6.激戦
「……アリス?
何、それ……」
私が地下の工房からお店に戻ると、ミミ君は驚きの声を上げた。
「ふふふー♪
これ、レインボーキノコ!」
そう言いながら、手にしていた鉢を高く掲げる。
鉢の上にはどっしりとした可愛いキノコが鎮座しており、それは刻一刻と、七色に輝きを放っていた。
「な、何だか凄いね……。
この前のお客さん、そっちを売った方が良かったんじゃない?」
レインボーキノコをテーブルに置くと、ミミ君は近づいて、まじまじと見つめた。
「最初はそれも考えたんだけど、すぐに光らなくなっちゃうからさ。
発光に必要なエネルギーが、あんまり維持できないんだよね」
「ああ、そういう事情もあるんだ」
例えば何かを光らせる場合、燃料なり魔力なりが必要になる。
それはこの世界の基本的なルールであり、例えキノコといえど、例外ではないのだ。
……まぁ、キノコが光る方が珍しいんだけど。
「鉢に燃料を入れたり、魔力を貯める場所を作っても良かったんだけど……。
でも、そういう手間は望んでいないかなーって」
「それじゃそのキノコも、そのうち光らなくなっちゃうんだね」
「諸行無常だねぇ」
「そういうものだっけ? 諸行無常って」
「違ったっけ?
……まぁいっか。それじゃそろそろ開店するね。
ミミ君、今日もよろしく!」
「にゃ!」
今日も今日とてお店を開く。
身だしなみチェックをしてから、営業開始ーっ!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……こんにちは。
こちら、錬金術のお店?」
開店してから1時間ほど経ったところで、凛々しい女性の冒険者がやって来た。
『冒険者』というのは、危険なことを含めて、いろいろな依頼をこなしていく人たちの総称だ。
未開の地を冒険する人も冒険者というけど、危険を顧みずに何かをする人も冒険者という。
言ってみれば前者も後者に含まれるから、つまり冒険者とは、『危険を顧みずに何かをする人』ということになる。
「はい、『錬金工房アリス』へようこそ。
どうぞ、椅子にお座りください!」
うちのお店は、お客さんの相談に乗るところから始まる。
棚には売れそうなものも少しは置いているけど、基本的にはオーダーメイドのお店なのだ。
「ありがとう」
女性は軽く微笑んでから、美しい姿勢で椅子に座った。
長い鞘を腰に下げていたところを見ると、剣を使う人なのだろう。
私は錬金術師で頭脳職だから、身体を使って何かをする人は本当に凄いと思う。
立ち振る舞いも綺麗だし、どういう人かは興味津々だ。
私は女性にお茶を出してから、彼女の正面の椅子に座った。
「それで、今日はどんなご用でしょう」
「……その前に」
「はい?」
私が話を進めようとしたところで、女性は丁寧に言葉を遮ってきた。
そして棚の方に、怪訝な顔で目を移す
「あの七色に輝いているキノコって、何かしら……」
……あ。片付け忘れてた……。
「すいません、気が散りますよね。
最近作った、置物用のキノコです」
「置物用……。
あれって、ずっと光り続けるの?」
「いえ、一週間もすれば光らなくなると思います。
ついでに作ったものなので、気にしないでください」
「光り続けるなら便利だけど……。
さすがにそんな、上手いことはいかないか」
女性は可笑しそうに笑った。
ぱっと見は完璧な美人なのに、笑顔はとても人懐こい感じなんだなぁ……。
「――っと、話を戻しますね。
早速ですが、今回のご用を聞かせて頂けますか?」
「そうね、ごめんなさい。
このお店のことは、警備隊の知人から聞いたの。
最近うわさの、錬金工房があるってね」
「うわさ……」
警備隊というのは、この街を護ってくれている兵士さんたちのことだ。
でも、今まで警備隊のお客さんなんていなかったけど――
……あ、もしかしてアレかな。
えっちな薬を悪用しようとしたディデールさんが、警備隊に捕まったんだったっけ。
「それでね、依頼の話なんだけど……。
実はちょっと、危ない橋を渡ることになってね」
そう言いながら、女性は横に置いていた剣を取り、柄の部分を私に見せてきた。
「わぁ、立派な装飾……」
「この剣はね、私の大切なものなの。
それでね? ここのところ、見てくれる?」
女性は柄の装飾部分の、丸く窪んだところを見せてきた。
本来なら、何か球状のものが嵌まっていそうな場所……。
「宝石でも嵌まっていたんですか?」
「……そうなの。
でも、ちょっと無くしてしまって」
とても格好良い柄ではあるが、何かが足りないとなれば、やはり弱々しさを感じてしまう。
ここまで立派なものであれば、やはり完全な状態に戻しておきたいところだ。
「今回の依頼は、柄の修復……ということですか?」
「ううん。修復というか、ここに嵌めるものを作って欲しいの。
元々は宝石があった場所なんだけど、固形の回復剤を入れたくて……」
「固形の、ですか……?」
「難しい?」
「出来なくは無いのですが……。
液体の回復剤より、どうしても身体への吸収が遅くなってしまうんです。
だから回復効果が、思ったより上がらないのが問題でして……」
「なるほど……。
効果が液体と同じなら、もっと流通しているはずだもんね」
女性は少し、残念そうな顔をした。
しかし回復剤であれば、私の得意な分野でもある。
前の街で販売免許を失効させられたほどの腕前、この辺りでいっちょ、お見せしちゃいましょう!
