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不落城の如く  作者: ちゃんマー
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第二章 宮本武蔵編

 二


 播州の地に足を運ぶのは、村を捨てて以来である。


 昨年、筑後と長門の間にある船島と言う小さな島において、名のある兵法者(巌流、佐々木小次郎)なる者と試合をして勝利した。


 勿論、試合は真剣勝負の殺し合いである。


 負ければ己が死んでいたのだ。


 もし、あの一撃で佐々木の頭蓋を叩き割れなかったとしたら・・・今想像しても胆がゾッとする。


 次の太刀では佐々木の反撃に遭い、きっとそれは避けきれない。


 佐々木の長刀が、己の股から上へと切り上り、身体が両断されて居ただろう。


 しかしそうなる事を予め想定して、佐々木の長刀よりも長く、そして水を吸い重くなった棒を探し、それを周到に準備したのだ。


 それが一つでも欠けていたら負けていた。


 佐々木は強かった、技量だけで測るならば武蔵よりも数段上だったに違いない。


 あの決闘は、武蔵の周到な準備があってこその勝利だったのだ。


 己の力量のみに頼った試合は決してすべきではない、己はまだその域に達していない、あの日以来、常に己に言い聞かせている。


 現在(巌流島の決闘)は、講談や小説にもなり、余りにも有名である。


 決闘の場である船島は、勝者の武蔵ではなく敗者である佐々木小次郎が興した流派(巌流)に因んで巌流島と呼ばれている。


 巌流島の決闘以来、武蔵の兵法が攻めから守りに変わったのではないか、と考える歴史家は多い。


 慶長十八年、夏 武蔵は姫路城下に居た。


 姫路城は別名白鷺城とも呼ばれ、白くて美しい、まるで羽を広げた白鷺の様だと愛称を込めて、そう呼ばれているのだ。


 池田輝政が播州の地を治めるにあたって、この姫路では、大がかりな普請工事が数年にわたって行われた。


 城の改修工事が終了したのは四年ほど前だが、ここ姫路の城下町は、まだ広がりをみせている。


 播州は徳川幕府にとって、最も重要な地にあたる。


 池田家は外様でありながら徳川一門に準ずる扱いを受けており、徳川方の大名として、まだ不安定な西方の諸大名たちを監視する役目と共に、この播州五十ニ万石を仰せつかっているのだ。


 家康は大坂を見据え、最も信頼できる者を楔として打ったのだ。


 しかしその信頼のおける池田家の当主、池田輝政が今年の三月に亡くなったのである。


 信長、秀吉、家康と三人の天下人に仕え、戦国の世を渡り歩いた名武将の死に、姫路城下の人々も大いに悲しんだと言う。


「池田は駄目か・・・」


 名を上げ高禄での士官を求めて歩く武蔵には、この播州でならと期待するものがあったのだ、己自身が播州浪人を名乗っている。


 江戸に在る柳生宗矩は将軍家兵法指南役として、禄高三千石で召し抱えられていると聴いて居る。


 この時代、将軍家兵法指南役なる役職は兵法者が目指す域の最高峰の役職であろう。


 だとすると、宗矩の三千石が禄高の最高峰と言う計算になる。


 その三千石と言う数字が、やがて武蔵が己を売り込む為の基準になっていくのだが、それはまだ先の話しで、この頃の武蔵はそこまで図々しくは考えていない。


 三千石とまでは行かないまでも、池田輝政ほどの武将であれば、武蔵の自尊心を傷付ける事のないだけの禄を報じてくれるのではないかと期待が大きかっただけに、宛が外れて落胆してしまう。


