22.あぶく銭
「――……眠い」
「お疲れ様。今日は営業、やめておく?」
私がテーブルに突っ伏していると、ミミ君が魅力的な提案をしてきてくれた。
もうすぐ営業開始の時間になるところだが、つい先ほどまで、警備隊から事情聴取を受けていたのだ。
何を聞かれたかと言えば、今日の早朝、私のお店に忍び込もうとした人のこと。
その人は何と、先日うちのお店で香水を買っていったお客さんだったということで……。
「連行されるときはまだ眠っていたけど、数日前も忍び込もうとした……って、自白してたんだって。
いつの間にか鐘の魔力が無くなってたのは、あの人のせいだったんだねぇ」
「痛い目に遭ったのに、また挑戦してくるなんて……。
でも、今回は冒険者を雇っておいて正解だったね」
「やっぱりこういうときは、二手三手、先を読んでいかないと――
……って、ふわぁ……。ねみゅい……」
「本当に眠そう……。
一日休みにするのが嫌なら、午後から営業するっていうのはどう?」
「んー。でも、決まった通りに開けることにするよ。
それじゃ、『錬金工房アリス』、営業開始でーす!」
いつものルーティン通り、私はお店の扉を開け放った。
……しかし、そこには誰もいなかった。
うん……。
それならもう少し、テーブルに突っ伏していよっか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……うつらうつらとしていると、午後になる頃には眠気も消え失せてくれた。
今ではもう、いつもの通り。
それならお客さんもいないし、本でも読んでいるか――
……なんて思っていたら、すぐにお客さんが来てしまった。
「こんにちは。
こちら、『錬金工房アリス』ですね?」
身だしなみのびしっとした、隙の無い中年の男性。
ナイスミドル、とか、イケオジ、という言葉がよく似合う雰囲気だ。
「はい、いらっしゃいませ。
ささ、こちらにどうぞ」
「いえ、このままで結構です。
わたくし、ハミルトンと申します。
早速ですが、本日はベサニー様の代理人として参りました」
「……は? 代理人?」
ちなみにベサニーさん……というのは、今日の早朝、うちのお店に忍び込もうとした女性のことだ。
「まずは本日の不法侵入につきまして、謝罪をさせて頂きます。
こちらにつきまして、示談の話をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
「……示談?」
「はい。示談金を支払いますので、ベサニー様の釈放のお力添えを頂ければ、と」
ああ……。
ベサニーさんって、見るからにお金持ちそうだったもんね。
警備隊に捕まったことを家族が聞いて、この人を早々に寄越してきたってところかな……。
「えぇーっと……。
面倒なんで、そちらで勝手にやってもらうことは――」
「……いえ。法的にしっかりと対応させて頂きます」
ハミルトンさんは真っすぐな目で、びしっと言い切った。
多分、『不法侵入のことを言いふらすな』とか『あとから訴えるな』とかの条件が付くのだろう。
それならこちらからもひとつ、条件を先に付けてしまおう。
「それでは……あの、ベサニーさんとはもうお会いしたくないので。
接近禁止、みたいなことって出来ましたっけ? ……その、法的に」
「申し訳ございません。それはご勘弁頂けませんか?
その代わり、示談金に反映させて頂きますので」
……えぇ、何でそこを拒否するのーっ!?
うーん、ベサニーさんに条件が付くのは、やっぱり嫌なのかな……?
言ってみれば行動制限……みたいな感じだし……。
でもどうせ、私が示談に応じなくてもすぐに出てきちゃいそうなんだよね。
それならいっそ――
「……分かりました。
それでは示談金は、1000万ルーファで」
「承知しました」
――えっ!!?
ごめんなさい……、冗談で吹っ掛けてみただけなんだけど……。
……そのあとハミルトンさんの部下がやって来て、私は書類やらサインやらを取り交わしていった。
そして最終的に、私の手元には1000万ルーファの入った革袋が残されて――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……お金持ちになった!」
「お金って、あるところにはあるからねぇ」
そしてそのお金が、今は私の元に巡ってきた……と。
ママから受け継いだお金がそれ以上にあるから、『大金持ちになった』という感覚はそこまで無いけど……それでも、お金が増えるのは嬉しいことだ。
「でも、『示談金』ってちょっと気持ち悪いよね……。
これ、ぱーっと使ってみる?」
「え? 1000万ルーファを全部?」
「うん、そう!
