019:相談する理由
各所に多くの支援をもらっているとはいえ、側面としての聖火院は自給自足を目指している。
多くの者は卒院までに未来を見据え日々研鑽を重ねていた。
昼間の義母は聖職者として活動しているし、他院から来ているシスターは多くを学んでいるだろう。
「お待たせしましたね、レイク」
「いえ、ここでやるべき事が終わったので……」
「そうですか、では決めたのですね」
「はい。……でも、その前に相談が」
冒険者を諦めた理由は既に話してある。
結局は努力不足か、そもそも向いてない職業だったのだろう。
最大の理由は決定力が足りていない事で、俺にできることは誰かができることだった。
浅く広く長期間過ごしたお陰か、そこそこの小銭は貯まったので決断できたことだ。
アキウム一家と話した事で少し考える時間がとれ、旅をしながら第二の人生の過ごし方を再考しようと思っている。
どちらにせよ場所探しから始める予定だったので、軌道修正にはちょうど良かった。
「それで相談というのは?」
「最近、誰かを助ける度に火女神さまに力を頂いている気がするんだ。魔物を倒しても微々たる成長しか出来なかった俺が……」
「神託がありましたからね。これほどハッキリした声を聴いたのは初めてですよ」
ロギーたちの救助は利己的な感情論で行っただけで、見ず知らずの冒険者が遭難したなら運が悪かったと割り切っていただろう。
アキウムさんにしたって、返しきれない恩をちょっとだけ労働力で返しただけだ。
自身の魔力が上がったタイミングがこの後なので、『人助け』に該当したのは確かなのだろう。
ただオルツさんは吹雪が止むまで力を蓄えていたことや、アキウムさんには家族が寄り添っていたこと。
全てはタイミングであり、俺が関与しなくても上手く回っていた可能性もあった。
「レイクは現実主義者なのですね。でも貴方がいた事で、勇気が湧いたという事はありませんか?」
「火女神さまからの支援という意味では……。ですが、俺の使える数少ない技術が……」
「あら? 貴方が真面目に勉強していれば、こうはなりませんでしたよ」
「それを言われると辛いな」
魔法に精通する義母は何かの折に色々と教えてくれた。
おとぎ話から始まり、時にはまだ見ぬ魔物の話――そこには過去の暗い歴史も含まれていた。
そんな物語によく出るのは使途という存在で、神々の代理人たる使途が人々を導いていく。
時には剣・時には魔法で、たまに商人による面白話もあった。
その流れで冒険者に憧れを抱く者が増え、聖火院はそういう気質を持つ者がとても多かった。
そんな時義母は、『身を護る術・身を立てる術を持つように』とよく言っていた。
「お祈りの時間は、睡眠の時間ではないのですよ」
「小さな子に目を閉じて寝るなって言う方が……」
「ふふふ、分かってますよ。貴方は、ちゃんと努力していました」
「火女神さまには二つの魔法を授かりましたからね」
前世で読んだラノベ的思考だと、この世界の魔法は必ずしも系統立てられていない。
神さまだって一神教であり、多神教のような世界観だ。
主神と従属神、更に細分化できない力ある者が存在している。
この世界の人は生きるのに弱く、それでも多くの贈り物によって強い存在になりつつあった。
一つは神さまの奇跡や魔法の存在であり、もう一つは技術革新による成長だ。
この街で言えば薬草が採れる場所が多く、薬師が集まり切磋琢磨しながら伸びていった。
すると一芸に特化した街が出来上がってくる。
「火魔法は、とても繊細なのです」
「どうにかなりませんか?」
「火属性の回復魔法は相性に問題があるので、返って丁度良くなったのでは?」
「もう片方は、捨てるには惜しい魔法ですからね」
王都に行けば、それなりの実力者が揃っている。
魔道具も田舎よりは安くなるし、戦闘力・魔法自慢の騎士・貴族たちが多くいるだろう。
そんな人達と肩を並べなくても、日常生活を送る上で火の存在は不可欠だ。
暖を取るだけならストーブはあるが、どう考えても聖遺物クラスの魔道具だった。
今は俺にしか使えないが、聖職者ならノドから手がでる程の物だと思う。
好事家に売るのは心情的には納得できないし、そうなるとこぢんまりした家を購入して設置するのがベストだろう。
そうなると生活魔法クラスの着火の魔法は、覚えておきたい技術だ。
毎回毎回爆発が起きてしまうなら、夜営では使い物にならないだろう。
「では限られた時間ですが、最後の講義をしましょう」
「お願いします」
この時の俺は、昔散々言われていた話を欠片すら残さず忘れていたことに愕然とした。
義母の教えに無駄な物は何一つなかった。
普段がポヤポヤしている上に恋愛話が好きな童顔なので、ついついその事を忘れそうになる。
ただ森の妖精と謡われるほどの亜人は魔法に精通しており、その実力は折り紙付きだ。
知らず知らずの内に英才教育を叩きこまれていた俺達は、素直に魔道具を使うことができる。
それすら技術であることを分からずにいたことを恥じないといけない。
この日俺は新しい魔法をいくつか覚え、着火の魔法を取り戻すことに成功した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日の夕食は、俺がご馳走すると決めている。
大抵の先輩たちは多くの肉を買ってきて、大盤振る舞いするのが美徳とされていた。
だからアキウム家の義兄二人も殊更『肉』を強調し、肉を食べられるのが幸せの証と思われていた。
何日か一緒に過ごすと、少しずつ親愛の情は湧いてくる。
その分、無理に良い物を食べさせるだけが愛ではないなと思えていた。
「レイク兄さん。野菜を買ってきました」
「僕はパンをたくさん買って来たよ!」
「じゃあ、調理も手伝ってくれるか?」
「「はーい」」
段々と仕事から戻ってくる後輩たちを見ながら、ここでの生活を思い返していた。
俺の小さかった頃はみんなもっとバカで、今の後輩たちのように一致団結はしていなかった。
喧嘩もすれば派閥争いもあって、時には男女で殴り合ったこともあった。
どちらが勝ったかは名誉の為に伏せておきたいと思う。
「それって新しい調理器具? お芋が茹でられるんだ」
「ねえ、これ本当に刻んで大丈夫? そのままの方が美味しそうなんだけど」
「みんなでいっぱい食べるんだろ? じゃあ、いっぱい作らないとな」
少しずつ増えていくギャラリーを巻き込みながら、タマネギとモツを刻んで炒めた後に茹でた芋と一緒に混ぜていく。
マッシュしている作業が楽しいらしく、小さな子が並んでやりたがる仕事だったようだ。
キャベツの千切りを任せた子はとても上手で、俺の顔を見ながら高速で刻んでいた。
すると年上の子に、きちんと叱られる。
『刃物を持った時は遊ばない』それは暗黙の了解だった。
モツを似ていたスープはすっかり寂しい状態になってしまったけど、根菜類を中心に煮込んでいくとその本領を発揮する。
最後に大量のネギを投入し、溶き卵をぐるっと一混ぜすれば具だくさんの野菜スープは完成だ。
「後はサチがグレンダを連れてきたら最後かな?」
夕食の準備はすっかり整った。
後は大量の油でコロッケを揚げまくれば夕食の完成である。
コトコトに煮込まれているスープに、みんな視線が集中している。
ところが不思議な事に、蓋をした鍋からは香りが拡散することはなかった。
「なんか地味じゃない?」
「バカ! お前は調理を手伝っていないからそう言えるんだよ」
「でも俺、肉がいいなぁ」
そんな食べ盛りの後輩を温かい目で見ながら、ストーブから鍋を下ろし油の準備を始めるのであった。




