15.縁と骨
「ミミ君、スライムゼリー食べない?」
「いらにゃい」
私が手元の瓶を見せると、ミミ君はあっさりと断ってきた。
先日ゴルドーさんに頼まれて作ったお菓子のひとつ……緑色の、とても怪しい液体だ。
「えぇー……。
そろそろ味も落ちてくるし、捨てるのはもったいないよー」
「……それなら、アリスが食べれば?」
「いやぁ、この喉越しが個人的には苦手で……」
「自分で食べれないものを、勧めないでよ……」
ミミ君の指摘、ごもっともである。
念のため少し多めに作っておいたんだけど、完全に裏目に出てしまった……。
ゴルドーさんが今日も来てくれるなら、サービスで無料であげちゃうところなんだけど……。
……まぁ、そんな上手いことはいかないか。
「でも、変なお菓子はいろいろ買ってもらえそうだから、もっと作ってみようかなぁ。
ミミ君、何かネタは無い?」
「うーん……。
……ネズミ?」
「ネズミ……の、形?」
「そうそう、立体的に作って」
「立体……」
「あと、素早く動いて」
「うご……」
「逃げてるのを捕まえて、食べる……みたいな!」
……えーっと……。
「ミミ君、ごめん。
ツッコミどころが多すぎる」
「この良さが分からないとは……」
「いやいや、猫視点過ぎるよ!」
「じゃぁ、太い骨のお菓子とかは?」
「次は犬視点っ!?」
……いや、骨の形ってだけなら……、まだ良いのかな?
さすがにネズミのお菓子は……あり得ないし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――というわけで、骨のお菓子を作ってみたよ!」
「まさか本当に作るとは……」
テーブルの上のお皿には、動物の骨を模した、白い棒上のものが積み上げられている。
リアルさを追い求めても仕方が無いから、ある程度はデフォルメ気味だ。
……ちなみに、種類としてはクッキーである。
「作っておいて何だけどさ。
これって、買ってくれるターゲットはどこの層なの?」
「考えないで作ったの?
……僕も特に、何も考えていないよ?」
「がーんっ!?」
「ちなみに僕、これはあんまり食べたくないかな」
「ががーんっ!!」
……確かに、猫視点ではなく犬視点のお菓子だもんね。
猫派の私にとっても、骨は好んで食べるものでもないし……。
「……あ。
そんなことよりもお客さん、来そうだよ」
「えぇっ、このタイミングで!?
この骨は隠さないと――
……って、うひゃっ!?」
ビターンッ!
お皿を持ち上げて、身体を翻したところで……バランスを崩して転んでしまった。
気になるお菓子は……お皿の上に、何とか死守できた――ッ!!
……ガチャッ
「あ、あのー……すいません」
扉から、小さな声が聞こえてくる。
床から何とか見上げてみると、戸惑う表情の少女が立っていた。
「い、いらっしゃいませ!」
「えっと……。
あの、ここは錬金工房……ですか?」
「はい、大丈夫です!
間違ってません!!」
お店に入ったら女の子が床に倒れていて、両手で必死に骨の乗ったお皿を持っていたら――
……そりゃまぁ、意味不明だよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――改めまして、『錬金工房アリス』にようこそ!」
お客さんを案内して、お茶を準備した後、私はいつもより元気な感じで挨拶をした。
最初の失態のイメージを少しでも弱く……という悪あがきである。
「よろしく、お願いします……。
えっと……、私はクレアと申します」
「はい、よろしくお願いします。
私は工房の名前の通りで、アリスって言います!」
「……」
……私の言葉に、クレアさんは顔を上げたまま黙ってしまった。
そしてそのまま時間が過ぎていく……。
「――あの、大丈夫ですか?」
さすがに心配になって、1分くらい経ったところで聞いてみる。
「……あ、すいません。
予定に無い流れでしたので……」
「予定?」
「すすす、すいません……。
私、お話をするのが苦手でして……その。
昨日、頑張ってイメージトレーニングは……してきたんですぐぁっ」
クレアさんは最後の最後で噛んでしまうと、そのまま口を押さえて俯いた。
耳まで真っ赤にして、何て可愛いらしい――
……って思うのは周りだけか。
本人からすればきっと、穴があったら入りたい……くらいの気持ちだろう。
「大丈夫ですよ、ゆっくり話してください。
……ミミくーん?」
私はミミ君に、指で軽く合図をした。
ミミ君は私の膝から降りて、扉のところまで優雅に歩いていく。
ジャンプをしてからノブをまわし、扉を開けて外に出ていく。
「……うぁ。
猫ちゃん、賢いですね……」
「ふふふ、うちのミミ君は賢いんです!
それでなんですが、看板はもう閉店にしておきますので、しばらくゆっくりしていってください」
「え……?
