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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オジサン剣聖の愛娘と愛息子は愛想を尽かして出て行ってしまった......それでも助けに行きますとも!!

作者: PON

「私、この家出て行くから」


「へ?」


俺の名はアレクセイ・グラント、42歳。愛娘から突然に家を出て行く宣言されてしまった。


「リリーちゃん。急にどうしたんだい?そ、そんな、じょ、冗談は良くないよ!お父さんびっくりだよ?」


俺は気が動転しているからか、噛みまくって上手く言葉が出なかった。


「は?冗談じゃないし。ていうか喋り方キモいんだけど」


「うっ...」


俺の可愛いい愛娘リリーによる言葉の攻撃は、今まで受けたどんな攻撃よりも強烈で俺はその場で膝を屈してしまった。


「リリーちゃん、家を出てどこに行くんだい?」


「......王都。私、お母さんと同じように冒険者になる」


リリーは強い決意の籠もった眼差しで俺を見つめていた。


その表情は死んだ妻に瓜二つで俺は不甲斐なくも、沈黙してしまった。


「だ、ダメだよ!!リリーちゃん!冒険者なんて危ない事!!お父さんは許さないぞ!!」


「は?別に許してもらうつもりもないし。ていうか、お兄ちゃんだってやってるじゃん、冒険者。じゃあ、もう行くから」


「ま、待ちなさい!」


俺は咄嗟にリリーの腕を掴んだ。


「何?放してほしいんだけど」


「冒険者になるって、そんな急に言われても......お父さんと一緒にこの村で武器屋をやっていくじゃダメか?」


「お父さん......」


リリーは俺に背を向けながら、ぽつりと話し始めた。


「お母さんが昔、言ってたんだよ。お父さんは強くてカッコいい冒険者だったって」


「え......」


「お父さんが武器屋やってっるのってさ......私たちの為なんでしょ?でもさ、お父さん。毎日毎日、騎士団や冒険者、組合の人に頭下げてさ......情けなくないの?」


「い、いや......そんな事はないけど」


そう、決してそんな事はない。


冒険者なんて仕事は危険だし、キツいし、汚れるし、碌なことがない。


しかも、収入も安定しない。


それに比べれば、武器屋って商売は幾分安定している。


この武器屋兼自宅のローンだって、払っていける。


「ウソ......お父さんが楽しそうに仕事しているの見たこと無いもん」


「そ、それは......」


つい、口籠ってしまう。


これは図星だからなのか......俺にはよく分からなかった。


「いつまで掴んでるつもり?セクハラなんですけど?」


「ご、ごめん!!そんなつもりじゃ......」


バタン。


慌てて手を放した瞬間ーーー無常にもリリーは家の扉から出て行ってしまった。


娘が出て行って二週間あまりが立った頃だ。


今頃、王都に着いているのだろうか?と考えていた。


一方、俺は、村の唯一の酒場で呑んだくれていた。


「トーマス......息子の次は娘も出て行っちまったよ......子育てって難しいな」


俺は友人であり、酒場の店主であるトーマスにここ二週間、同じ愚痴を吐いていた。


我ながら情けない限りである。


「お前さんのこんな姿見たら、絶対帰ってこないな」


トーマスはカウンターの向こう側でグラスを拭きながら溜息を溢して言った。


「だって仕方がないだろ?ーーーそれに冒険者なんて不安定な仕事より、堅実な仕事を選んで何が悪いんだ?」


「それをリリーちゃんとナサレ君に言ったことあるのか?」


「いや......無いけど」


「はぁ......言わなきゃ伝わらないこともあるんだぜ。少なくとも、リリーちゃんは分かっていたんだろ?」


「......」


まったくの正論だ。


俺は口に出すのが怖かったんだろうな......


臆病にも、目を背けてしまっていたのだ......やりたい事から。


その言い訳に家族を使ってしまった......まったく、最低な父親だ。


「貧乏人諸君、今日も湿気た面で安酒を呑んでいるかね?」


俺が自己嫌悪に陥っていると、背後から嫌な声が聞こえてきた。


(最悪だ......)


声の主は、この辺りの商売を牛耳っている商会の長、グスタフだった。


相変わらず、取り巻きを連れ歩きながら俺たち平民を馬鹿にして周っている。


自己顕示欲が服を着て歩いているようないけ好かない男だった。


「これは、これは、誰かと思ったらアレクセイ君ではないかね。景気はどうだい?ま、顔を見る限り聞くまででも無いようだが」


「......」


そして理由は分からないが、この村に越してからというもの、事ある毎に俺に突っかかって来ていた。


「アレクセイ君。聞いたよ。娘さんが出て行ったようだね」


グスタフはニヤニヤと笑いながら話しかけてくる。


「まったく、相変わらず君は情けないね。子育ても禄に出来ないとは、親失格だよ」


グスタフと取り巻きたちが俺を指差しゲラゲラと笑っている。


案外、こいつの言う通りなのかもしれないな。


「グスタフさん......そこまでにしてやって下さいよ」


トーマスが仲裁に入るがグスタフは関係なく続ける。


「ユリアさんもこんな男の何が良かったのか......まったく理解できない。私と結婚していればーーー」


そこから先のグスタフの言葉は耳に入ってこなかった。


そして気づけばグスタフをぶん殴って酒場を後にしていた。





ーーー俺は酒場の帰り道、夜風に当たりながら昔を思い出していた。


妻であり、勇者だったユリアと世界中冒険していたことを......


俺はかつて〈剣聖〉と呼ばれる冒険者だった。


その腕を見込まれて、勇者パーティの一員として魔王討伐の旅に出ていた。


それも、もう25年も前の話しになる。


確かに、あの頃は使命を果たす高揚感と未知の冒険による刺激に溢れる毎日だった。


ーーー楽しくなかった......と言えば嘘になるな。


あの頃を求めている気持ちが俺の中にまだあるような気がした......



