7.ごーるど
「……はぁ」
「どうしたの?」
お店の棚を見ながらため息をついていると、ミミ君が心配そうに見上げてきた。
「……レインボーキノコ、光らなくなっちゃった」
先日作った、七色に輝く不思議なキノコ。
偶然の産物とはいえ、結構気に入っていたのに……。
「確かに、いざなくなってみると寂しい感じがするね。
もっと飾っていたいなら、また作ってみたら?」
「いやぁ……。
素材だけで、15万ルーファも掛かるから……」
「そんなにするの!?
……あれ? それじゃ、この前のお客さんに売った三段キノコの方は?」
「同じくらい……?」
「え? 素材だけで?
ってことは、ふたつ合わせて30万ルーファも掛かったの?」
「そ、そうだね」
「あのときの売り上げ、30万ルーファだったよね?
利益、全然出てないじゃん」
……う、バレたか。
素材で必要だったキノコの胞子は、セシル君がカビと間違えて持ってきたから、実質タダだった。
つまり、本当なら完全に赤字……というわけだ。
「ま、まぁ、あれは……そうそう! 顔繋ぎ、ってやつだよ!
メイソンさんも資産家だから、次に繋げるって意味でさ!」
「確かに、お客さんが次のお客さんを紹介してくれるってこともあるけど……」
「……で、でも、うん、確かにね! タダ働きは減らさないとね!
よーし、それじゃこれからは、利益優先の方向でいこーっ!!」
「にゃ……。がんばれー……」
レインボーキノコの悲しみはひとまず置いておいて、私は前に進むことにした。
そう、営業利益という目標に向かって……ッ!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……夕方くらいに来店したのは、小さな男性だった。
年齢はいくつくらいだろう。
身長は10歳くらいの男の子……という感じなんだけど、顔は思いっきり大人のものだ。
ただ、顔つきがちょっと……何というか、言っちゃ悪いけど、ちょっと捻くれてる……みたいな印象を受ける。
「いらっしゃいませ、『錬金工房アリス』にようこそ!」
私が挨拶をすると、その男性はお店の中をきょろきょろと見回してから、ようやく返事をした。
「君がここの店長さん?
……へー、若いんだねー」
ニヤニヤ、というか、ヘラヘラ、というか。
そんな嫌らしい表情を浮かべながら、私のことを見上げてくる。
……あ、私よりも身長が小さいのか。
もしかしてコンプレックスを持っているかもしれないから、さっさと椅子に座ってもらおう。
私は普段よりも冷静さを意識して、接客を進めることにした。
椅子に座ってもらって、お茶を入れてあげて……。
「――それで、今日はどんなご用でしょう」
「俺、いろいろな錬金工房をまわっててさ」
「え? はい」
その第一声に、私はどう答えて良いのか迷ってしまった。
『いろいろまわっている』ということは、お眼鏡に適う工房をまだ見つけられていない、ということだ。
とりあえず、理由を聞いてみたいところだけど……。
「実はさ、ちょっと計画していることがあるんだ。
俺の話に乗れば、君もたくさん儲けられるけど……どう?」
……いや?
『どう?』、と急に言われましても……。
私はまっとうに働いて、適正な金額を頂けるだけで十分に満足だ。
ずる賢く、利益だけを追い掛けるつもりは全然ないわけで……。
――と、そこまで考えて、開店前に立てた『利益優先』の目標が、一瞬引っ掛かってきた。
いやいや、あれはちょっと違くて……。
原価すれすれにしない、とか、原価割れをしない、というのを目指す……って意味だからね?
私は自分に、何故か言い訳を始めてしまった。
そうそう、相手がまともなお客さんであれば、私は真摯に向き合っていくだけなのだ。
「……えぇっと、どんな計画は分かりませんが……。
このお店は、お客さんの依頼を受けて、錬金術でいろいろなものを作る、というスタンスでして」
「あー、なるほど。
難しい話は分からないわけだね」
男性は、嫌味ったらしい表情を浮かべた。
さすがに私も、結構イラっとしてしまう。
でもまぁ、ここは我慢、我慢……っと。
「あはは、すいません。
それで結局、私はどうすれば?」
「そうだな。難しいところは俺がやるから、俺が言うものを用意してもらおう。
君って、錬金術は使えるんだよね?」
「はい、このお店は私ひとりでやっていますので」
「うん、うん。いろいろと丁度いいね。
実はさ……錬金術って、『金』を作れるだろう?」
「金……。金属の、ゴールド……ということですか?」
「そうそう!
