化をつけたいんだろう」
「へぇぇ、冒険者なのに博識なん……失礼しました」
「博識な冒険者って普通じゃない? だって相手の事を知らなければ死んじゃうし」
「グレンダ姉さん。普通の冒険者は武器を振り回して、急所に当たったらラッキーなんだよ」
「何それ、恐い考え方」
とても温室の植物を見ながらする会話ではないと思う。
そんな事を考えてたら、案内の少年が『少し下がってください』と俺たちに注意を促した。
「アツさと魔力が充填されると……始まります」
この少年、どこか勘が鋭い所があるのだろうか?
指定された所は安全地帯らしいが、いきなりの現象に驚きを隠せなかった。
地面から鉄の棒が現れ、その先が花弁のように四つに割れ始める。
するといきなり回転をしだして、スプリンクラーのように水を噴射し始めた。
「おおぉ、錬金術って凄い!」
「レドリックさまのお陰で、村は凄い発展をしてるんだ」
「これが各畑に?」
「そこまでは無理だけど、色々な知識で作業しやすくしてくれてます」
話を聞いていると、どこかの漫画にあったような錬金術の【等価交換】は科学のように存在しているらしく、多少魔法の効果は上乗せされているにせよ材料がないとどうにもならないようだ。
逆説的に言えば、原理がきちんとしていれば誰にでも錬金術は使えるらしい。
そこに魔力という不確定要素が混ざるから難しくさせているだけで、誰もが魔道具を使える可能性があることに繋がっている。
その後は長閑な農村風景を歩きながら、実験場のシンボルでもある樹を目指した。
ここを案内してくれた少年はしきりに『安全だから』と繰り返し、武器は手にしないで欲しいと念を押された。
「なあ……。それは俺たちから見たら危険で、ここの人は大丈夫ってこと?」
「見た目が奇妙なだけで……。でも、魔除けに悪魔の石像を飾るとか聞いた事があるし」
「多分、これが村長代理の言ってたアレかな?」
「私たちの武器は槍と火掻き棒だし、攻撃してこなければ大丈夫だよね」
「危険って分かってるなら、先手必勝一択じゃない?」
「サチ。世の中には言葉を使う生物もいるし、人にとって友好的な相手もいるんだぞ」
大きな樹――広義で言うなら植物っぽい魔物は数多く存在する。
ウォーキングツリー・トレント・マンドラコラ・アルラウネetc。
食虫植物の大きくなったハエトリグサやウツボカズラなんかもいるし、植物系の魔物の近くには虫系の魔物も多いと聞く。
それなら見せなければ良いだけなんだけど、アサドさんとルチアちゃんのお眼鏡に適ったから包み隠さないことにしたようだ。
確かこの実験場が出来た経緯は、廃村にやってきたレドリックさんが住みついたことに由来する。
放棄された村は荒れ果てて、代わりに近くに街が出来ているから、ここに住む理由は少なかっただろう。
「そう! その時に一本の苗木をもっていたレドリックさんが、穢れを祓う為に植えたんだ」
「それなら穢れを集めた樹が……」
「グレンダ、憶測で考え過ぎると失敗するぞ」
「レイク兄さんは恐くないの?」
「どちらかと言うと、固定観念に縛られる方が怖いな」
「そろそろ着きます」
体高5mくらいの樹は、村のシンボルと呼ぶには程良い大きさだった。
青々と茂る葉とは対照的に、幹の部分は深く黒く老成していた。
「なんか、いつもと反応が違う?」
「なあ、危険なら案内しなくて良いんだぞ」
「危険じゃない! だけど……、いつもと違う気がする」
微かな違和感と言われても、初見な俺たちと案内の少年では感じる所が変わってくる。
ここの案内は何回かしているようで、その時には違和感はなかったそうだ。
貴族・騎士・商業ギルド・聖職者・冒険者等、案内した人は多いけど樹は普通に樹のままだったようだ。
「サチ。こういう時は、どうしたら良いと思う?」
「レイク兄さん、それって僕の仕事なんだけど?」
「サチくん、レイクは冒険者の先輩として聞いてるんだと思う」
「う~ん。今までの人になくて、僕たちにあるもの……」
「そうだ。そして安全は保障してくれている」
「本当にその言葉を信用してるなら、レイク兄さんはとんだお人好し……だったね」
「多分、原因はこれだろう」
杖代わりにしている火掻き棒は、火女神さまに贈られたものだ。
だから特別な効果があっても驚かないし、その効果は既に確かめてある。
地面を軽くトンと突くと自立する。
……それだけだけれど、火掻き棒の先端にランタンをぶら下げると便利だ。
「後は俺とサチが火女神さまに加護をもらっている可能性もあるが、そうだったら仕方がないしな」
「植物が火を恐れる……か。グレンダ姉さんの槍は関係ない?」
「エルフに言わせると、植物と鉱物は相性が良くないけどね」
「へぇぇ、やっぱり上級冒険者さまは博識なんだなぁ」
「じゃあ、ご対面といくか」
自立する火掻き棒をそのままに、少年が言う不思議な部分まで回り込んでみる。
そこにあったのは幹の部分に描かれた『膝を抱えた少女』の陰影で、特に顔の部分がまるで生きているかのような精巧さを見せていた。
「ヒッ……」
「うーん、よく出来た彫刻なのかな?」
「年代と樹が成長した経緯を計算すると……。とりあえず生気は感じないな」
「ってことは?」
「とりあえずは安全だろうな」
どこの世界でも仏像や生々しい絵は存在する。
大体、三個点があったら人の顔に見えると聞いた事があるし、もしこの少女がレドリックさんの関係者だったら隠す筈だ。
錬金術師――俺の頭に浮かぶのは優秀な薬師だが、薬師は錬金術の技術の一部に過ぎないと思う。
永遠の命に対する探究者であり、『賢者の石』と呼ばれる宝石を作成する技術者だ。
生木を燃やすのは難しいが、今まで来た見学者が反応しなかったのだから問題ないだろう。
レドリックさんの身内という可能性が低いなら、考えられるのは流行り病の頃の生贄か……。
それもレドリックさんが祓う為に植えた樹木なら、その時点ですべき対処は終わっているだろう。
俺たち三人は樹に向かって軽く手を合わせ、少年の案内でレドリックさんの所へ向かうことにした。




