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不落城の如く  作者: ちゃんマー
9/20

第八章

 八


 池田利隆は家老職の伊織の元を訪ねた。


 姫路城内である。


「じい、儂は怖いのじゃ」


「若、どうされたのですか」


「昨日、小坂部が参った」


「なんと、もう参って来たと・・・」


「余も父上の様に、喰い殺されるのであろうか」


「そのようなことは・・・」


「恭順にして居れば、契約は継続すると言っておった」


「なんと図々しい・・・」


 その契約を知って居るのは、一部の人間だけ、最高幹部のみなのである。


 これが世間に漏れでもすれば、池田家の名が下るであろう、妖怪に脅されて、領地の民や下級の藩士を食い殺す事を黙認しているのだ。


「じい、余はどうすれば良いのじゃ」


「はぁ・・・その・・・」


「父上やじいの申す通りに対応したが、あれが毎夜訪ねて来るかと考えると、恐ろしゅうて、恐ろしゅうて、頭がどうにかなってしまいそうなのじゃ」


「しかし、若・・・」


「あのように恐ろしい思いをせねばならぬなら、余は家督など継ぎとうない」


「何を申されるのか、まだ殿の葬儀も終わって居ないのに」


「嫌じゃ、嫌じゃ、それに余はこれ以上家臣や民が食い殺されるのには、我慢が出来ないのじゃ」


「若、その様なことを大きな声で・・・あれに聴かれたら、ただじゃ済みませぬぞ」


 利隆は口をつぐんだ。


「それに若、まだ幕府に届も出して居らぬ内から騒動でも起こそうものなら、我が池田家はお取り潰しになりますぞ」


 とうとう利隆は、下を向いて黙り込んでしまった。


「若、今はお家の為、辛抱の時で御座いますぞ、殿が殺された今、じいもこのままで良いとは考えて居りませぬ」


「ほ、本当か、じい、何か良い方法があると申すのか」


「はい、このじいに少し思案して居ることが御座いますゆえ、今は殿の葬儀を無事に済ませることの方が大事で御座います」


「わかった、じい、余は辛抱する」


「はい、後のことはこのじいに任せておいてくだされ」


 利隆が少し安心して退散するのを見送った後、伊織は腕を組み考えた。


 片桐伊織、我が片桐家は先々代の恒興の代より家老職を仰せつかって居る。


 この先も、池田藩の家老職は約束されて居る誇りある家なのだ。


 自分の代で終わらせる訳には行かない。


 池田の家がお取り潰しに成ろうものなら、我が片桐家も路頭に迷ってしまうのだ。


 利隆のあの様子では長くは持つまい。


 前の輝政の様に割り切った考えの持ち主ならば、この様な心配などせずに済んだのに、始めからこれでは先が思いやられる。


 良い案などあるはずもないのだが、ああでも言ってやらねば解放してくれないだろう。


 今は輝政の葬儀の手配で忙しいのだ。


 伊織も小坂部姫なる化け物の事は、全て承知して居る。


 初めて輝政に打ち明けられた時は、天地がひっくり返る程に驚きもした。


 その驚きは、輝政の気が狂うたのではないかと言う驚きであったのだが・・・


 二、三度この眼で目撃するまでは、その様な物がこの世に存在するのかと、疑って居たのだ。


 契約の話しも聴いて居る。


 始めはその様な大事な事を、勝手に決めた輝政に腹を立てたものだが、よくよく考えてみると、やはり黙認する以外は方法が無いのである。


 それに黙認さえしていれば、この姫路の城は守られ、池田家も安泰と言うこと。


 さすれば我が片桐の家も安泰と言うことに成るのだ。


 そんな事よりも、今は利隆が家督を相続出来るかどうかの方が、何よりも大事。


 その為に榊原康政の娘を徳川秀忠の養女として、それを利隆の正室に迎えると言う離れ技を遣って退けたのは、この伊織による、下拵えの苦労があってこそだ。


 その際に、将軍家から松平の性まで頂くと言うおまけまで、取り付けて来たのだ。


 当たり前に行けば利隆の家督相続は安房なのだが、最近の幕府と言えば、何かに付けては大名をお取り潰しにして居るのだ。


 輝政の死は病死と言うことにして、徳川幕府には今朝届けの使者を送ったばかりだ。


