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不落城の如く  作者: ちゃんマー
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序章

 はじめに


 この作品はフィクションであります。

作中に出て来る登場人物の中には、実在した人物も出て来ますが、それらは全て筆者の想像と脚色です。

実在した人物や事件の時代背景は合わせてありますが、もしそれが不愉快に感じられる方が居られるなら、申し訳ありません。

それは全て筆者の責任であります。

あくまでも物語として楽しんで頂けたらと思っております。



           大坂 正純

           ちゃんマ~ 





 【不落城の如く】


 序章


 夜はとうに更けていた。


 月も星も見えない夜だ、漆黒の闇だけが広がっている。


 この借り物の提灯が無ければ、一歩も前に進めないだろう。


 あれだけ酒を頂いたのだ、帰りが遅い時刻になることくらいは、想像出来たはずだ。


 しかし酒を目の前にするとどうにも尻が上らない、おまけにおめでたい席でもあった。


「こりゃあ、やっぱり泊めてもろた方が良かったかいな・・・」


 五助は後悔して居た。


 酒の力もあってか、暗闇の帰り路など、どれ程のものかと思った、提灯もある。


 しかし、いざこうして暗闇の中を実際に歩いてみると、恐ろしくて仕方がない。


 それにもう少し歩くと、あの峠に差し掛かるのだ。


 あそこには、もののけが出ると言う、もっぱらの噂なのだ。


 峠に面して昔、そこには城が在った、しかし、今は石垣のみがあるだけだ。


 荒れ果て放題に成って居る、そこがまた気味が悪いのだ。


 暗闇の中から、今にも何か飛び出して来る様な気がする。


 神様お願いで御座います、どうか何事もなく、無事に家へ帰らせて下さい。


 そう心の中で念じながら歩いた。


 ひ、ひひ


 五助の耳に何か聴こえた様な気がした、いや、確かに聴こえた。


 ひひひひひひひひひひひひ


「で、でたぁ~」


 五助は腰を抜かした・・・もう立てない。


 暗闇の中から声が聴こえた。


 それが段々自分の方に近付いて来る。


「来るな、来るな、来るなぁ」


 五助は気も狂わんばかりに叫んでいた。


 しかし、その声は何処にも届かなかった。





「えええ、五助はん、まだ帰って来んのかいなぁ」


 心配になり、訪ねて来た五助の妻の顔を見たが、嘘を付いて居るようには見えない。


 しかし五助が帰ったのは、四日も前だ。


 どれだけ遅く歩いたとしても、半日もあれば、充分帰り着くはずだ。


「そやから、あれほど泊まっていけと言うたのに・・・えろう酔うとったしなぁ」


 もしかしたら、足を滑らせて谷に落ちたのではないか、五助はかなり酔って居たのだ。


 五助の妻に告げてみると、ここを尋ねて来る前に、三日もかけて捜索したのだと答えが返って来た。


「それなら五助はん、どこへ消えたんかいなぁ、神隠しにでも遭うたんかいなぁ」


 五助の妻は、あそこを除き、思い当たる場所は全部探したと言った。


「ほな、あそこしかあらへん・・・」


 清吉は呟いた。


 あそこには、何事も無ければ近付きたくない、近付くだけであっても、何か良くない事が起りそうな予感のする場所だ。


 五助の妻も始めから分かって居たはずだ。


 分かっていて、あえてそこは外し、清吉を訪ねて来るとは・・・嫌な女だなぁ。


 当然、付いて来て欲しいと、五助の妻が切り出してきた。


 出来る事なら清吉は行きたく無い。


 しかし、行かざるを得ないだろう・・・


「わかった、行くわ、今から支度して来るさかい、少し待っときいや」


 清吉は五助の妻を伴って出発した、他に三人の丁稚を連れて行く事にした、あんな薄気味悪い場所へ行くのだ、一人でも多いに越したことはない。


 こうして清吉一行は、峠沿いに面した薄気味悪い城跡にやって来た。


 ここはその昔、中国遠征に勤めていた、太閤豊臣秀吉こと羽柴秀吉が、姫路に居を移す際、ここに在った城を解体して、その木材を運ばせたという。


 城跡にはまだ形跡が少し残っており、朽ち果て、草木も生え放題に成っている、その周りは深い森に囲まれている。


 太陽の光も奥までは届かず、昼間でも薄気味の悪い場所だった。


「あっ、うちの提灯が」