※リリー視点※


私の名はリリー・グラント、16歳。


冒険者になるべく、この王都にやって来た。


二週間前にお父さーーー父親の元を去ってここに来た。


今日は憧れのA級冒険者ギルド【剣の戦乙女ソード・ヴァルキュリア】の入団試験の日だ。


私は試験を受けるべく、集合場所であり試験会場の迷宮〈黒の巣穴〉の入り口に居た。


周りには腕自慢の猛者たちが、ざっと見ても百人近くいる。


私は緊張しているのか手が震えていた。


「緊張しているようだね。大丈夫かい?」


私の様子を見てか、隣の男が話しかけてきた。


男は私より少し年上くらいだろうか、身なりの良い高価そうな装備を纏っている。


きっと、どこかの貴族のお坊ちゃまなのだろう。


「えぇ、少し」


私はこういう場に慣れないのもあり、少し無愛想に返事をしてしまった。


「なに、コイツ、感じわるーい」


「ホントよ。せっかく、レイモンドが声を掛けて上げたのにね」


貴族のお坊ちゃまーーーもとい、レイモンドと呼ばれた男の連れなのか、同じく身なりの良い装備の女二人が私に悪態を吐く。


「二人共......彼女だって緊張しているんだ、大目に見てあげなよ。それより一人かい?良かったら一緒に迷宮に潜らないか?」


レイモンドの後ろにいる女二人が明らかに、不服そうな顔をしている。


正直、金持ってますアピールの装備に身を包み、女を侍らせている奴の誘いを乗るのは不服だけれども、一人で行くよりは幾分ましか......


「私で良ければ......よろしく」


「こちらこそ!あらためて僕はレイモンド。こっちはレオナとレベッカだ」


「......よろしく」


私の返事に二人は無視を決め込んでいた。


はぁ......この先どうなることやら。


「入団希望者諸君。注目したまえ!!」


迷宮入り口の前に冒険者風の屈強な男が立って声を上げていた。


「本日の試験はこの〈黒の巣〉最下層にいるボス、ミノタウロスの討伐をした者たちが合格となる」


どうやら男は試験官か何かのようだ。


男は暫く、今回の試験の概要を淡々と話し続けていた。


「そして最後に今回は我らが【剣の戦乙女ソード・ヴァルキュリア】のギルドマスターにして最強の剣士、ブリュンヒルデ様も観戦なさる」


その言葉に周りの冒険者が湧くのが分かった。


【剣の戦乙女ソード・ヴァルキュリア】のブリュンヒルデ。世界屈指の剣士と呼ばれる女性だ。


あの〈白銀の剣姫〉ブリュンヒルデが観ていると思うと私の心も熱を帯びた。


私は......彼女に憧れてここまで来たし、このギルドを選んだのだ。


「皆さん......ブリュンヒルデです。今回も有望な人材が揃っているようなので嬉しく思っています」


先程まで試験官の男が居た場所に、銀髪の美少女がいた。


きっと彼女がブリュンヒルデなのだろう......言い伝えの通り、耳が少し長い。


噂だと、彼女はハーフエルフとの事だ。見た目は20歳前後のように見えるが実年齢は誰も知らないようだ。


「これはチャンスだ。ブリュンヒルデの目に留まれば、いきなり幹部なんてことも」


レイモンドがぼそりと呟く。


果たしてそう簡単に行くものなのか疑問だけれでも......


私は少しの不安を抱きつつも、迷宮へと足を踏み入れた。


「「きゃーレイモンドカッコいい!!」」


薄暗い迷宮の中で黄色い声援が響く。


「ハハハ、僕に掛かればこんなもんだよ!」


レイモンドは人狼の胸に剣を突き立て倒しながら言った。


レイモンドに倒された人狼は灰となり消えた。


魔物は命を絶たれると黒い灰となり消滅するのだ。


しかし......人狼一匹でこのはしゃぎようは先が思いやられる。


レイモンドは人狼一匹倒すのに30分以上掛けていたが、私は人狼五匹を倒すのに10分も掛けていない。


おまけに、レオナとレベッカに関しては何もしていない。


(組む相手......間違ったかな)


少し私が落胆すると、レイモンドが近寄ってきた。


「リリー、君の剣さばきも中々だね。まぁ僕ほどではないがね!!ははははははは!!」


「......」


呆れて声も出ない。


時間が勿体ないと思い、私は歩みを進める。


「ま、待ってくれよリリー!」





暫く、歩くと大きな扉があった。


「開けるわよ」


「あぁ!」


レイモンドと二人掛かりで扉を開けると石造りの巨大な神殿が現れた。


「す...ごい......」


洞窟のような薄暗い迷宮の奥にこんな空間があるなんて......純粋に驚いてしまった。


「どうやらボスの間のようだが......ミノタウロスはどこに」


石造りの神殿の前には巨大な空間ーーー広場があった。


「ちょっと!!来てよ!!」


レオナ......なのかレベッカなのか未だに覚えれないが、どちらかが叫んでいた。


私とレイモンドが駆けつけるとそこには巨大な肉塊ーーーミノタウロスだった者があったのだ。


「いったいどういうことなの?私たちより先に誰かが討伐したのかしら?」


「それはないさ!!僕たちがぶっちぎりで先頭だったからね!!」


確かにレイモンドの言う通りだ。


説明にあったのだが、試験官として数名の冒険者が先行してボスの間に居て待機していたようだが、それ以外の冒険者に出し抜かれた形跡はない。


そして何よりミノタウロスの傷は武器による物ではなさそうだ......なんというか、噛み傷......


