第六章 小坂部姫編
六
わらわは一目でこの城が気に入ってしもうたわ。
まるで白鷺が天へと飛び立つようじゃ。
姿を消して城の中へ入って行くと、どうじゃ、おおぉ、おるわ、おるわ、旨そうな若い男どもが。
若い男はわらわの好物じゃ。
子供も旨いが肉か柔らか過ぎる、甘いし、まるで果実じゃ。
沢山は喰えぬ、少し喰えば充分じゃ。
やはりわらわの主食は若い男じゃ、それなら幾らでも喰える、あぁぁ、今すぐに喰いとうなって来たわ。
しかしまだ我慢せねば、皆が寝静まるまでは我慢じゃ。
侍は光り物を持って居るのでな、油断させて事を行わねば、直に抜きおるから注意が必要じゃ。
あれに何度も斬られると、わらわとて無事でおれるかどうか・・・
まぁ、半刻もすれば傷も癒えるのじゃが、痛いのは嫌じゃ。
その昔、わらわは家臣たちに手籠めにされておるでな、侍は許せぬ相手なのじゃ。
その侍を油断させて、頭からかぶりつくのが何とも言えぬ。
期待する顔が一瞬にして恐怖に変わる。
その瞬間、わらわはしとねの時と同じ絶頂を感じるのじゃ。
その後は脳のみそを啜り、心の臓を抉り取るのじゃ、良い男であれば性器をかじり取ることもする。
ほほほ、今のわらわはやりたい放題じゃ。
真夜中の丑三つ時まで待つと、わらわはこの城の城主の寝床へ行った。
この城の真の城主が誰なのか、教える為じゃ、ふふふ。
池田輝政とか言う、偉そうな侍じゃった。
わらわが枕元に立ってやると、輝政は飛び起き、わらわの姿を観るや驚きおののいておったわ。
わらわが散々脅し付けてやると、足をがたがたと震わせ、腰を抜かしておったわ。
戦国武将などと言うて、偉そうに威張って居ったが、わらわの手に掛かるとこんなもんじゃ、実に物足りない。
この城はわらわの物じゃと言ってやった。
輝政は、その通りですと答えおったわ。
まずは、この天守にわらわの住いを整えさせた。
そこは開かずの間と呼ばせ、誰も入って来させぬ様に強く言い聞かせた。
昼間の輝政は偉そうにして居るが、夜の輝政はわらわに恭順で可愛い者よのう。
わらわが夜な夜な城の若い衆や、輝政の領地の者を喰い殺す事を了承させた。
わらわの注文を、今まで輝政は断った事が無い、いや、断らせなかった。
わらわが毎夜輝政の所へ注文を付けに行き始めると、輝政は段々と痩せていったのう。
そして寝込むようになった。
何とも弱々しい男か、己はそれでも戦国を生き抜いた武将かとしかり付けたこともある。
それでも輝政は病に伏せるようになった。
人間とは何と弱いものか・・・
かつてわらわも人間で在った事があるが、その頃はもっと弱々しい生き物だった。
その弱々しさの為、男どもにおもちゃにされてしもうた、だからわらわは今の強いわらわが気に入って居るのじゃ。
弱かったわらわの頃は・・・
ええい、忌々しい、また昔を思い出してしもうたわ。
これも弱々しく病に伏せっている、輝政のせいじゃ、きっとそうじゃ。
お仕置きをしてやろうと思い、今夜も輝政の枕元に立ってやった。
輝政は泣いた、泣いて許しを乞うていた。
わらわの胸には、虚しさだけが残った。
世の男どもを全て喰ろうてやろう、それしかない、そうせねばわらわの気が済まぬ。
まずはこの輝政からと一瞬思うたが、辞める事にした。
この男はまだ利用した方が得じゃ、それに不味そうじゃ。
そうしている内に、輝政の病は段々悪化していった。
全国より名のある医師を集め治療にあたらせたが一向に良くならん。
南蛮より、高価な薬を取り寄せたりしていたが、それも効果が無いようじゃ。
ほほほ、それはそうであろう、わらわがこうして憑依て居るのじゃ、その様な物が効くものかよ。