 名のある武将に兵法指南役、又は軍師として召し抱えて貰えるのが兵法者として、誉れなのである。


 しかし輝政亡き後となっては、池田家には魅力を感じない、己の自尊心も許さない。


 この先何所へ向うべきか、また思案しなければならない。


「お武家はぁん、今日のお宿はもうお決まりでっかぁ」


 思案しながら歩いている内に、旅籠屋が連立する通りに行き付いていた。


 旅籠屋の呼び込み丁稚に促されるまま、武蔵はその旅籠で今日の宿をとる事に決めた。


 兵法者として武蔵は己の剣を磨くために流浪の旅を続けて居るのだが、こうして旅籠に宿をとることは少なくは無かった。


 武蔵は武術だけではなく、芸術的感性も優れている。


 書、画、彫刻と凡人の域を超えている、時には刀の鍔など制作して、乞われれば販売もする。


 兵法者として名が上れば、必然的にそれらも高値が付くのである。


 時には野宿もするのだが、財政的には裕福だ、路銀に困ることは無い。


「いやぁ、太閤はんがお亡くなりになられてまだ十五年しか立ってへんのに世の中えろう変わりまぃたなぁ」


「ほんま、池田のお殿はんもお亡くなりになられたよってになぁ、いまの播磨はがたがたですわぁ」


 部屋に案内され一息つくと、隣の部屋から話し声が聞こえて来た。


 壁が薄いせいもあるが、旅の旅籠ではよくあることだ、旅人から旅人へと噂は流れていく、そうやって噂は広がるのだ。


 旅籠屋に宿をとると、武蔵はいつも聞耳を立てて過ごす事にしている、そうやって情報収集をしているのだ。


「なんやまた大坂の方で大きな戦が始まる言うて、きな臭い噂も流れて来よりますよってになぁ」


「ほんまかいなぁ」


「ほんまや、大坂が銭で浪人共をぎょうさん集めよる言う噂もあるんやでぇ」


「そないに大事な時に池田のお殿はんは亡くなりよったんかいなぁ、それをさせん為のお役目やったのになぁ、そりゃ死んでも死にきれんやろなぁ」


「ほんまなぁ」


 大坂とは豊臣家のことだ。


 慶長五年に起こった(関ヶ原の戦い)で家康は勝利した、武蔵がまだ十六の頃だ。


 東西分けて二十万もの軍が戦った日本の戦史上最も大きな合戦なのだが、決着は僅か半日の間に東軍勝利で終了した。


 その後西軍に属した武家は悉く改易か減易され、首謀者は処刑された。


 豊臣家は大坂に一大名として据え置かれ、世は主を失った浪人達で溢れかえった。


 武蔵も西軍の将である宇喜多家雑兵としてこの戦に参戦したのである。


 勢い勇んで参戦したものの、実際はあっけないものであった。


 開戦の合図と共に右へ左へと駆け走っている内に、いつの間にか勝敗が決まってしまっていたのである。


 他のことは何もしていない、ただ駆け走っていただけである。


 その後も、すぐに落ち武者狩りを恐れて走り逃げた。


 今もしまた戦に出たとしたら、あの頃の様には行かないであろう。


 兜首を幾つも挙げて、大手柄を立てる自信が武蔵にはあった。


 徳川の天下はまだ盤石なものではない、いつまた乱世の時代に戻るか解らないのだ。


 世は行き場を失い、食うや食わずの浪人で溢れかえって居るのだ。


 切掛けさえあれば何時でも決起するに違いなく、その切掛けが此度の大坂である。


 武蔵は大坂に行くつもりである。


 まだ途上ではあるが兵法者としての己は、高き位にあると自負している。


 未だ無敗、負けた事が無いのだ。


 大坂に行ったとて、まさか雑兵扱いを受ける筈がない、論外だ。


 豊臣家に馳せ損じ「宮本武蔵が参上仕りました」と一言申せば良いのである。


 それだけだ、それだけで向こう側からすれば百人力、いや千人力の力を得た様な気持ちになるに違いない。


 後は禄と役職の話をするだけで終わりなのだが、どこら辺で首を縦に振るべきか。


 軍師を乞われるやも知れない、兵法指南であるやも知れない。


 軍師にも魅力はあるが、やはり己が今まで築き上げて来た方が宜しかろう、豊臣家兵法指南役を選ぶべきだ、それが正解であろう。


 豊臣の天下が再び訪れ様ものなら、我が流派(円明流)が天下一の流派となるのだ。


 いつの間にか武蔵は拳を握りしめている事に気が付いた、興奮しているのだ。


 兵法者たる者、いつ何時であろうと平常心を保ってないと成らない、いつ敵の攻撃に襲われるか解らないからだ。


 常に平常心で居れば、どんな攻撃を受けても慌てずに対処出来るのである。


 武蔵は己を恥じた、武蔵の未熟者、武蔵の未熟者と己を攻めた。


 天下一の兵法者と称されるのだ、この程度では、豊臣家から見限られてしまう、気を付けようと武蔵は己の心に念じた。


「また出たらしいわぁ」


「小坂部かいなぁ」


「そや、その小坂部がまた出たんやてぇ」


 隣の客がまた話し始めたが声が低い。


 何やらが出たとか、それが出たのは久し振りだとか、そう言った事を語り合って居るのだ、それが出ると何か良くない事が起るのだそうだ。


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