表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/28

3.えっちー!

 錬金工房アリスでは、お客さんのいない間にお茶を楽しむことがある。

 ……お客さんなんていつもいないじゃん、というツッコミはスルーするとして。


 そんなときのお茶請けは、大体は私が買ってくるお菓子なんだけど、今日は違う。

 何と何と、この街でも有名なお店の、とってもとっても高級なお菓子なのだ……ッ!!



「ミミ君、ミミ君。

 すっごく美味しいね♪」


「にゃんにゃん!」


 チョコとクッキーの詰め合わせ……というベタな組み合わせだけど、そこらのものとは格が違う。

 高級なだけではなく、皇家が来賓対応の際にも使っているお菓子なのだとか。


 ……その凄さは、普段はクールなミミ君が完全に猫語になってしまうほどだった。



「はぁ……。し・あ・わ・せ……」


「にゃ~……。

 ……それにしても、あのおじさん、上手くいったみたいで良かったね」


 『あのおじさん』というのは、先日布団を買いにきたお客さんのことだ。


 その後、睡眠をしっかり取れたらしく、10億ルーファの取引も上手くいったとのこと。

 そしてそのお礼として、お客さんのお屋敷の使用人が、お菓子を持って来てくれた……というわけだ。



「残念なことと言えば、返品があったことかな」


 私はクッキーをかじりながら、机の上の不思議なオブジェに目をやった。

 両手で抱えるほどの大きさの、流線形が悩ましい不思議なオブジェ。


「まぁ、それは売り物としてはどうかと思うけど……」


「え? これが一番の自信作だったのにっ!?」


 ちなみに今回、快適な睡眠をお届けするものとして、私が売ろうとしたのは以下の通りだ。



 ひとつめが、お布団セット。

 掛け布団と、ベッドマットと、枕の3点セットになっていて、優しい眠り心地を提供する。

 これは衝撃の緩衝材として使うものを、良い感じでごにょごにょして作った逸品だ。


 ふたつめが、『思い出の精油』という良い香りの液体。

 昔の懐かしい記憶を引き出して、そのままリラックスしてもらう……という代物だ。

 今回の件では、これがめちゃくちゃにハマったらしい。


 そしてこの後に控えていたみっつめが、今、目の前にある謎のオブジェ。

 これを抱きながらお腹の部分をさすると、特殊な音波が出て、当たった人を睡眠に引き込むのだ。


 それでもダメならよっつめの、超強力な睡眠薬。

 市販のものや普通の錬金術師では作れないくらいの強力なやつ!

 ただ少なからず体調に反動がくるから、個人的にはお勧めしないかな。



 ――という感じだったんだけど、今回使わなかった後半の2つが返品……、という形になってしまった。



「全部売れたら500万ルーファだったのに、残念だったね。

 結局、売り上げはいくらになったの?」


「……50万ルーファ」


「え? たったの?」


 ミミ君の指摘はごもっともだ。

 全部売れたら500万ルーファのところ、4つのうちの2つが売れて、それでたったの50万ルーファ……なのだから。


「睡眠薬が10万ルーファで……。

 こっちのオブジェが、440万ルーファ……」


「え? この置物、そんなに高かったの……?」


 ミミ君は、呆れた声を出してきた。

 それを見て、私は悲しくなってしまう。


「いやいや、これは見た目に反して凄いものなんだよ!

 私の持てる、最高の技術を注ぎ込んだんだから!!」


「えー……?」


「信じてないな!?」


 私は謎のオブジェをミミ君に向けて、そのお腹をさすった。


「いやいや、そんなので眠るわけが……Zzz」



 ……勝った!!




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「――……うん、凄いことは分かったよ」


 10分後、私に無理やり起こされたミミ君は、少し悔しそうにそう言った。

 一方の私は、にっこにこのご機嫌である。


「まぁ売れなかったのは痛いけど、棚に飾っておけば、いつか誰かが買ってくれるかもしれないし。

 しばらくお店に置いとこ~♪」


「でもそれ、440万ルーファで売ろうとしたんだよね?