高級な素材とかも欲しいけど、今回はそういうのじゃなくて……。
例えば、このお店を買い取っちゃう……とか!」
何を隠そう、『錬金工房アリス』の建物は賃貸である。
だから自分のものにしてしまえば、どんなに気楽になることか――
「……ここって、相場だと5000万ルーファくらいでしょ?
全然、足りなくない?」
「くぅ……残念。
示談金を5000万ルーファにしておけば良かった……!」
「さすがに、そこまでの金額は出てこないでしょ……」
……それもそっか。
多分1000万ルーファっていうのが、偶然ながらに限界ぎりぎりだったのかもしれないし……。
「うーん、それ以外だと……。
ぱーっと寄付! ……とか、そこまで出来るほど聖人でもないし……」
「んー、アリスは自分のために使いたいんだよね。
それならさ、杖とか作らない?」
「杖? 何でまた?」
「『ベル様』も持ってたでしょ?
だからアリスも、そろそろ作ってみれば?」
……そもそも杖というのは、魔法を使う人が持つものだ。
魔力を杖に流すことで、威力や効果を上げたり、精度を上げたり、射程を伸ばしたりすることが出来る。
逆に言うと、魔法を使わない人にとっては、歩くときの補助具にしかならないのだ。
「今まで考えたこともなかったけど……。
でも、ママを引き合いに出されると考えちゃうねぇ」
「ふふふ、アリスの目標だもんね」
……せっかく作るのであれば、もう少し魔法も練習してみようかな。
錬金術とは違う分野だけど、役に立つ場面は結構あると思うし……。
「そうとなれば早速、頼りになる魔法使い様を呼んでみますか。
そろそろ帰ってきてるかなぁ」
「どうだろうね?」
最近はしばらく、グランドールにはいなかったみたいだけど――
……さてさて、今日は来てくれるかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――よっ!
さっき戻ってきたばかりなんだが、タイミングが良かったな!」
呼んでから1時間ほどのところで、ダグラスさんが元気に登場した。
「こんにちは!
今日はタイミングが良かったですけど、最近何回も呼んでましたからね!?」
「お、それはすまんな。
久し振りに遠出して、討伐依頼をこなしてきて……。
いやー、とっても楽しかったぞ」
「おー、そうなんですね。
ちなみに、何を討伐してきたんですか?」
「『殺人蟻』って魔物だな!」
「こわっ!!」
……言葉の響きからして、もう怖い。
ドラゴンとかキメラとかより、何だかストレートな怖さを感じてしまう……。
「ああ、実際に怖いぞー。
1メートルくらいの蟻が、集団になってうじゃうじゃーっ!! てな!!」
「ひぃっ」
話を聞いているだけで、私の背筋には冷たいものが走っていく。
それにしても、そういう場所に飛び込んでいける冒険者というのは、やっぱり凄い存在だ。
「――さて、と。
それで、今日の用事は何かな?」
「あ、そうですね。
えーっと、まずは依頼のあったガム……魔力回復剤が出来ましたので、こちらのお渡しを」
「おぉ、早いな。
今回の討伐で数が減ってたから、ちょうど良かったよ」
「気になる新作の味ですが――
『りんご味』
『ブラックチョコ味』
『レモン100%味』……の、3種類になります!」
「……は?
最初の2つは良いとして、最後のは一体何だ……?」
「これがイチオシでしてね……。
何と、レモンのしぼり汁くらいの酸っぱさを実現してみました!」
「それ、食えなくね!?」
そんなやり取りをしながら、私は満面の笑みで紙袋を手渡す。
ダグラスさんは場の空気に流されて、早速『レモン100%味』を口にしてみるが――
……当然のことながら、酸っぱそうに悶えていた。
よし、満足。
返品覚悟で作った味だけど、たまにはこういう悪戯心も良いだろう。……多分。
「――ところで、今日はもう1つ相談がありまして」
「うん? また何か、魔法の依頼かな?」
「いえ、ちょっと違くて……。
実は臨時収入があったんで、杖を買おうと思うんですよ」
「へぇ? 錬金術師なのに?」
……ダグラスさんにも、そう言われてしまった。
杖っていうのは、やっぱりそういう認識だよね。
「よくよく考えてみると、杖を持った錬金術師……って、格好良いと思いません?
