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28.絵の具

「はぁー、疲れたぁー」


「お帰り。整理は捗った?」


 深夜、部屋に戻ってきた私を、ミミ君がいつも通り出迎えてくれた。

 ここ1週間ほどは気分転換を兼ねて、倉庫に眠っていた錬金術のレシピの整理をしていたのだ。


 レシピは基本的に1枚の紙に書かれているが、情報量の多いものは何枚かの紙で綴られている。

 昔はきちんと並んでいたものだが、いつの間にかごちゃごちゃになってしまっていたので――

 ……今回は重い腰を上げて、時間を取って整理をしていた、というわけだ。


「気になった部分は全部やってきたよー。

 目新しいレシピは発見できなかったから、そこは残念だったかな」


「まぁ、小さい頃から見ているわけだしね。

 今さら、新しいものなんて出てこないでしょ」


 私がママから受け継いだレシピは、かなりの量がある。

 整理には1週間も掛かってしまったけど、それでもかなり急いでやった方だ。


 ちなみに、私の開発したアイテムもレシピとして残すようにしている。

 例えば『レインボーキノコ』とか、いつか誰かが必要とする……そんな期待を込めて、しっかりと記しているのだ。


 ……と、それは置いておいて。


「でもねー。

 作れる、作れないは置いておいて……たまには新しいレシピも見てみたいんだよね」


「んー。一般的なものなら、多分アリスなら全部見てるでしょ。

 それ以外だと、厳重に管理されているものとか、個人で保管してるものとか……かな?」


「一般のレシピ以外だと、そうなっちゃうよね。

 何気なく本に書かれてるやつもあるけど、そんなのは狙って見つけられないし……」


「日々努力、しかないね。

 あとは他の錬金術師と交流を持つ、とか」


「そうだね、もっと錬金術師のお友達が欲しいかも」


「ギルドに入れば、アリスならすぐに増やせると思うけど……」


「くぅ~……。

 ……ギルドの話は止めよう、うん……」


「いっそアリスが、新しい錬金術師ギルドを作ってみるとかは?」


「えぇー、それはハードルが高すぎ――。

 ……ふわぁ。まぁいいや、今日はもう寝よ……」


「うん、おやすみ」


「おやすみー」


 ……この1週間、いつもと違うことをやっていたからどうにも疲れてしまった。

 今日はしっかり休んで、明日からまた頑張ることにしよう……。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ――今日からは、朝の時間もようやく平常運転になった。

 最近は朝の時間も、レシピの整理に当てていたからね。


 ほぼ1週間ぶりにあれこれを楽しく作っていると、すぐに営業時間になってしまった。

 お客さんが来るまでは、いつも通りお店のテーブルで新聞や本を読むことにする。


 ここのところはお客さんが来ていなかったけど、何かがひと段落つくと、別のことも上手く進んでくれるようで――



「……すいません。

 ここは、錬金術のお店……ですよね?」


「はい、いらっしゃいませ!

 『錬金工房アリス』にようこそ!」


「……ど、どうも」


 久し振りのお客さんは、弱気そうな20代後半の男性だった。

 服装はみすぼらしく、特徴的な空気を……いや、においをまとう人だ。

 このにおいは……絵の具、かな?


「絵を描かれる方ですか?」


「え?

