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25.3/9

「……さすがに疲れたぁ~……」


「お疲れ様ー」


 深夜の1時、私が部屋に戻るとミミ君が労ってくれた。

 この時間は毎日起きているけど、ここ1週間ほどは納期に追われている。


 何の納期かと言えば、キャスリーンさんからの注文。

 事業化するための新商品をどんどん開発していきたいということで、様々な生地の製作を依頼されてしまい――


 ……例えば生地を厚くするとか、きめを細かくするとか、見た目を美しくするとか。

 そしてその逆も然り。


 その辺りが一周してしまえば、次に大変になるのは裁縫士のクレアさんになる。

 クレアさんもストッキングの事業化に当たって、裁縫士のアドバイザーとして参加しているからね。


 職人としての経験は、若いだけにまだ少ないけど――

 ……技術的には問題ないし、何よりも私が猛プッシュしたわけだし。



「私の方は、ようやく目途が立ってくれたよ……。

 でも、さすがに同じ作業が続くのはしんどいから、今日はもうおしまいにするぅ~」


「疲れているときはそれが一番だよ。

 それじゃ、もう寝る?」


「あ、まだちょっと……。

 これから調べ物をしようかなって……」


「……疲れてるんじゃないの?」


 私の言葉に、ミミ君は的確なツッコミを披露する。


「ほら、例の『混沌の結晶石』の件でさぁ……。

 やっぱり気になるじゃん?」


「ああ、聖職者の子から依頼料にもらったやつね。

 アレの使い道、僕はひとつしか知らないけど……他には何かありそう?」


「いやー、今のところはさっぱり。

 だから地下の書庫から、それっぽい本を見繕ってきたんだよー」


 実は地下には、工房と倉庫の他にも、書庫なんてものがあったりする。

 そこにはママから受け継いだ本が、たくさん置かれているのだ。


「なるほど、貴重な本もあるからね。

 それで、どんな本を持ってきたの?」


「『九柱概論・3巻』ってやつ!」


 そう言いながら、私は少し薄めの本をミミ君に見せた。


「『九柱』かぁ……。

 でもそれ、調合の方法が書いてあるというか、研究書みたいなものでしょ?」


「……そうなの?

 まだあんまり読んでなかったんだけど……ミミ君、詳しいねぇ」


「いや、本のタイトルに『概論』って入ってるし……。

 そもそも、薄い本だし?」


「……確かに」



 ミミ君の言葉に、私は出鼻を挫かれてしまった。

 ……ついでに、眠気も出てきてしまった。


 それなら今日は、さっさと寝ちゃおうかな――




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……夜が明けて元気になった私は、早速その本を読むことにした。

 お客さんがいない時間は読書や勉強をしてるから、いつも通りと言えばまったくいつも通りだ。


 本の中身は、『秩序』『混沌』『虚無』という『世界のバランス』について書かれていた。

 いわゆる『概念の三角形』と称されるこの3つは、どうにもかなり難解のようで――


「……んんー。

 これ、理解するには私の知識不足かも……」


「実際、『九柱』ってあんまり出回っていない知識だからね。

 一生役に立たないか、いつか大切なときに役に立つか……って感じかな」


 『広く知られている知識』がそうであるのは、それなりの理由がある。

 つまり『知られていない知識』がそうであるのも、やはりそれなりの理由があるものなのだ。


「そうだね……。

 今のところは、深追いは止めておこう……」


 私は静かに本を閉じて、椅子の背もたれに身体を預けた。

 全部読んでみたは良いけど、ミミ君の指摘通り、特に調合に役立つ記述は何も無かったし――



「……っと、お客さんみたいだよ」


「わわっ、ありがと!」


 ミミ君の言葉に、私は椅子から立ち上がって背筋を伸ばした。

 営業スマイルの準備が出来たあと、お店の扉が開かれる。



「よっ、お邪魔するよ」


「あれ、ダグラスさん?

 いらっしゃいませ!」


「杖が途中まで出来たから、今日は中間報告に来たんだ」


「わぁ、本当ですか!?」


 以前手に入れた示談金を元に、ぱーっと使うという流れで作り始めた私の杖。

 ダグラスさんが全面的に面倒を見てくれていて、必要があれば色々な職人に依頼を出す……という形で進められている。


「まだ、基本的なところしか出来ていないんだが……」


 そう言いながら、ダグラスさんは手にしていた長い布包みを解いていった。

 徐々に見えてきたのは、洗練されたデザインの……とっても素敵な杖!


「おお!!」


「どうだ?

 デザインはデニスと相談して、長く使える感じにしてみたんだ」


「良いですね! とっても素敵です!

 わー、すごーい!!」


 私が杖に手を伸ばすと、ダグラスさんは素早く杖を引っ込めた。

 そしてそのまま、私の両手は空を切る。


「まぁまぁ、手にするのは完成してからにしようぜ!」


「……えぇー?

