19.
「ククッ」
「なんですか?」
彼が不意に笑いを抑えている、いや完全に笑っている。
この状況で笑える箇所ある? 困惑していると彼はおもむろに私の眉間あたりにトントンと指を当ててきた。
「ここ、3本も溝が出来ている」
「だから何なんですか?」
へい、カモーン!と受け入れる気になれるわけないじゃないですか。
「そこまで拒絶されるのは新鮮というか」
「自慢話ですか?」
「いや?今までの周囲の人間は、俺の顔と地位に対して酷く怯えるか、すり寄ってくるかのどちらがが多かったので興味深い」
確かに顔面偏差値は素晴らしい。ただ、私が言いたいのはそういう事ではなくて。
「根拠はないけれど定着すれば、アイリスには会えないって分かってます?」
「だが、定着させないとアヤメは生きられない」
そうなのよね。勿論、死にたくないんだけど、やっぱり自分に戻りたい気持ちもまだ強くある。
「あの、カトレアさんに会いに行きたいです」
「その身体で?」
「一晩ローリエさんと過ごすのも中々の体力を消耗しそうですよ?」
このまま定着は出来ない。
「……分かった。君には負けるよ」
「譲らない扱いづらい奴って事?」
ため息を付き両手を上げながら降参ポーズをし離れていく彼にほっとしつつも、つい文句が出てしまう。
「一つ、伝えておきたい事がある。アイリスだったなら、俺は一生部屋を共にする事はない。正直、図太い彼女をあまり心配していない。まぁ、妹のような気持ちはあるが」
短くなった髪をおもむろに手に取られた。
「君だから話を聞いて、できる限り意向に添いたいと思っている。自分でも不思議だ」
それって、どういう意味?
「特に魔女は気まぐれだ。返事が来るまで数日かかる。それまで大人しく出来ないのであれば、この話はなしだ」
指に絡ませていた手が離れていき、力を抜いた瞬間、頬に柔らかいモノが掠めた。
「お預けは、これで何回目になりますかね? 体調に免じて今日は引き下がります」
パタン
「……いやいや!? なんなの?!」
色気ハンパなかったんだけど!
「あっぶな! 完全に流される所だった!色気は出し入れ自由自在なわけ?」
しかも話し方がいつもと違くない?あれが本来の彼とか?
バンッ!
「お嬢、いえ奥様っ!ご無事ですか?!」
フリージアちゃん、先ずは抱きつく力をなんとかしようか。
「そもそも無事ってなによ?」
「人払いさせていたんですよ?!ドアの外にもいられなかったんですから! ハッ!体は!」
圧死しかけたと思いきや、今度はペタペタと身体中を触り始めた。
「無事ですね!よかったー!」
「いや、だからどうしたの?」
可憐なという言葉が似合う侍女は、潤んだ瞳で私を見上げて。
「人払い、寝室、二人っきり!これはもう一つしかないじゃないですか! イタっ、何するんですか?!」
頬を染めながモジモジとするフリージアちゃんに思わずチョップをくらわした。
「私、血を吐いて倒れたわけよ?」
「それはそうなんですが、奥様は、普段の旦那様をご存知ないから危機感なさ過ぎなんですよぉ」
普段の彼ねぇ。
「討伐に行く時、帰られた際の殺気立った旦那様なんて怖すぎです!しかも奥様の前とは話し方なんて別人ですよ!」
興奮してローリエさんの事を話すフリージアちゃんに、なんかモヤモヤしてきた。
あれ、何故私がモヤモヤするの?
「それより、休み中に調べてくれた事をまとめてくれた?」
「はい!」
「どうせ今日はベッドとお友達だろうし聞かせてよ」
ただボーッとするのもいいけど、どうしても、先の事を考えると不安な気持ちが増してしまうから。
「ねぇ、フリージアが淹れた温かいお茶が飲みたいな。小さな一口サイズのお菓子もあるかしら?」
身体があったまれば気持ちも落ち着く気がする。
「はい!直ぐにお持ちします!」
満面の笑みを浮かべた彼女を見る度に、なんか元気出るのよね。
恥ずかしくて言えないけど。
*〜*〜*
「奥様」
「ん?どうしたの?」
言おうか言わないか迷う様子のフリージアちゃんは珍しい。
「言ってもらわないと話が進まないじゃない」
「ペチュニア・ノルダック様が、奥様にお会いしたいと、いらしているのですが」
あの、かわい子ちゃんか。
「ローリエさんは?」
「それが、先日の雨で増水した川を見に行っているようで不在で」
まぁ、彼がいたら私まで話がこないわよね。
「会うわ。過保護で庭さえも短時間しかだしてもらえてないし。私の好きなガゼボに通してあげて」
「でも」
「私にまで話がきたのは、なかなか帰らないからでしょう? 暇だし、いいわよ」
暇つぶしには丁度良い。
「私、あの件には結構ムカついていたのよね」
あ、そうだ。
「あの時と似たようなお菓子を出せる? もしくは作れるか聞いてくれる?手土産に差し上げようと思うの」
たまには悪役らしい行動でもしようじゃないの。