まるで何者かが捕食したかのようだった。


「に、にげろーーーーーーー!!」


突然、大きな声が聞こえてきた。


声がする方を見ると数名の冒険者が神殿の方から走ってきていた。


ーーー次の瞬間、神殿が大きく崩れる。


理由は明白だった......


「龍だああああああああああああああああああ!!!!」


神殿から巨大な龍が這い出て来ていたのだから......





龍ーーーーーー世界でもっとも古く、強く、恐ろしい魔物。


人が抗うすべを持たない”災害”なのだ。






※アレクセイ視点※


「ーーーや、やめてください!」


深い眠りから俺を起こしたのは、そんな叫び声だった。


昨日の夜は飲み過ぎたからか、頭痛が凄い。

頭が割れそうだ。


鉛のように重い身体を起こして俺は下の階で営んでいる武器屋に向かった。





「早くアレクセイを呼ばないか!」


俺が武器屋の店内を見ると、そこにはグスタフとその取り巻き、そして武装した護衛が数名いるのが見えた。


「アレクセイさんはまだお休みになってるって言ってるじゃないですか!」


グスタフたちに抵抗しているのは、この店唯一のアルバイト兼看板娘、ノアだった。


「だったら早くアレクセイを呼んでこい!」


グスタフが苛立ちながらノアに言う。


(このままじゃあ、マズイな......)


俺は酒の残った身体に喝を入れる為、頬を叩いてから店内に入る。


「いらっしゃいませ!ーーーこれはグスタフさんじゃないですか!こんな寂れた武器屋に何のご用で?」


「アレクセイ!何がご用だ!昨日の件に決まってるだろうが!」


「昨日......?」


酒に酔っていたからか、あんまり思い出せない。


「何かありましたっけ?」


「ーーーッ!!この頬を見ろ!」


グスタフは自らの頬を指差し激昂していた。

グスタフの頬は赤く腫れ上がっている......まるで殴られたかのように......


「............あ」


「思い出したか!!」


「す、すいませんでした!!」


俺はグスタフに秒で頭を下げる。


そうだ、昨日は酒の勢いに任せてグスタフを殴ってしまったんだ。


「アレクセイさん......何やってるんですか」


アルバイトのノアが呆れた顔で俺を見ていた。


「貴様の頭なぞ百回下げても足らん!この店を潰してやる!」


「い、いや、それだけは!」


「はん!絶対に許さんからな!やれ!お前たち!」


グスタフの声に従い、取り巻きと護衛たちが店内を荒らし始めた。


「や、やめてください!」


ノアが取り巻きたちを静止するが、お構い無しという感じだ。


俺は自分の店が荒らされるのをただ見る事しか出来なかった。


仮に俺がグスタフたちを追い払った所で問題は解決しない。


またあの手この手でグスタフは嫌がらせや商売の邪魔をしてくるだろう。


だったら、ここは我慢するしかない......


そう自分に言い聞かせていると、ふと、リリーの言葉が過ぎった。


「楽しそうじゃないーーーか......」





「がははははは!ざまぁみろ!アレクセイ!」


暫く店内を荒らした後、グスタフは満足したのか高笑いを決めていた。


「アレクセイさん!このままで良いんですか?」


ノアは怒りの表情を向けながら、今にでもグスタフに殴りかかりそうな勢いだ。


俺なんかより逞しいなこの子は......


「ノアちゃん......ここは穏便に済まそう。それにグスタフさんを殴った俺に非があるしね」


「そ、そんな......良いんですか?本当に?!」


「......」


本当は良くないさ。

だけど、これが俺の処世術だ。


ここでグスタフに逆らって、本当に店が出来なくなったら子供たちが帰ってくる場所が無くなる。


それだけは......それだけは避けなくてはいけない。


「情けないオッサンだな」


グスタフの護衛の一人が口にする。

その言葉を皮切りに、周りの連中も俺を笑った。



「すまん、失礼するぞ」


武器屋の扉が開かれる。

騎士風の男が数名現れたのだ。


「ここにアレクセイと言う御仁は居るか?」


騎士風の男たちの先頭に居る、一際屈強な男が口を開いた。


「がはははは。騎士殿、アレクセイに何か用かな?」


グスタフが馬鹿にしたような声で喋るが、男は気に留める様子が無かった。

その様子にグスタフは気分を悪くしたのか、舌打ちをしていた。


「俺がアレクセイだが......何か?」


「ほう、貴方が......なるほど」


「あ、あの」


「これは失礼した。私の名はヴィゼルと申します。【剣の戦乙女】のギルドマスター代行を務める者です」


屈強な男はヴィゼルと名乗り、頭を深く下げていた。


「な、あの【剣の戦乙女】のナンバー2のヴィゼル殿でしたか!こんな辺鄙な武器屋に何の用ですか?一流の武器をお探しなら是非とも我がグスタフ商会ーーー」


「率直に言いますと、アレクセイ殿。貴方の力を貸して頂きたい」


「え?アレクセイ......の?」


グスタフが間抜けな声を出している。


何だか"嫌な予感"がする。


「先日ですが、王都付近にある迷宮〈黒の巣穴〉にて十一年振りに〈龍〉が確認されました」


「なッ?!......〈龍〉が?」


俺は驚きで声が出る。


〈龍〉という言葉に、その場に居た全員が凍りつく。


当たり前だ......〈龍〉とは魔物の頂点に位置する種族だ。


竜種ーーー飛竜ワイバーンや火竜サラマンダーといったドラゴン族よりも格上の存在。


かつて魔王と呼ばれた者と勇者と呼ばれた者しか倒す事が出来なかった存在。


そしてーーー十一年前、勇者を......妻のユリアの命を奪った存在。


存在そのモノが"災害"とされる魔物。



「幸いにもまだ〈龍〉は幼体の様です。今ならまだ討伐は可能......故に此処に伺いに来たのです」


「な、な、なんで〈龍〉の話をアレクセイの所に?!こんな冴えない奴を頼っても......」


グスタフがしどろもどろに言葉を発する。


「おや?貴方達はご存じないのですか?この方が何者なのかを?」


「はえ?」


グスタフとその周りの者たち、そしてノアまでもが俺に奇異の視線を送る。


(はぁ......"嫌な予感"は当たるもんだな)


