011:失敗の理由
ストーブの上に乗った鍋には、大量のモツが静かに踊っていた。
下処理もしており、臭みを消す香味野菜も入れてある。
現在はコンソメベースの中にモツだけの状態だけど、まだ誰に食べさせるかは考えていなかった。
聖火院近くで作ればあっという間に食べつくされてしまうし、かと言って人に食べさせる事を職業にはしていない。
火女神さまからの贈り物が『ログハウス』社のPB商品っぽいので、レトルト品の調理ならそれなりに美味しい物が出来るだろう。
ただ一口にカレーやシチューと言ってもバリエーションは無限だし、普通に作ればある一定以上の料理になる事は分かっている。
コンソメキューブが一つあるだけで、後は塩梅の問題しか残っていない。
だからまず、どの状態を理想とするのか?
ハンバーグだったら生焼けを避け、焦げすぎないように気を配るだけだ。
場合によっては表面だけ焼いて煮込んだって良い。
ホールトマトやデミグラスソースまであるんだから、どうにでもなるだろう。
「で、何の用だ? サチ」
「ハァ……。さすがに、ここからは動けなかった……」
「偵察って訳でもないんだろ?」
「これは個人的な興味かな? って」
疎らに植えられた樹を渡りながら、アキウムさん家の休耕地――というか俺に会いに来たようだ。
鍬を持つ俺は、それほど気合を入れて作業はしていない。
実際ストーブの運用実験と料理勘の向上を目的としており、異物を除去した後は畑を掘り起こしていた。
良い土には良い作物が育つ。
それとは別に冒険者としての経験を駆使して、モグラや兎などの小動物から畑にとっての害獣までその痕跡を探していた。
少ししたらアキウムさんの家の柵も補修する予定で、その為の材料も買い揃えてある。
巣立った俺たちに出来る事は本当に少なくて、それを一回の何かで返せる程少ない恩を受けたとは思っていない。
ただこのままで行くと、アキウムさんの支援はいずれなくなるだろう。
考えてみれば少数の善意を当てにしている時点で歪な構造であり、いつまで経ってもその構造は変わらなかった。
聖火院出身の一人が成功者になれたとして、その成功が聖火院に結びつくとは限らない。
「ハシムには伝えてあるけど、特別なことはしてないぞ」
「うん……。あっ、それと幾つか伝言を預かってるんだ」
まだ聖火院に所属しているサチは、俺たちとは少しだけ違った道を歩みだしている。
通常は薬草採りや街のお使いを通して学び、段々と戦う訓練を積んでいく。
ここに暮らしている者は総じて小柄な体が多く、冒険者を目指す場合は短剣を使い素早さを重視する。
もちろんサチも小柄で人懐っこい性格だけど、それをギルドの伝令という形で全振りしていた。
そんなサチからの報告は主に二つ。
一つは薬師の先生の調合が間に合い、薬が無事に届けられたこと。
これにより患者は快方に向かっているらしい。
もう一つは冒険者ギルドからの要請で、『一度ギルド職員の試験を受けてみないか?』という内容だった。
ちなみに今回の救助はボランティア要素が強く、決まった額をもらえる訳ではない。
全ては救助する側と救助される側の交渉に委ねられており、なかなか救助に行く者が少ないのが現状だった。
ただ冒険者とはギルドが抱える人財であり、貢献度はランクにも結びついてくる。
いくら強くてもランクが上がらない者もいれば、そこそこの強さなのに高ランクの者がいるのがこのカラクリだ。
そしてギルド職員の道を強く推したのは『指導者オルツ』だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「すぐに返事はいらないってさ」
「そうか……」
「でも、『もし街を出るなら、一度会いたい』ってオルツさんが言ってたよ」
「あぁ、分かった」
この世界で定職に就くのはとても難しい。
土地は広く未開地は数多くあり、可能性だけは残っているがその分障害も多かった。
それは環境であり魔物であり既得権益だ。
新規事業を興すには信用が大事で、それには金・地位・名誉などが絡んでくる。
