5.無茶振りぃ……
「君が凄腕の錬金術師か!
まったくそうは見えないが、きっとそうなんだろうな!!」
……今日のお客さんの、開口一番の豪快な台詞。
このあと、近所迷惑になりそうな大音量で、大笑いをしてくれた。
えぇー……。
……いやもう、嫌な予感しかしないんだけど……。
「す、すいません。もう少しお静かにして頂けると……」
「おっと、すまん。
興奮すると、どうしても声が大きくなってしまってね!!」
お客さんは再び大声で笑い出すが、すぐに両手で口を押さえた。
……ああ、多分、悪い人ではないんだろうけど……。
「改めまして、いらっしゃいませ。
えぇっと、私のお話はどなたから?」
「儂の友人の、オズワルドからだ。
彼も君の世話になったとかで、ずいぶん喜んでいたよ!!」
ちなみにオズワルドさんは、少し前にお布団セットを買ってくれたお客さんだ。
10億ルーファという大金を動かす資産家だから、交友関係も広いんだろうな。
ふと、交友関係の広さを思い描いて、少し羨ましくなってしまった。
……でも私だって、この前お友達が出来たからね。負けてないぞ!
「喜んで頂けたなら何よりです」
「今度、時間が出来たら改めてお礼に来たいと言っていたぞ!
そのときはめいっぱいおねだりをすると良い!!」
「あはは……」
……まぁそうは言っても、結局はお店とお客さんの関係なのだ。
ほんの少しならおねだりも出来るかもしれないけど、めいっぱいは……さすがに、ねぇ。
「――さて。
今日はそんな君を見込んで、儂も依頼に来たんだ!!」
「あ、はい!
私でお手伝いできることなら、何でもどうぞ!」
目の前のお客さんは、一人称が『儂』ではあるものの、特に年寄りという感じではない。
40後半、あるいは50前半……といったところだろうか。
お腹は少し出っ張っているが、全体的には落ち着いた雰囲気のナイスミドルだ。
「実は、儂は珍品コレクターでね!!」
……珍品。
つまり、珍しいもの。
その一言で、私の嫌な予感は加速する。
「は、はぁ……」
私は何とか相槌をひねり出す。
さて、次はどうくる――
「それでね、何か珍しいものが欲しいんだよ。
何か無いかね!?」
うわーっ!! 雑振りだぁーッ!!!!
……正直、こういう抽象的な依頼が一番苦手だ。
具体的なものであれば、難易度や費用、スケジュール、その他いろいろなことを想像することが出来る。
しかし何を作るかが明確になっていないと、無駄なお金や時間が掛かってしまう場合がある。
例えば何かを頑張って作っても、『これは違う』の一言で済まされてしまうかもしれないのだ。
「えーっと……。
ある程度、モノが決まっていないとお受けしづらいな……と」
「まぁ、それもそうか!
……うーん、そうだね。
それじゃ、珍しいのは一旦置いておいて」
「はい、置いておいて!」
……よし! 雑振り、無茶振りは回避できた!!
「30万ルーファの予算で、『これは絶対に要らんだろう』ってものを頼む」
回避、失敗ッ!!
「それ、何に使うんですか……」
「コレクションの棚に、飾るくらいかな?」
……私はミミ君の頭を撫でた。
ミミ君は窓の方を眺めながら、だんまりを決め込んでいる。
くっ……。いつも通りだけど、今回はちょっと寂しい。
「わ、分かりました。
よく考えれば絶対に要らないし、何の役にも立たないし、強いて言えばツッコミポイントがある……みたいな感じですね?」
「そうそう、行間まで読み取ってくれて助かるよ!
存在感すら無ければ本当に無駄だからな。ある程度、目立つものを頼むぞ!!」
……自分でハードル、上げちゃったぁああ――――――――――――ッ!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……はぁ、どうしよう」
お客さんが帰ってから、私は頭を抱えた。
『強いて言えばツッコミポイント』……って、改めて考えると何なんだ……。
「ああいう依頼は、別に断っても良いんじゃない?」
ミミ君は冷静である。
この性格、実に羨ましい。
「いや、でもさ。
オズワルドさんに紹介してもらって、少なからず私に期待をしてくれたってことでしょ?