「こちらの御仁......アレクセイ・グラント殿は二十五年前に"魔王討伐"という偉業を果たした伝説の冒険者の一人、〈剣聖〉アレクセイ殿ですよ」


「ななななななな......なにぃいいいいいいいいい?!」


グスタフとその取り巻きたちは驚きで叫び声を上げる。


「アレクセイさん......どういう事ですか?」


ノアも恐る恐るといった感じで俺に声を掛けてきた。


「いや......隠してるつもりーーーだったんだけどね。本当だよ」


「え、えェェェェェェ」


「ご、ごめんよ。ほら、〈剣聖〉ってバレるとさ......色々面倒事が来るから黙ってたんだよね」


「そ、そういうもの......ですか」


「う、うん」


ノアは納得のいかない表情で、納得してくれた。


「ーーー申し訳ないが、時間があまり無い。アレクセイ殿......〈龍〉の討伐を手伝って頂けないだろうか?」


「......」


「アレクセイ殿?」


ヴィゼルの言葉に俺は沈黙した。


〈龍〉の討伐。

そんな事に参戦してしまえば、命すら危うい。


もしも、俺が死んだら残された子供達はどうする?


娘のリリーも息子のナサレもまだ16歳だ。


両親を失い、帰る家を失くしたらーーーアイツらの帰る場所が無くなるじゃないか......


そんな事は容認出来ない。


ーーー答えは一つだった。





「すまんが、力になれない」


「何故ですか?!」


ヴィゼルの冷静な態度が初めて崩れた。

ギルドのナンバー2として多くの修羅場を潜って来たであろう男でも動揺は隠せなかった様だ。


「もう隠すつもりも無いが......妻のユリア。いや勇者ユリアは十一年前に〈龍〉の討伐で命を落とした。もし俺も死んだらーーー子供たちはどうなる?そう考えるとな......それに【剣の戦乙女】って事はブリュンヒルデが居るーーー」


「でしたら、尚の事です!」


「どういう事だ?」


ヴィゼルは焦った様子で俺に詰め寄る。


「貴方の娘、リリー殿が〈黒の巣穴〉に取り残されているのですよ!!」


「ーーーーーーなっ!!」



俺の中の血が、臓器が、細胞の一つ一つが警報を鳴らす。


ーーーこれは緊急事態だと。






「な、なんで?!どうして〈龍〉の居る迷宮なんかに娘が?!」


気づけば俺は、ヴィゼルの胸倉を掴んでいた。


「お、落ち着いて下さい、アレクセイ殿」


「落ち着いてられるかッ!!」


「簡単に説明します......【剣の戦乙女】の入団試験の場として〈黒の巣穴〉が用意されました。ここは本来ならC級程度の迷宮です。しかし試験官が最奥の間まで先行したところ、運悪く"新エリア"が発見されたようです」


迷宮の"新エリア"ーーー数万分の一の確率で発生する未開の地だ。


低級の迷宮に行ったつもりが、強力な魔物の巣窟に成っていたーーーという話はなくも無い。


しかし、〈龍〉は別だ。


そんな話......聞いた事も無い。


だが、現に〈龍〉は現れた。


「話は分かった!さっさと俺をそこに連れて行ってくれ!」


「......分かりました」





「話を勝手に進めるな!」


忘れ去られていたグスタフが突然怒声を上げる。


「こ、こ、こいつが〈剣聖〉?あり得ない!そんな事ありえない!絶対に嘘だ!!」


グスタフが怒りに震えている......だが、今はそれどころじゃあ無い。


娘のリリーの一大事なのだ。


「ここでお前が行ったら、〈剣聖〉という事が本当になってしまう!行かせるものか!何としても阻止しろお前ら!!」


グスタフは取り巻きと護衛たちに武器を取らせる。



ーーーこんな奴らに関わっている場合じゃない。



「ーーー邪魔だ」


俺は闘気を纏った声を奴らに向けた。


辺りの空気は冷たく震え、目の前の有象無象に実力の差を教えた。


久しぶりに凄んだからか、加減が出来ずに辺りも巻き込んだようだ......


ノアが怯えて涙目になって......震えている。


うんーーーなんかゴメン。


帰って来たら、何か奢ろうと決めた。



ヴィゼルは......流石と云うべきか、その額に滝の様に汗をかく程度で済んでいた。


一方、グスタフたちは......取り巻きと護衛たちはいつの間にか店から居なくなっていた。


肝心のグスタフは......白眼を向いて、漏らしていた。


「ごめん、ノアちゃん!後始末は任せた!」


「な、ちょ、えーーーーー!!」


俺は散乱している武器の中から一振りの剣を手に取り、店を後にした。




※リリー視点※



〈龍〉の発現から二十四時間が経過した。


私は怪我をした試験官の冒険者を連れて迷宮入り口付近まで退却して来た。


私たちは〈龍〉から逃れる為、必死に迷宮を引き返していたのだ。


(それも、あと少し......)