……私はミミ君の頭を撫でた。
ミミ君はレインボーキノコを眺めながら、だんまりを決め込んでいる。
いやー、本当に綺麗だよねー。
目を離せなくなっちゃうよね――っていうのは置いておいて。
「――分かりました。
いろいろ検討したいので、少しお時間を頂けますか?」
「ええ、3日くらいなら大丈夫。
……申し訳ないんだけど、代金はこれでお願いできる?」
そう言うと、女性はテーブルの上に金色の硬貨を置いた。
なかなかお目に掛かれないが、『フォリナス金貨』という、かなり昔に使われていた金貨だ。
「おぉー、これは珍しいものを……。
分かりました! 可能な限り、高い効果になるように頑張ります!」
「ありがとう、よろしく頼ね」
私の言葉に、女性は優しく微笑んでくれた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――……人里離れた、険しい山。
木々が乱立し、人の手が入っていないだけに動きにくい。
「レオノーラぁあああッ!!
もっと踊れッ!! もっと踊れよおッ!!!!」
ねっとりとした、威勢の良い声が辺りに響く。
それと同時に、私に向かって幾重もの剣撃が襲い掛かる。
私が出れば、木々に隠れる。
私が引けば、執拗に攻めてくる。
……本当に、気持ち悪い戦い方だ。
「貴様!! 正々堂々と戦えないのかッ!!」
「ちっ……。
実の兄に向って、『貴様』とは何事だッ!!!!」
再び降り注ぐ、激しい剣撃。
しかし以前と同様、すぐに殺す気は無いようだ。
いたぶるように、ねぶるように、その剣撃は私を掠めていく。
私の服を何度も切り裂きながら、数えきれないほどの傷を刻みながら――
……私の敵は、私を徐々に、徐々に追い詰めていく。
「貴様なんぞ、兄でも何でもない!
我が家門を裏切った、破廉恥な人間め!!」
「はははっ!
戦いしか能が無い家門に、何の未来があるッ!!
お前なんぞを選んだ家門に、何の未来があると言うのだッ!!」
ガキィイイィイン……ッ!!
敵の剣撃を真っ向から受け止める。
……重い。これは、本気の一撃だ。
「くっ……!?」
「お前は俺に、敵わんよ。
この前は最後の最後で逃げられたが――
……今回は、『宝石』の力を使って確実に殺すとしようッ!!」
敵は胸元から、小さな赤い宝石を取り出した。
それを自身の刃に触れさせると、みるみるうちに、刃は赤白い光に包まれていく。
そして同時に、私と敵の、剣と剣が組み合っている場所から、眩しい火花が散り始める。
私が奪われた、私の家門に伝わっていた、柄に収められていた秘宝――
……あれを悪用させてはいけない。
後世に、こんな形で伝えさせてはいけない――
私は力を抜き、自分の剣を一気に引いた。
その直後、赤白に輝く敵の刃が私を貫く。
「ぐは……っ」
「くくく、どうした!?
油断したな、俺の勝ちだッ!!」
敵は私の至近距離で、恍惚の表情を浮かべた。
そうだ、私の負けだ。
――……だが、貴様も負けるんだよッ!!!!
私は血の滴る腕に力を込めて、剣を高く振り上げる。
そしてそのまま、敵の背中に撃ち下ろす――
「う、お、お、お、お――――ッ!!!!」
「な、なにっ!
……くそっ、剣がっ!!?」
私の剣を受けようにも、敵の剣は私に突き立ったままだ。
私が貴様を殺す剣を、邪魔するものは何も存在しない――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……終わった。
…………両親の、そして妹の無念を、ようやく晴らすことが出来た。
私は腹の激痛に耐えながら、達成感でいっぱいになった。
しかしその達成感は、一瞬で虚無感へと姿を変えてしまう。
敵の息は、もう聞こえない。
私の息も、じきに聞こえなくなるだろう。
……生きたい。
もっと、生きたい。
ずっと、生きていたい。
私は震える腕を何とか動かし、剣の柄から、白い宝石のような玉を取り外した。
先日、錬金工房で特注をした、固形の回復剤だ。
私はその玉を口に含み、そのまま飲み下す。
――剣士は最後まで、剣を手放してはならない。
ゆえに、戦いが終わったあと、手元にあるのは必ず剣である。
……少なくとも、私は最後までそれを体現できた。
万が一を考えて、柄に回復剤を仕込んでおいて正解だった。
しかし想像以上に、受けた傷は深いものだった。
……さすがに、今回はダメだろうな。
グランドールで偶然見つけた、妹と同じ名前の錬金工房。
願を懸ける意味で、そこに依頼をしてみたのだが……。
「……アリス」
私は弱々しい声で、妹の名前を口にした。
次に気がついたとき、果たして天国で再会できるかどうか――
……ああ。
意識が……遠く……なってきた…………。