 作るのに結構お金が掛かったんじゃないの?」


「それを言っちゃぁダメですよ!」


「……まぁ、手持ちの素材から作ったんだろうけどさ。

 貴重な素材を、無駄に使っちゃわないようにね」


「うぅ、痛いところを……。

 でも最近、お客さんが2人も来たからね! これからはこの調子で、ガンガン稼いでいくよ!!」


「2人来たのは確かだけどさ、両方とも赤字じゃん……」


 ……ミミ君の冷静なツッコミが痛い。

 実際どちらの取引も、売り上げの金額より素材の金額が大きかったのだ。


「まぁまぁ、取るべきところから取っていこ!

 うん、それが良い、それが良い!!」


「はぁ……。

 ――あれ、お客さんかな?」



 ミミ君が見つめる先、お店の扉で気配がした。

 しばらくすると、扉が静かに開いていく。


「あの、こちら……錬金術のお店ですか?」


 扉からは、青年と中年の間……30歳前後の男性が顔を覗かせた。


「はい、錬金工房アリスにようこそ!

 さぁさぁ、お入りください!」


 私は速攻でお茶菓子を隠し、その男性をテーブルに招いた。

 男性はきょろきょろと不安そうに辺りを見まわしていたが、私の言うままに席に着く。



「えぇっと……作ってもらいたいものがありまして」


「錬金術で作れるものなら、何でも作りますよ!!」


 ……先日は布団なんてものも作ったからね。

 ここはもう、何が来ても驚かないよ!!


「あのー……。ところで、あなたが店長さん?」


 男性は言葉を選びながら、そう聞いてきた。


「はい、私一人でやってます!」


 ……世間的に見れば、私はまだまだ小娘だ。

 だからそこを指して、不安になるお客さんもいるだろう。

 今回はそのパターンかな……?


「んん~……。

 あの、若いお嬢さんに言うのもアレなんですが……。

 その、センシティブなご相談でして……」


「センシティブ?」


 ……『扱いが難しい』、みたいな意味だっけ?

 まぁ人の悩みなんて大体そんなものだから、私は気にしないけど。


「あー、うー、えー……。

 つまり、夜のお話でして……」


「夜のお話……?」


 ……また、寝るときの話?


「だから、そのー……。

 男性と女性が、仲睦まじくなるような薬を……」


「ああ、えっちなくすりですね!!」


「ぶほっ!?」


 ようやく気付いた私が男性に言うと、さすがに少し慌てられた。


「あ、ごめんなさい。

 えぇっと、どうぞ続けてください」


「は、はぁ……。

 えぇっと、もう少し具体的に言うと……。

 飲み物に少し混ぜて、飲んだら、こう……乱れちゃう、みたいな……」


「なるほど、なるほど。

 ああ、大丈夫です。私、そういうのには理解がありますから」


「え? あ、そうですか?

 あはは、ちょっと言いづらくて……」


 まぁ確かに、こんな話はしにくいだろう。

 しかも相手が、自分より若い女の子じゃねぇ……。


 そういう薬自体、私は作った経験があるから別に問題は無いんだけど――



 ……私はミミ君の頭を撫でた。

 ミミ君は男性の顔を横目で見ながら――


「……みゃん」



「ん?」


 不意に鳴いたミミ君に、男性は軽く反応をした。

 今の今まで、全然鳴いたりしなかったからね。ミミ君は賢い猫なのだ。


「ああ、気にしないでください。

 ミミ君、眠いのかな~?」


「そうですね、陽気も良いですからね~」


 男性は窓の外を眺めて言った。

 確かに今日は、とても良い日だ。


「では、そういう薬の作製ということで承知しました。

 効果が強いのをお望みかと思いますが、おかしな使い方はしないでくださいね。

 悪いことなんて、絶対に考えちゃダメですからね!」


「もちろんですよ! そこはご安心ください!」


 男性は胸を張って、自信満々にそう答えた。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ――……くっくっく。


 ついに強力な媚薬を手に入れたぞ!!