私は〈龍〉の発現を知らせる為、レイモンドたちを先行で退却させていた。


「すまねぇな、嬢ちゃん......」


「いえ、母なら......父ならこうしたと思うので」


「そうかい、いい親父さんだな」


「......」


怪我をした試験官の男が私に笑いかける。

その顔に私も少し安堵したところだったーーー。



「ーーーーーーーーーーーー!!!!」



背後からこの世のモノとは思えない程の雄叫びが聴こえる。


〈龍〉の発する声だった。


私は全身が硬直した様に動けなくなる。

冷や汗が溢れ、身体中から水分が無くなるかと思う程だ。


「あ、嬢ちゃん、に、にげ、ろ!」


隣に連れていた試験官が倒れる。


息はしているが、気絶している。


どうやら、〈龍〉の声に当てられたみたいだ。



私は疲れた身体の力を振り絞り、試験官を引き摺る。


「ーーーーーー!!」


〈龍〉の声が近づいて来るのが分かる。


地響きで迷宮が揺れる。


今にでも崩れる様に感じた。


ーーーふと、辺りが暗くなったのに気がつく。


先程まで五月蝿いほど聴こえていた〈龍〉の雄叫びが聴こえない。


〈龍〉が去ったーーー?


だが、身体中の震えが止まらない。


それどころか立っているのがやっとの程だ。


この感情はーーーーーー"恐怖"?





私は首を上げ、上を向く。


そこにはーーーーーー巨大な瞳が私を見つめていた。


ああ、これが〈龍〉か......


私ではどう足掻いても倒す事が出来ない。


"死"を予感した私は、それでもーーーと剣を握り締めた。


「最後まで、抗ってやる」


〈龍〉の顎が私を飲み込もうとした時ーーー。





「ーーー素晴らしい気概ね。それだけで合格に値するわ」


私の眼の前を"白銀"の閃光が通り過ぎた。


「ーーーーーーー!!」


その瞬間、迫り来る〈龍〉の巨体が轟音を立てながら迷宮内に崩れ落ちた。


「よく〈龍〉相手に怯まずに立ち向かいました。流石、あの人達の子供ね」



"白銀の剣姫"ブリュンヒルデが立っていた。


怖くて泣きそうだった、死ぬかと思って泣きそうだったーーーでも、あの憧れたブリュンヒルデに褒められた......それだけで私の眼からは涙が溢れて止まらなかった。


「安心しなさい。私が来たからには誰も死なせないわ」





そこからは、まるで神話でも観ている様だった。


"白銀の剣姫"と"巨躯の怪物"が迷宮を破壊しながら戦っているのだ。


気づけば、迷宮は跡形も無く崩れ去り、私は外に出ていた。


周りを見ると、ギルドのメンバーや王国の騎士団など多くの戦力が彼等を囲っていたのだ。


それでも、誰一人としてブリュンヒルデに加勢しないーーーいや、出来ないのだ。


戦いのレベルが違い過ぎる。


あの中に入った所で、足手纏い......にすらならないのだろう。


恐らく、数秒で蹴散らされるのがオチだ。


もうこの戦いを見守るしか出来なかった。





「だ、だ、だ、大丈夫かい?」


いつの間にか、私の横にレイモンドが居た。


「ありがとう。貴方がブリュンヒルデさんを呼んでくれたの?」


「ああ!そうだとも!」


「命拾いしたわ。ありがとうね」


「ふふ、礼には及ばないさ!ーーーそれよりも凄まじいね。これは......」


「ええ、そうね」



あれから十二時間くらいは経っただろうか。


ブリュンヒルデと〈龍〉の戦いは未だに続いている。


しかし、僅かに、だけど着実にブリュンヒルデは〈龍〉にダメージを与えている。


「そろそろ決着よ。名も無き〈龍〉」


ブリュンヒルデが口を開くと、上空に巨大な魔法陣が出現した。


どうやら、集まった戦力の中には魔導師ギルドも居たようで、〈龍〉捕縛の為の魔法を構築していたみたいだ。


上空の魔法陣から数千の鎖が降り注ぐ。


鎖は生き物の様に、〈龍〉の身体に巻き付き、動きを封じる。


〈龍〉は暴れながら踠き、身体を縮める。


鎖は次第に〈龍〉の身体を飲み込み、首だけが取り残された。


「止めよ」


ブリュンヒルデが〈龍〉の首を切り落とす。


「ーーーーーー」


〈龍〉は雄叫びを上げると静かに絶命したのだ。





ーーー暫くの静寂が辺りを包んでいた。


その後、一人、また一人とブリュンヒルデに拍手と喝采を送る。


災いは去ったのだーーー。


かつて伝説の勇者の命すら奪った怪物を"白銀の剣姫"が倒したのだ。


ブリュンヒルデが剣を鞘に仕舞うと私の元へ来る。


「助けてくれてありがとうございます!」


私はブリュンヒルデに声を掛けた。


緊張からか少し声が上ずった様な気がするーーー恥ずかしい。


「気にしないで。貴女こそ私の部下を助けてくれてありがとう」


ブリュンヒルデは私の肩に手を置いた。


ーーー彼女の手が震えているのが分かった。


「ごめんなさい。見苦しいものを見せたわね」


ブリュンヒルデも恐ろしかったのだーーー〈龍〉が。


「い、いえ......そんな事は」


「私もね......〈龍〉と戦うのは初めてなの。だから応援も呼んだのだけど。杞憂だったようーーー」


「応援ーーー?」


ブリュンヒルデは顔色を変えて剣の柄に手を掛ける。


「総員、退避!!!!」


ブリュンヒルデはこの場の全員に届く程の声を上げる。



その声と同時に、鎖に包まれていた〈龍〉の身体が轟音と共に爆ぜたーーー。





周囲は炎に包まれていたーーー。


辺りにいた人間達を悉く吹き飛ばして、"それ"は誕生した。


「一体なにが......?」


私はぼんやりと呟く。


「お、遅かった」


ブリュンヒルデは額から血を流しながら答える。


先程までそこにあった〈龍〉の亡骸は爆ぜ、中から"なに"かが生まれた。


「あ、あれは、なんですか?」


私は間抜けな声でブリュンヒルデに問う。


「あれは〈龍〉の成体ーーー〈龍人〉だ」


〈龍〉の巨躯から現れたのは、私たち人間と遜色無い大きさの人型の魔物だった。


見た目も人間のようで、違いを挙げるなら、角と尾と翼が生えているくらいかーーー?


