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不落城の如く  作者: ちゃんマー
8/20

第七章

 七


「勘四郎、お主は裏の方を観てまいれ」


 武蔵にそう言われ、勘四郎は裏口を調べにまわった。


 柳生兵庫助程に名のある剣士が、そんな卑怯な真似はしないだろと思うのだが、武蔵曰く、高名な人物を語る輩の可能性を、用心するに越したことは無いと言う。


 武蔵程の技量を持った剣士であっても、ここまで徹底した用心を欠かさないのだ、勘四郎は感心すると共に、自分の未熟さを痛感してしまう。


 あれから八郎とか言う使いの者には、自分の方から後日尋ねると伝えて帰らせたのだ。


 そして八郎が退散すると直に腰を上げ、勘四郎付いてまいれと言い、兵庫助が滞在する旅籠にやって来たのだ。


「武蔵様、裏口には誰も居りません」


「そうか、それでは参るとしよう」


 それで一応安心したのだろう、武蔵は堂々と旅籠屋の前に立った。


「ごめん、柳生兵庫助殿に招待預かった、宮本武蔵である、たった今、武蔵が参ったとお伝えくだされ」


 突然の来客に、店の者は面を食らった様子だったが、返事をすると奥へと駆け走って行った。


 しばらくすると店の店主が挨拶と共にやって来て、立派な大広間へと案内された。


 大広間には十人程の男女が膳を囲み座って居る、上座に座る男が柳生兵庫助だろう。


 笑顔を見せてはいるが、佇まいから放たれる気が尋常でない。


「お初にお目にかかります、拙者が宮本武蔵で、こっちが連れの、生駒勘四郎と申す者です」


 いきなり紹介を受け、勘四郎はあわてて頭を下げた。


「面識も無しに招待した無礼を、お許し下され、拙者が柳生兵庫助です」


 そう言って兵庫助は頭を下げた。


 お互いに上座を譲り合い、結局最後は上座を横に座り合う形で落ち着いた。


「今皆で、宮本殿が来るか、来ぬかで賭けをしておったのじゃ」


 兵庫助は笑った。


「して、その賭けは」


 武蔵が聴いた。


「拙者の1人勝ちじゃ」


 兵庫助はまた大声で笑った。


 その笑いで場が和やかなものに変わった。


 勘四郎は興奮して居た、天下に轟く剣の達人が、こうして勘四郎の前に並び座る。


 今この瞬間に立ち会える幸運に感謝した。


 兵庫助は饒舌だった。


 しばらくお互いの剣について談義しあい、ほう、とか、してそれは、とか質問を繰り返したりしていたが、兵庫助の一言で場は凍り付いたようになった。


「ところで宮本殿、今この日の本で一番剣術が強い者は誰だと考える・・・」


 きっと互いが一番だと思って居るはずだ。


 白黒付けるには試合をするしかない、兵庫助は始めからそのつもりだったのではなかろうかと、勘四郎は思った。


 武蔵の返答に、周りの皆が注目した。


 武蔵はしばらく思案する様な構えをして、その人物の名を告げた。


「小野次郎衛門殿ではなかろうか」


 小野次郎衛門とは、勘四郎が学ぶ小野派一刀流の流祖である。


 武蔵より、その名が出たことに勘四郎は嬉しくなった。


「ほう、宮本殿もそう観て居ったか・・・一刀流と言えば、伊藤一刀斎殿が始祖ではあるが、小野殿はそれを超えて居ると・・・」


「さよう、今は小野殿が日の本一ではなかろうか・・・」


「なるほど、今はでござるな」


「さよう、今はでござる」


「流石は宮本殿、自分が一番と言わぬところがまた良い」


「拙者はまだ途上の身でござる、上を観れば霧がのうござる、その思いは柳生殿とて同じ思いではござらぬか」


「よう言うてくださった、この兵庫も途上の身、まだまだ強く成りますぞ」


 兵庫助の高笑いで、その場がまた和やかになった。


 勘四郎は、ほっとした。


 そしてまだ一度も会うたことの無い、自分が学ぶ剣術の流祖に思いを寄せた。


「ところで宮本殿、今この地で流行の妖怪の話はご存じか」


「小坂部のことでござろうか」


「そう、その小坂部のことじゃ」


 勘四郎は何の話しをして居るのか、解らなかった。


 小坂部だの妖怪だのと話している様だが、勘四郎は昔から、妖怪だのお化けだの幽霊だのの話しは、大の苦手なのだ。


 しかしこの場でその様なそぶりを見せる訳には行かない、その様なそぶりを見せれば流祖である小野次郎衛門の名に傷が付くのではないか、小野派一刀流の剣士が失態を晒す訳には行かない。