場合によっては国や貴族に取り上げられ、簡単に切り捨てられる事も考えられた。
過去の記憶が蘇ったことで料理屋の選択肢も出てきたが、火女神さまからの贈り物を使えなければ大したものは作れないと思う。
肉屋の主人を誘えば面白い事は出来そうだけど、成功している者に負担をかけるのは良くない。
だからこその農業であり、叶うならスローライフでも送れれば最高だと考えていた。
今は農業の片鱗を味わっている所であり、とてもではないけど『簡単』で済ますにはいかない苦労が予想されている。
「サチは今幸せか?」
「……ん? 随分と変わった事を聞くんだね」
咄嗟に出た質問に、俺自身が困惑している。
もし俺が物語の主人公なら今頃どこかの王女でも娶り、悠々自適な内政モードにでも突入しているだろう。
それともハーレムで苦労するかは分からないが、周りから見たら羨むくらいの生活を送っている筈だ。
ところが実際は、五体満足ながらも志半ばで冒険者を引退。
この先に待っているのは農民A――どころか、農民XYZくらいのポジションだろう。
これが世の中の条理であり、王女どころか貴族にさえ関りがないのが一般人の歩む姿だった。
この世界で身の丈にあった幸せとは農家であり、土地を取得して暮らせるだけで……。
「アキウムさん……」
「そう言えば、レイク兄ちゃん。アキウムさん見ないね」
「あぁ、話はついているから良いんだ」
「そう……。じゃあ、そろそろ……」
「なあ、サチ?」
なんとなく微妙な空気が漂ってきたところで、俺はサチに一つの依頼を提案する。
これは冒険者ギルドに所属する冒険者への依頼であり、予算内で済むならサチが何人雇おうが構わない。
俺は俺でやる事があるし、時間的に俺が出来る最後のことだろう。
サチには報酬の革袋に入ったお金を渡し、早急に対処して貰えるようにお願いをした。
ここからは時間との勝負だけど、まだ準備することは山盛りだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大量に煮込まれたモツは、いくつかの鍋に分けられていく。
不思議なことに調理された料理は鍋ごと革袋に仕舞うことができ、材料として購入したものは入れることが出来なかった。
その他にも収納出来るもの出来ないものは明確に分かれていて、大抵のものは革袋に入れることが出来なかった。
ストーブが入る時点で規格外ではあるし、元々入っている鍋に料理を入れれば旅をするのに問題はない。
今は小さなココット鍋に少人数で食べられる分だけ入れ、それをいくつか用意する。
もちろん一つは火女神さまへの捧げものであり、事前に味見をしみてたら口の中でプルプル震えて大変だった。
コラーゲンという奴だろうか? 火女神さまって言うくらいだから、美容には気を遣うのだろうか?
他には肉屋の主人への土産として考えている。
もし俺の案が採用されれば、聖火院から雇っても良いという話も出ている。
冒険者時代にお世話になった店だし、繁盛すればその分手土産も増えるだろう。
可食部分は任意だし、そのギリギリを攻めるなど俺もよくやったものだ。
「姫神さま。しばらく作業をしているので、鍋ごと持って行ってください。空焚きはとても危険なので……」
俺はそう呟くと、また畑作業を再会する。
何事も経験だけど、今更修業で受け入れてくれる先は少ない。
収獲だけの手伝いは別として、農業は個人事業主であると共に、一つの共同体の側面を持っている。
だから俺自身も少ない経験から多くを学び、早く成長しなければならない。
ふと、サチの言葉を思い返す……。
今更冒険者ギルドの職員になって、段々と衰えていく体のまま成功者を見送るなんて出来ないだろう。
そこには圧倒的に敗者が多いとしても、心を殺して遂行しないといけない任務がある。
「もし義弟・義妹が行方不明になったら……」
この甘さが俺の弱さであり、きっとギルド職員として間違った選択をしてしまうだろう。
だから俺は畑に鍬を入れる。
それが成功できなかった冒険者の『なれの果て』なのだから。




