24.ら
「ミミ君、ミミ君!」
「え? ど、どうしたの?」
私の興奮冷めやらぬ口調に、ミミ君は少し焦った。
しかしそんなことは気にしていられない。私は凄いものを作ってしまったのだ。
「これ見て、これ!!
ばばーんっ!!」
「うん?
……魔方陣?」
ミミ君は、私の突き出した一枚の紙をまじまじと見つめてそう言った。
「そう! 古い文献に書いてあったものを、試しで作ってみたの!
その名も、『アイテム合成スクロール』~っ!!」
「おぉ……。
アリスもそんなものを作れるようになったんだねぇ……」
一転して、ミミ君はしみじみと言い始める。
それも少し納得で、このアイテムはこう見えて、結構な難度があったのだ。
「多少の因果律を無視して、2つのアイテムから1つのアイテムを合成する奇跡のアイテムっ!
ねぇねぇ、早速使ってみようよーっ!」
「んー……。
多分、それは売った方が良いと思うよ……?」
「え? せっかく作ったのに、何で!?」
「合成されるアイテムって、何が出来るか分からないんでしょ?」
「もちろん!
でも、合成元のアイテムの種類や質は影響するみたいだよ?」
「僕、ランダム要素ってあんまり好きじゃないんだよね……」
「ミミ君ってば、堅実ゥっ!
でもでも、たまにはこういうお遊びも良いんじゃない?」
私は負けじと、ミミ君に食い下がる。
こういうものは、1人で楽しむよりも2人で楽しむ方が素敵なのだ。
「うーん、分かった。それじゃ使ってみることにしよう。
でも、後から文句を言わないでよ?」
「おっけー!
それじゃ、今回は『すごい回復剤』と『虹色の塗料』を合成してみようかな!」
「『虹色の塗料』って……この前、矢に仕込んでたやつ?」
「そうそう、弓士のリーザさんに支給してたアレね。
それじゃ早速、スクロールの上にアイテムを2つ乗せて――
……『合成スタート』っ!!」
私があらかじめ登録していた合言葉を告げると、スクロールに乗った2つのアイテムは光り始めた。
その輝きは眩しいほどの白い塊になり、数秒後、急速に光を失っていく。
そして最後に、その場に残っていたのは――
「……透明な液体!!」
「何? これ……」
液体が入っているのは、『すごい回復剤』の瓶のままだった。
しかし中身は白色から透明になっており、その正体はさっぱり分からない。
「うーん、調合の過程が無いから、どんなものになったか分からないなぁ……」
「試しに、飲んでみる?」
「さすがに嫌だよ!
でも他人様に飲ませるのも嫌だし、これはもう、冒険者ギルドに持ち込んで鑑定してもらうしかないかな」
「そうだね、それが良いと思うよ」
冒険者ギルドや錬金術師ギルドには、アイテムを鑑定するための魔導具が置かれている。
私も個人的に欲しいんだけど、かなり高いものだから、手に入れることはまだ出来ていなかった。
……そんなわけで、お店が終わったら冒険者ギルドに行ってみようかな!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドに着いたのは、20時を過ぎた頃だった。
さすがにこの時間にもなると、冒険者たちの人数も少なく見える。
「えーっと……。
そういえば私、ここで鑑定してもらうのって初めてなんだよね……」
「にゃぁ」
少なからず人のいる場所では、ミミ君は完全に普通の猫モードだ。
ミミ君が喋ることを知っているのは、この世界では私しかいないからね。
私は建物の案内表を確認してから、鑑定受付のカウンターに向かった。
するとそこには、茶髪で大人しそうな、眼鏡を掛けた職員の女の子が座っていた。
「すいません、鑑定をしてもらいたいんですけど……ここで良いですか?」
「はい、いらっしゃいませ。
ギルド登録はされていますか?」
「あ、していないんですけど……」
「それでしたら、鑑定料は5000ルーファになります。
ギルド登録をして頂けるなら、1000ルーファになりますよ」
……むむ、結構な差がある……。
私は冒険者をやるつもりは無いけど、これは登録したくなってしまうなぁ……。
「ちなみに、登録料はおいくらですか?」
「はい、2000ルーファになります」
ギルド登録をした場合、登録料+鑑定料……1000ルーファ+2000ルーファで、合計3000ルーファ。
ギルド登録をしなかった場合、鑑定料……5000ルーファ。
……どう考えても、ギルド登録をした方がお得である。
「そ、それじゃ、入っちゃおうかな……。
入ったあとの禁止事項、みたいのって何かありますか?」
「基本的には皆様にお任せしているので――
……明確に禁止しているのは、『人殺し』と『盗み』ですね」
そう言いながら、職員さんは笑い掛けてきた。
私はまぁ、人殺しも盗みもする予定は無いから……全然問題なし!!
納得のいった私は、粛々とギルド登録の手続きを済ませて、無事にギルドカードを手に入れることが出来た。
その際に血を少し採られたんだけど、その関係で、このカードは身分証明書にも使えるのだ。
「やったー、私のギルドカードっ!」
「ふふふ、冒険者ギルドにようこそ。
私は鑑定受付の担当のシンシアと申します。
アリスさんは、錬金術師さんですよね?」
「はい!
