9.噂のキノコ男
端正な顔立ちに、綺麗な緑色の瞳。
髪は明るい金色で、ふわっとまとまるセミロング。
性格はちょっとキツそうでいて、でも喋ってみるととっても優しい子。
――それが私のお友達。
錬金術師のシャロちゃんである。
「……な、なに?
人の顔、まじまじと見て……」
お店は営業中だけど、今日はシャロちゃんが遊びに来てくれている。
お客さんが来たらすぐ帰る……とは言っていたものの、うちはお客さんが来る方が少ない。
……ああ。
でも最近は、少しずつ来てもらえるようにはなったかな?
「んーん?
いやー、シャロちゃんとのお喋りは楽しいな~って♪」
「そ、そんなこと言っても、お菓子しか出ないんだからね!」
そう言いながら、シャロちゃんは彼女の鞄からお菓子を出してくれた。
「やったー、ありがと!
お返しにお菓子をあげたいけど……うーん、あのチョコしかないや」
「チョコがあるの? ちょーだい?」
シャロちゃんは可愛くおねだりをしてきた。
「え、えぇー……。
重さがあるチョコだから、食べると体調を崩すかもしれなくて……」
私は棚に置いていた金貨チョコを、迷いながらもシャロちゃんに手渡した。
「え? これ、金貨じゃないの?
凄く重いよ?」
「それが、間違いなくチョコなんだよね。
錬金術で、ちょちょっと作ってみたんだけど……」
「……錬金術って、そんなこと出来たっけ?」
「出来ちゃうんだな、これが……」
でもまぁ、普通はそんなことに錬金術を使わないよね……。
「そういえばアリス。
錬金術師の界隈で流れてる噂……、もう聞いた?」
話の途中、シャロちゃんが少し神妙な面持ちで話題を変えてきた。
「噂? ううん、何も聞いてないよ?」
「個人のお店や工房が多いみたいなんだけど、変な人が来るらしいの。
突然入ってきて、奇声をあげて……、そのまま出ていくんだって」
「はぁ……?
それ、何が目的なの?」
「さぁ? お店の隅々を確認して、すぐに出ていくらしいから……。
でも急に何をされるか分からないし、十分に気を付けてね」
「うん、分かった……。
防犯用の何かも、作っておこうかなぁ」
「お、良いじゃん。
この街もそれなりに物騒だから、便利なものが出来たら売れると思うよ」
「ふむふむ……。考えておくね、ありがと!」
「いえいえ♪」
そんな感じで楽しくお喋りをした後、シャロちゃんはすぱっと切り上げて帰っていった。
時間にすると、ちょうど1時間くらい。
メリハリがしっかり付けられて、とっても偉い!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――……その日の午後。
大きな音を立てて、突然お店の扉が開かれた。
「キノコぉぉぉおぉぉおぉぉぉッ!!!!」
「ひゃっ!?」
「にゃっ!?」
お店に入ってきたのは若い青年だった。
素朴な顔立ちで、着ているものはやや古ぼけている。
この街で暮らしている……にしては、少し場違いな雰囲気かもしれない。
「――……無いッ!!
キノコぉぉぉおぉおぉぉぉぉおぉおッ!!!!」
青年はそう言い残すと、嵐のように去っていった。
あとに残されたのは、呆然とした私とミミ君だけ……。
「……な、何? 今の……」
「にゃんだろ……?」
そのあとはしばらく警戒したが、青年が戻ってくることは無かった。
一瞬のことだったけど、しかしインパクトは実に強烈。
あれは確かに、間違いなく噂になっちゃうよなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――それから5日後。
いつも通りお店を開いていると、久し振りのお客さんが現れた。
「……あ」
「ど、どうも……」
絶句に近い言葉に反応したのは、先日現れた青年だった。
今日はどうやら、普通に大人しいようだ。
「えぇっと……、『錬金工房アリス』にようこそ。
……お客さん、ですよね……?」
「はい、一応……」
自信は無さそうだが、どうやらお客さんで間違いないようだ。
正直、一瞬お引き取りを願おうと思ってしまったけど――
……いやいや、折角うちに来てくれたわけだし……。
私は不安を抱えながらも、お店のテーブルに案内することにした。
……お茶も、一応出しておくか。
「せ、先日もいらっしゃいましたよね?
今日はどんなご用でしょう……」
「そ、そうですよね?
こちらにも、来てましたよね?」
青年は申し訳なさそうに、そう言った。
「覚えていないんですか?」
「は、はぁ……。あのときは、たくさんのお店を急いでまわっていたもので……。
それで、その……改めて訪ねたら、ほとんどが出禁になっていて……」
……ああー。
そっちの選択肢、多数派だったかぁ――……。
「ま、まぁ……?
うちに来て頂いたのも、何かの縁ですし……?」
「そう言って頂けると助かります……。
……あの、記憶喪失を治す薬ってありますか?」
「記憶喪失……。
あるにはありますけど、素材が高いので……。
多分、手が出ませんよ?」
「おお! おいくらですか!?」
「素材がかなり貴重なので、ざっと見積もっても、5000万ルーファほどです」
「ぶっ!?」
「私も手持ちが無いので、作るのであれば素材を持ち込んで頂くことになります」
……さすがにそんな貴重な素材は持っていないし、私の方で用意する勇気も無い。
仮に踏み倒されたりでもしたら、このお店は即おしまい、だからね。
「それは無理だ……。
キノコは見つからないし、もう諦めるしかないのか……」
「……キノコ?」
記憶喪失の話をしていたのに、何で突然キノコが……?