 付き合いのある大名たちにも知らせないといけないし、輝政程に名のある大名だ、その葬儀は盛大な物にしなければ、他家に恰好が付かないだろう。


 その日取りさえまだ決まって居ないのだ。


 伊織の考えなければならない事は、山住みなのだ。


 それなのに、利隆の小心には困ったものである。


 小心の癖に、一人前に正義感を持ち合わせて居る・・・


 とりあえず葬儀が終わるまでは、利隆の方はごまかす事は出来るであろう、しかしあの妖怪をどうにか出来るのであろうか。


 先程利隆に伝えたことは、口から出たでまかせで、良い案など何もない。


 我が藩に居る手練れの剣士共を集めて、退治させてみようか・・・しかしそれが失敗に終ればどの様な目に遭わされるのか。


 今の池田家にはそれ程の剣士は居らぬ。


 比叡山の高僧であっても、あの有様でないか。


 伊織は一部始終、息を潜め隣の部屋から盗み覗いて居たのだ。


 一撃の蹴りで阿闍梨はこと切れた。


 多少の手練れでは敵うまい。


 機会は一度しかないのだ、失敗すれば池田家は終わるであろう。


 報復に移ったあの鬼を想像してみる。


 伊織は思わず身震いしてしまった。


 きっと、わが身もただでは済むまい。


 退治を試みるならば、それは天下に名のある剣豪で無ければならぬ。


 伊織は心に思う剣の使い手を、指折り数えてみた。


 まず柳生宗矩、これの無刀取りなる技は、天下無二と聞く・・・しかし宗矩は将軍家に近すぎる。


 この騒動を、将軍家に知られるのは不味いのだ。


 あくまでも、隠密裏に行わなければならないのだ。


 それを考えると、次に思い浮かぶ、小野次郎衛門とて同じ事だ。


 宗矩と共に将軍家の兵法指南役なのだ。


 伊藤一刀斎、宮本武蔵、柳生兵庫助。


 これらは武者修行で放浪の旅をして居ると聴く、何処に居るやら消息が分からぬ。


 伊織はふと思いついた、佐々木小次郎はどうであろうか。


 この時、巌流島の決闘を、伊織はまだ知らされていない。


 細川家の家老職である、長岡殿とは昵懇の仲である。


 ここのところ政務が忙しく、しばらく文のやり取りはしておらぬが、儂が頼めば隠密裏に事を運んでくれよう。


 佐々木小次郎は細川家の剣術指南である。


 これは良い考えである。


 佐々木小次郎であるならば、きっとあの妖怪を討ち果たしてくれよう。


 良き考えじゃ、良き考えじゃ、伊織は自分の考えに有頂天になった。


 しかし・・・


 いくら昵懇の仲とはいえ、他家の揉め事の為に、細川家にとって大事な剣術指南役を貸してくれるであろうか。


 他藩の騒動に他藩から藩士を使わせてもらったなど、そんな話しは聴いたことがない。


 そもそも、この様な奇怪な話し、長岡殿は信じてくれるのであろうか・・・


 ついさっきまで有頂天であった伊織であったが、今度は落胆してしまった。


 文だけでは駄目であろう、でも実際に遭うて、膝を突き合わせて話しをしてみればどうであろうか。


 長岡殿とて儂の話しを信じるであろうし、力を貸してくれるはずじゃ。


 その為には、儂の方から小倉へ赴かねばならぬだろうのぅ。


 しかし葬儀が終わらないと、伊織の身体は開かないのである。


 ん、葬儀・・・


 そうじゃ、葬儀じゃ、輝政の葬儀の折に、細川家の名代として、長岡殿に来てもらえば良いではないか。


 この時期に小倉より細川様が姫路まで、わざわざ足を運ばれるはずはない、必ずや名代をおたてになるはずじゃ。


 そして長岡殿はそれに相応しい家老の身。


 今度こそ自分の考えに合点がいって、伊織はまた有頂天になった。


 そうと決まれば早速長岡殿に文を書こう。


 折入って相談したき義があるゆえ、今度の葬儀の時には、名代として来られる様に取り計らって欲しいと伝える。


 長岡殿なら、きっと上手く事を運んでくれるはずじゃ。


 行ける、この策で必ず行ける筈じゃ。


 伊織は、まだ見ぬ佐々木小次郎に思いを寄せた。


「これで小坂部もおしまいじゃ・・・」


 伊織は思わず口ずさんでしまい、慌てて口を噤んだ。


 辺りは静まり返って居た。


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