12.
「暇だわ~。フリージア、面白い話でもしてくれない?」
「ありません」
「つれないなぁ」
ぶっ倒れて目が覚めてから三日目の現在、流石に飽きてきた。
「お薬の時間です」
「これ、壊滅的に苦いのよね」
「ちゃんと飲むまで見てますからね。捨てたりは駄目です!」
しかも、フリージアちゃんが最近は特に冷たい。まぁ、原因は分かってはいるのだけど。
「ねぇ」
「量は減らしませんよ」
「違うわよ。こっち来て」
警戒している彼女をベッドサイドの椅子に座らせた。
「ちょ、おくひゃま」
「ぷにぷにな頬が痩せたわね」
フリージアちゃんの色白なほっぺたをムニムニとひっぱれば、やはり少し弾力が足りない。
「ねぇ、あの家で貴方がいてくれたから正気を保てたのよ」
茶色の大きな目が真ん丸になった。
「侍女としてたった一人ついて来てくれて有り難う」
多分、プライドが高くて意地っ張りなアイリスは、言えなかっただろう思いを代わりに口にしていく。
「毒に気づかなかったのは私のミスだから、魔力の使いすぎで倒れたのも自己管理が出来てない私のせい」
だから。
「何も悪くない」
大きな茶色の目から、溢れてきた雫がアイリスの指先を濡らしていく。
「奥さ…お嬢様っ」
アイリスの信頼していたのは、血の繋がった父でもなければ蔑むような目をする兄でもなく、輝くような姉でもなくて。
「フリージア、いつものように文句を沢山言って、笑って?」
私は、本当のアイリスではないけど、きっとそう思ってるはずよ。
「もう、こんなヘマしないわ」
私、長生きしたいんだもの。
「絶対におばあちゃんになるまで生きてやるわ」
「お嬢様~っ!」
いや、変な子だけどホント可愛いなぁ。
「所で、いい雰囲気に水を差してわるいんだけどお祖父様達に会いにいってないんでしょ?数日お休みあげるから、頼み事して良いかしら?」
ガバッ
「何を企んでるんですか!?」
あれ?もう、涙止まったの?
「色々と知りたいだけよ。単独行動はしないって約束するから手伝って欲しいの」
フリージアちゃんと見つめ合うこと数分。
「本当に、何かをする前に私に話して下さいますか?」
「ええ」
なるべくそうするわと心の中で付け足しておく。
「はぁ~、分かりました。深夜に抜け出したりされるよりはマシなので協力します」
やった!
「ありがとう!」
「でも、まずはお薬をしっかり飲んで下さい」
「え~」
「えー、じゃありません!はい!」
「わかったわよ! 飲めばいいんでしょ!」
今日ばかりは逃れられないなと観念した私は、泥のような色をした薬を涙を滲ませながら飲み干した。
***
「何か良い事がありましたか?」
「べつに」
「あの侍女と仲直りできたんですか?」
知ってるなら聞かないでよ。あ、でもローリエさんにも伝えておこう。
「侍女を連れてくる許可を出してくれてありがとう。感謝してます」
何よ。お礼を言ったらいけないわけ?
「なんか、伝えたい事は出来るだけ口にしようって思って」
言葉にしないと伝わらない事ってあるし。
それに、いつか言えばいいやと思っていて、永遠にその機会がなくなる場合もあるのかもしれないから。
「何ですか?慰めてくれてるとか?同情とかいらないですよ」
ローリエさんが、隣に座ってきたと思えば、頭を撫でられた。
なんか恥ずかしくて、数秒前の決意とは裏腹に可愛くない言い方をしてしまった。
「大切な人なんですね」
誂われるかと思ったら、違った。
「……はい。とても」
だから、真面目に答えた。
ナデナデ
「あの、いつまで続くんですか?」
ずっと撫でられているんですが。
「嫌ですか?」
……。
「え?」
「……もう少し撫でさせてあげます」
「くくっ」
「何か?」
「いえ?光栄です」
どうせ素直じゃないわよ。というか、意外と気持ちいいのが悪いのよ。
この夜、菖蒲は、しばらくローリエに頭を撫でてもらった。




