23.希少素材
「……おかしいねぇ」
「本当にねぇ」
お客さんが帰ったあと、私の言葉にミミ君も同意した。
何と今日は、朝から5組のお客さんが立て続けに来てしまったのだ……。
ちなみに全員が、今までにあまり来てくれなかった客層……現役の冒険者だった。
しかし、実際に買ってもらえたのは普通の回復剤だけ……。
いつものように、お客さんの話を聞いて、それを作って――
……という流れは、今回は全然踏めていなかった。
「私の回復剤は効果が高いけど、それを考えてもさらに高価に設定してるのに……」
「悩むことなく、買っていかれちゃったよね……」
「だよね……?」
既に夕方の時間ではあるが、今日の途中から、ずっとこんな話ばかりを繰り返していた 。
何せこのお店を初めて以来の出来事だったから、これはもう仕方が無いことだろう。
「――っと、またお客さんみたい」
「うえぇ……。
今度こそは回復剤じゃありませんようにっ!」
本音を漏らしてから、私はいつものように営業スマイルの準備をする。
すると間髪を入れず、お店の扉が開かれた。
「こんにちは、アリスさん!
ミミ君も、こんにちは~」
明るく可愛く入って来たのは、以前も来てくれた……聖職者のフェリシアさんだった。
私だけでなく、ミミ君にも挨拶をしてくれるとは嬉しい限りだ。
「いらっしゃいませ!
フェリシアさんも、お元気でしたか?」
「はいー。
最近は魔物討伐で忙しかったんですけど、おかげ様でようやく帰ってこれました。
今日は久し振りに、買い物をしながら街をまわっていたんですよ」
「へー、フェリシアさんも魔物討伐だったんですね。
何を討伐してきたんですか?」
「今回は大掛かりな討伐隊に参加してきまして……。
えぇっと、アリスさんは『殺人蟻』ってご存知ですか?」
……『殺人蟻』。
それって昨日、私も初めて聞いた魔物だったけど――
「ダグラスさんも討伐してきたって言ってましたね。
もしかして、ご一緒でした?」
「はい、かなりの活躍をされていらっしゃいました!
それに今回は実力者が揃っていたので、攻略した階層も一気に更新できたんです。
新聞でも取り上げて頂きまして……」
「え? 本当ですか?」
私は慌てて、お店の奥に隠していた新聞を取って戻ってきた。
いつもなら新聞は午前の営業時間中に読むんだけど、今日は朝からお客さんが来ていたから――
「その新聞でしたら、一面の左下の方ですね」
「左下……左下……。
おぉ、こんなところに!」
どれどれ? 記事の見出しは――
『蟻地獄の迷宮、27階層攻略で記録更新!!』
……とのこと。
ちなみに『迷宮』というのは、世界各地に点在する、不思議な力で生み出された空間のことだ。
別名では『ダンジョン』とも呼ばれ、その中では貴重なアイテムや超越的な存在を手にすることが出来るのだという。
だからこそ、一攫千金を狙う冒険者なんかが常に目を光らせているんだよね。
「スポンサーのキャスリーンお嬢様にもご挨拶に行ったんですが、今回の成果にはご満足を頂けました。
……あ、そうだ。
アリスさんには、今後忙しくなると思うけどよろしく……との伝言を預かっていました」
「え? 何で急に、私が?」
「ほら……。
以前、私が『広告塔』をやるとお伝えしたじゃないですか。
今回の殺人蟻の討伐って、実はそれ関係だったんです」
「……んん?