 勘四郎は素知らぬ顔を取り繕って、何か違う事を考えようとしたが、話し声が耳に入って来る。


 結局は一部始終を聴く羽目になった。


 いつの頃か、姫路城に化物が住み着く様になったらしい。


 その化物が、時々姫路城下に降りて来ると言う。


 ある時は老婆の姿で、ある時は鬼の姿であったりするのだが、ほとんどは美しい女性の姿で男を喰い殺すのだと言う。


 ここからそう離れてない場所に、その昔、赤松氏が栄えていた頃の城跡がある。


 今では廃城になって居るのだが、そこにも化物たちが巣くって居るらしいのだ。


 そこは村人やら旅人やら、そこを通る者は見境なく喰い荒らされると言う。


「拙者の見解だが、こ奴らは、通じおうて居ると睨んでおるのじゃ」


 兵庫助の見解によると、まず悪さを始めた時期が同じ頃である、巣くう場所が城、現城と廃城との違いはあるが城繋がりである、場所がそれ程離れて居ないのに、互いに干渉が無いのが腑に落ちないと言う。


 獣であれば、必ず縄張り争いが起るはずである、化物ならばなおさらである。


 化物の数で言えば廃城に巣くう方が多いのに、姫路城の方が堂々として居るところを観ると、この化物が親玉であるのではないか。


 兵庫助は、この様な見解を最後にはつばきを飛ばしながら語った。


 武蔵は腕を組み、眼を閉じて聴いて居た。


 辺りは静まり返っている。


 兵庫助はなおも続ける。


「人を食い殺す化物など、もってのほか、誰かが成敗せねばならぬ」


 自分の言葉に興奮したのか、兵庫助は自分の拳を畳に叩き付けた。


 武蔵は腕を組んだまま動かない。


「ちょうどここには柳生の手練れの剣士たちが揃って居るのでな、これは神仏が、この兵庫に成敗せよと言って居るのではないかと感じて成らぬのだ・・・」


 そう言って兵庫助はしばらくの間、武蔵を観ていた。


 武蔵はまだ動かない。


「宮本殿も一緒にどうじゃ、これも神仏のお導きとは思わぬか」


 兵庫助は、動かぬ武蔵を覗き込む様にして返答を待った。


 武蔵がゆっくりと眼を開いた。


「拙者は神仏など信じぬ質での、その証拠に拙者の刃は幾人もの血を吸うて居るが、一度も罰になど当たっては居らぬ、こうしてぴんぴんしておる」


 兵庫助が少し落胆した顔を見せた。


「しかし、化物や妖怪変化なるものを一度は観てみたいと思っておった」


「おおぉ、宮本殿、来てくれるか」


「この武蔵、勘四郎と共にご同行致しましょう」


 下を向いていた勘四郎は顔を跳ね上げた。


 今、武蔵は何と言ったのか・・・


 勘四郎と共にと言った様な気がしたが、聞き間違いでは無いか、今すぐに武蔵に問いただしたい。


「一つ柳生殿にお願いがあるのだが」


「何でも申してくれ」


「余り刀が有るならば数本貸して欲しいのだが、化物とて血肉は出ようでな、いや、なまくらで構わぬよ、拙者は刀を選ばぬので、どの様な物でも構わぬ」


「おおお、宮本殿はすでにその域か」


 勘四郎の意思などはお構いなしに、どんどん話しが進んで行く。


 やっぱり自分も行かないといけないのだろうな、と勘四郎は思った。


 勘四郎は、この場で断る勇気など持ち合わせていないのだ。


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