17.聖女、候補生
「こんにちはー」
……と、明るくお店に入って来たのは、女性の冒険者さんだった。
服装からして、回復魔法や支援魔法を主に扱う、いわゆる聖職者の人だ。
「いらっしゃいませ、『錬金工房アリス』にようこそ!
どうぞ、こちらにお掛けください」
「はい、ありがとうございます」
……凄く、綺麗な人。
美しさと可愛さが共存していて、老若男女から凄くモテそう……。
銀髪で、白を基調とした法衣が良く似合っている。
ちなみに声も同様で、凛とした中には可愛さもある。
何だかズルい。
さらに冒険者目線で考えれば、高レベルのパーティに必須の聖職者。
誰でもお世話になるポジションだし、これは絶対にモテる――
……なんてことを考えながら、私はいつも通りお茶を用意する。
そんな私を見て、彼女はにっこりと微笑んでくれた。
――アリス、撃沈ッ!
と、それは冗談として……。
「お待たせしました。
えっと、今日はどんなご用でしょう?」
普通にお客さんとして、来てくれたのかな?
しかし話を聞いてみれば、どうやら違うようだった。
「改めまして、私はフェリシアと申します。
このたび、エルドネル伯爵家のキャスリーンお嬢様からご紹介を頂きまして」
「あ、そうだったんですか」
キャスリーンさんは、先日ストッキングの事業化について相談をした貴族の方だ。
前向きな返事は既にもらっていて、今はもう具体的に話を進めているところだったりする。
「私のこと、まだ伝わっていなかったみたいですね……。
実は私、冒険者の界隈ではそれなりに知名度があるのですが――」
「ですよね!」
……そりゃ、こんなに綺麗で完璧超人みたいな人だもん。
知名度なんて、無い方がおかしいよね。
「伯爵家とこちらのお店との提携話に際しまして、冒険者に向けたお手伝い……の打診を頂いたんです。
簡単に言えば、いわゆる『広告塔』ってやつですね」
事業化に当たって、キャスリーンさんは様々な販路を作ろうとしていた。
そのために、それぞれの方面の有名人を起用する……というのは有効な方法なのだろう。
実際、憧れの人が使っていたら自分でも使ってみたくなるだろうしね。
「なるほど!
それじゃ、これからはご一緒することが多そうですね。
私はアリスです、よろしくお願いします!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします♪
今日はですね、ご一緒するアリスさんがどんな方かな……って思って来たんです。
お客さんじゃなくて、ごめんなさい」
そう言うと、フェリシアさんはぺこりと頭を下げた。
「いえいえ、全然構いませんよ!
ご挨拶にきて頂けて、とっても嬉しいです!」
私も私なりに、良い感じの笑顔で返してみる。
フェリシアさんも、それに応えるように笑ってくれた。
「でも、こうして見ると――
……アリスさんはまだお若いのに、凄いものを開発されたんですね。
私はあまり錬金術に詳しくないですけど、やっぱり努力されたんでしょう?」
「うーん、努力って言いますか……。
好きなことを好きなだけやってるだけなので、そんなに大したことはありませんよ」
「ふふふ。『好き』っていうのが一番、強いんですよね。
気が付いたら夜遅くまで頑張ってたり……とか」
「あぁー、ありますあります!
私の場合も、気が付いたらいつも2時になっちゃってて」
「え? 夜の?」
「ですです」
「……このお店、開店は10時ですよね?
えぇっと……、ちゃんと眠れています?」
「はい!
朝のルーティンがあるので、5時くらいには!」
「えぇ……。
3時間しか寝てないじゃないですか……」
フェリシアさんは可哀そうな感じの、心配そうな目で私を見てきた。
「は、はぁ……。よく言われます……」
「でもきっと、そんなに頑張ってるから実力も付いてきてるんでしょうね」
「そうあれば良いな、とは思っています……!