 10万ルーファなんて飛びぬけた金額だったが、オズワルドの旦那があんなにべた褒めしていた錬金術師なんだ。

 そんな凄腕が作ったものなら、品質や効果はきっと確かなのだろう。


 仮に思ったより効かなくても、相手はあんな小娘だ。

 軽く脅せば返金くらい……いや、賠償金まで請求できるかもな。



 ……俺には、昔からの野望がある。

 今はどうでもいい店で働いているが、俺はこんなところで終わる人間じゃねぇ。

 俺がこんな環境に甘んじているのは、ひとえに運が無いからだ。


 ……まずは金だ。

 金さえあれば、それを元手に、俺はいくらでも稼ぐことが出来る。


 真面目に働いたところで、こんな世の中、ルールを作った人間にすべてを持っていかれちまう。

 だから俺は、まずはその人間たちから食い破ってやる――



「――どうかなさいましたか? ディデールさん」


「あ、いえ! 何でもございません!」


 俺は今、とある貴族の屋敷に来ている。

 ここの奥様に取り入って、どうにかここまで信用を築き上げてきたのだ。


 今日はとっておきの商品があると嘘をつき、人払いまでしてもらった。

 ここで既成事実さえ作ってしまえば、あとは脅したい放題……金を払わせ放題……というわけだ。



「あらあら、まぁまぁ……。

 素敵な宝石ねぇ……」


 間抜けな奥様は、俺の持ってきた宝石に目を取られている。

 よし、今のうちに、奥様のお茶にこの媚薬を――



 きゅぽんっ



 品の良い小瓶の蓋を開けると、軽妙な音がした。

 その瞬間、とても良い匂いが鼻をくすぐってくる。



 『悪いことなんて、絶対に考えちゃダメですからね!』



 ふと、あの錬金術師の台詞が頭をよぎった。


 ……残念だったな。

 こんな媚薬、おかしな使い方の他に、どう使えと言うんだ――




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「――……で?

 お前、自分のしでかしたことが分かっているか?」


「……は?」



 気がつくと、俺の目の前には不審げな目で睨んでくる男の姿が。

 その後ろ、さらには俺の後ろには、警備兵の姿が何人も見える。


 かくいう俺は、手には枷がはめられ、粗末な椅子に座らせられていた。

 部屋は殺風景な場所で、いかにも取調室……といった雰囲気だ。


「『は?』じゃなくてだな……」


 目の前の男は、あきれ果てたように振舞う。



 ……何だ、ここは。

 何で今、こんなところにいる……?


 俺は貴族の家にいて、奥様に媚薬を飲ませて……。

 そして思惑通りに乱れた奥様と、俺は関係を持つことが出来た……はずだが?


 あのときの息遣い、肌の感覚、全てを覚えている。

 しかし何で、俺はこんなところに捕まっているんだ???



「ど、どういうことだ……?」


「それはこっちの台詞だ!

 お前、ティモーゼ伯爵家で何をしたか、分かっているのか!?」


「何をって――

 ……そ、そうだ! 奥様に話を聞いてくれ! 俺は全然、怪しい者じゃないッ!!」


「その奥様の通報で、お前はここにいるんだッ!!

 突然服を脱ぎ始め、気が狂ったように襲い掛かってきたと言っていたぞ!!」


「そ、そんな!?

 俺たちは同意の上で――」


「んなわけあるかぁあああッ!!!!」



 ……男の怒号と共に、目の前の机が激しく強打される。


「ひぃっ!?」



 豪快に吹き飛びそうな机を見て、俺の目は自然と涙であふれる。


 な、何だ? この男は何を言っている?

 俺の記憶とは全然違うぞ?


 ……どうなっているんだ?

 まるで俺が、ずっと幻覚を見ていたみたいじゃないか――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