錬金術が目指す、最終目標のひとつなんだよね?」
「はぁ、そうですね」
『錬金術』という学問は、貴重な金属である『金』を生み出すために作られた、とされている。
しかしその研究が深まっていくにつれて、今では『金』以外のゴールもたくさん出来てしまったのだ。
例えば、『賢者の石』。
例えば、『不老不死の薬』。
例えば、『終焉の鍵』。
――などなど。
ただ、これらは作ろうとするだけでも莫大なお金が掛かってしまう。
一から全てを準備するなら、国が傾くほどの大金が動く……とも言われている。
それと比べるのであれば、『金』は確かに安い。
しかし安くはあるが、例えば金を10キロ作るためには、金を100キロ買えるくらいの金額が必要になる。
……つまり『金』を作ったところで、相場で売るとすれば9倍の赤字が生まれてしまうのだ。
あとついでに、それなりにはやっぱり難易度が高い。
その辺りの知識があれば、まさか『金』を作るようには言ってこないはずだけど――
「実は俺、『金』を作って売ろうと思うんだ!」
「あ、はい」
……残念ながらこの男性は、浅はかな知識しか持っていないようだった。
この程度の知識でこんな話を振ってくるのであれば、確かにどこの錬金工房でも相手にしないだろう。
「で、どう? 一緒に儲けない?」
男性は爽やかな笑顔で、私に右手を差し出してくる。
……何、これ?
握手でもしたら、契約完了になっちゃうの?
「えっと……。
申し訳ないのですが、『金』を作るには『金』を買うより高い金額が必要なので……」
そうでなければ、ほとんどの錬金術師は『金』を作って売っているだろう。
私だって、それが適うならそうしているはずだ。
「うーん、君もそう言うんだね。
それならその分、混ぜ物とかすればいいんじゃないの?
何かみんな、真面目に考えすぎてない?」
「いやー、そうですかね……」
……私はミミ君の頭を撫でた。
ミミ君は男性の顔を嫌な目で見ながら――
「……みゃん」
「おぉ、黒猫ちゃん。
どうしたんでちゅか~?」
男性は幼児語でミミ君に声を掛けるが、ミミ君はそのまま物陰に隠れてしまった。
……くぅ。私だって、出来ることなら隠れていたい……。
でも、まぁいいや。
私もそろそろ、この会話に終止符を打つことにしよう。
「ご要望としては『金』が欲しい、ということでよろしいですか?
ただお値段に見合ったものしか作れませんので、そこはご容赦ください。
こちらからはあくまでも、『金色の硬貨のようなもの』……として扱わせて頂きます」
「おっ、話が分かるね~。
でも、ちゃんと『金』に見えなきゃお金は払わないからな!」
男性は偉そうに、そう言い切った。
……ああー、今回は嫌なお客さんの回だったーっ!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……よーし、よしよし。
どうにか間抜けな錬金術師に、金貨を作らせることが出来たぞ。
俺は金貨の入った袋を受け取ったあと、良い気分で大通りを歩いていた。
金貨にして、30枚。
支払った金額は、30万ルーファ。
手に持って確かめてみると、『金』特有の重さがずっしりと伝わってくる。
見るからに美しく、厳かな光沢を湛えているが、しかしつるっとしており、何の刻印もされていない。
……下手に刻印を打ってしまえば、貨幣偽造の罪に問われてしまうかもしれない。
間抜けに見えて、実は案外、抜け目がない錬金術師だったようだ。
「くくく、これなら上手くいくだろう……」
今回作らせた金貨を売り払ってしまえば、それを元手に、また新たな金貨を作らせることが出来る。
いつかはバレるだろうが、2度3度やったところで、逃げてしまえば良いだけの話だ。
そして別の街で同じことを繰り返して、いずれはまたこの街に戻って来よう。
そのときはきっと、俺も自分の店を持つくらいの金額は貯まっているはずだ。
「――さぁ、ここからが俺の見せ場だな。
男、ドルフの伝説がここから始まるぜ……ッ!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……裏路地にひっそり佇む小さな酒場。
従業員用の通路に隠された階段を上ると、そこは裏組織の隠し部屋になっている。
「旦那、今日は良いブツを持ってきましたよ!」
「ほう? 期待しても良いんだろうな?」
「へっへっへっ、もちろんですぜ!」
上機嫌のボスに、俺はゴマをすりながらその場を盛り上げる。
俺は上等な鞄を取り出して、ボスの前のテーブルにそれを置いた。
錬金工房で受け取った安っぽい袋は、こういう場にはまるでそぐわないからな。
「……ほう?