……ところで折角ですし、私も何か、フェリシアさんのお役には立てませんか?」
今回来てくれたのは挨拶のためだけど、私としては錬金術の実力を見てもらうチャンスでもある。
これから仕事を一緒に進めていくことになるし、もしかしたら他の誰かに紹介してくれるかもしれないし。
「そうですね……。
冒険に必要なものは、お世話になっている錬金工房があるから……それ以外として」
……む。
うちとは別の錬金工房と、既に取引があるのか……。
そういうことを聞いてしまうと、何とかこちらを振り向かせたくなる……なんて考えも出てきちゃったりして。
「あまり売っていないものでも大丈夫ですよ。
どちらかと言えば、そういう方が好きですし」
「んー……。
あの、それではダメ元で聞いてみるのですが……。
呪いを解くアイテム、みたいなものは作れますか?」
「呪い、ですか?
すいません、それは錬金術の守備範囲ではないので……。
むしろフェリシアさんの方が得意そう……?」
私の返事を聞くと、フェリシアさんは残念そうに肩を落とした。
「ご推察の通り、私も解呪魔法は使えるのですが……。
ただ、対処できないものも、やっぱりありまして」
呪いには『強度』というものがあり、これが高くなるほど解呪が難しくなっていく。
例えば『強度1』の呪いは簡単な解呪魔法や聖水で打ち消すことが出来るが、『強度3』あたりになってくると、高位の魔法がどうしても必要になってくる。
錬金術のアイテムとしては、呪い自体に干渉するものが精々で、打ち消すものには心当たりが無かった。
「うーん、ごめんなさい。
時間があるときに、ちょっと調べておきますね」
「あ、大丈夫です。
ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」
「いえいえ。
でも――」
……ズズゥンッ!!
「ッ!?」
私の言葉の途中、床から鈍い振動が響いてきた。
感覚的には地震……ではなく、それなりに近くの場所で、何かが起こったような……そんな感じがする。
ミミ君は私の膝から飛び降りて、お店の扉を開けて外に出て行ってしまった。
それに続く形で、フェリシアさんもお店の外に出て行った。
私も慌てて、追い掛けることにする。
「……アリスさん。
魔物の気配がするので、お店の中にいてください!」
「あ、はいっ」
フェリシアさんはぺこりとお辞儀をしてから、大通りの方に走って行ってしまった。
私は――
……とりあえず、ミミ君を待つことにしようかな。
多分、状況を見に行ってくれたはずだし……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――……大通りに出ると、黒い影のような魔物が何十匹も蠢いていた。
近くには街の人が何人も倒れており、血を流している人も多かった。
大都市であるグランドールは、基本的には魔物の侵入を許さない。
しかし、悪意ある魔法使いや凶悪な犯罪者によって、魔物が発生するケースがあるのも事実だった。
今回は……恐らく、召喚のような形で突然現れたのだろう。
クレーターのような大きな穴が道に出来ているから、先ほどの揺れと、魔物の発生は……あれが原因?
警備兵や冒険者もあまり人数は多くないから、まだ初動の段階か――
「シルバー・ブレッド!」
「グヒャッ!?」
私の攻撃魔法、白銀に輝く力が黒い魔物を貫いていく。
しかしすぐに傷は塞がってしまい、致命傷にはまるでなっていない。
……私が持っている力は、あくまでも他人を回復したり、支援したりするものだ。
いくら『聖女』だ何だと持て囃されたところで、こういう状況では無力感を禁じ得ない。
だからこそ、まずは一緒に戦える人を見つけてしまわないと――
「――ファイアッ!!」
ボンッ!!
大通りに合流する細い道から、初級魔法が聞こえてきた。
その直後、見合わない威力の炎の柱が上がっていく。
あれは――
「大魔法使い様っ!」
「……ん?
ああ、フェリシア……だったっけ?」
「はいっ!」
以前、1回だけ話したことのある魔法使い。
名前はダグラス様……というのだが、彼のことはもともと噂で知っていた。
……不老の英雄。
最盛期の力は既に無いとはされるものの、いざ戦いとなれば実力は申し分ない……はず。
私は急いで、魔法使い用の支援魔法を彼に掛けていった。
「さんきゅ!
