015:幸せな理由
穏やかにぐずり始めたアズを抱いているアキウムさんは、所在なさそうに周囲を見回していた。
そんな姿にいち早く反応したのは母親であるナターシャで、アキウムさんはホッとした表情を浮かべている。
母親の腕に抱かれたアズは大きく泣くこともなく、夜空を見上げるように静かに眠りについた。
「ありがとう、ナターシャ」
「お父さん?」
「「親父?」」
「あぁ、ゼルにフォスか……。どうしたんだ? こんな夜中に勢揃いして」
「親父のことが心配でな。それで……」
「ふむ……。きちんと食べてるし不調な所はない」
「でもよぉ」
「フォス! 親父が良いって言うなら良いんだよ」
とても大丈夫とは思えない現状を見てしまったせいか、次兄フォスの言いたい事は痛いほど分かる。
それでもアキウムさんの精一杯の強がりをみていたら、長兄ゼルの決意も分かる気がした。
「この間フォスがやった事を赦してほしくて……。あれは俺の指示だったんだ」
「兄さん」
「いや、俺が兄貴の真意を理解しないままやったせいだ。親父ごめん」
「いったい皆、何のことを話してるんだ?」
「それはレイ……」
「親父、コイツが誰か分かってるか?」
断続的な記憶を繋ぎ合わせたんだと思うアキウムさんは、俺の顔をジッと見つめてくる。
さっき話した内容を、どこまで覚えているか正直分からない。
でもスイッチが入ったように家族の顔を思い出したんだから、今は正気に戻ったに違いないだろう。
この数日間、顔を合わせて挨拶をすることはあったけど、アキウムさんはどこか夢現な状態だった。
「ふむ……。これはクイズか何かなのか?」
「いいから、いいから」
「長い事逢えていなかったが……、レイクだろ?」
「ねえ、お父さん。何で、私に向かって言うのかな?」
「確か昔はフォスに連れまわされ、ナターシャがその後をついて行く感じだったな」
「あの頃は多大な迷惑を……」
「子どもが元気なのは良い事だ。ただ、守るべき事は守らんとな!」
「あ~、柿の木な」
こちらが二人を兄と慕っている以上に、二人は聖火院の子どもたちを弟分と思ってくれていたようだ。
それは義姉義妹も一緒で、ナターシャにはひそかな憧れと共に『高嶺の花』と思われていた節がある。
あの頃の俺たちは精神年齢がとても低く、どちらかというと女性陣の方が現実主義者だった。
将来を見据えてシスターになった者もいれば、早くから奉公先に狙いをつけていた先輩も……。
「それで、こんな夜中にどうして集まってるんだ? ゼル」
「レイクが、この街を捨てるらしいんだよ」
「ゼル兄さん!」
「大きくは変わらないだろ? どうなんだレイク?」
「アキウムさん。俺は……、冒険者を引退することにしたんです」
「そうか……」
「それで新しい土地で農業をしようかと……」
「ふむ……」
緊張しながらアキウムさんの言葉を待っていると、何故だか妙に喉が渇いてくる。
多くの人が農業に従事するこの世界では、おかしな考えではない筈だ。
夢破れはしたが、俺の人生はこの先も続いていく。
「職に困ってるなら、俺の仕事を手伝えよ」
「案内してくれた子から聞いたが、ギルド職員の話もあるんだよな?」
年齢で言えば冒険者なんて、いつまでも続けられる仕事ではない。
ギルド職員という機会は与えてもらったが、人の夢が叶う・敗れる姿を目の当たりにし、応援できるほど人間は出来ていなかった。
俺の腕は短いし、手の届く範囲はアキウムさんを含めた家族が精一杯だった。
「二人とも、男の決断に口を挟むんじゃない!」
「お父さん……」
「聖火院の子どもたちは、幼い頃から自身の境遇を理解している」
「「あぁ……」」
「たとえお前たちから見て、今のレイクが燻っているように見えても……」
アキウムさんは手近にあった火掻き棒を消えかけた焚火に差し一混ぜすると、炎は最後の命を一瞬だけ燃やし始める。
急激に酸素を取り込んだせいか? それともアキウムさんの技術によるところなのかは分からない。
「お前もそうだろ? レイク」
「……はい」
「随分と歯切れが悪いな。もしやり残したことがあるなら、それは後悔に繋がるぞ」
「アキウムさん……」
「こいつらは踏み固められた道を歩き出した。それはそれで評価しよう」
「それならレイクだって家族だろ?」
「兄弟だって同じ考えが正しいとは限らないさ。だから、その決断を見守るのも家族だ」
「人一倍優しいレイクだから、色々考え過ぎちゃうのよね」
聖火院で育った俺の常識は、『この世界では、これが当たり前だから』で止まっている。
前世の記憶を取り戻した今、俺の第二の人生はいくつかに分岐を始めていた。
この土地を捨てる。
確かに、そうゼルに言われればそれまでだろう。
先に旅立った義姉義兄たちを思えば、踏み固められてはいないけど獣道くらいにはなっている筈だ。
そして俺の歩く道も後輩へと続いていく。
「あー、もう。小難しい話は止めだ止め」
「フォス、お前のそういう所が……」
「折角の再会なんだ。まだエールはあるんだろ?」
「はい!」
「じゃあ、末っ子のやることは分かってるよな?」
「もうフォス兄さん。そうやって何でも押し付けるのは……」
「ふむ、改めて乾杯とするか?」
「もう、父さんまで……」
アキウムさんを心配してみんなを集めたのに、何故か俺への説教で終わった謎の飲み会?
