001:冒険者を辞めた理由
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時としてダンジョンは、自然の猛威を忠実に再現する。
そこには魔物もいればボスもいる。
階層全体が一つのフロアになっている通称『登山エリア』は、様々な恵みをもたらす採取エリアでもあった。
「はぁ……、今日で何日目か……」
「大体、これじゃあ割に合わねぇよ」
「お、俺はきちんと依頼料を払うんだぞ」
三人の男たちがいるのは、このエリアを象徴する『エイビス山脈』の中腹にある浅い横穴だった。
外は猛吹雪で予定帰還時刻はとうに過ぎていた。
その理由は依頼主がワガママを言い、採取について行くと言い出した事だった。
冒険者二人は当日になって、採取ミッションから護衛ミッションが追加される。
それも平時なら何でもない依頼の筈だった。
今回不運が重なったのは、『自衛が出来る』と完全武装で来た依頼主が思いの外動けなかった事。
そして『登山エリア』が暴走し、天候が猛吹雪に変わってしまったからだ。
「脚は痛みますか?」
「あっ、あぁ……」
ぼんやりと光る魔道具を見つめながら、三人は干し肉を齧る。
浅い横穴と言っても、大人数人が雑魚寝出来るくらいのスペースはあった。
ただ依頼主は、色々な所が抜けていた。
冒険者なら当然用意する非常食も、依頼主にとっては常識の範疇に入っていなかった。
怪我を癒すポーションは非常に高価で、遭難時に虎の子である薬を手放す者は少ない。
ましてや文句を言いながらも歩ける程度の者に、それを提供する義理はなかった。
三人の心中は複雑ながら、身を寄せ合いながら毛布を被る。
このぬくもりが途切れた時、三人の命も途切れるのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時は少し遡る。
この日俺は無事に、冒険者を辞める決心をしていた。
主に採取や『街の何でも屋』的な仕事をしていたけれど、年齢も30歳を目前にすると段々と先行きに不安が募ってしまう。
それでも毎年色々な意味で冒険者仲間が減る現状を考えると、この辺がケジメをつける潮時なのかもしれない。
「そう……。決めたのね、レイク」
「あぁ、グレンダ。元気でな……」
最後に挨拶すると決めたのは、何かと俺の事を気にかけてくれたグレンダだ。
年齢は5個以上も下だけど、自慢の長槍でいくつもの強敵を屠って来た頼もしい女性だった。
それに比べて俺は、細かなサバイバル術と少しの魔法を使えるのがやっとのツマラナイ男だった。
沈黙が場に広がり、別れの言葉を伝えてもとても動きにくい。
仕方がないので冒険者ギルドへ挨拶に行き、長年停滞していたCランクカードを返納しに行くと伝えるとグレンダはついて来るようだ。
冒険者は所詮根無し草、少しだけ貯まった蓄えをもとに畑仕事でも始めるかと決意を新たにした。
「えー、レイクさん辞めてしまうんですか?」
「あぁ……。『聖火院』に挨拶に行った後、辺境で畑でも耕すかなってな」
冒険者ギルドで馴染みの受付嬢に報告してると、何故かグレンダが背中側の服を引っ張ってくる。
振り向くと絶妙なタイミングで離してくるので、とても注意しにくい状態だ。
「レイクさんは依頼達成率が高くて、とても人気だったのに……」
「その限界が、このランクって訳さ」
「とても残念です……。あっ、えーっと……。戻してもらって良いですよ」
「返納しようと思ったんだが……」
受付嬢の説明によると冒険者カードに返納義務はなく、様々な特典があるので持っておいた方が良いらしい。
基本的にはどの都市へも出入りが自由になり、緊急招集がかかるのは上位冒険者がほとんどになる。
指名依頼は断る事ができ、基本的に税制面でも優遇される。
但し、『市民権』を取得する時に関わってくるので、家や畑を持つ場合は注意が必要だった。
「まだ、この街にはいますよね?」
「あぁ、生まれ育った街だからな」
後ろの肩辺りでブンブンと音が聞こえてくるけど、グレンダは何をやっているのだろうか?