俺はもう大丈夫だから、他の奴らを頼む。
あらかた終わったら、怪我人の回復に当たってくれ!」
「承知しました!」
――戦いの指揮者がいれば、私はその通りに動くことが出来る。
自分では指揮を取らない代わりに、受けた指揮へは最大限の効果を出していく……それが私の信条だ。
追加で4、5人に支援魔法を掛けたところで、魔物も勢いも少しずつ弱まっていった。
それならそろそろ、私は怪我人の回復にまわることにしよう。
「大丈夫ですか? 今、治しますね!」
「あ……うぅ、ありがとう……。
……あなた……は……?」
「フェリシアと申します。
喋らないで、目を閉じて――」
私は必死に、回復魔法を掛けていく。
そんな中、先ほどの錬金術師……アリスさんが、視界の片隅にちらっと見えた。
木箱を乗せた台車を押して、魔物のいなくなった場所の怪我人に向かっている。
辿り着くと、木箱から薬瓶を取り出して――
……ああ。
アイテムを使って、回復をしてくれているのか。
本当なら、ここには危険だから来て欲しくなかったけど……。
そう思いながらも、私は心強さを感じてしまった。
咄嗟に動ける人間は強い。
戦いの力云々ではなく、人間として……強いんだと思う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――宿屋。
月明かりに照らされながら、私はベッドの上に座っていた。
戦いがあった日の夜は、月がやたらと眩しく見える。
「ゲッヒッヒッ、お疲れさ~ん……」
宙に浮かぶ、ドクロのような黒い影。
私に憑り付く……古の呪いだ。
「昼間の騒動、あなたが原因でしょう……?」
「もっちろんさ~……。
活躍が出来て、感謝もされただろう? 良かったじゃねぇか~」
呪いのドクロは、愉快そうに笑い始めた。
「……私は、あなたの希望通りに動いているはず。
だから、無駄な騒動を起こすのは止めて……」
「そのつもりだったんだけどなぁ~。
でもよ、フェリシア。俺のこと、口外したお前が悪いんだぜぇ~?」
アリスさんに、呪いを解くアイテムのことを相談したから……とでも言うのだろうか。
「……一般的な話をしただけよ。
どちらにしても、あなたを解呪するには……皇家に伝わる魔法しか無いんでしょう?」
「おう、おう!
だからよ、もっともっと名声を上げて、連中から奪っちまわないとなぁ~!
……それよりも、フェリシアよぅ」
「何?」
「昼に会った、錬金術師なぁ……。
アイツぁやばいかも知れねぇぜ?
……いや、どちらかといえば……黒猫の方か」
「黒猫ちゃん?」
大きな揺れがあった後、すぐに外に出て行ってしまった黒猫ちゃん。
あの後アリスさんは、大通りに怪我人がいることを、黒猫ちゃんが教えてくれた……と言っていた。
賢い子なんだな、とは思っていたけど……。
「アレは……俺と同類の気配がしたな。
……いや、かなり違くはあるんだが……」
「それ、どっちなのよ……」
何が言いたいのが良く分からず、私は少しイラっとしてしまう。
「おっとォ、ストレスは大敵だぜッ!!
あと、今日はもう遅いし……そろそろ寝ないと、肌に障るぜぇ?
明日は早朝トレーニングがあるから、しっかり休めよぉ~ッ!」
「はぁ……。はい、はい」
「もっと淑女らしくッ!」
「……はい。おやすみなさい」
「おやすみィッ!」
私が挨拶をすると、呪いのドクロは霧のように消えていった。
まったく、変わった呪いに憑り付かれてしまったものだ……。
私は改めて、空に浮かぶ月を見上げてみた。
……私の行く道は、既に示されている。
冒険者としての名声を上げ、皇家との接点をどうにかして作り上げる。
そして皇家の秘法とされる解呪魔法を手に入れて、私自身に掛けられた、ドクロの呪いを取り除く……。
……今回はようやく、貴族であるエルドネル伯爵家との繋がりを持つことが出来た。
あとはここから、これを足掛かりにして、どう皇家に食い込んでいくか――