エールの樽はすっかり軽くなり、愚痴いっぱいのトマト風モツ鍋(※ほぼキャベツ)はすっかり空になっていた。
長兄次兄のゼル・フォス兄弟はこのまま戻り、ナターシャ親子は久しぶりに実家に泊まるらしい。
そして別れ際にゼルが告げた一言は……。
「俺の息子は変わり者でな。畑仕事がしたいって言うから、親父預かってくれ」
「ゼル兄、それを先に言ってくれよ」
「そうか……。責任もって教えるとするか」
そんな感じだった。
きっと多くの事を話し合い、長兄の責任として決めた事なんだと思う。
それを理解していたのはアキウムさんとナターシャで、フォスは肩透かしをくらったような感じだった。
ただ俺たちは一緒に過ごしたこの時を忘れない。
火を前にした俺たちは話し合い、温かい一時を共にしたのだ。
キャベツメインのスープ。
それは見る人が見たら貧しく映るかもしれない。
でも季節の息吹を腹に収め、それが記憶として残っていく。
ちょっとした酒はスパイスにもなるし、子どもだった聖火院時代の俺には出来ないことだった。
三々五々散っていくと、不意に暗闇からサチが現れた。
「レイク兄さん、片付け手伝うよ」
「随分殊勝だなサチ」
「本当は輪の中に入りたかったけど、まだ早かったみたいだしね」
「ロギーの武勇伝は、聞かなくて良かったのか?」
時々あるイベントは聖火院生には人気の行事だ。
たとえそれが陳腐なものでも、まだ見ぬ可能性を夢見るには十分すぎる情報だった。
「僕にとっては、この物語をみんなに伝えたいけどなぁ」
「それは秘密だと言ったよな?」
「分かってるって。後、義母には?」
「そこはきちんと伝えるさ。アキウム少年の淡い初恋は伏せるけどな」
きっとアキウム家は幸せになる。
そして新しく来るアキウムさんの孫世代が、ハシムやサチより下の子どもたちのリーダーになってくれるだろう。
その時アキウムさんは頑固親父でいられるのか? それとも好々爺となるのかは分からない。
「じゃあ一緒に帰るか?」
「うん。その前に、その道具について教え……」
「お子ちゃまにはまだ早い!」
「えー……」
俺にもまだ出来る事がある以上、安易に答えを出すのは良くないと思う。
まずは色々な人と話をしよう! それが未来の道に繋がるかもしれない。
サチへの口止め料は、料理をご馳走することで手打ちとなった。
もともと義母やグレンダに振る舞う予定だったから問題ない。
そして大量に炊いてあるモツは、食欲旺盛な聖火院の子どもたち向けとも言えた。
「楽しそうだな、サチ」
「うん、毎日が輝いてるよ」
「真っ直ぐ育てよ!」
これは卒院生としてだけではなく、同じ境遇で異なった考えを持つ俺からの切実な願いだった。
俺たちには火女神さまがついている。だからきっと未来は明るいに違いない。
このランタンの差す光は、帰るべき家に続いているのだから。




