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不落城の如く  作者: ちゃんマー
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第四章 柳生兵庫助編

 四


 最近おじじ様の夢をよく観る。


 おじじ様とは七年前に他界した柳生新陰流の祖である、柳生石舟斎宗厳のことだ。


 兵庫助は、おじじ様が亡くなる二年前、柳生新陰流の免許皆伝の印可を授かり、さらに翌年には石舟斎が、流祖上泉信綱から与えられた印可状と目録の一切を与えられている。


 これを受けて流派の継承と言う事になる、柳生新陰流は一子相伝であるが為、自分が死ぬまで継承の権利は兵庫助にあるのだ。


 叔父である柳生宗矩が、将軍家剣術指南役として柳生新陰流を自分の物のごとく扱っている様だが、兵庫助からすると全くもって馬鹿馬鹿しい、腸が煮えくり返る思いだ。


 技量など、兵庫助の方が二枚も三枚も上であろう。


 あの男は神聖なる柳生の剣を、政治的に利用しているのである、許し難い事だ。


 おじじ様が何度も夢に立つと言う事は、おじじ様もきっと怒っていらっしゃるのかも知れない、それとも何か良くない事が起るのを兵庫助に知らせようとしているのだろうか。


「兵庫様、あれに観えるのが姫路のお城で御座いますよ」


 兵庫助が銭で雇って居る細作の「八郎」が伝えて来た、この伊賀流忍者である八郎は兵庫助が抱える前は島左近に仕えていた。


 その縁あって今は兵庫助に雇われている。


 今は無き島家であるが、島家と柳生家は近いのだ、左近の娘は兵庫助の妻である。


「おおおぉ、よきかな、よきかな、なんと美しいことか」


 四年前に大規模な改修工事が終了したと言うから、まだ新しい。


 白を強調した城の壁や瓦などが光に反射して光り輝いているのだ、その光景は何とも幻想的で、姫路の名のせいか、どこか女性を連想させる、まるで美しい姫の様だ。


 そう想えば、兵庫助が一年ほど仕えた加藤清正の熊本の城は、黒く大きな男性を想像させる、その相反する光景を思い出して思わず一人笑ってしまった。


 それを観て供の者たちが怪訝な顔をしている、兵庫助の旅は十人もの人数を引き連れた諸国巡遊の旅なのだ。


 いつも賑やかな雰囲気が流れていて、とても楽しい、兵庫助はいつまでもこの旅を続けて行きたいと思って居た。


 銭はある、父親から譲られた旧領である神戸の庄五百石から上って来る全ての収入を、兵庫助が自由に出来るのだ。


 路銀が尽きれば使いを出すだけである、そうすればすぐに追加の銭が届くのだ。


 京都を中心に近畿、中国、北陸辺りを巡っただろうか、しかし余り遠くへは行かない様にしている、銭が尽きた時に追加が届くまで時間が掛りすぎるからだ。


 北陸辺りへ行った時に一度銭が尽き、大変な思いをしたのである、もう二度と北陸へは行く事が無いであろう、遠すぎる。


 近場で何処か良い所がないだろうかと考えたところ、播州姫路の地へは一度も訪れたことが無い事に思い立ったのである。


 こうして姫路巡遊の旅が決ったのだ。


 世の人々は今の兵庫助を観て、毎日遊び惚けて良い身分だなと思うことであろう。


 たまに自分でも思うことがあるのだが、よく考えてみると冗談ではない、良い身分なのは今だけなのだ。


 若き頃よりおじじ様の元で、毎日毎日それはもう血反吐が出るほどの、苦しく厳しい修行に耐え抜いて来たから今があるのだ。


 確かに天稟はあるのかも知れない、自分でもそう思って居る、しかし血反吐が出るほどの修行を積んだのだ。


 証拠に同じ様に修行を積んだはずである、叔父の方は全然駄目だからだ。


 今では江戸の地にて、兵法指南だのともてはやされて居るが、宗矩如き腕であれば、兵庫助は片手一つで勝つ自信がある。


 今はまだ上手い事ごまかせて居るのであろうが、その内きっと化けの皮が剝がれてしまう日が来るであろう、そうなれば柳生の質が下がってしまう事に、奴は気付いて居るのだろうか、もしかして自分は強いのだなどと思い違いをしているのかも知れない。