『危なかったぞ、人間。しかし残念であったな。今一歩、我の命を刈り取る事が出来なかったな』


耳と脳に直接声が聴こえる様だった。


これが〈龍〉ーーーいや、〈龍人〉の声?


「産まれたてならーーー間に合う!」


ブリュンヒルデは光の速さで〈龍人〉の元に駆け寄り剣を振り抜いた。


しかし剣は〈龍人〉に届く事は無い。


その切っ先は無常にも、〈龍人〉によって阻止される。


それも指二本でーーー。


次の瞬間、私の横をブリュンヒルデの身体が横切る。


その後、ブリュンヒルデの身体は轟音と共に瓦礫に沈んでいた。


ーーー恐らく、一瞬で投げ飛ばされたのだ。


しかし、その挙動を私は目に捉える事が出来なかった。


『ふむふむ、なるほど。理解したぞ』


〈龍人〉は空を見上げて、独り言を呟く。


私は恐怖で足が竦み、身動きが取れない。


「に、にげ......なさい」


「え」


「逃げなさい!今すぐ!!」


ブリュンヒルデが私に叫ぶ。


『うむ。少々遅かったな小娘』


気づけば目の前に〈龍人〉が立っていた。

恐る恐る顔を上げるーーー。


私は〈龍人〉と眼があった途端ーーー全身が拒絶反応を起こした。


頭が痛い、眼が痛い、身体が痛いーーー私はその場に倒れ、嘔吐する。


『失礼だな。しかしお前は生きて帰さぬ。我が親族が貴様の母親に殺されたようだからな』


〈龍人〉は私を見下ろしていたーーー。


それはまるで、蟻でも見るかのような瞳だ。


そう、ちっぽけな命を見る様だ。


『我が名は〈雷鳴の龍人〉ケツァルコアトルだ。あの世で忘れぬようにな』


ケツァルコアトルが爪を私に振り下ろす。




※アレクセイ視点※



腕に衝撃が走るーーー。


生き物の身体を切断する感触だーーー。



「大丈夫か?リリーちゃん?」


「ーーーえっ?お父......さん?」


まだ二週間かそこらしか離れてないのに、数年振りの様だった。



ーーーぼと。


宙を舞っていたものが地面に落ちて転がった。


『ぐあああああああ!!我の腕が!!』


そう、これはリリーを襲おうとした〈龍人〉の腕だ。


「ちょっと待っててリリーちゃん。すぐこのトカゲを駆除するから」


「え?え?ええええええええええッ?!」


リリーが凄く驚いてる。


どうやら、俺がここに居る事に驚いているーーーのかな?


「お、お父さん。ケツァルコアトルのう、う、腕をーーー」


「う?コイツ、ケツァルコアトルっていうのか?ああ、そうだぞ、リリーちゃんに手を出そうとしたから叩き切った!」


俺は少し自慢気に.......誇らし気にリリーに言う。


なんだか、久しぶりにお父さんの恰好良さを見せれたようだ。


そう、例えるなら、家に出た虫を倒した時の様な高揚感。


あの時だけは、家族から称賛されるのだ!!



『き、貴様!!何者だ!!』


「あ?俺か?俺はな、リリーちゃんの父親だぞこのヤロォォォォォォォ!!!!」


更に俺はケツァルコアトルに一太刀浴びせる。


『ぎゃああああああああ!!』


ケツァルコアトルは避けようと後ろに下がったが、遅く、俺の攻撃を食らう。



『よ、よくも......』


「ま、間に合ったようですね......お師匠」


「おう、ブリュンヒルデか。久しぶりだな!また美人になったな!」


「ーーーーーーっ?!あ、ああ、あの、そそそそうですか?び、美人ですか?う、嬉しい......です、はい。お師匠も相変わらず......イケメンでダンディでサイコーです」