いえ、そんな悪いです……」
「まぁまぁ。
どっちにしてもあと3時間で閉店ですし、お客さんももう来ない時間ですので」
「そ、そうなんですか……?」
……正直言えば、時間帯が云々ではなく、来るお客さんの絶対数が少ない……ってだけなんだけど。
まぁ、今回は秘密にしておくことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クレアさんに猫じゃらしを渡して、ミミ君と遊んでもらうこと1時間――
……さすがにそろそろ、緊張も解れてくれたかな?
「クレアさん、お時間は大丈夫?」
「え……?
あ、もうこんな時間……」
そう言いながら、席を立とうとするクレアさん。
「私は大丈夫ですよ。
それより、お帰りになる前にご用を教えて頂けませんか?」
そもそもまだ、クレアさんがお店に来た理由を聞いていないのだ。
次に来てくれなくても嫌だし、来てくれてもまた緊張から入ってしまうのであれば……今日のうちに、話を進めた方が効率的だしね。
「そ、そういえばそうでした……。
あの、実は……こちらの工房、ダグラス様からご紹介を頂きまして……」
「あ、そうなんですね。
ダグラス……『様』? ちなみに、どういったご関係で?」
「はい。以前、お仕事を頂いたことがありまして……」
「ああ、なるほど。
お客さんだったんですね」
私の言葉に、クレアさんはこくこくと頷いた。
ちなみにダグラスさんというのは、メイド服に変身できるアイテムを一緒に作った魔法使いだ。
名刺を使って呼べば来てくれるから、私の中では便利屋さんのイメージが既に強い。
「それで、その……。
私もアリスさんと一緒に、お仕事をしてはどうか……と、言われまして……」
「……へぇ?
ちなみにクレアさんって、何のお仕事をされているんですか?」
「は、はい!
あの、小さいですが、裁縫工房をやってます……。
その、まだまだなんですか……」
「わ、そうなんですか!?
おぉー、私と同じですね!!」
……かくいう私も、小さくてまだまだの錬金工房を営んでいる。
クレアさんとは年代も同じだし、これはもう親近感しか湧いてこない。
私はついつい、彼女の手を取って両手で握ってしまう。
「はわっ」
「機会があれば、ぜひ一緒にお仕事しましょう!
この前、ダグラスさんともご一緒して、それがもう楽しくて!!」
「は、はい……。
お願いします……!」
錬金術師と裁縫士は、専門とする分野がほぼ被らない。
しっかり連携すれば、一人では作れないものも作れるようになるから――
……ダグラスさん、ナイス紹介!!
でもまぁ、例によってクレアさんの実力は確認しないといけないんだけどね。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――……はぁ、緊張したぁ。
同じ世代の職人と交流を持った方が良い……なんて、ダグラス様には言われていたけど……。
ダグラス様の紹介だから、もっと厳しそうな人だと思っていたけど……。
でもまさか、あんなほわほわした子だったなんて……、意外だったなぁ……。
暗くなった大通りを歩き、細い通りに入っていくと、私の工房が見えてくる。
立地としては、アリスさんの工房には及ばない。
……でも、広さは十分に確保できた、私の自慢のお城だ。
「わんっ!」
「ただいまー」
愛犬が私の帰りを迎えてくれる。
……そうか。ペットを飼っているというのも、アリスさんを身近に感じでしまう一因か。
「わぅっ、わぅっ」
「ごめんね、お腹空いた?
アリスさんからお土産をもらったんだけど――」
……最後の最後で犬を飼っている話をしたところ、骨の形のクッキーを何故かもらってしまった。
彼女曰く、砂糖は控えているから、犬と一緒に食べても問題は無いのだとか。
虫歯が心配であれば、一応歯磨きはしておいてね……とのこと。
「――せっかくだし、一緒に食べてみよっか。
着替えてくるから、ちょっと待っててくれる?」
「わふんっ! わふんっ!」
「もー、はしゃぎ過ぎだよぉ~」
……工房を開いてから、私の生活は緊張しっ放しだった。
でも今日は、久し振りに気分転換になったかもしれない。
それにもし、アリスさんとこれから一緒に仕事が出来るなら……何かしらの刺激を受けていけるかもしれない。
ダグラス様が紹介してくれたのは、きっとその辺りが目的なのだろう……。
……というと、私はまだ期待されている……ということになるのかな。
逆に、期待されていないからこそ……、アリスさんを紹介してくれたのかな。
そんなことを考えてしまうと、気持ちがどんどん暗くなってしまう……。
でもどちらにしても、これから頑張れば、今よりきっと前向きに進んでいける……。
――……人の縁なんて分からないもの。
だから今回の縁も、出来る限り大切にしていかないと……。




