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6.


 翌朝、とにかく気乗りしないが仕方がなくアイリスの実家に顔を出して、暫く会うこともないであろう家族に挨拶をした。


「お世話になりました」


 中身が別人格であり全くもってお世話になった記憶はないけれど常識というモノに弱い私は、ありきたりな台詞を吐いた。


「その髪はどうした?」

「気分転換に切りました」

「お前は、最後の最後まで普通にしていられないのか!」


 父親である、カシア・エイフールの吐き捨てるかのような言い方に悲しくなった。小説と同じならば、彼女が悪役令嬢になってしまったのは、育った環境もあるのではなかろうか。


「アイリス!」

「ダ…お姉様」


思わず呼び捨てになりそうだったよ。呼び方ってお姉様で合ってるのかな。


「つぷっ」

「数日見ないうちに痩せてしまったように見えるわ。大丈夫なの?」


姉よ、力強く抱きしめられ中身が出そうです。意外と力があるんだな。


「手紙の返事もくれないなんて!とても心配したのよ!」


私の顔を真剣に覗き込むダリアの表情は演技ではなさそうで。早くに死んでしまった母親代わりをしていた姉は、しっかり者という印象である。


「ごめんなさい」


シーン


あれ、間違えた?一気に空気が変わってしまった様な雰囲気が漂っている。


「着いたら手紙を必ず書きます」


これ以上、長居しては怪しまれるかもしれないので早々に退散しないと。


「アイリス」


 巻きついた姉の腕を外し玄関へと戻ろうとすれば、姉とは違う声で名を呼ばれた。振り返ると螺旋階段から男性が私を見ている。


「お兄様、騷しくして申し訳ございませんでした。では、失礼致します」


アイリスに似た赤い髪のイケメンは、長男のアスター、年齢は23歳来年結婚予定らしい。


何故知っているかは、勉強したから。他にも今の偉い地位の方々の名前や外国関係などの本を読み漁ったが、まだ完璧には程遠い。


「昼食はまだなんだろう?」


 付け焼き刃な私だが、疑問が過る。短期間で仕入れた話では傲慢で浪費の激しいアイリスは、邪魔な存在でしかなかったはず。


 姉のダリアだってそうだ。アイリスに邪魔されないようローリエとは偽の恋人を演じていたというなら、なかなかの性格な気がする。


現時点ではっきりしている事は、登場人物は同じでも私が記憶している小説の内容とは随分と変わっているのは間違いないだろう。


「アイリス?」

「結構です」


自分の世界に入りかけていた私は、兄の訝しげな声で現実に引き戻された。


「色々とご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。これからは会うこともあまりないと思いますのでお手を煩わせる事もないかと思います」


さようなら。


後ろで再び呼び止める声がしたけれど、義務は果たしたつもりなので振り返りはしなかった。





*〜*〜*


 

「出発の準備で疲れましたか?」

「え?」

「先程から食事が進んでいないようなので。それとも味が合いませんでしたか?」


 ローリエさんの言葉で自分がメインディッシュの魚を粉々にしていたと気づく。


「すみません。考え事をしていて。料理はとても美味しいです」


 気をつけてはいるものの、気を抜くとボロがでてしまう。いえ、食事のマナーだけではない。ダンスや明日には向かう領地の事だって知識がないに等しい。


「私でよければ相談にのりますよ」

「相談…ですか」


 おぼろげな終盤で起こる極寒の中での幽閉。もしかして処刑だってあるかも。


 かといって、今の私に出来ることって何だろう?


侍女やメイドに暴言や体罰をしない。隣国との関わりを極端に持ってはいけない。


色々あるけれど、やっぱりまずは。


「あちらで、基礎的な知識を学び直す事は可能でしょうか?」


 字は何故か読める。ただ知識は全て抜け落ちてると言っていい状態では彼の負担にしかならないだろう。


「でも費用がかかりますね」


何事もタダなんてありえない。


しかも、すっかり抜け落ちていたけど、この悪評高いアイリスにそもそも先生が来てくれるのだろうか?


 外見は派手だが中身が私になると一気に華やかさが消えている気がしてならない。


 いや、モブ以下かもしれない。でも、死にたくはないんだよなぁ。


「図々しくて浅ましいですね」


 望んでこの体に入ったわけでもないけれど、あまりにも自分が使えなさ過ぎで笑ってしまう。


「食事が終わったら、夜の庭でお茶でもしましょうか」


仮初の結婚をして一週間、必要な外出以外で初めて彼に誘われた。





*〜*〜*



「お待たせしました」

「待ってませんよ」


本当かな?


「明日、早いですよね? 気を遣わせてすみません」


 食事中に上の空だったから誘ってくれたんだろう。


疲れているだろうに申し訳ないな。


「ご家族との挨拶はどうでしたか? 早く帰宅されたようですが」


どうやら筒抜けのようです。いや、彼が不在で私が外出していない間も、こうやって誰かに報告させていたのかな。


なんだか……息が詰まる。


「箱の中で飼われている感じですね」


あれ、気持ちだけじゃなくて。


「本当に苦しい?」

「アヤメ!」


息、しづらい。



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