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26.サツマイモ

「うーん」


「アリス、どうしたの?」


「これ、フェリシアさんからもらったんだけど――」


 そう言いながら、私はミミ君に金属製の精霊像を見せた。

 色は銀色で、表面は鈍い光を湛えている。


「……ファリナス教の精霊像、かな?」


「そうそう。

 フェリシアさんって、そこの聖職者さんなんだよね」


 『ファリナス教』というのは、この世界で最も信者の多い宗教だ。

 この国を治める歴代の皇帝も信仰しているし、ほぼ国教という扱いになっている。


「ふーん?

 でも何で急に、精霊像なんてくれたわけ?」


「ほら、ダグラスさんに防犯の件で相談していたでしょ?

 そこから話が伝わって、フェリシアさんが持ってきてくれたの」


「なるほど。こういう像を、守りの要にするのは良くあることだからね。

 ……うん、確かにそういう術式が掛かってるみたいだ」


「ふぇー。ミミ君、そういうの分かっちゃうんだ?」


「ふふふ。あとは――

 ……近くで調合をすると、悪影響が出る可能性があるかもね。

 でも、階を変えれば大丈夫かな」


「ふむふむ。それじゃ、これは1階に置いておくことにしよっか。

 フェリシアさんの話によれば、災いや不幸から守ってくれるものなんだってさ」


「かなり強めの術のようだから、随分と骨を折ってくれたんだろうね。

 あとでしっかり、お礼を言っておかないとダメだよ」


「ん、分かったー。

 最近は泥棒も来てないみたいだし、これで一安心かな?」


「だねー」


 私の言葉に、ミミ君もしみじみと答えてくれた。

 最近は不安な日々を過ごしていたから、これでようやく……といった感じだ。


 効果の程度はまだ分からないけど、しばらくは様子を見てみよーっと。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「こんにちは、失礼するよ」


「はい、いらっしゃいませ!」


 昼過ぎに来たのは、身長が低い初老の男性だった。

 シワは深く刻まれているが、老いは感じさせず、むしろ生命力が漲っている印象だ。


 横目で見ながら人となりを把握し、いつも通りお茶を出してから椅子に座る。


「この店のことは、オズワルドさんから聞いてね。

 色々な悩みを聞いてくれるっていうものだから、ワシも来てみたんだよ」


「あ、そうなんですね。

 オズワルドさんには良くして頂いてます!」


「ワシはそんなオズワルドの旧友で、チャールズという者だ。

 学者を本業としていてね」


「わぁ、学者さんなんですね!