それってどういう……?」
フェリシアさんの話に、私にはいまいち理解が出来ていなかった。
「殺人蟻って、顎が発達していてかなり鋭利なんです。
それに加えて、真空波も飛ばして来る嫌な魔物なんですが……」
「うわー、攻撃を受けたら痛そうですね……」
「はい、痛いですよっ。
そんな感じですので、攻撃は全て斬撃のような形になるんです」
「ふむふむ……」
「そこで、アリスさんが開発したストッキングの話になりまして……。
あれってハサミの刃が通らないくらい丈夫だから、攻撃もかなり防げますよね?」
「おぉ?」
確かに……。
最初はそういう意図での開発では無かったけど、キャスリーンさんは冒険者も客層に入れようとしていたから――
「実際に攻撃を受ければ、さすがに内出血はしてしまいますが……。
それでも破けないものだから、ご一緒した女性の冒険者からは質問攻めに遭いましたよ」
「なるほど……。
女性の冒険者に興味を持ってもらうまでが、キャスリーンさんの狙いだった……と」
「いずれ売り出すことを伝えたら、絶対に買うって言ってくださいましたし――
……あ、そうだ」
「はい?」
「その話の流れで、こちらのお店の名前を出してしまったんです……。
このことは内密に、他言しないようにお願いしたのですが……、何か変わったこと、ありましたか?」
そう言いながら、申し訳なさそうに謝るフェリシアさん。
もしかして今日、たくさん冒険者のお客さんが来たのは……それが原因か!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
引き続き雑談をしていると、ふと、フェリシアさんが改まって言ってきた。
「……あの、相談がひとつありまして」
「そうなんですか?
どんな内容でしょう」
「『蟻地獄の迷宮』で、実はこんなものを手に入れたのですが……」
そう言いながら、フェリシアさんは小さな鞄から小さな玉を出してきた。
見た目は親指と人差し指でつまめるくらいの玉。
白色と黒色が、マーブル状に溶けるように混ざり合っている。
「これって一体、何ですか?」
「冒険者ギルドで鑑定して頂いたところ、『混沌の結晶石』というものらしいんです。
25階層で手に入れたんですが、かなり珍しいと言っていました」
「へぇ……。
ちなみにこれは、フェリシアさんが所有権を?」
迷宮に挑む際、討伐隊なんかに参加する場合は、そのときの取り決めによって戦利品が分配される。
仮にフェリシアさんが見つけたとしても、必ず本人のものになるというわけでは無いのだ。
「私はスポンサーのキャスリーンお嬢様から招待されたので、好きなアイテムを選んで1つもらえる……という契約だったんです。
でも、もらってしまったのは良いのですが、あまり使い道が無いらしくて……」
「なるほど?
それなら売ってしまう、とかは?」
「それも考えたのですが、何だかもったいなくないですか……?
だからこれを使って、アリスさんに何か作ってもらいたいんです」
「……うぅーん、『混沌の結晶石』自体をよく知らないので、すぐには何とも……。
単純なアクセサリを作る、とかでは無いですよね?」
「はい、もっと綺麗な石はたくさんありますから。
……いえ! やっぱりこれは、アリスさんに差し上げることにしましょう!」
「――は?」
突然の申し出に、私は考えが止まってしまった。
「ほら、以前の……そこの大通りで、魔物の発生事件があったじゃないですか。
アリスさんの薬代って、結局はあまり出なかったんですよね?」
「いやいや。そうは言っても、4割くらいはもらえましたよ。
高価な薬が無駄に多かったから、そこは難しかった……っていうだけで」
「でも、あのときのアリスさんを見て……私、実は感動していたんです。
だから今回は、そのお礼ということで!」
そう言いながら、フェリシアさんは両手で『混沌の結晶石』を差し出してきた。
「えぇー……。
私からすれば、フェリシアさんの方が神々しかったですよ……?」
それに、さすがに最近、良い話が多すぎる。
馬車3台分の素材を無料でもらってみたり、示談金で1000万ルーファが舞い込んでみたり――
……だから私も、何となく自粛をしないといけない気がしているのだ。
「うーん……。
それでは私から依頼を出すので、『混沌の結晶石』はその代金として、もらってくれませんか?」
「むぅ……?
それなら、まぁ……」
……私は結局、希少な素材にそそのかされて、フェリシアさんの提案を受け入れることにした。
希少なものって、それだけで価値があるから――
……だからやっぱり、手に入るなら手に入れておきたくなっちゃうんだよね……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フェリシアさんが帰ったあと、お茶のカップを手早く片付ける。
そのついでに、私はミミ君に軽い気持ちで聞いてみた。
「……ねぇ、ミミ君。
『混沌の結晶石』って、聞いたことあった?」
「まぁ……、あったよ」
……むむ?
ダメ元で聞いただけなんだけど、まさかの思い掛けない答えが……!!
「そうなんだー。
一体、何を作れるのかな~?」
「知りたい?」
「そりゃ、もちろん!
