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不落城の如く  作者: ちゃんマー
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第一章

 一


 強くなりたい・・・。


 生駒家は徳川の旗本格である、しかし松平忠吉(家康の息子)尾張入府の案内役を申しつかり、そのまま尾張国に居着いてしまう。


 その後直に忠吉が急死した為、家康の息子九男の義俊(のち義直に改名)が入国して来てのちに尾張徳川家が誕生する。


 生駒家はそのまま義俊に仕え、尾張藩士になった。


 勘四郎は生駒家の四男坊だ。


 だから当然家督は継げない。


 しがない部屋住みである自分に、いつも悶々としていた。


 勘四郎は、剣の道に進もうと決めた。


 家督を継げない者は大抵剣の道を選ぶ、そのことは自分でもよく解って居た。


 尾張藩はのちに柳生新陰流を投与し、藩士たちは皆柳生流を学ぶようになる、しかしこの当時の勘四郎は、今流行の小野派一刀流を学び、幼き頃より道場に通い励んで居た。


「俺は強くなりたい、伊藤一刀斎や宮本武蔵の様になりたい、武者修行の旅に出る」


 そう告げると父や母は笑った。


 一年前にもそう告げて、家を飛び出したのだが、十日程で戻って来たからだ。


 甘やかされて育った勘四郎に、野宿が耐えがたき辛さだったのだ。


 しかし、今度の決心は本気だった。


 目録までもう少し、道場で勘四郎に勝てる者は1人も居ない。


 先日師範からは、そろそろ目録を授けようか、と言う話しまであるのだ。


 自分にはきっと天稟があるのだ、野宿など何ほどの事では無い、この一年で自分はまた大きくなって居るはずだ。


 何よりも、先ほど笑った両親の鼻を明かしたいのだ。


 その夜、皆が寝静まるのを待って、勘四郎は武者修行の旅へと出発した。


 江戸時代も中期に差し掛かると、部屋住みの身で武者修行など、許されることは無いのだが、徳川幕府も出来たばかりで、まだ戦国の世を色濃く残したこの時代は、志を抱えた若者たちを、当てのない旅に送り出す様な雰囲気が漂って居たのだ。


 旅を始めて三月が立った。


 野宿には中々馴染めないが、独り剣を見つめ、野を掛け、滝に打たれ、今までの自分とは違うものを、勘四郎は感じていた。


 他の兵法者とは、まだ試合をして居ない。


「俺は強くなった、そして、まだまだ強くなるぞ」


 江戸の柳生新陰流は、御くい止め流などと呼ばれ、他流試合は一切厳禁である。


 それとは別して、小野次郎衛門の小野派一刀流にはそれが無い、同じ将軍家兵法指南役の流派としては、断然小野派一刀流の方が人気を集めて居た。


 江戸内に幾つもの道場を開いて居て、それが他藩にも広がり、小野派一刀流の道場は拡大していった。


 小野派の道場は、庶民も受け入れていたから、その人気に拍車がかかった。


 柳生宗矩より、小野次郎衛門の方が強いだろうと噂された、その背景には、この人気が一役買って居るのであろう。


「まちな、坊ちゃんよう、有り金すべて置いて行きな」


 突然、三人の浪人が立塞がって来た、絵に描いた様な食詰め浪人たちだ。


 ついにこの時が来たか・・・人と切り合ってこそ、武者修行だ。


 切り合わずして、この旅は終わらない。


 始めから承知していたつもりだったが、突然のことで気が動転して居た。


「なんだぁ、この野郎、震えてやがるぜ」


 食詰め浪人たちが、げらげらと笑った。


「坊ちゃんよう、ついでにその腰の物も置いて行きな、坊ちゃんには必要ないぜ」


 その言葉で、また大笑いが始まった、こちらを指さす者まで居る。


 気が付くと抜いていた。


 食詰め浪人たちは、一瞬何が起ったのか解らないと言う顔になった。


「こ、こいつ、抜きやがった」


 次の瞬間、浪人たちも刀を抜き、勘四郎は三人の浪人たちに囲まれた形となった。


 相手が三人とは分が悪いが、今更引くわけには行かないだろう・・・


 正面の浪人が切りかかって来る。


 勘四郎は相手の太刀に合わせる様に真っすぐに切って行った、これは小野派一刀流に伝わる(切り落とし)と言う剣技で、上手く決まれば、相手の太刀は弾かれて、勘四郎の太刀は相手の正面に来るはずだ。