これは……金貨か? しかし刻印が何も無いな……」
ボスは金貨を手に取り、表と裏を観察していく。
正直なところ、ここが一番、緊張するところではあるが――
「足が付かないように、そういった加工はしていないみたいですね。
でも、この重量で分かりますよね?」
怪訝な表情を浮かべるボスに、俺は心配ないことをアピールしていく。
このボスは、正直バカだ。
調子よく言いくるめれば、いつも通りあっさりと買ってしまうだろう。
「ふむ、確かに持った感じは『金』のようだな。
それで、俺にいくらで売ろうっていうんだ?」
今回作らせた金貨は、『金』として見れば、重さ的には20万ルーファほどの価値がある。
しかし、ボスにもうまみがある金額を提示しなければいけないから――
「……10万ルーファでいかがでしょう!」
『金』の価値は、ボスだって知っている。
だからおおよそ、1枚10万ルーファの儲けになることが分かるだろう。
……まぁ、これが本物の金貨なら、の話だけどな。
「ほぅ、1枚10万ルーファか。
それは良い値段だな……」
「でしょう?
30枚ありますので、全部買って頂けると――」
ドゴォオォオォオンッ!!!!!
「――ひぃっ!!??」
俺の言葉の途中、ボスが突然、テーブルを全力で殴りつけた。
……い、一体どうしたっていうんだ!?
「あのなぁ、ドルフ……。
お前に学が無いのは知ってたけどよ……。
こんなチョコを10万ルーファで売りつけよう、っていうのは一体どういう了見だ?」
「……は?」
「『は?』じゃねぇッ!!!!」
すさまじい形相を浮かべて、ボスは俺の胸倉を掴んできた。
その勢いと迫力たるや……。
「……ちょ、チョコって?
あの、チョコがこんな重いわけ――」
「何をしらばっくれてやがるッ!!
確かに重いが、実際にチョコだろうがッ!!」
そう言うとボスは、俺の目の前で金貨を次々とへし折っていった。
それはもう軽々と、真ん中からぽきぽきと……。
全てがへし折られると、俺は頭を掴まれて、金貨の折れた場所を見せられた。
目に入ってきた、金貨の断面は――
……黒かった。
ついでに、甘い匂いが漂ってきた。
「え? これ? チョコ……?」
「てめぇ! 騙すなら騙すなりに、もっとやることが無かったのか!!?
中をチョコにするとか、馬鹿にしてんのかッ!!!!」
「いや? え?
な、何でそんな――」
俺はあの錬金術師の言葉を、改めて思い返してみた。
今回の依頼として、向こうが言っていたのは――
『金色の硬貨のようなもの』。
……って、おいぃ!!
だからって、中身をチョコにするか!!?
「――アイツ!!
舐めやがって!!!!」
俺は思わず絶叫してしまう。
しかしボスの目は、俺とは逆に、とても冷たいものになっていた。
「……もういいわ、お前。
もう、俺の前に姿を見せるな」
そう言いながら、ボスは右手を軽く上げた。
その直後、いつの間にか俺の左右に現れた男たちが、俺の腕をがっしりと掴んでくる。
「ひっ!?」
「ボス。こいつ、どうします?」
感情のこもっていない、いかにも仕事中の淡々とした声。
会話のボールはボスに渡され、張り詰めた空気が流れていく。
「そうだな……。
ちょん切って、捨てとけ」
「「はい、かしこまりました」」
ボスの声に、両側の男が同時にかしこまった。
……え? ちょっと待って?
ちょ、ちょん切るって、一体なにを――――ッ!?