 でも、完成してるようにも見えますよ?」


「いやいや、まだ肝心の魔法を込めていないからな。

 杖本体は、中の回路も含めて終わっているんだけど」


「そ、そうなんですね。

 はぁ、お預け感が凄い……」


 私はついつい、しょんぼりとしてしまう。

 しかし完成に至っていないのであれば、依頼者としては我慢した方が良いかもしれない。


「それでな、今日はどんな魔法を込めるのかの相談を――

 ……ん゛あ゛っ!?」


「へ?」


 話の途中、ダグラスさんはおかしな声で驚いた。

 私は釣られて、間抜けな声を出してしまう。


「ちょちょちょ……。

 これ、『九柱概論』じゃねぇか!!」


 ダグラスさんは杖を持ちながら、テーブルに置かれた本を覗き込んだ。

 そこには先ほどまで、私が読んでいた本が置かれている。


「この本、知っているんですか?」


「ああ! 俺も昔、一度だけ開いたことがあるんだけど――

 ……なぁ、もしかして1巻と2巻もあるのか!?」


「はい、ありますけど?」


「まじか!?

 どこで手に入れたんだ!?」


 興奮するダグラスさんに対して、少し引いてしまっている私。

 何だか綺麗に、真逆の状態である。


「えぇっと……、私の師匠から頂いたものなんですが……」


「師匠?

 それって一体、誰だ!?」


 ……珍しく食い気味のダグラスさん。

 でも、師匠のことは誰にも話さないって決めているんだよね。


「すいません、それはちょっと言えなくて。

 でも、この本がどうしたんですか?」


「……ああ。俺が若い頃、まだ知識の無いときに見たことがあってな……。

 魔法を学んでから、改めて読みたいと思っていたんだよ」


「『若い頃』……って。

 ダグラスさん、まだお若いじゃないですか」


 私の目からすれば、ダグラスさんは10代後半に見える。

 もしかしたらもう少し上かもしれないけど、『若い頃』を振り返るにはどう考えても早い。


「……そっか。

 アリスは俺のこと、良く知らなかったんだな」


「え? と、言いますと?」


「俺、100年以上は生きてるぞ」


「は?」


 突然の言葉に、私は絶句してしまった。

 確かに魔法の知識や振る舞いは、若者だとは思えないところもあったけど――


「……でも、『不老不死』ってわけじゃないんだ。

 ただの『不老』ってだけでな」


「いやいや!? それだけでも十分すごいじゃないですか!?

 その辺り、詳しく教えてくださいよ!!」


「別に話しても良いけど……、それならアリスの師匠のことも教えてくれよ?」


「酷い! 諦めます!」


「諦めるのが早いな!?」


 私もダグラスさんも、どちらも積極的に話したい内容では無さそうだ。

 それならここは、すんなり諦めるのが得策だろう。


「それで……この本、良ければ読んでいきます?

 貸し出しは難しいですけど、お店の中なら大丈夫ですよ」


「そ、そうか!? それなら是非!!

 ……ああ、でも客が来たらどうする?」


「そのときはすいませんが、外で時間を潰して頂きたく……」


「まぁ、そうだよな。

 でも3冊くらいなら、今日と明日で余裕だな」


「え? 読むの速いですね!?」


「本をたくさん読むから、速読術はマスターしているんだよ。

 アリスも興味があれば、教えてやるぞ?」


「おぉー、良いですね!

 それじゃ、本のお礼ということで教えてください!」


「おう、本を読み終わってからな!」



 ……貴重な本だけど、見せても減るものでもないし。

 日頃のお礼と、速読術を教えてもらうことを考えれば、おそらくは安いくらいだろう。


 ……いや、でもこの本の価値を私は知らないからなぁ。

 もしかして、それだけじゃ割に合わないかも――


 ……なんて考え始めるのは、さすがに欲張り過ぎるかな?




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ――俺は興奮していた。

 ずっと探していた本、それも3冊が全て揃った状態で拝める日がまさか来ようとは。


 『あのとき、俺にもっと知識があれば』


 本を見つけられないでいた日々、そんな後悔がいつも俺を襲っていた。

 知識を極めるほどに、魔法を極めるほどに、『一期一会』というものを痛感していた。


 だからこそ、今回の突然の出会いには、『運命』というものを強く感じてしまった。



 アリスの店ですべての本を読み終わると、俺は足早で宿屋に戻った。

 そして重要なポイントを振り返りながら、俺の知識を絡めてどんどん書き出していく。


 一通りを書き出すと、俺は強い満足感に包まれた。

 きっとこれから十数年は、研究のネタに困ることは無くなるだろう。

 さて、ますは何を研究するか――


「……いや、その前にアリスの杖を作っちまわないと」


 研究に集中するのであれば、まずは今持っている仕事を終わらせないといけない。

 しかし逆に、アリスの杖に対しても何か出来ることは無いか……?


「――そういえば、フェリシアがこの前の討伐で『混沌の結晶石』をもらっていたな……。

 あいつ、まだ持ってるかな……」


 もしかしたら、それが杖に使えるかもしれない。

 それを使うとなれば、他にも集めなければいけないものも出てきそうだが――


「……それも一興か。

 土台は俺がやって、あとはアリスにぶん投げる、でも良いし……。

 うん……、それが良さそうだ!!」



 楽しくなってきた俺は、数日の徹夜を覚悟した。

 覚悟とはいっても、単純に楽しんでやるだけなんだけどな。

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