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010:苦悩する理由

 日の出と共に働き、日の入りと共に体を休める。

 蝋燭を使うにせよ油を使うにせよ、無駄なお金を使えるほど聖火院は裕福ではなかった。

 だから剣の訓練は星明りの下で行い、無駄な体力を消費する訳にはいかない朝は……。


「声が小さい!」

「「「「「「押っ忍」」」」」」


 気持ち的には冒険者を引退し、数少ない休日を後輩たちの為に使おうと考えていた。

 ただ買う物は揃えたし、聖火院の家庭菜園はハシムに任せれば問題ない筈だった。

 たまに来る、迷惑な義兄や義弟の指導方針に問題がなければ……。

 爽やかな朝なのに、足取り重く外に出てみると……。


「ハァ……。一応聞くけど、何してるんだ?」

「あっ、レイクあにぃ。後輩の体力の無さを嘆いていました」

「ハシム?」

「俺は……、やんわりと……」

「分かった分かった。それでロギー? 朝からどうしたんだ?」


 どうやら後輩たちの準備が整った所で、水桶の運搬に荷車を使おうとしたのをロギーに見咎められたようだ。

 そこから『軟弱』だの『俺の小さな頃は』だの、いかにも偉ぶる先輩モードに突入してしまったらしい。

 何もない場所でエアーでの農機具の素振り、道具が足りない者へは『その辺の棒でも持て』などと早朝なのに迷惑極まりなかった。


 道具なんてのは使わないと意味がない。

 大事に使うのは当たり前で、壊れたからと言って新しい物を買って貰えるとは限らない。

 だから丁寧に使うし補修の仕方も覚える必要がある。

 もし仮に荷車が使えなくなったとしたら、その分苦労するのは後輩たちなので、それはそれで問題なかった。


あにぃと姐さんに御礼を言いたくて。あっ後、毛布を寄付しに」

「それって、アレだよな?」

「沢山あって洗うのに手間取って……。レイクあにぃ、その節は本当にありがとうございました」

「もう散々聞かされたから良いって。みんな、ロギーから毛布の差し入れだ」


「せーの」

「「「「「ロギー兄さん、ありがとうございます」」」」」

「おっ、おう……」


 俺が目で合図すると、ハシムは全員を連れて毛布を持たせて聖火院まで走って行く。

 入れ替わりに出てきたサチがこちらを見て、無反応なまま冒険者ギルドの方へ足早に歩いて行った。

 あの騒ぎの中、完全に自分のペースを守っているのはある意味大物だ。


「あっ、もう? もうちょっと感謝の言葉があっても……」

「ちゃんと御礼は言ってただろ?」

「だって、こんな機会でもないと……」


 話を聞いてみると、ロギーは思いの外よく聖火院に来ているそうだ。

 そこでは主に冒険者への道を語り、年少組からは憧れの目で見られていたらしい。

 ちなみにサチは『迂闊なロギー』の二つ名を知っていたので、必ずしも聖火院の中で同じ情報が共有されているとは限らなかった。


 ただ『指導者オルツ』に言わせると、ロギーの評価は少し違ってくる。

 恐ろしく勘が鈍い所もあれば、ある場面で鋭いまでの運を発揮する。


 元々年長組に混ざって行動していた事もあり、俺たちの世代は特に冒険者に憧れる者が多かった。

 ロギーは早くから手頃な枝を持ち、来る日も来る日も素振りを続けていた。

 それが実を結び、今では剣で戦ったら敵わない実力になっている。


 状況判断は苦手で暴走しがち、でも肝心な所では防具や運でその場面を切り抜ける。

 オルツに言わせると、結局生き残った者が優秀な冒険者であり、その冒険者が牽引するパーティーは強いチームとなる。

 だからロギーを見捨てないのは……、見捨てないのは……。

 そこまで言ったなら苦悩しないで欲しかったと、思い出しながら笑みがこぼれそうになった。


「あの毛布はロギーが俺から買ったんだ。別に購入先は問題じゃないだろ?」

「レイクあにぃとの思い出として、一枚くらいは取っておきたかったんだけど……」


「俺たちは寒さも、ひもじさも経験しただろ?」

「うん」

「じゃあ、みんなは寝る時にロギーに感謝すると思うぞ」