やっぱりここは、受けるしか……」
「アリスは空気に流されるね。
その性格、直した方が良いよ」
……いやいや、そこは少しくらい羨ましく感じて!?
ミミ君、ちょっとクール過ぎっ!!
「こんにちはーっ!!」
「にゃっ!?」
突然、お店に男の子が入ってきた。
急な展開すぎて、ミミ君も驚くほどだ。
「あれ、君は?」
よくよく見れば、先日お母さんのために薬を買っていった男の子だった。
あのときとは比較にならないくらい、表情は柔らかく、良い笑顔をしている。
「この前は、ありがとうございました!
おかげでママの病気も治って……。それで、お礼を言いに来ました!」
そう言うと、男の子は深々とお辞儀をした。
「そっか、それは良かったね。
でもお母さんが治ったのは、君が頑張ってお薬を探したから、だよ?」
「いえ、そんなことはありません!
全部、お姉ちゃんのおかげです!」
……お姉ちゃん。
あー、私には兄弟がいなかったからなぁ……。
お姉ちゃん……、良い響きだ……。
私は何となく、気持ちがぽわぽわしてきてしまった。
「でも、このお店もね。君が来てから、お客さんが来るようになったんだよ。
だからおあいこってことで!」
「え? お客さん、来てなかったんですか?」
……私の謎フォローに対して、男の子の鋭い一言が突き刺さる。
いや、でも相手は子供だし……。悪気とか、深い意味は無いだろうし……。
「……ま、まぁ? 別に、宣伝もしてなかったし……?
ああ、それよりも! そういえば君ってさ、うちのお店は偶然見つけたの?」
今まで誰も来なかった『錬金工房アリス』である。
オズワルドさんはしらみ潰しに個人店をまわっていたそうだが、この男の子は違うだろう。
「あのときは必死で駆けずり回ってて、よく覚えていないんですが……。
ただ、薬のにおいが何となくしたんです。
それで、それを辿ってきたらここに着いて……」
「お薬のにおい?
……え? そんなに、におってる?」
調合は地下の工房でやっているし、においは全て地下の設備で分解している。
工房から伸びる煙突も無いし、地上にはにおいが出てこないはずなんだけど……。
「あ、におうって言っても、微かに……くらいです。
僕、昔から鼻だけは良くて」
私は自分の服のにおいをかぎながら、特に何も感じないことを確認する。
調合中はにおうときもあるけど、地下から離れてしばらくすれば消えちゃうし――
……とは言うものの、鋭い嗅覚の世界では、そんなこともないのかもしれない。
「でも、鼻が良いのは凄いね」
「そ、そうですか?
特に役に立ったことは無いですが……」
「そんなことないよ。私、凄く羨ましいもん。
……そうだ。そこまで凄いならさ、私のお手伝いをしてみない?」
「喜んで!!」
私が軽い気持ちで勧誘すると、男の子は即答をしてくれた。
気持ち良いまでの勢いだ。
「お礼はちゃんと払うけど、出来高制で大丈夫?」
「え? 出来高制……?
よ、よろしくお願いしますっ!!」
明るかった男の子の声が、途端に真剣になる。
……そういえばこの子、お金が無いって言ってたもんね。
よし、ここはしっかり働いてもらって、しっかり稼いでもらうことにしよう。
「ところで、君のお名前は?」
「はい、僕はセシルって言います!