 あ、すいません、においますよね……。

 ごめんなさい、帰ります……!」


「いやいや! 大丈夫ですってば!」


 帰りそうになるお客さんの袖を掴んで、何とか椅子に座ってもらう。

 画家に絵の具のにおいが付いていることなんて、ごく当然のことだ。

 まぁ……服からは、ちょっと別のにおいもするけど……。



「……お茶まで、すいません……。

 うぅ、こんなに親切にしてくれるなんて……」


「えぇー……。

 お茶くらいで、さすがにそれは感動しすぎですよ……」


「……いえ、私はこんなナリじゃないですか。

 あまり他人様から、良い目で見られなくて……」


 客観的に見れば、確かにその理由も分かってしまう。

 人間は内面が大切だけど、外面だってしっかりと大切だからね。


「ちなみに……。

 錬金術のお店って、それなりの代金を頂くんですけど……。

 ご存じ……です、か……?」


 私は何となく、言い淀んでしまった。

 うちのお店はちょっとしたものでも数万ルーファ、基本的には6桁のルーファの代金をもらっているから……。


「はい、知っています……。

 でも、どうしても欲しい絵の具がありまして……!」


「絵の具、ですか?」


 画材の中には、錬金術の領分のものも存在する。

 この前は虹色の塗料を作ったくらいだし、そこまでメジャーでは無いものの、アイテム数としてはかなりの量があるのだ。


「まだろくに売れていないのですが、私は……画家のバーナードと申します。

 ははは、先日も妻と娘に逃げられてしまいまして……」


 ……突然、重い自虐ネタが出てきてしまった。

 画家っていうのは、売れないときはとことん売れない職業だからね。


「はぁ……。

 それで、今回のご用を伺っても?」


「す、すいません……!

 実はですね、先日……夢を見たんです」


「夢?」


「はい。そこで私は、精霊様にお会いしたんです。

 そのときに、素晴らしい絵のイメージを授かりまして……」


「ふむ……」


 『夢』というのは、『理想の体現』や『記憶の整理』などとも言うが、高次元の存在から何かを授かったり、何かを示されたりする場合もある。

 私にはそんな経験は無いけど、そういった話はいくつか耳にしたことはあった。


「その授かったイメージを、実際にキャンバスに描いてみたのですが……。

 どうしても、理想通りにならない『色』があったんです」


「なるほど、そこで話が繋がるんですね。

 今回は、絵の具の製作……と」


「はい!」


 ……絵の具。

 整理したばかりのレシピの中にも、それなりの数はあったかな……。


「どんな絵の具をご希望ですか?

 色々な種類があるので、まずは理想のものを教えて頂きたく……」


「あ、それは持参してきました。

 錬金術では、レシピ……って言うんですよね」


「そうなんですか?

 それなら認識の齟齬はできませんね!」


 相談に乗ってあれこれ考える必要は無いから、今回はある意味では楽なのかな?

 お客さんがレシピを持ち込んでくるパターンは、うちのお店では初めての経験だ。


「ただ、ちょっと難しい……というか。

 他の店では……話を聞いてくれたところでも、作るのは無理だと言われてしまいまして」


 そう言うと、バーナードさんは1枚の紙を見せてくれた。


 ちょっと雰囲気のある、年代物の紙。

 そこに書いてある細かい文字を読んでいくと――


「……うわ。

 途中の工程で、かなりの圧力を掛けなくちゃいけないんですね」


「はぁ、そのようで……。

 そんなに難しいことなのでしょうか……」


 『圧力を掛ける』というのは、簡単に言えば強い力で押す、ということだ。


 それを実現するための設備自体は珍しいものでは無いが、一般的なものでは、このレシピに書いてあるレベルにはまず届かない……。

 有名な工房であれば達成できるかもしれないけど、バーナードさんは……服装からして、門前払いを食らってしまいそうだ。


「普通の個人店では、まず無理ですね。

 でもうちの設備は一流ですから! 作ることは出来ると思いますよー」


「ほ、本当ですか?

 それでは、是非……お願いします!!」


 私の言葉に、バーナードさんは途端に元気になった。

 しかし私としては、この依頼をすぐには受けることが出来ないわけで……。


「あの、今回の代金なんですが……。

 絵の具の、一般的な大きさのチューブで……20万ルーファになります。

 ……その、素材もそれなりに貴重なので」


「にじゅう……まん、ですか。

 あの、後払いではダメですか……?」


 後払いは出来なくは無いけど……とりっぱぐれる可能性もあるからなぁ……。



 ……私はミミ君の頭を撫でた。

 ミミ君は鼻をこすりながら、だんまりを決め込んでいる。



「うーん……。

 あ、そうだ。お店のあそこの壁にですね、ちょっとしたスペースがあるじゃないですか」


「え? ああ、ありますね」


「あそこに飾る絵を、代金の代わりにしても良いんですが……。

 バーナードさんって、どんな絵を描かれるんですか?」


「そ、それはありがたい話です……!

 えっと、絵は1枚だけ持ってきてまして……」


 そう言うと、バーナードさんは脇に置いていた平たい鞄から絵を出してきた。

 テーブルの上に置かれた絵を見てみれば、写実的ではないが、なかなか良い絵……のような気がする。


 絵心が無い私としては、バーナードさんの絵が売れない理由が分からないけど――

 ……かと言って、積極的に買うかと言われれば、そこまででは無い……かも?