そうして、今度は比叡山から坊主を呼ぶと言い出した。
ほほほ、最後は神仏に頼るのじゃな。
まぁ、神仏は実在するのでな、その証拠にわらわがこの様な姿で生まれ変わって居る。
これが神仏の仕業で無ければ、どう説明を付けるのじゃ。
しばらくして、比叡山から阿闍梨と言う高僧がやってきた。
ふん、坊主は好かぬ。
その阿闍梨が、何やら念仏の様なものを唱えだした。
病気平癒のための加持祈祷とやらじゃ。
坊主の念仏を聴くと頭が痛うなってくる、それにこの阿闍梨の念仏はちと強力じゃ。
さすがは比叡山の高僧だと豪語するだけのことはある、頭が割れそうじゃ。
我慢の限界にきたわらわは、その阿闍梨の元へ姿を現した。
妖しい女よ、何しにまいったのかと阿闍梨が生意気なことを言った。
わらわに対して、その様な口をきいた者など、今まで一人も居らぬ。
そのうえこの阿闍梨は、妖怪変化よ立ち去るがよい、の様なことまで言うた。
わらわに命令したのじゃ。
坊主の分際でわらわに命令するのかえ、わらわが怖くないのかえ、とこの様に返答してやったわ。
阿闍梨は立ち上がり、「去れ」といきなり大声を出すので、わらわは驚いた。
いきなり大声を出されると、誰でも驚くであろう。
それを観た阿闍梨は、わらわが怯んだと思ったのであろう、大音声で、去れ、を繰り返し始めた。
寝床から観ていた輝政が、嬉しそうな顔をして居るのが分かった。
周りに居る者たちも、これでわらわが退散するであろうと思って居る様だ、その様な眼をして居る。
わらわは本来の夜叉の姿に形を変えて、その阿闍梨を蹴り殺してやったわ。
一瞬の出来事だったので、周りの者も、輝政も言葉も出て来ない様子だ。
坊主は不味いで喰いとうない、しかし気が収まらないので、その阿闍梨の生皮を剥いでやった。
その時になって初めて、周りの者たちが騒ぎ始めた。
わらわは気が立って居たので、そのうるさい者たちも、輝政を除いて、皆殺しにしてやったわ。
その後は、わらわは開かずの間に戻ったので、どうなったのか解らない。
しばらくして輝政の元へ行くと、綺麗に片付いていて、輝政は土下座をして居た。
土下座の体制のまま、わらわの足元にしがみつき、泣きながら許しを乞うた。
わらわには人間の寿命が解るのじゃ。
輝政の寿命はもうそれ程長くはない、それなのにその僅かな時間を、こうまでしても、生きたいのか・・・
哀れな・・・戦国武将として今まで生きて来たのだから、死ぬときこそ、雄々しく逝きたいとは思わないのか。
余りにも哀れな姿は、わらわも観とうないのでその場で喰い殺してやった。
わらわはその足で次の城主になるのであろう、輝政の息子である利隆の寝床を訪ねた。
利隆は、わらわが来ることが解って居ったのであろう、居住いを正しておった。
小坂部姫様、父より全て聴いております、どうぞよしなにお願い奉ります、とこの様に礼儀正しく申して来た。
わらわも己が殺めて置いて、そうか、父のことは残念であったなぁ、と優しい言葉を掛けてやった。
そして、わらわに恭順なうちは喰わないで置いてやると告げてやった。
観るとこの利隆、がたがたと震えて居た、ふふふ、可愛い奴よのう。
わらわは、今すぐにでも喰うてやりたい衝動を抑えて、開かずの間に帰った。
ここで喰うては、契約が成立せぬのでな。
しかし、この利隆が家督を継いで城主になるまで、半年も掛ったのじゃ。
それまでの間、姫路に城主は居らぬ、がたがたじゃと、皆言い合っておったが、わらわは思わず笑うてしもうた。
元々この姫路城城主はわらわではないか。
この通りほれ、まだわらわはぴんぴんして居るではないか。
ほほほほほほほ