13.告白用の薬
「はぁー、お疲れ様ぁー」
「お疲れにゃー」
オズワルドさんの依頼品を配達屋さんに渡すと、私はようやく一息つくことができた。
防犯グッズはいくつか作ってみたけど、私の一番のおすすめは『捕縛用のナワ』だ。
使い方は、捕まえたい相手に投げるだけ。
そしてナワを解きたいときは、説明書に書いてある合言葉を伝えるだけ。
「ただの子供でも、大男を捕まえることが出来ちゃう優れものだよ!」
「上手く使えば、本当に便利だよね」
少し余分に作ったナワは、謎のオブジェと一緒に棚に並べておいた。
これなら不審者が入ってきても、すぐに使うことが出来るからね。
「……でも、もうちょっと改良したいんだよね。
投げれば良い……ってことは、逆に言うと、投げなきゃいけない……ってことだから」
「まぁ、そうだね。
ナワが勝手に悪い人を捕まえてくれれば、確かにもっと便利だと思うよ」
「そーそー、そこそこ!
ミミ君、分かってるじゃん!」
「でも、研究には先立つものが必要だよね?」
「……ソウデスネ」
「今回の売り上げ……じゃなくて、利益の方。
……ちゃんと利益は出したよね?」
言葉が怪しくなる私に対して、ミミ君は少し低い声で聞いてきた。
「そりゃー……、ほら。
子供の笑顔、プライスレス……的な」
「うん? つまり?」
「だからー……まぁ、ね?
損して得取れ……みたいな?」
「……もしかして、赤字だったの?」
「いやぁ……ちょっとだけ?」
私の答えに、ミミ君はがくーん、となった。
それを見た私も、がくーん、だ。
「大きな木箱、たくさん用意してたけど……。
防犯グッズって、そんなに大量に作ったの?」
「えっと、それは3箱くらいなんだけど……」
「残りは?」
「子供用の、おもちゃ……とか。
キャンプ用品……とか」
「……はぁ。
儲けられなかったら、次から反省会でもする?」
「ええぇー!? そんな、ご無体なぁーっ!!」
「それじゃ、これからはちゃんと利益を出すようにするんだよ?
このお店、守っていかなきゃいけないんだから」
「うぅー、分かった!
分かりましたぁーっ!!」
……私って、良い人相手だとついつい大盤振る舞いしちゃうんだよね。
でも、そういう人たちの助けになるのって、凄く嬉しいから――
……ああ、でもこれからは反省会をやらなきゃいけないのか。
それは嫌だなぁ……。がくーん……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝からはいつも通りの、変わらない日常が始まった。
場合によっては反省会が開かれることになってしまったけど、そもそもお客さんが来なければ反省会は起こり得ない。
だから、お客さんが来るまでは気楽――
「……にゃん。
お客さんみたいだね」
何かを売るまで反省会は絶対に開かれない、とは言っても、お客さんには来て欲しい。
反省会は置いておいて、私のテンションは上がっていく。
よーし、今回はちゃんと商売して、ちゃんと利益を出すぞーっ!
「こん。今、良い?」
「はーい、『錬金工房アリス』にようこそ!
どうぞどうぞ、お座りください!」
「ありー」
……今回のお客さんは、無精ひげを生やした青年だ。
こう言っては申し訳ないけど、ちょっと冴えない感じ……かな?
私はいつも通り、お茶を準備してからお客さんの前に座った。
「今日のご用は何でしょう?」
「惚れ薬が欲しいんだけど、売ってる?」
……おっと。
錬金術と言えば……の上位ランキングに入ってくる、みんなが憧れる魅惑の薬。
でもこれ、リーズナブルな金額のやつだと、あんまり効果は無いんだよね。
それにこの手のアイテムって、私はちょっと嫌いだし――
「惚れ薬ですか?
1000万ルーファになります」
「うはっ、高い!」
値段に驚きながらも、お客さんは冗談を聞いたときのように笑った。
あまり詳しくなければ、確かに笑うしかないだろう。
「もっと安いものもありますが、あまりお勧めはしませんよ?
金額は10万ルーファからになります」
「10万でも高いし!