まだ子供ですが、いろいろ働いてます! 何でも頑張ります!」
セシル君は真面目にアピールをしてくれた。
思い掛けない仕事の依頼に、必死な部分もあるのだろう。
「それじゃ――
……セシル君には、カビを集めてきて欲しいの」
「え? カビって……あの、パンとかに生えるやつですか?」
「そうそう。
カビにもいろいろな種類があってね、錬金術の素材としても結構使うんだ。
だから、私が持ってないカビを持ってきたらそれを買い取る……って感じ!」
「カビなんかが、使えるんですね……」
「そうだよー。
役に立たないように見えて、みんなの役に立つものが出来ちゃうんだから!」
私の言葉に、セシル君はぱぁっと顔を明るくした。
「みんなの役に……。
……わ、分かりました! 僕、すっごく頑張ります!!」
「うん、よろしくね!」
やる気に満ちたセシル君を見て、私はとても嬉しくなってしまった。
……よし、私も負けないように、頑張るぞーっ!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――儂の名前はメイソン。
ここグランドールの街に住む、資産家の一人だ。
幸いにして金には余裕があり、珍品の収集につぎ込むのを楽しみにしている。
友人のオズワルドは根っからの真面目人間で、くだらないことには絶対に金を使わない。
逆に、儂はくだらないことにこそ、金を使いたいと考えている。
……さて。
そんな儂と真逆の価値観を持つオズワルドだが、最近、ある錬金術師の少女に窮地を助けられたのだと言う。
オズワルドを苦しめていたのは、いつまでも続く不眠だ。
あの苦しみは、経験した者でなければ分からない。
不眠とは、単に『眠れないだけ』ではない。
体力も削られるし、気持ちも削られる。生きる意欲すらも削られる――
……そんな悩みを解決した、救世主の少女。
果たしてそんな彼女に、『くだらないもの』を作らせたら何が出来てくるのだろうか。
儂の『悪趣味』を、どんなもので応えてくれるのだろうか。
――依頼をしてから10日後、儂の屋敷に『錬金工房アリス』から荷物が届いた。
「……ふむ、思ったより早かったな」
荷物は一抱えもあるほどの箱型のもので、綺麗な紙で丁寧に梱包がされていた。
外装の汚れも無く、良い配送業者を使ってくれたようだ。
さて、いったい何を作ってくれたのか――
儂は自分の部屋で、ひとりわくわくしながら包みを開けた。
「……キノコ?」
地味で薄い鉢の上に、1本のキノコが植わっている。
キノコにしてはどっしりした構えで、愛くるしささえ感じてしまう。
色は、爽やかな空色に、白い大きな円がいくつも模様のようについていた。
同梱されていた手紙には、感謝の言葉と、『キノコを抜かないように』という注意が記されていた。
「……?」
キノコの鉢植え、なのか……?
不思議に思いながら、儂は依頼した内容を思い出してみる。
よく考えれば絶対に要らない。
何の役にも立たない。
強いて言えばツッコミポイントがある。
……ふむ。
最初の2つは満たしているが、3つめは――
『キノコかよ!』などとツッコめば良いのだろうか。
うぅむ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝起きると、机に置いたキノコが目に留まった。
「……む?」
何かが違う……。何かが変わっている……。
いや、それはひと目でわかるほどの違いだった。
空色のキノコの上に、赤色のキノコが生えているではないか……!!
儂は思わず噴き出してしまった。
これはどうなっているんだ……?
そう思い、キノコに手を伸ばしたところで、儂は手紙の言葉を思い出した。
『キノコを抜かないように』
……そうか、おそらく上のキノコを抜くのもダメなのだろう。
儂はとりあえず、キノコに触れるのを我慢することにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝起きると、机に置いたキノコが目に留まった。
「……ぬぅ?」
何かが違う……。何かが変わっている……。
いや、それはひと目でわかるほどの違いだった。
空色のキノコの上の、赤色のキノコの上に、緑色のキノコが生えているではないか……!!
儂は大笑いしてしまった。
これは何だ?
明日は一体どうなるんだ?
儂はすっかり、このキノコに魅了されてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝起きると、机に置いたキノコが目に留まった。
何かが違う……。何かが変わっている……。
いや、それはひと目でわかるほどの違いだった。
空色のキノコの上の、赤色のキノコと緑色のキノコが無くなっている。
鉢の上には空色のキノコだけが居座っており、儂が最初に見たときと同じ状態になっていた。
「――元に戻るんかいッ!!!!!!」
儂は思わず、大声でツッコんでしまった。
いつも以上の大声で、屋敷全体が震えたような気さえしてしまう。
『強いて言えばツッコミポイントがある』
なるほど、凄腕の錬金術師に『くだらないもの』を作らせると、こうなるのか――
……実にくだらない!
だが、これは気に入った!!
ならば次、今度はもっと大金を掛けて、さらにくだらないものを作らせてみるか……。
……そうだ!
オズワルドを呼んで、見せびらかしてやるのも面白いかもしれないぞ!
あいつの説教を聞きながら、酒を酌み交わすのも一興か?
くくく、それはそれで、美味い酒が飲めそうだ――