お店もやってますので、興味があれば是非!」
さりげなく営業をしていく私。
それを聞いて、シンシアさんも笑顔で返してくれる。
「そのときは、よろしくお願いします♪
……さて、本題は鑑定でしたね」
「あ、そうですね。
この液体を鑑定してもらいたくて」
そう言ってから、私は合成スクロールで生み出した、透明な液体入りの瓶をカウンターに置いた。
その横には、鑑定料の1000ルーファも一緒に乗せておく。
「少々お待ちください」
シンシアさんは瓶と鑑定料を受け取ったあと、カウンターの中の魔導具……一見するとただの台なのだが、そこに瓶をそっと置いた。
台の下にあるボタンを操作すると、しばらくしてから魔導具の付近に、青く透明な平面が投影されていく。
あの薄い平面に、鑑定された情報が表示されていくのだが――
……やっぱりあの魔導具、見れば見るほど自分用に欲しくなってしまう……。
少し間を空けたあと、シンシアさんは私の方に向き直ってきた。
「ど、どうでしたか?」
「お待たせしました。
これは……鑑定結果によると、『透明になる薬(自分限定)』というアイテムです」
「え? なんて?」
透明になる薬……。
そんなの、かなり凄いアイテムじゃないですか――
……って、『(自分限定)』?
普通、薬って自分限定じゃないの……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日の営業開始直後、冒険者風の男性がお店に飛び込んできた。
「透明になる薬、売ってくれ!!」
このタイミングでその依頼が来るということは――
……さては昨日、冒険者ギルドで盗み聞きでもされたかな……?
でも、そうであるなら答えはひとつだ。
「ありません」
「嘘だッ!!」
私の真っすぐな答えに、男性も真っすぐに返してくる。
雰囲気からして、私の答えに納得がいっていないようだ。
「あの、もしかして……昨日、冒険者ギルドにいらっしゃいましたか?」
「ああ! 君は昨日、鑑定のカウンターにいただろう?
あれを……、あのときの薬を売ってくれ……!!」
「いえ、あれは『透明になる薬』では無くてですね……」
「いいや! あの職員の言葉はしっかり聞いていたぞ!
10万ルーファで買ってやる! あの薬をよこせッ!!」
えぇー……?
私の方が立場は上のはずなのに、何だか威圧的ぃ……。
……私はミミ君の頭を撫でた。
ミミ君は男性の顔をジト目で見ながら――
「……みゃん」
うん。ですよねー。
「……まぁ、分かりました。
ただ、あれはお客さんの望む効果では無いと思いますので――」
「分かった、分かった!
俺が犯罪を起こしても、君は責任を取れないって言うんだろ?
その辺りは十分に承知してるからッ!!」
圧に負けた私がテーブルに瓶を置くと、男性はキレ気味にお金を置いて、さっさとお店を出ていってしまった。
うぅーん……、何だか凄く、嫌な感じのお客さんだったなぁ。
「……ねぇ、アリス。
あの薬、売っちゃっても良かったの?」
「いやぁ、どうだろうね……。
でも、私の言葉に全然耳を貸してくれなかったから……どうなっても知~らないっ」
「ま、そうなるよねぇ。
それにしてもあの人、そんなに透明になりたかったのかな」
「一体、何をしたいんだろうねぇ……?」
実際のところ、あの薬の扱いには少し困っていたし――
……10万ルーファで売れたなら、それはそれで良かったのかな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――俺の名前はハダカスキー。
どんな名前なんだ……、と思ったか?
奇遇だな。俺も物心が付いて以来、ずっとそう思っているんだぜ。
しかし何の因果か、俺は裸で過ごすことが大好きになってしまった。
もちろん、家の中では常に裸だ。
ただ残念なことに、家の外では裸でいることなんて出来やしない。
……そこで俺は願ってしまった。
あの解放感を、街の中で味わいたい……。
人々が行き交う中を、風のように通り抜けていきたい、と――
……しかし実際、裸で外を歩いていたらどうなる?
当然のことながら、その場は大騒ぎになってしまうだろう。
警備隊の連中だって、すぐに駆けつけてくるに違いない。
――だがッ!!
俺が透明だったらどうなる?
裸の俺が、誰にも気付かれることが無ければ――
……俺の夢は、簡単に達成されるのだ!!
そしてその夢を堪能したあとは、折角だし、そこら辺の店に盗みにでも入ることにしよう。
何せ、この薬は10万ルーファもしたからな。
効果が切れたあと、盗んだ10万ルーファで薬を買って、また透明になって、そしてまた10万ルーファを盗んで――
……そうすれば実質無料で、俺はずっと裸で外を歩いていられる……!!
俺は先ほど買った瓶を慎重に取り出した。
この薬は、冒険者ギルドで鑑定されたところによれば『透明になる薬(自分限定)』というものらしい。
鑑定の魔導具には間違いが無い。
だからこれを飲めば、俺は透明になれるはず……ッ!!
俺は大通りに繋がる薄暗い脇道で、薬を一気に飲み干した。
2、3分もすると徐々に手が見えなくなり、それと同時に不思議な爽快感が訪れる。
さすがに服は消えなかったが、俺は当初の予定通り、服を脱ぎ捨てることにした。
――気持ち良いッ!!
外で裸になることの、何と気持ちの良いことか――
「……うわっ」
ふと、道の向こうからそんな声が聞こえてきた。
目を移して見れば、通り掛かりのおばさんが俺の方を見ている。
……何だと? もしかして、見えているのか……?
しかし俺からすれば、俺の身体はどの部位も見ることが出来ない。
心配になりながら辺りの様子を見ると、俺の足元には鳥の死骸が落ちていた。
……ああ、なるほど。
あのおばさんは、恐らく鳥の死骸を見て、嫌な声を出したのだろう。
気が付けば、おばさんはいつの間にかいなくなっていた。
俺のことが見えているのかと一瞬思ってしまったが、何ということは無い、ただの思い過ごしだったようだ。
――天気は良好、行き交う人々もいつも以上に多い。
これはもう、裸の散歩を楽しむには最高の状況だ。
「さて――
行くか!! 全裸でッ!!!!」
俺は歓喜に包まれながら、大通りに飛び出していった――
……1分後、その場が阿鼻叫喚の地獄絵図になるとも知らずに。