 でもまぁ、正直言えば、かなり上手い方だとは思う。



「うーん、なかなか素敵な絵ですね!

 でも、この絵も良いですが……折角なら、新しい絵を描いてもらいたいなぁ……なんて」


「まったく問題ありませんよ!

 それでは誠意を込めて、しっかりと描かせて頂きますので……。

 何を描くか、ご希望はありますか?」


「そうですね……。

 では街の風景画を、ミミ君を入れて描いてもらえますか?」


「え? ミミ君……と言いますと?」


「あ、すいません。

 私の膝に乗ってる、この子です」


「なるほど、黒猫ちゃんですね。承知いたしました!」


「それと折角なので、今回作る絵の具も使って頂けませんか?

 代金は私が負担しますので」


「分かりました!

 それでは途中まで描いてから――

 ……えぇっと、その絵の具はいつ頃に出来ますか?」


「乾燥の工程があるので、1週間も頂ければ」


「承知しました!

 それでは、今日は失礼します!」


 そう言うと、バーナードさんは慌ただしくお店を出ていってしまった。



「……せわしないねぇ」


「欲しい絵の具が、ようやく手に入るんだからね。

 そりゃ、仕方ないよ――」


「――すいませんっ!!」


「ひゃっ!?」

「にゃっ!?」


 突然、バーナードさんが凄い勢いで戻ってきた。


 ミミ君が喋ってるの……聞かれなかったよね?

 まぁ、そこまで大きな声じゃなかったし、聞いていなかったはず……。



「……ど、どうしましたか?」


「ミミ君のこと、しっかり見てませんでした!

 ふむふむ……端正な顔立ちの猫ですね。姿勢も実に優雅だ……。

 ……はい、ありがとうございました! 目に焼き付けました!!」


 そう言うと、バーナードさんは改めて、慌ただしくお店を出て行った。

 今の姿を見ると、最初の弱々しい姿が嘘のように思えてしまう……。


 絵が売れ始めたら、力強い感じになっちゃうのかな?

 それならそうなってもらえるように、私も絵の具作りをしっかり頑張ることにしよう……!




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ――みすぼらしい家の、みすぼらしい工房。

 そこで私は、1枚のキャンバスに向かっていた。


 『錬金工房アリス』から依頼された絵。


 依頼というか、絵の具との物々交換用の品ではあるが――

 ……しかし絵の具の代金を聞いた限り、最大限の配慮をしてくれたのだろう。



 私はこの絵に使うための、少量の絵の具をチューブから絞り出した。

 慎重にパレットに乗せて、筆でそっと表面を撫でる。


 ……深い藍色。見ようによっては、煌めきを含む黒色にも見える。


 想像以上の深みがある。

 この色なら、この絵に使うとすれば――


 ……あの黒猫、ミミ君の色に使うしかあるまい。

 風景画ではあるが、ミミ君が主役の絵なのだから。



「――……おぉ」


 絵に色を置くと、途端に絵が生き生きとし始めた。

 同時に、どこか神秘的な、妖艶な感じが宿ってくる。


 私が持ち込んだレシピはかなり古いもので、故人の画家の、親戚筋から何とか手に入れたものだった。

 どこでこのレシピの存在を知ったかと言えば、これもやはり夢の中でのこと。


 つまりこのレシピが実在した時点で、私は夢の出来事を、現実のものとして受け止めざるを得なくなったのだ。

 そして同時に、精霊様の存在も信じるに至ったわけで……。


 精霊様は果たして何のために、私にその絵を描かせるのか――


 ……早く、続きを描きたい。

 しかし今は、その絵の具を手に入れるために、目の前の絵を完成させなければいけない……。


 この絵を完成させたあと、すぐにでも精霊様の絵の続きを描くことにしよう。


 ……どんな絵になるのだろう?

 我ながら、今から完成が楽しみだ。



 ――そしてもし、そのあとに続けて描くのであれば……。

 次は是非、今回の恩人の……アリスさんを描いてみたい、と思う。


 やっぱりミミ君は、アリスさんと一緒じゃないと収まりが悪そうだからな……。

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