もしかして、知ってるの? 何が作れるのー?」
「……アリスが絶対、望まないものだよ」
「んんー……?」
私が望まないものって、実はそれなりにあるんだよね。
最近あったものとしては、惚れ薬とか、媚薬とか……。
「……はぁ。
アリスならどうせすぐ調べちゃうから、さっさと教えちゃうけど……」
「うん! 一体、何かな~!?」
「……『終焉の鍵』、だよ」
「あー……?
……ああ、うん。それは絶対……、望まないね……」
「でしょう?」
錬金術という学問の、禁忌とされるひとつの最終形。
製作に膨大な素材が必要なことは知ってはいたけど、まさかこんなものまでが必要だったとは……。
……でも、他の使い道は本当に無いのかな?
その辺りも含めて、これから調べてみることにしようかな……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――宿屋。
夜、部屋を真っ暗にして街並みを眺めるのが好きだ。
空に浮かぶ星や月も好きだけど、それとは別に、街の灯は『人間』というものを感じさせてくれるから……。
「ゲッヒッヒッ。
フェリシア、今日もお疲れさ~ん……」
感傷的な気分を壊してくるのは、私に憑り付いた古の呪いだった。
この呪いがいなければ、私の気分はもっと明るく晴れるのに――
「……あなたが言った通り、『混沌の結晶石』はアリスさんに渡したけど……。
本当に、これで良かったの?」
「あぁ……。
あれをどう使ってくれるか、本当に楽しみだなぁ~?」
「え? あれって、何か使い道があったわけ?」
「並の錬金術師にゃ、手に追えるものじゃ無ぇからなぁ~。
だからよぅ、アイツがそこまで育つか? それが楽しみなんだよなぁ~」
……アリスさんのことは、ダグラス様も気に入っているようだった。
しかし恐らく逆の方向で、この呪いのドクロもアリスさんを気に入っているのだろう……。
「……はぁ。
あなたも一体、何を考えているのやら……」
「ところでよぅ! フェリシアよぅ!!」
突然、呪いのドクロが声を荒げてくる。
「な、何よ?」
「あの錬金術師のところの黒猫……『ミミ』って名前が付いていただろう?」
「え? ええ、そうね?」
「そろそろ俺にも、あんな感じで名前を付けてくんねぇかなぁ……?
いつまでも『あなた』だと、親近感が湧かねぇだろぉが~」
「……あなたに親近感が湧く未来なんて、少しも想像が付かないんだけど」
「ひでぇな!」
……いや、でも名前か……。
確かに『あなた』なんて、普通の人に使う呼び方だから……。
それなら何か、固有の名前を付けてしまった方が良いかもしれない。
えぇっと、『ドクロの呪い』だから――
「……ドド君」
「ひでぇな! センスが!」
「確かに、『君』の方に失礼だったわ……」
「そうじゃなくてなッ!?」
ドクロの呪いは突っ掛かってくるが、こんなことに頭を使う気は毛頭ない。
それなら無駄に格好良くて、文句も言われなさそうな――
「……呪いだから、『カーシス』辺りで良い?」
「お……、フェリシアにしてはマトモじゃねぇか……!
よし、俺に用事があるときは、今度からそう呼び出してくれよなぁ~!」
そう言うと、呪いのドクロ……改め、カーシスは満足そうに消えていった。
でも……今まで一度も、私の方から呼び出したことは無いんだけどね……。
「……ま、いっか。
それよりも、今日依頼したやつ……楽しみだなぁ」
私が『混沌の結晶石』を代金として出した依頼は、『変装用の魔導具』だった。
キャスリーンお嬢様の専属メイド、メイさんのメイド服変身用の魔導具が、以前からずっと羨ましくて……。
私は聖職者の格好をしている限り、どこに行っても目立ってしまう。
だからいざというとき、変装して逃げられるようにしておきたかったんだよね。
「――うん、本当に楽しみ♪」
私はアリスさんのことを、純粋に応援している。
カーシスの言うことを聞かなければいけない、今の状況は凄く嫌だけど……。
……でも、アリスさんにはカーシスの悪だくみなんて跳ね返してもらいたい。
私は夜空に向かって祈りを捧げた。
「――火と土の女神様……。
私の大切な友人を、どうかお守りください――」
……星と月の煌めきが、静かにそれを、受け入れてくれた気がした。




