27.恋人のペアリング
「――ファイアッ」
ぽむっ
私が魔法を使うと、可愛い火の玉が一瞬だけ現れて、すぐに消えた。
「……アリスって、魔法は苦手だよね……」
間髪入れず、ミミ君の無慈悲なツッコミが飛んでくる。
そう、私は『魔法を使えなくはないけど、かなり下手』という部類の人間なのだ。
「でも、窯に火を入れるくらいには役に立つよ……?」
さっきは『大きな火』を出そうとしたから上手くいかなかったのであって、『マッチくらいの火』であれば上手く出せる。
つまり、しっかり活用できるレベルではある……ということだ。
「まぁ、アリスは錬金術の勉強ばっかりしてるからね。
魔法の理解は浅くても仕方が無いよ」
「ぐぬぬ……」
ちなみに魔法の威力というのは、使用者の『魔法への理解度』によって変動する。
そのため消費する魔力が同じだったとしても、理解度によっては威力が出ないし、逆に桁外れな威力を出せる場合もあるのだ。
「でも何で、急に魔法の練習を始めたの?」
「……ほら。ダグラスさんに杖を作ってもらってるでしょ?
だから、もう少し魔法も使えるようになっておきたいなぁ……って」
「なるほど。
でも折角なら、水魔法の方が良いんじゃない?」
「え? 何で?」
「濡れたものを乾燥させたり、汚れを洗い流したり出来るでしょ?
調合するとき、効率化できない?」
以前、ダグラスさんに魔法を掛けてもらった『すごいふきん』もあるけど……、自分で魔法を使えるなら、確かに応用も効きそうだ。
でも火属性以外は勉強したことが無いから、初歩の初歩からになっちゃいそうなんだよね。
「それも良いかもしれないけど……。
どうしようかな、時間もたくさんあるわけじゃないし」
私が錬金術の高みを目指すためには、無駄な道草は食っていられない。
だから錬金術以外に学ぶことは、必要最低限にしておきたい……というところもあったりする。
「冷静に考えると、マッチの火くらいなら魔導具でも良いよね」
「うっ」
確かにそれくらいの魔導具であれば、ちょちょっと素体を作って、ダグラスさんに魔法を込めてもらえば簡単に作れる。
つまり今の私程度の実力で終わるのであれば、魔法を学ぶのも割と無駄だった……ということになるのかもしれない。
……そう考えると、一気にやる気がなくなってしまった。
仕方ない。魔法のやる気は、錬金術のやる気にまわすことにしよう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――こん。おひさ」
「いらっしゃいませ!」
今日のお客さんは、以前も来てくれたチャドさんだった。
前回は『告白用の薬』を買っていってくれた人だ。
あれは飲んだ人のテンションを上げて、即行動に移させるという素敵なお薬だったんだけど――
……あのときの結果は、どうだったのかな?
「俺、あの子と交際することになったんだ!」
「え、本当ですか? おめでとうございます!」
「交際の条件が『巨大狼を倒す』だったんだぜ?
ははは、無茶にもほどがあるよなーっ」
チャドさんは眉をひそめながら笑った。
巨大狼といえば、ベテランの冒険者でも油断すると危険な魔物だ。
見るからに冒険者ではないチャドさんにとっては……当然のことながら、無謀としか言いようがない条件だっただろう。
「それ、大丈夫だったんですか!? 倒せました!?」
「倒せるわけないだろーっ!!
命からがら、何とか逃げることは出来たけど……。
でも怪我をしてる間、彼女がお見舞いに来てくれてさ。そこから、まぁ、そんな感じになって……」
「おー、それは良かったですね!」
「いや、最終的には良かったけど!
君、何てものを売ってくれたの!?」
何てもの、とは酷い言い方だ。
でも正直、出たとこ勝負……という部分もあったかな。
「あれが唯一、値段相応だったんですよ?
8万ルーファなら、あんなもんです」
私は悪びれもせず、あっさりと言い切った。
あの薬以外なら、最低では10万、最高では1000万ルーファの惚れ薬になってしまうんだから……。
「……まぁ、結果オーライにしておくよ。
それで今日はね、ペアリングを作ろうと思ってきたんだ」
「え? うち、普通の指輪は扱っていませんけど……」
そういうものが欲しいなら、基本的には宝飾店や宝飾工房になるだろう。
他には雑貨屋や露店なんかでも、売っているのはたまに見掛けるかな?
「んー、俺は縁を大切にしたい人間なんだよね。
この店で頼めば、何か上手くいきそうだからさ」
「はぁ……。
ちなみに、やっぱり安く済ませたい感じですか?」
「できれば5万ルーファまでで……」
「指に嵌めるだけの、ただの輪なら出来ますけど……。
でもうちに頼むくらいだから、他にも要望があるんですよね?」
「もちろん!