それで、作るなら良いお店を知らないかなー、って」
「ふむ……。
予算はどれくらいなんだ?」
「臨時収入の全額、1000万ルーファでお願いします!」
「ぶほっ!?」
私の言葉に、ダグラスさんは噴き出してしまった。
話の流れで、臨時収入が入った経緯を自然と伝えることに。
「――……というわけでして」
「なるほどなぁ……。
でも、散財するには大金すぎないか?」
「それもそうなんですが、今回は一生ものということで……。
ほら、50年使うとしたら、1年あたりでは20万ルーファですし?」
「アリスもそういう、何かの宣伝みたいな計算をするんだな……。
……それならいっそ、錬金術に特化した杖を特注すれば良いんじゃないか?」
「ふむ? そう言いますと?」
「工房なら設備があるけど、外には無いだろう?
だから工房の機能を杖に詰め込めば、外でも錬金術をすることが出来るぞ!」
「おぉ、それは凄い!!」
……でも、それって実際に使うのかな……。
便利だけど、使わない機能になりそうな気配も……。
「その方向で行くなら、杖の設計は俺がやってやるよ。
あとは必要な魔法も、全部掛けてやることが出来るし」
「え? ダグラスさん、そういうことも出来るんですか?」
「俺ほどの魔法使いともなれば、これくらいは余裕だな。
杖の加工自体は、鍛冶師……まぁ、デニスに任せておけば大丈夫だろ」
「おー、デニスさんは杖も作れるんですね!
……あ、そうだ。あとはお店の防犯ももう少し考えたくて」
「おいおい、何だか盛りだくさんじゃないか……。
でもまぁ、面倒だから全部やってやるよ」
「わーい、ありがとうございます!」
勢いに任せて、ダグラスさんに色々頼んでしまったけど――
……でも、この人に任せておけば間違いが無いんだよね。
うん、杖も防犯も、どっちも楽しみにしてよーっと♪
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――……さて、どんな杖を作ってやるかな」
夜の宿屋、自分の部屋。
俺は酒の入ったグラスを傾けながら、静かに考えていた。
魔法使い『ダグラス』の名において作る杖……。
今まで作ったのは、自分の分を含めて10本、と言ったところか。
そもそもこの世界は、『完全なる個体』と『完全なる流体』の狭間に成り立っている。
簡単に言えば、前者は物質体、後者は精神体……ということだが、今はまぁ置いておこう。
『錬金術』というのは、『物質体』寄りの世界にアプローチするものだ。
逆に『魔法』というのは、『精神体』寄りの世界にアプローチするものだ。
だからアリスの杖は、どちらにでもアクセス出来るような……、両方の存在を取り持つような――
……実際、杖に仕込む魔法なんて、後からどうにでも出来る。
しかし基本的な部分……根柢の性能は、杖を作った瞬間に決まってしまう。
腕の良い、間違いのない鍛冶師に任せるのであれば……それこそ設計の時点で、全てが決まると言っても過言ではない。
アリスは俺のお気に入りだからな。
俺の全身全霊、本気を以って杖を作ってやろう。
ま、手数料としては……値切って値切って値切りまくって、500万ルーファで許してやるか。
あとはデニスに払う手数料と、錬金術で必要になる素材を加えれば……大体、1000万ルーファには収められるだろう。
「――錬金術、か」
アリスは実力派の錬金術師とはいえ、さらに上の実力者なんてごろごろいる。
しかし上手く育ててやれば、歴史上の最高峰――『大魔女』とも呼ばれた錬金術師、ベルザドーレに追い付くことだって出来るかもしれない。
……10代であの実力を考えれば、十分に化け物じみているからな。
果たして10年後、20年後……。
アリスは一体、どんなやつになっていることやら――
「……そうか。
歳を食った後のことを考えると、可愛いデザインは避けるべきだな……」
俺は早速、想定外の外見のデザインでつまずいてしまった。
……うぅむ、仕方ない。
こういうときは、素直にデニスにでも頼るとするか――