「は、え?ブリュンヒルデ......さん?」


娘のリリーが目を丸くしてブリュンヒルデを凝視していた。


なんだか、凄く驚いている。


それもそうか、今まで〈剣聖〉である事を隠していたんだ......ブリュンヒルデがいきなり俺を師匠と言って困惑しているのだろう。


「リリーちゃん。実は隠してたんだが、お父さんは〈剣聖〉って呼ばれてた冒険者だったんだよ」


「は、え?それよりもブリュンヒルデ......さんの人格が、キャラが......?私の憧れが......」


「お師匠......カッコイイ。お嫁にして」


「な、なにこれ......」


リリーが妙に納得のいかない表情で落胆している。



『貴様ら!!調子に乗るなよ!!』


おっと、いけない。


〈龍人〉もとい、ケツァルコアトルが怒りの表情で此方を睨みつける。


さっきは上手いこと不意を突いたが、この先はそうもいかない。





『腕一本程度、どうという事も無い!』


ケツァルコアトルは失った腕を掲げると、欠損部がぼこぼこと音を立てて、腕を構築していく。


「本当にトカゲだな」


『ふざけるな!我は偉大なる〈龍人〉だぞ!』


「はいはい、見たところ〈龍〉の中でも低級のようだし、早目に蹴りを付けるか」


『なん...だと。低級だと?我の事か?』


「そうだよ」


『殺す、絶対に殺す!!!!』


ケツァルコアトルが俺に襲い掛かって来た。


案の定、産まれたばかりで知能も発展途上みたいだな。


簡単な挑発に乗って来た。


こういう感情に任せた相手が一番御し易い。


俺はケツァルコアトルの攻撃を最小限の動きで避ける。


右、右、下、上、左、また右ーーーと。


ケツァルコアトルの攻撃パターンが手に取る様に分かる。


直情的な相手は攻撃箇所が視線に出やすい。

知能が発達した〈龍人〉ならその辺も考慮してくる......そう十一年前の"アイツ"の様にーーー。



『クソッ!何故当たらぬ!』


「ほら、集中力を切らさない」


俺はケツァルコアトルの腹部に斬撃を叩き込む。


『ウガァーーーッ!!』


「ほら、隙だらけ」


続いて肩にも一発。


『ギャッ!』


しかし、腐っても〈龍人〉だ。

急所の守りだけば怠らない。


故に此方も決定打に欠ける攻撃しか出せない。


『ちょ、調子に、乗るなよ、人間風情!!!!』


ケツァルコアトルが距離を取る。


口腔に魔力を溜めるのが感じ取れた。



これは〈龍人〉の〈息吹(ブレス)〉だな。


〈龍〉も〈竜〉もだが、魔力を込めた特殊な息による攻撃〈息吹(ブレス)〉を用いる。


中には数千度の熱を帯びた火炎もあれば、全ての命を絶つ毒、石化の呪いを帯びたものも存在し、多種多様だ。


放てば周囲への被害も甚大になる。


『喰らえ!〈雷鳴の息吹〉ーーー』


「させんよ」


『なッ?!』


俺はケツァルコアトルの位置まで瞬時に距離を詰める。


俺は剣の柄でケツァルコアトルの顎を突き上げる。


すると、〈息吹〉は上空に向けられ放たれた。


「危ないな」


『ガ、アガ』


「ああ、これは〈縮地〉って言ってな。特殊な足運びの方法さ」


『あ、ありえぬ。先程の銀髪も使っていたが、それの比ではないぞ』


「ブリュンヒルデか?あれはまだ発展途上って奴さ」


『バカな、人間の領域では無いぞ』


「ん?そんな事は無いさ」


『ーーー!!』


瞬時に俺の気配を察して防御体制を取る。

喋ってる隙に倒そうと思ったが、バレたようだ。


『これならどうだ!!』


ケツァルコアトルは翼を広げ空へと飛ぶ。


『此処から加速して貴様に突撃してやる!!』


「お師匠......流石にまずいのでは?」


「うーん。かもな」


恐らく、ケツァルコアトルは捨て身の覚悟で加速して来る。


その速さで地面に突撃すればこの周辺は跡形も無く消えてしまう。


ーーー俺は息を整えて剣を鞘へと仕舞った。


「お、お父さん?」


『諦めたか?人間?はははははははは』


上空からはケツァルコアトルの笑い声が聴こえる。


横でリリーとブリュンヒルデが心配そうな顔をしていた。


「お父さんに任せておけ」


俺はリリーに言った。


大丈夫だーーー。


今度こそーーー。


守ってみせるーーー。


だからユリア、少しだけ力を貸してくれ。





ーーー空気が震えた。


それは轟音を撒き散らしながら堕ちて来る。


それはまるで隕石だーーー。


ケツァルコアトルが正に、天体となって俺に向かって堕ちて来た。


〈龍〉の切り札ーーー〈龍星群〉と呼ばれる技だ。


超上空からの高速落下攻撃。


放てば必中、当たれば必殺の一撃だ。




だが、俺の周りは静寂に包まれていた。


静かで、穏やかな時の流れーーー。


だが俺はその中でも、緊張の糸を切らす事無く、意識を集中させる。


まだ足りない。


まだ足りない。


まだーーーーーーーーー足りない。


集中しろ。


もっと。


もっとーーー。



集中の先にあるのは、"静止の世界"だ。


全てが文字通り、止まった世界。



俺は眼の前に迫る、〈龍人〉に剣を振る。


鞘から放たれた刀身は加速し、速度を上げる。


刹那ーーーケツァルコアトルの身体を刀身が通過する。


ーーーその行為を一度、また一度と、何度も繰り返すーーー静止した世界で。




ーーーどれくらい繰り返しただろうか?


もう数えるのも面倒な程だ。



次の瞬間ーーー爆風と共に俺の身体は吹き飛んだ。



「イテテテ、何とか......なったようだな」


辛うじて俺は生きている。


周りの人間にも被害は及んでいない......な。


『う、あ、あ、が?な、な、なにが?』


先程まで俺が立っていた場所に細切れになったケツァルコアトルの残骸があった。


既に身体は灰になり、消滅しようとしていた。

それでも口がまだ利けるとは......恐ろしい生命力だ。


「剣聖の奥義〈燕返し〉って技だ。超高速の抜刀術でな、これを編み出した奴は飛んで来た燕を同時に三度斬ったらしいーーーまあ、俺はそれをお前に百八回叩き込んだのさ」


『あ、ありえ、な、い。ひとに、そんなこと、ができる、も、の.........か』


「確かに、人の身に余る"神業"だよ。お陰でほら、身体中が筋肉痛だよ。これで暫くは剣を握る事も出来ないーーーそれどころか真面に立つ事も出来ないさ」


『ば、か、な......』


ケツァルコアトルは灰となり残りの命も僅かだ。


「お父さん......」


「り、リリーちゃん......ごめん。色々言わなきゃいけない事が」


ぽんーーー瓦礫を背に横たわる俺の胸に、娘がそっと寄りかかる。


小さくも、温かいその身体に俺は安心を覚えた。


「私、怖かった」


「そうだよね、〈龍〉なんてーーー」


「ううん。お父さんがこのまま自分に嘘をついて生きてく事が」


「え?」


「だって、お父さんーーー冒険者の人の話を聴いている時が一番楽しそうだった......でもさ、私とお兄ちゃんの帰る場所を残す為に、出来もしない商売頑張ってさ......見てるこっちが辛いよ」


「......」


「でも、お父さんもお母さんと同じ様になったら......そしたら」


「大丈夫だよ。お父さん、こんなに強いんだもん」


「え、あっ、そ、そうかな?あははは......」


娘の一言に不甲斐なくも照れてしまう。


「それに、私も強くなる。いつかお父さんの横に立てるくらいに!!」


「ーーーうん」


娘の強い言葉に、俺も胸に来るものがあった。


「お師匠、私も居ますよ......如何です?」


「お、おい、ブリュンヒルデ。冗談だよな?」


「いえ、私は本気ですよ。私はお師匠と出逢った日からお師匠一筋ですから」


「え、どういう事ですか?ブリュンヒルデさん?」


「そう、あれは私がまだ幼い頃......」


「おい!それ長くなるヤツだろ!」



なんだか急に肩の力が抜けたな......