「分かった! それであにぃ、今日のご予定は?」

「俺は親孝行だな。……と言っても、畑仕事さ」


 アキウムさんの休耕地の話をすると、何故かロギーは考えこんでいた。

 俺たちにとって恐い人で通っていたけど、俺にとっては時が経つにつれて本当は優しい人だったと懐かしく思い、ロギーは成長するにつれ段々と苦手意識を持っていたようだ。


 うちの家長はエルフのカレンだし、ポワポワしてて恐いという印象はない。

 だから余計にアキウムさんに対しては、義兄義姉の影響を受けたのだろう。


「ロギーが来る必要はないんだぞ。大体、冒険者が畑を耕してどうする?」

「そういうならあにぃだって……」

「俺は引退したから良いんだよ」


「なら俺と一緒に冒険者しましょうよ。オルツさんもあにぃの事褒めてたし」

「カレンとの約束を忘れたのか?」

「それは……」


 この聖火院を卒院するにあたり、いくつか約束をさせられた事がある。

 一つは真っ当に生きること。

 これはどんな時も主神や火女神さまが見ているから、自身の行いに恥じない生き方をしないとダメだからだ。


 もう一つは冒険者になるにあたって、卒院生同士でパーティーを組まないこと。

 これは色々な含みがあるようだけど、詳しくは教えて貰えなかった代わりに、どんな意味があるか話し合った事がある。


 俺たちにとって生きる事は試練であり、その試練の志半ばで心が折れてしまうこともある。

 その時に仲間を置いて逃げられるのか? また仲間の失敗を家族に伝えられるのか?

 便りがないのは良い便り――養母カレンが見送ってきた家族に、何人天寿を全う出来た者がいたのだろうか?


「まあ、そういうことだ」

あにぃ」

「まだ何日かいるから用事があれば来るといい。あっそれと、指導は夜だぞ」

「そ、そんなの知ってっし」


 未だに義弟ポジションが抜けないロギーにも、義兄ポジションに憧れることがあるのだろう。

 それでもロギーが助かったことでカレンは喜んでいた。

 火女神さまがこのタイミングで力を貸してくれたのも、きっとロギーの持つ運によるところが大きかったのだろう。


 俺は面倒臭そうにロギーを追い払うと、アキウムさんの家を目指した。

 ちなみにハシム以下後輩たちは、俺とロギーが話している最中に静かに動き出していた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アキウムさんの休耕地は、大分荒れ果てていた。

 大きな異物をあらかた回収すると、今度は雑草取りなどにかからなければならない。

 根元を残して刈っては意味がないので、地味な戦いは長期戦へと突入することになる。


 早朝なので少し肌寒いけど、魔力のテストも兼ねてストーブを用意している。

 鍋に湯を張り、下処理したモツを何回か茹でこぼしながら熱を加えていく。


「農作業のついでに料理か、料理のついでに農作業か分からないな」


 このストーブは魔力で動く魔道具だけど、熱量の調整に他に範囲の調整も出来ることが確認できた。

 火女神さまから頂いたものなので、どこか神聖な雰囲気があり、その上で料理をするのは少し憚られる。

 ただ俺たちは食に対して貪欲なので、信仰と空腹を天秤に載せたら傾くのは……。


「あっ、アキウムさん。おはようございます!」


 どこか幽鬼を思わせるその足取りは、お酒でも入っているのか少しだけ心許ない。

 それでもこちらを認識し、まるで誰かを探すような仕草は悲しいものがあった。


 アキウムさんの未来には自身の息子が農作業をし、幸せな家族の一員として過ごす姿があったのだろう。

 外に出ていった息子・娘たちが自分を呼んでいる――それはアキウムさんも理解している筈だ。

 それでもアキウムさんの家はここであり、奥さんがいた家でもあった。


 今を見つめるのはとても辛いと思う。

 でも、いつかは現実をみつめ、アキウムさん自身の幸せを取り戻して欲しい。

 そのパーツは多分揃っているし、後は天秤に載せる物を決めるだけなのだから。

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