私はついつい、聞き返してしまった。
「実は、記憶を取り戻してもらいたい方がいまして……。
その人が、唯一キノコだけのことを覚えていたんです。
だから、それを見せれば記憶が戻るかも……って」
「あー……。
だから先日、『キノコおぉおぉッ!!』って絶叫しながら入ってきたんですね」
「お、お恥ずかしい限りで……」
「でも記憶喪失なのに、何でキノコのことだけ覚えているんでしょうね。
どんなキノコか、その方は言っていました?」
「はぁ。
それがその、彼女が言うには……七色に輝くキノコ、だそうなんです」
「……七色に輝くキノコ」
「もしかして、心当たりがありますか?
……いや、さすがに無いですよねぇ……」
――……いえ、あります。
心当たり、めっちゃくちゃあります。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……キノコって、高いんだなぁ。
俺はお店で受け取った包みを、がさっと揺らしてしみじみ思う。
まさか本当に、七色に輝くキノコなんてものがあるなんて……。
とても綺麗なものだけど、説明によれば10日ほどで光らなくなってしまう、とのこと。
そんなキノコが、値切って、値切って、どうにか20万ルーファ。
……俺の収入の2か月分。
「ま、まぁいいさ。
これで彼女の記憶が戻るなら……」
正直、唯一覚えているものを見せたところで、記憶が戻る保証は一切ない。
記憶喪失の薬のための、5000万ルーファなんて大金も用意できるわけがない。
……だから、今は仕方ない。
20万ルーファのキノコで、俺は確率に賭けるしかないんだ……。
グランドールの街を出て、転移の門を通り抜ける。
その上で、いくつもの山を越えていく。
そこまで行ったところで、ようやく俺の、慎ましやかな家が見えてくる。
人があまり行き来しない、近くの街からかなり離れた険しい山の中。
確かに便は悪いが、住めば都……というところも無くは無い。
しかし同じことを考えている人間もいるようで、この辺りの山にはお尋ね者のような人間も潜伏している……という噂がある。
まぁ、今まで出会ったことは無いんだけど……。
そんな秘境に近い場所ではあるのだが、俺は最近、この山で倒れている男性と女性を偶然見つけた。
辺りは血に染まっていて、この2人が凄まじい戦いをしていたことが伝わってきた。
男性の方は、背中を突かれて死んでいた。
女性の方は、腹を貫かれて――
……いや、恐らくは貫かれていたのだろうが、何故か傷は見当たらなかった。
治癒の魔法でも使ったのだろうか。
あるいは薬でも使ったのか……。
……いや。薬にしては、治りが良すぎるか。
女性の服は激しく切り裂かれていて、正直なところ、目のやり場に困ってしまった。
しかし微かに息をしていたため、俺はどうにか、自分の家に運んで休ませることにしたのだ。
――丸二日が経ったところで、彼女はようやく目を覚ました。
しかし残念ながら、彼女は記憶を失ってしまっていた。
彼女のものと思われる剣を見せても、記憶が戻ることは無かった。
そんな彼女に、他に覚えていることは無いかと聞くと――
……返ってきたのは、グランドールで見たという『七色に輝くキノコ』の話だった。
俺が家に戻ると、彼女は外で、近くの木々を見上げていた。
「――……お帰りなさい」
彼女は今、俺が調達してきた女物の服を着ている。
正直いまいちな服ではあったが、彼女が着ると、何故か見違えて、素晴らしいものに見えてしまう。
「ただいま。体調はどう?」
「ええ、とても良いわ」
そう言いながら、彼女はにこりと微笑んだ。
――胸が高鳴る。
俺は彼女に、恋をしてしまった。
彼女は俺のことを、どう思っているのだろう。
単なる命の恩人なのか、それとも……?
このまま記憶がないまま、俺のところに留めておきたい。
しかしそれは、どうにも卑怯なような気がしていた。
だから俺は、彼女の記憶を取り戻して、その上でずっと一緒にいたかった。
そんな未来を、手に入れたいと思っていた。
「……今日はね、お土産があるんだ」
「あら? そんな余裕、あなたにあったのかしら」
いつの間にか、彼女はそんな冗談を言うようになった。
いや、実際のところ、お金にはあまり余裕が無いのだが――
……しかし、彼女に言われるなら悪い気はしない。
大丈夫……。
彼女の記憶が戻っても、彼女は俺の元を離れないでいてくれる――
「ほら、これ……。
前に言っていただろう? 七色に輝くキノコ……、だよ」
俺が包みからキノコを出すと、彼女はすぐに目を見張った。
驚きというか、恍惚というか……。
俺の語彙では上手く表現できないが――
「――……アリス?」
彼女は一筋の涙を流しながら、初めての言葉を口にした。
しかしそれは、俺の知る名前でもあった。
「そ、そうだよ!
これ、『錬金工房アリス』っていうところで買ったんだ。
もしかして、記憶が!?」
「……ええ!
ありがとう、コリー!! 私、全部思い出したわ!!」
彼女は目を潤ませて、俺の名前を呼んでくれた。
……何て嬉しそうな顔なんだ!
俺は彼女を抱きしめようと、両手を開いて、彼女が飛び込むのを待った――
……のだが、彼女は何故か家に入っていってしまった。
しかし、1分も経たずに家から出てきた。
彼女の剣を、腰にぶら下げて。
「え?
……あの、その剣は……?」
「ごめんなさい!
私、グランドールに戻らないと!!」
「え?」
「ありがとう、本当に世話になったわ。
また今度、改めてお礼に来るから!!」
「えぇっ!?」
――彼女はそのまま、俺の家を出ていってしまった。
あ、あれぇ……?
予想外の展開…………?