 ちなみにどんな学問を?」


「やや複合的ではあるんだが――

 考古学、歴史学、民俗学を研究している」


「おぉ……。『昔の時代』のスペシャリスト!」


「ああ、そうだね。

 ただ残念ながら、いまいちアカデミーからは期待されていなくてなぁ」


 ……確かに、メリットが分かりにくい学問だからね。

 この世界が出来てからしばらくの時代や、文明が栄えていく時代のことは『神学』で学ぶものだから――

 専門とするにしては、どうしても中途半端な感じがしてしまうかもしれない。


「でも、神学だけでは分からないところもありますし。

 知られていないことを突き詰めていくの、私は好きですよ。浪漫もありますよね!」


「ははは、まったくその通りだ。

 それで今回は……、その関係での依頼なんだが」


「はい、お伺いします」


 私は姿勢を軽く正して、チャールズさんの次の言葉を待った。



「――君は、『ダウジングロッド』というものを知っているかな?」


「えぇっと……、L字型の細い棒ですよね。

 2本で対になってて、宝物を探すときに使う……みたいな」


「うん、よく知っているね。

 実際あれは、手にした人間の感覚や反応を分かりやすくするものなのだが――」


 ……ふむふむ、そうそう。

 あの曲がった棒自体には、特に何かがあるわけではない。

 チャールズさんの言う通り、持っている人間とその外界を繋ぐ……みたいな小道具なのだ。


「――しかし過去の文献を見るに、錬金術で作った特別なものもあるのだとか。

 周囲の様々な情報を取り入れて、より良い結果を導いてくれるらしい」


「作ったことは無いですが、確かにそう言ったものはありますね。

 私も、本で読んだくらいですが」


「ふむ、勉強熱心で何より。

 君、ワシの助手にならんか?」


 唐突に勧誘してくるチャールズさん。

 もちろん私の答えはNOである。


「すいません。私はまだまだ、勉強中の身ですので」


「ははは、すまんすまん。

 ワシの助手、全員いなくなってしまってね」


 チャールズさんは悲しい現在を、さらっと語ってくれた。

 笑おうにも笑えず、どうにも反応が取りづらい……。


「……えっと。それでは、今回は『ダウジングロッド』の製作ということで承ります。

 探すもの次第で作り方が変わるんですが、何をお探しになるんですか?」


「目先では……これだね」


 チャールズさんは鞄から、ひとつの芋をテーブルの上に出してきた。

 それは八百屋でも目にする、とても一般的な野菜の――


「……サツマイモ、ですか?」


 すらりとした、やや暗めの赤い芋。

 甘みの強い品種であれば、焼くだけでも蒸すだけでも美味しく食べられるだろう。


「うむ。

 君はこのサツマイモの、名前の由来は知っているかね?」


「えーっと……。

 『イモ』はそのままだから、『サツマ』の部分の話ですよね。

 誰かの名前とか、原産地の名前とか?」


「ああ、この芋の原産地は『サツマ』という場所のようなんだ」


 チャールズさんは、真面目な顔でそう言った。


「はぁ……。

 それで、『ダウジングロッド』とどう関係が?」


「……ワシはね、この『サツマ』という場所を探しているんだよ。

 どの歴史書を探しても載っていないし、ワシの調べた限りではあるが、どこの国にもそんな場所は見つけられないんだ」


「ふむ……」


「しかし由来としては、『原産地の名前』として伝わっている。

 不思議に思わないかね?」


「確かに、そう言われてみれば……」


「だろう?」


 ……でもぶっちゃけ、その辺りを意識する人なんてそうそういないと思う。

 時代が経てば、国の名前も地域の名前も結構変わるものだし……。


 チャールズさんは専門分野だから、調べずにはいられない……って感じかな?



「――そうすると、探す範囲が広くなりますね。

 見当が全然ついていないわけですから」


 さすがに、全世界を探知する『ダウジングロッド』なんてものは作れないだろう。

 仮に『全世界を探知する』という存在があったとしても、それが『ダウジングロッド』の形をしている気がまるでしない。


「遥か遠くにあるものを示し続けてくれる――

 そんなものがあるなら何が何でも欲しいが、さすがにそれは無理だろう?

 ワシは色々な場所を歩きまわるから、近くに手掛かりがあったときに引っ掛かってくれる……くらいで十分だよ」


「承知しました。

 でも、『具体的な何か』なら精度も上がると思うんですけど、『場所』はなかなか厳しいと思いますよ?」


「ああ、問題ない。

 今回は、今まで使っていたものを無くしてしまったという事情もあってね。

 だからあまり、肩肘を張らずに作ってくれないかな」



 ……私はミミ君の頭を撫でた。

 ミミ君は眠そうに、だんまりを決め込んでいる。



「分かりました。

 使う素材で結構違ってきますが、ご予算はどれくらいですか?」


「ワシのトレードマークでもあるからな。

 30万ルーファまで、出すことにしよう」


 ……30万ルーファ、かぁ。

 ぶっちゃけ、鉄で作れば10万ルーファもしないけど……。

 逆に最上位クラスなら、貴重な金属のミスリルが必要になるから全然足りない――



 ……うぅーん。素材以外で何か工夫する余地はあるかな。

 私のお店もようやく防犯面がしっかりしたことだし、夜に集中して調べてみるとしよう……。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ――1週間ほどで出来上がってきたのは、マットな質感が素晴らしいダウジングロッドだった。

 うっすらとした白い姿は美しく、すらっと伸びるフォルムはワシの心を掴んで離さない。


「ああ、新しい道具は心が躍るな……。

 どれ、『水』――」


 水場の近くで、『水』を思い描いてダウジングロッドに意識を移す。

 すると対になったL字型の金属棒は、スムーズに『水』の方向を指し示した。


 以前のものより、かなり良い動きをする。ワシの期待は嫌でも高まってしまう。

 だから、この次は――


「『サツマ』――」


 ……探す対象の地名を思い描くも、ダウジングロッドは何の反応も示さなかった。


 今いる場所は『サツマ』ではないから、そのものズバリで反応することは無いだろう。

 しかしもしかすると、参考になる『何か』が存在して、それに反応してくれるかもしれない――


 ……そんな一縷の望みを託して、ワシはグランドールを歩きまわることにした。


 『サツマ』の記述が僅かでもある――

 ……そんな本がこの世界にあるとするなら、この街のどこかにある可能性だってそれなりにはあるはずだ。



 ワシは散策を兼ねて、大通りを歩き、あちこちを見てまわる。

 当然のことながら、周囲から見ればワシは不審人物に見えるだろう。


 しかしそんなこと、目的のためにはいちいち気にしていられない――



 ……クンッ



 不意に、ダウジングロッドがおかしな反応を見せた。

 ワシは慌てて、周囲の様子をすぐに確認する。


 いつの間にか、結構な距離を歩いてしまっていた。

 そして今、ワシの目の前にあるのは――



「……ファリナス教の、大聖堂……?」



 もしかして、こんなところに何かヒントが……?


 ワシが研究する学問は、浪漫の学問でもある。

 神学もある程度は研究していたが、しかし研究し尽くしたとはまるで言えない。


 正直、ダウジングロッドの示した結果が正しいとは限らない。

 しかし改めて示されれば、ワシの直感も『ここ』が怪しいと思ってしまう――



「……もう一度、あたってみるか」



 大聖堂には、公開されていない様々なものがあると聞く。

 それは例えば書物かもしれないし、口伝のみで継がれる知識なのかもしれない。


 ワシが望むものがあったとしても、それを手に出来る保障なんてまるで無い。

 しかしそんなものは、考古学をやっている身としては大したことではない。


 『ある』と信じれば『ある』のだ。

 『ない』と思った瞬間、それは『ない』のだ。


 ……さて。

 ここに『ある』、『サツマ』の秘密を探るとするか……。



 ワシは静かに、期待を胸にしながら、大聖堂の中へと入って行った――

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