 店の丁稚が指さす方を見ると、確かに清の字を丸で囲む、清ノ屋の提灯が落ちていた。


 清吉は嫌な予感がしていた。


「やっぱり五助はん、ここに来てたんやな、おい、もっと奥を探してみんかい」


 連れて来た丁稚達に言い聞かせた後、五助の妻を観ると、顔を真っ青にしていた。


 五助の妻も当然、嫌な予感を感じて居るはずだ。


「ああぁ、旦那はん、大変や、すぐこっち来てくんなはれ、五助はん居りまいた、居りまいたけど・・・」


 清吉の嫌な予感は当たった。


 五助の妻はその場で崩れ落ちていた。


 清吉は手招きする丁稚の方へ駆け寄った。


 五助の死体は壮絶なものだった、ある程度想像しては居たのだが、清吉の想像を遥かに超える姿であった。


 数匹の野犬か狼に、食い散らかされたのだろう、衣服もぼろぼろに引き裂かれて、身体の至る所をかじり取られている、もちろん辺りは血の海だ、匂いも凄い。


 まず清吉がしたのは、五助の妻を近付けないようにしたことだ、それから五助に手を合わせた。


「野犬か狼やな、こんな死に方をして、五助はんも悔しかろう」


「旦那はん、野犬や狼と違います」


「なんやて」


「脳のみその所がかじられております、野犬や狼はそんな事しまへん、きっともっと大きな奴ですわ」


「なんや、大きな奴て、熊かいな」


「旦那はん、もうお分かりですよね」


 確かに解る、ここまでくると清吉も疑いようがない、だが自分の口から言うのは嫌だ、言葉にするだけでも恐ろしい。


「ばけもの・・・」


 遂に丁稚が口にした、本当は始めから解って居た、だがそんなものが実在するものかと現実的に考えようとして居ただけだ。


 しかし、この状態は現実で、ここら辺に熊は居ない。


 急に恐ろしくなって来た、しかしこのまま五助を捨て置くわけには行くまい。


「もっと人を呼ばなあかんな、届けも出さなあかんし、とりあえず一旦引き帰そう」


 誰も何も言わなかった、皆この場所を兎に角離れたいのだ。


「五助はん、また来るよってにな、もうしばらくそこで辛抱しとってや」


 五助の遺体にもう一度手を合わせると、一目散にその場を後にした。


 始めはゆっくりと歩いていたが、その内、我先にと段々早くなり、最後には坂を転がる様にして走り逃げた。


 五助の妻も物凄い顔で走り付いて来た。


 帰り着くと、丁稚に藩所へ届けを出しに行かせた。


 江戸時代初期のこの時代、まだ幕府はそれ程機能していない。


 各藩になると、もっと緩いものだった。


 死体検分することなどもなく、ただ庶民からの届けを受理するだけだった。


 この一連の事件は瞬く間に噂になり、姫路城下にも広がった。


 広がると同時に、話に尾ひれが付き、実際に観たと言う者まで現れた。


 大蛇と言う者も居れば、若い女の妖怪だと言う者も居る、百年以上生きている狐だと言う者も居た。


 昔からあの場所は良くない噂が流れていたが、こうして本当に死者が出たので、噂にも信憑性が出てくるのだ。



 五助の事件を皮切りに、あの場所からよく死体が発見されるようになった。


 中には自分が殺した死体を、あの場所に捨て置いて、妖怪の仕業に仕立てあげたものまであった。


 質の悪い浪人集団が住み着き、峠を通る旅人を襲う事件もあったが、その浪人集団もいつの間にか居なくなった。


 妖怪共に皆殺しにあったのだと噂された。


 その頃を同じくして、今度は姫路城にも化物が出るとの噂が流れ始めた。


 年老いた老婆の化物だったり、若い女の幽霊だったり、数々の目撃談が城務めの藩士から庶民へと噂が広がって行った。







こんな伝説がある。



当時の城主池田輝政が病に倒れた。


全国から名のある医師を集め治療にあたらせたが治らない。


最後は神仏にすがる思いで、比叡山より阿闍梨僧を呼び寄せ病平癒の加持祈禱をおこなったところ、妖しい女が現れたと言う。


僧が叱咤し退散を命じると、女は怒り出して、二丈程もある鬼の姿に形を変えて、阿闍梨僧を蹴り殺してしまったと言う。


鬼はまた妖しい女の姿に形を変え、自分は長壁姫おさかべひめだと名乗り、この城に住んで居ると告げて消えたと言う。


池田輝政は、病に倒れ亡くなって居るのだが、この物語に出てくる輝政の病がそうなのかどうかは伝わっていない。


長壁姫は、姫路城に隠れ住むと言われる女性の妖怪である。


小刑部姫、刑部姫、小坂部姫とも言う。


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