 嫌だ、人からあの程度の剣が柳生の剣だと思われたくない。


 そんな事を考えて居る内に姫路の城下町が見えて来た。


「ほう、なかなか活気にあふれておるではないか」


「はぁ、まだ輝政公がお亡くなりになられたばかりだと言うのに・・・」


「はははっ、まぁ良いではないか、それは庶民には関係あるまいよ」


 供の1人として兵庫助の旅に同行する、柳生新陰流四高弟の1人である、木村は少し頭が固い所がある。


「それより八郎、ここらで一番上等な宿を探してまいれ、儂らはそこの茶店で一服することに致そう」


 駆け出した八郎の後姿を確認して、兵庫助一向は茶店に入った。


「西方お目付け」にある姫路の城下ではあるが、身分怪しからぬ浪人達の姿が、ちらほらと目に付くのは、まだ藩政が整ってない証拠だろう。


 池田輝政の死は、城下にまで大きく影響を残しているのだ。


 豊臣が兵を挙げると言う噂は、この状況を観るに本当のことかも知れない。


 兵庫助は、戦と言うものを経験したことがないのだ。


 加藤清正に仕えていた頃に、一度「一揆」を制圧したことはあるが、あくまで制圧であって戦ではない。


「関ヶ原」にあっても兵庫助は出陣を許されず、石舟斎の元で修行に明け暮れていた。


「戦の経験も無く、なにが兵法者か」と言う思いがいつも兵庫助の中にはあった。


 この巡遊の旅は、叔父宗矩のこと、戦のこと、常に悶々とする気持ちを抑える為の巡遊の旅でもあるのだ。


「おやじ、茶と菓子を人数分用意してくれぬか。 それとなにかここいらで、面白き話は無いものであろうか」


 兵庫助は、旅の途中でいつも誰彼構わずこの質問をする。


「いや、そんな、ただの茶屋のおやじでございますよって、お武家様にお話しするようなことなどあろうはずが・・・あっ」


「ん、なんじゃ、あるのか」


「はぁ、そう言えば一つ・・・しかしお武家様がお喜びになられるかどうか・・・」


「おやじ、勿体つけるので無いぞ、はやく申すのじゃ、はよう、はよう」


 兵庫助は身を乗り出した。


 茶屋のおやじの話によると、姫路城天守には妖怪が住みついて居ると言う。


 そしてこの姫路より北に少し離れている「置塩」と言う地にも、それと連動する様に妖怪達が悪さをすると言うものだった。


「ほう、なるほど、しておやじ、その妖怪なる物は、本当に存在するものなであろうか、この兵庫、今まで一度も幽霊、妖怪なる物は拝見したことがない」


「あいやお武家様、あくまでも噂でございますよって・・・」


「いやいや、おやじ、なかなか面白き話しではないか、よう申してくれた」


 茶と菓子を堪能すると八郎が戻って来た。倍以上の銭を支払い、茶屋を後にした。


「木村、先ほどの話しをどう思う」


「はぁ、その様な面妖なこと・・・本当で御座いましょうか」


「面白いではないか、儂は妖怪なる物を一度この眼で観てみたい」


「若、またその様な・・・」


「なんじゃ、お主は観とうないのか」


「いや、この木村も一度観てみとう御座います」


「ははは、正直じゃな。 よし、宿にて作戦会議じゃ」


 兵庫助のその言葉に、皆嬉しそうな顔になった、中には顔をしかめる者もいたが本気で

はない、古今東西この手の話しには、皆興味があるのだ。


「八郎、もうひと働きしてくれるか。 その妖怪の話し、詳しく集めてまいれ」


 八郎は詳細を詳しく聴くと、また駆け出して行った。


 八郎が用意した宿は全てに置いて満足の行くものであった、こ奴に任せておけば間違いが無い、妻に引っ付いて来た忍びの者、では あるのだが、とても重宝している。


 その八郎が情報を集め、先ほど戻って来たばかりである。


「ま、八郎、まず飯を食え、飯を・・・」


 そう言って飯をかき込む八郎の姿を見つめながら、その妖怪なる物が如何なる物かに心をよせた。


 しかし、八郎の集めて来た情報は、茶屋のおやじの話を裏付けるだけで、左程変わり栄えのするものでは無かった。


「そうか、八郎苦労であった。 してその話しを総合すると、姫路の城は無理でもその置塩の地なれば妖怪に遭えるのじゃな」


「ま、そうなりますなぁ」


 木村が同調する。


「ならその置塩じゃな、これだけの柳生の剣士が揃うておるのじゃ、その妖怪どもを退治することにしよう。 さすればこの柳生の剣、本当の意味で天下に轟くこと間違い無しじゃ」


 兵庫助の言葉に、その場が一瞬凍り付き、そして、おおお、と同調した。


「兵庫様、それともう一つ面白い話しを聴いてまいりました」


 八郎の声に一同が静まり返った。


「なんじゃ八郎、まだ何かあるのか」


「はい、あの宮本武蔵がこの姫路城下に滞在して居るとか・・・」


「なんと、宮本武蔵とな」


「はい、あの宮本武蔵で御座います」


 昨年の佐々木小次郎との話はまだ左程伝わっては居ないのだが、吉岡一門との闘いの一件依頼、この時点で宮本武蔵の名はすでに 天下に轟いていた。


「ははは、よきかな、よきかな、本当に面白き地じゃのう、この姫路の地は・・・この兵庫、姫路に来て正解であったわ」


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