とりあえず俺が育った『聖火院』に行って、養母に報告をしないといけない。
受付嬢に挨拶が済んだので冒険者ギルドを後にする。
何故か当たり前のように俺の後をグレンダがついてくる。
「はぁ、ここで……」
「最後なんだし、私も『聖火院』に行く!」
「……そうか。きっと、マザーも喜ぶさ」
世間が認識する『聖火院』と、俺たちが思う『聖火院』は違う。
前者は主神の足元に跪く従属神の一柱を祀る施設であり、後者はそこに隣接する孤児院を含むものだ。
子供達は畑仕事をしながら15歳まで過ごす事が出来る。
熱心な子供は信仰に目覚め、そうでない者も生活の中で神に祈りを捧げるのは普通の事だった。
ここの卒院生の行動は主に二つに分かれる。
出世して援助を続けるか、関りを一切断ち新しい人生を再スタートさせるかだった。
建物の正面に立つと、古さと閑散とした雰囲気が目に付く。
主神に感謝を捧げるのは当たり前だけど、生活に密着した神々を敬うのも忘れてはならない。
ただ圧倒的に農業に従事している者が多いため、『土・水・火・風』で考えると前者に祈りを捧げる者が多かった。
「いつか、この建物を立て直してやるって出たのになぁ……」
「街からの援助はないの?」
「それがあってコレなんだよ。火の加護は、それほど人気じゃないらしい」
「あら、レイク。お帰りなさい」
その一言で、懐かしさと共に郷愁の念を感じてしまう。
鈴の音のように心まで響く言葉は、俺たちを育ててくれた養母カレンの声だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カレンに案内されて、ある部屋に入る。
そこは俗に言う応接室のような場所で、俺たちは『懺悔室』と呼んでいた。
いつまで経っても見た目が変わらない養母はエルフであり、『聖火院』に居る者・来る者の多くはカレンを好きになる事が多い。
色恋沙汰が好きなカレンは、相手が誰か分からない状態でも根掘り葉掘りと聞いてくる。
聞き上手な性格と人生経験を元に、多くの者がその内情を吐露し、恥ずかしい想いを積み重ねてきた。
「それでそれで?」
「なあグレンダ、その辺で勘弁してくれないか?」
「まだまだ、あるわよ」
久しぶりの帰郷のせいか、それとも新しいゲストの為なのか?
カレンは俺の小さい頃の話をグレンダに暴露していた。
『聖火院』の子ども達は耐性がついているので、紅茶を飲みながら時が過ぎるのを待つばかりだ。
困るのはチラチラとカレンが向けてくる視線で、まるで『何時切り出すのか?』とでも言いたそうな力強さがあった。
グレンダとは一緒に来たけれど、今日この時から二人が歩む道は違ってくる。
ついでに俺の道も変わる予定だけど、その話はまだ出来ていない。
「もう、あの時は本当に困ったわ」
「昔から正義感が強かったんですね」
「そうね。でも弱いのに、立ち向かう必要はないと思わない?」
「うっ……」
誰にでもあるだろう、自分なりの武勇伝。
それが外からの評価だと、こんなにも滑稽なものかと胸を抉られるようだった。
それでも行動派な俺としたら、やるべき時に動けない自分はないと思っている。
特に家族が危険に晒されたなら、俺は考えもなく飛び出してしまうだろう。
カレンの話が一息ついたので、今日ここに来た目的を伝える。
今迄グレンダが冒険で助けてくれた事。
今後は辺境地にでも行って、農業をして生活しようかと考えている事を話した。
幼い頃から冒険者ギルドに出入りしたせいか、遠征に出掛けたついでに色々な村を回って来たのを思い出す。
これが今生の別れになるかもしれないけど、カレンは祝福してくれるだろうか?
「そう、貴方が決めたのなら応援するわ。でも、行き先ぐらいは決めて行くのよ」
「はい、きちんと報告します」
グレンダは首を縦にブンブンと振っている。
これから農家になる男と関わる事はないとは思うけど、そう考える事自体が不義理なのかもしれない。
最後に『祈りの間』に場所を移し、幼い頃のように手を結び祈りを捧げる。
心の中を満たす充足感、幼い時は空腹に負けていたので今程心の中が温かくなる事は少なかった。
祈りが終わると、カレンから話があるようだ。
それは俺が置いていった、小銭を入れておくような小さな革袋の存在だった。
拳大くらいの大きさで、きつく締められた紐がその存在感を主張していた。
使えない革袋を持っていても仕方がない。
そんな理由で置きっぱなしにしていた、どこで手に入れたかは分からないけど俺の物だった。