しかし、なんだか腑に落ちない。

何か見落としているようなーーー。


『ガ、は、が、ハ。我はシヌ。しかし、オマ、エラも道連れだ!!!!』


上空に稲妻が走る。


ーーーあれはアイツが放った〈息吹〉か!!


『上空で蓄電された稲妻が貴様らをコロスーーー』


その言葉を最後にケツァルコアトルは消滅した。



その瞬間ーーー俺たち向かって雷が堕ちる。



俺は閃光で眼を閉じる。

不覚だーーーこれじゃあ俺だけじゃなく、リリーとブリュンヒルデも!!


しかし、雷はいつまで待っても俺の元に到達しない。


ゆっくり目を開けると、俺たちの前に魔法陣が展開されていた。


「まったく、油断するじゃないよ。親父」


「ナサレ?」


「お兄ちゃん!!」


そこには去年家を出て行った息子のナサレが居た。


「こっちにも〈龍〉が現れたっていうから駆けつけたけどーーーなんとかなったみたいだな」


「こっちにも?」


「......いや、なんでもない」


ナサレは俺の言葉に短く答えると、リリーに駆け寄る。


「大丈夫か?」


「うん」


「そっか」


二人はその言葉だけを交わし、ナサレは魔法で浮遊した。


「親父......引退したんだから無茶するなよ」


それだけを言い残して飛んで行ってしまった。


息子と父というものは、こんな感じなのだろうか?


俺も今だに分からないが、息子の元気な姿が見れただけ良しとするーーーか。


俺は気が抜けてそのまま横になる。


すると、後頭部に柔らかい感触がーーー。


「ふふふ、お師匠。どうぞ」


そこはブリュンヒルデの膝の上だった。


「な、な、なにやってんだ!!」


「照れてるお師匠も可愛い」


「もう、なにやってんだか......」


呆れた声でリリーがこちらを見ていた。


娘にこんな姿を見られて俺は恥ずかしさで死にそうだーーー。





ーーーあれから数日が経った。


俺は【剣の戦乙女】が保有する療養所で入院していたのだ。


全身の筋肉損傷によって身動きが取れない事を良い事に、ブリュンヒルデがちょっかいを出して来るので休んだ気がしない。


「お父さん、例のモノだよ」


「おう、ありがとう」


そこには冒険者登録申請書なる書類があった。


これに名前を書いて、組合に提出すれば俺も冒険者の仲間入りだ。


俺は再び冒険者として第二の人生を送ると決めた。


ロマンと冒険を求めてーーーというよりは娘と息子が心配だから近くに居たい......というのが本音だ。


店は......暫くの間、ノアに任せる事にした。


文句は言っていたが満更でもない様子だったので安心した。


その代わりに、正社員として正式に採用して、俺が居ない間の利益の9割はノアの物とした。


それくらいやってもバチは当たらないだろう。


ノアにも世話になりっぱなしだからな。




「なにニヤニヤしてるの?キモいんだけど」


「え、あ、ウソ?」


「ホント」


「でも、まぁ......許す」


「お、おう。ありがとう」



リリーと二人で笑った。


これからどんな冒険が待っているのかは、別な機会に語るとしようーーー。






※ナサレ視点※



ここは王都のA級ギルド【蛇の(アスクレピオス)】の隠れ家だ。


俺ーーーナサレ・グラントはこのギルドの一員である。


そして目の前に居る、俺と歳も変わらない女がギルドマスターだ。

本当の年齢は知らないがーーー恐らくは俺より遥かに上なのだろう。


「カカカ、お前の親父、面白いな。〈龍人〉を単独で撃破するなんて」


「......」


「なんだ?恥ずかしいのか?」


「いえ、別に」


「相変わらず可愛くないな!お前は!」


「......ハァ」


「溜息吐くな!」


ふざけた態度を取っているが、これでも世界屈指の魔導師だ。


今回も同時多発的に出現した〈龍〉の一体をギルドの幹部達、数名のみで撃破している。


「それにしても、まさか〈龍〉が七体も同時に現れるとは......困ったの」


「ええ。その内討伐出来たのは三体のみ」


「残り四体は行方知れずになったしの......厄介この上無いの」


「しかも目撃情報の中に......」


「あぁ、貴様の母親を手に掛けた〈終末の龍人ヨルムンガンド〉が居たとされている......だとしたら、まさに」


「世界の危機ですね」


「その割には、暗くは無いの?」


「ヤツは......僕が殺しますから」


「母親の仇か?」


「......」


「ふぅ、まぁ好きにしろ。お前は天才じゃからな......もし行き詰まったらワシ、もしくは父親にでも相談しろ」


「......はい」



そして俺はこの場を後にした。


母が倒した筈の〈龍〉が蘇ったのだ。

これはーーー俺の復讐だ。


俺は師から託された杖を握り、再び冒険者として旅に出たーーー。



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― 新着の感想 ―
[一言] おじさんが若いころのように動いたらこうなるんだろうなぁーと思いながら見ていました面白いですね
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