 しかし勘四郎の太刀は上手く合わさらず、浪人の頭蓋を切り割る形になり、勘四郎自身も左肩から下へ切り下げられてしまった。


 勘四郎の傷は浅手であったが、浪人の方は頭蓋からの一刀両断である、すでに息絶えて骸となって居た。


 直に勘四郎は、右横に居た浪人目掛けて、太刀を滅茶苦茶に振り回し滅多切りにした、型も何もあったものではない。


 余りにも凄まじいその光景を観て、もう一人の浪人は走り逃げて行った。


「た、助かった・・・」


 一瞬死を覚悟した勘四郎は、腰を抜かし、へたり込むと、暫くその場を動けなかった。


 野次馬たちが二体の死骸を覗きにやって来たが、起き上がる事も出来ず、野次馬の何人かに手伝って貰い、それでやっと立ち上がることが出来た。


「お侍はん、まだ若いのに、えろう強うおますな・・・相手は三人やで」


「ほんまや、大したものやでぇ」


 野次馬たちは口々に、そう褒め称えたが、きっと慰めてくれて居るのだろう。


 何とも恥ずかしい失態を演じてしまった、生まれて初めて真剣勝負の殺し合いをしてしまった。


 初めて人を殺めてしまった。


 現在よりも人の命が遥かに軽かったこの時代に置いても、殺人は気持ちの良いものでは無い、頭蓋骨を絶った瞬間の、気持ち悪い感触が、まだ手に残って居る。


 二体の死骸は、野次馬に来ていた近くの村人たちが、すぐ其処にあるお寺に頼んで葬ってくれると言う。


 勘四郎は素直に頭を下げて、行為に甘える事にした、そして幾らかの路銀を渡して、この場を離れる事にした。


 想定はしていたが、先延ばしにして来た事が現実になった。


 伊藤一刀斎や宮本武蔵は、こんな事を何度も繰り返して居るのか・・・


 兵法者として生きるとは、並大抵な事にあらず、今日の事はきっとこの先一生忘れる事は出来ないであろう。


 勘四郎は今年で十七歳になる。


 生駒家の四男として生まれ、今まで何不自由なく育ててもらって来た。


 飢える事も無く、剣術も学ばせて貰っている、今こうして武者修行の旅に出ているが、その充分な路銀も、母がそっと荷物の中に忍ばせてくれたものだ。


 今、父や母に無性に遭いたかった、逢って自分が今までして来た親不孝を、心の底から詫びたい気持ちでいっぱいに成った。


「俺は、こんな殺し合いをやりたくて、家を飛び出して来たのか・・・」


 それから十日程立ったが、しかしまだあの時の光景が頭から離れないのだ。


 これは、兵法者たる者が皆通る道なのだ。


 伊藤一刀斎や宮本武蔵もきっと通った道に違い無い、後はそれをどうやって克服して行くかだ・・・兵法とは何と奥が深いのか。


 少し手が届きそうな所まで来たと、自分なりに思って居たのだが、一瞬で遥か遠くまで行ってしまった、もう手は届かない。


 そんな事を考えながら歩いて居る内に、姫路の城下町にたどり着いた。


 ここのところ、ずっと野宿が続いて居たので、今日あたり何処かの旅籠に泊まろう。


 風呂にでも入って、何か地の旨い物でも食えば気分も変わるだろう・・・


 勘四郎は一軒の旅籠屋に目を付けた。


 小綺麗で活気がある、客の質も悪くないようだ、店構えも良い。


「ごめん、空き部屋はありますか」


「はいぃ、いらっしゃいませ~、お客はん運が良うおまっせ、たった今、丁度一部屋空いたばかりで御座いますわ」


 勘四郎は小さな運を拾った気がした。


 部屋に入り荷物を開いた。


 1人部屋でなくとも良かったのだが、久し振りに贅沢するのも良いだろう、もし断れば小さな運が逃げて行くような気がした。


「よし、風呂に入ろう」


 この旅籠の売りは大風呂らしい、どんな風呂だろうと思いを寄せると、自分の気持ちに少し余裕が生まれて来た事に気付いた。


 やはり少しの運を拾ったみたいだ。


 風呂は岩風呂だ、店の店主が自慢するだけあって立派な造りだ。


 何個もの大きな岩で湯船を囲い、洗い場は檜を使って居る、二十人くらいなら一度に入っても、ゆっくりと入浴できそうだ。


 一番風呂かと思ったが先客が居た、随分身体の大きな男だった。


「失礼します、ご一緒させてください」


「うむ、どうぞ」


 この大男も兵法者だろうか、大きな身体で筋肉も鋼の様だ。


 この時代、身体が大きいと言う事は、それだけで他よりも断然有利なのである、勘四郎は羨ましいと思った。


「まだ若い様だが、お主も兵法者かね」


 大男の身体を眺めて居た勘四郎は、突然訪ねられて動揺した、お主もと言う事は、この大男も兵法者だと言う事だ。


「は、はい」


「して、流派は何かね」


「あ、は、はい、小野派一刀流です」


「ほう、その様に大事な戦術を、他人の拙者に語ってしまったが、もしも拙者が敵ならば何とするつもりじゃ」


「え、あ、いや、すみません」


「己の戦術は、その時が来るまで隠しておくことが有利」


「はぁ、なるほど、ご教授どうもありがとうございます」


「ん、なかなか素直じゃな」


「はい、自分はまだまだ駆け出しの兵法者ですので、何でも吸収できるのが有難いです」


 ほう、と一言発した後、大男は勘四郎に言い聞かせる様に語りだした。


「兵法と言うは修羅の道じゃ。 油断するは己の死へと繋がるのじゃ。 お主はまだ若いゆえ、この先幾度も生死を体験するはず。 それは堪え難くとても苦しいものであろう。  

兵法とはまず己に勝つことじゃ。 己にさえ勝てない者が、どうして他人に勝てようか。 だからまずは己に勝つことから始められよ」


 大男の言葉が勘四郎の心を貫いた。


 今、勘四郎が求めていた答えを語ってくれたのだ、なぜだか解らないが涙が溢れて来て止まらない。


「ありがとうございます、本当にありがとうございます、心が楽になりました、是非あなた様の御名前をお聞かせ下さい、お願いします」


 突然、泣きながら名を懇願されたのだが、大男は少しも表情を変えなかった。


 そして勘四郎の顔を少し眺めた、その後でゆっくりと告げた。


「拙者の名は、宮本武蔵と言う」



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