実は、恋人同士で付けるペアリングを作って欲しいんだ!」
「……いや、そういうことじゃなくて。
うち、錬金工房なんですから」
「でも君なら出来るでしょ?」
「はぁ……。
それじゃ、20万ルーファです」
「ぐへぇっ!? た、高いよ!?」
「いやー、錬金術で効果を付けるにしても、魔法を込めるにしても、それくらい掛かっちゃうんですよー」
本当に何も付けないとか、気休め程度のものならもっと安く済むけどね。
でもこのお店、『錬金工房アリス』で作るのであれば、錬金術で作ったものを、それなりの品質でお届けしたい。
「くうぅー、20万ルーファは高ぇ~ッ。
でも買ったぁーっ!!」
……あれ? 今回も買ってくれることになるとは……?
前回よりも高いから、断られるかと思ったのに――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――というわけで、とりあえず素体を作ってみたよ」
夜、部屋に戻ってミミ君に指輪を見てもらう。
シンプルなものであれば、一応私でも鍛冶の真似事は出来るのだ。
「うん、良いデキなんじゃない?
普段使いの指輪なら大丈夫でしょ」
「それは良かった。
出来れば彼女さんにも見てもらいたいけど、さすがにそれは無理かな」
実際、指輪の外観をこだわるのは女性の方だからね。
だから本来であれば、彼女さんにもしっかり見てもらいたいところだけど――
……まぁチャドさんのことだ。
きっとサプライズのプレゼントにしたいのだろう。
「それで、このあとはどうするの?」
「うーん、魔法を込めるか、錬金術で何とかするか……なんだよね。
何でも魔法で解決するのはシャクだから、今回は錬金術でいこうと思って」
「あ、まだ作ってる途中なんだ?」
「そうなの。
そこで、ミミ君にアンケートなんだけどさ」
「うん?」
「『切なさ』と『温かさ』、どっちが恋人っぽい?」
「んん……?
恋なら『切なさ』じゃない? 『温かさ』は愛なんじゃないかな」
「なるほど。
チャドさんたちはまだ恋人だから、つまり『切なさ』ってことだね!」
「んん……?」
「よーし、ありがと! 仕上げてくる!」
「んん……?」
仕上がりのイメージが付いた私は、ミミ君を置いて工房に戻っていった。
さくっと完成させて、あとの時間は指輪以外の部分に充てることにしようかな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……チャド、今日はどしたの?」
夕方に突然、最近付き合い始めた彼氏が家にやって来た。
彼氏ではあるが、友達付き合いが長かったせいで、いまいち彼氏に見えない部分もあるんだけど……。
「ヒヴァリー、これを見てくれ!」
そう言いながらチャドが出したのは、雰囲気のある、品の良いケースに入った一組のペアリングだった。
あー……。
本当、こういうアクションだけはやたらと早いんだから……。
「シンプルなデザインだね」
「その方が、ヒヴァリーの可愛さが際立つと思って」
……うげ。
あんまりそういうこと、言われたくないんだけどなぁ……。
でもまぁ、シンプルなデザインにした理由がそれなら、それはそれで良いことにしよっか。
「はいはい……。
まったく。チャドはもう少し、勢いだけで台詞を言うのは止めた方が良いよ?」
「本音なんだが?」
……仮に本音だとしても、勢いだけに聞こえちゃうんだよ。
アタシは少し、微妙な気持ちになってしまった。
「えっと、ごめん。
今日はちょっと、疲れちゃっててさ」
「あ、そうなんだ?
すまないな、それじゃこのペアリングだけ、嵌めさせてくれない?」
――家の前で!?
いや、こういうのって、せめてもっと雰囲気のある場所とか、タイミングとかで――……ああ、もう!
「……はい」
アタシは左手を静かに出すと、チャドは気取った感じで、指輪を嵌めてくれた。
そしてそのあと、チャドは自分で指輪を嵌めた。
「へへっ、お揃いだね!
それじゃ突然、すまなかったな! また今度!」
チャドは悪戯っ子のように笑ってから、走って帰ってしまった。
アタシはそれを見送って、姿が見えなくなったところで家に入った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――はぁ、失敗したかなぁ……」
アタシは部屋のベッドにごろんと寝ころび、天井を見上げた。
左手を上げて、嵌められたばかりのペアリングを眺めてみる。
正直、アタシのために巨大狼に挑んだのは感動したけど――
……でも、それはあくまでも『感動しただけ』で、『好意を持った』のではなかったのかも……?
チャドのお調子者っぽいところを見ると、やっぱり後悔というか、やっちまった感があるというか……。
付き合い始めたのは、やっぱり失敗だったかなぁ……?
――きゅんっ。
しかしそんな後悔とは裏腹に、アタシの胸が軽く痛んだ。
胸……というか、これは……心?
「……うぅん?
アタシ、やっぱりチャドのことが好きなのかなぁ……」
自分の心がいまいち分からず、アタシは枕を抱きながら、ベッドの上をゴロゴロと転げまわる。
鬱々とした後悔の心もあるし、どこか切なくときめいているような心もあるのだ。
「――……よく分からん。
もう、寝よ……」
アタシは灯を消して、今日はさっさと寝てしまうことにした。
……はぁ。
せめて良い夢くらい、見させて欲しいものだ――