……ちなみに、10万と1000万の薬だと、どれくらい違うの?」
「そうですね……。
告白の成功率が、10万ルーファごとに1%上がる……くらいでしょうか」
「1000万でようやく100%?」
……その通り。
ただ、そもそもの好感度も影響してしまうし、効果時間というものも存在する。
つまり、みんなが思うほど完璧な薬では無い。
もっと凄い薬……永続的な効果を持つ薬もあるけど、お値段は当然ながらさらに高くなってしまう。
それに、そこまでいくと洗脳に近いから……私はどうにも、その薬は好きになれないのだ。
「まぁ、良い服とか、素敵なデートプランとか、それくらいの位置付けのものですよ。
告白の成功率は上がるけど、それだけではダメ……って感じです」
「うぅーん……。
もうちょっと簡単に、確実に惚れさせられないの?」
お客さんは情けない駄々をこね始めた。
告白するという行動については、私も応援したいところではあるんだけど――
……私はミミ君の頭を撫でた。
ミミ君は目を閉じながら、起きているはずなのにだんまりを決め込んでいる。
「結局のところ、気になる女性とお付き合いをしたい……ということですよね?」
「うん、そうそう。
真面目に本気で、あの子と一緒になりたいんだ!」
お客さんは曇りの無い、真面目な目をしながらそう言った。
……でも、その結果で辿り着いたのが……惚れ薬、なんだよね……。
「惚れ薬ほどではありませんが、もっとお安くできるものがありますよ。
8万ルーファになりますが」
「えぇ……、それでも高い……。
ちなみにそれって、告白の成功率はどれくらい上がるものなの?」
「さすがに、ご自身でお確かめください……としか。
でもこの値段では、他のお店では絶対に買えませんよ?」
「くうぅ~っ、8万ルーファは高けぇ~ッ。
でも買ったぁーっ!!」
……って、あれ?
ダメかと思ったけど、買ってくれることになったぞ……。
ちなみに素材代は1万ルーファくらい。
確実に黒字だから、今回は反省会は無しだーッ!!!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺の名前はチャド。
好きな子はヒヴァリー。
知り合ってから3年ほどの、とても俺好みの女性だ。
俺はそんなヒヴァリーともっと仲良くなるため、惚れ薬を買いに行ったのだが――
……何だか言いくるめられて、最終的に俺は注射を打たれてしまった。
しかし、俺に注射を打ったところで、一体何がどうなるって言うんだ?
あの錬金術師には、ヒヴァリーとは早めに会うように言われたけど……。
俺は仕方なく、ヒヴァリーの家に向かった。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、しばらくして登場したのはヒヴァリー本人だった。
「あれ、チャドじゃん。
今日は一体、どうしたの?」
「好きだ! 俺と付き合ってくれっ!!」
「……は?」
「本気なんだッ!!」
怪訝な顔をするヒヴァリーに、俺は同じ思いを抱いていた。
……ちょっと待て?
告白なんてする気はなかったのに、俺の口が勝手に動いたぞ……!?
「え、えーっと?
家の前で、ふざけないでよ……」
「ふざけてなんかいない!」
……確かに、ふざけてなんかいない。
ふざける前に、口が勝手に動いているのだ……。
「どう考えても、ふざけてるでしょ……。
ごめんなさい、お付き合いは出来ません!!
……ほら、これで気が済んだ!?」
もちろん、済むわけが無いッ!!
「もちろん、済むわけが無いッ!!」
俺の考えは、口からそのまま素直に出てきてしまう。
「それじゃ、3回まわってワン! って鳴いてみてよ。
チャドがそんなこと、出来るわけないよねぇ?」
――ふざけるな!
何でそんなバカみたいな真似をしなければいけないんだ!!
くる。
くる。
くる。
「ワンッ!!!!」
……待て、俺の身体。
一体何をやっているんだ……。
いや、違う。今はそんなプライドなんて、どうでも良いッ!!
今の俺は何より、ヒヴァリーへの告白を成功させるんだッ!!
「ちょ……。マジ……?」
「どうだ、俺は本気だッ!!
何でも言ってくれ! お前のためなら、俺は何でも出来るッ!!」
「ああ、もう!! うるさい、うるさーいっ!!
それじゃ北の森にいる、銀色の巨大狼を狩ってきたら付き合ってあげるわ!
どう? それは出来ないでしょう?」
「よし、分かった!
ちょっと行ってくるッ!!」
俺の口は勝手にそう言い、俺の足は勝手に北の森へと向かい始める。
「ちょ、ちょっと!? 本気にしたの!?
ねぇ!? そんなの、冗談に決まって――」
……俺の後ろで、ヒヴァリーが大きな声を上げた。
しかし俺は彼女を振り返るでもなく、俺の足は立ち止まるでもない。
ちょっと待て?
ヒヴァリー本人も言っていたけど、さすがに巨大狼は絶対に無理だぞ?
だから止まって、俺の足――ッ!!?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――3時間後。
「グルァアアアアアッ!!!!」
「ぎゃああああああーっ!!!!?」
北の森で、恐ろしい巨大狼と対峙する俺。
気品すら漂う大きな獣と、絶叫しながら突っ込む俺の戦いが始まった。
その勝者は、果たして――
……って、勝てるわけがあるかぁああああっ!!!!




