12.ぐるぐる
「へぇ、孤児院ですか!」
「ああ。手続きがようやく全部、終わってね」
今日は以前、布団セットを買ってくれたお客さん……オズワルドさんが遊びに来てくれていた。
最初は世間話から入ったが、次第に盛り上がり、ついには『10億ルーファの取引』の話になった。
そしてそれが、先ほどの『孤児院』……というわけだ。
でも孤児院って、大体のところは寄付金で何とか運営しているんだよね。
だから買収したとしても、利益なんて出ないと思うんだけど……。
「……ずっと前から、買収の準備をしていたんですよね。
その孤児院って、何か思い入れがあるんですか?」
「実はね、私と妻がそこの出身だったんだよ。
ただ、私たちが自立したあとに、うさんくさい連中の手に渡ってしまって……。
だからずっと、取り戻すために頑張っていたのさ」
そう言うオズワルドさんの顔は、とても晴々としていた。
睡眠不足に悩んだ彼は、もうどこにもいないのだ。
「念願叶って良かったです。
子供たちのこと、可愛くて仕方がなさそう♪」
「ああ、良い子ばかりだからね。
……ただ、以前の院長に酷い目に遭わせられて……大人を怖がる子もいるんだよ」
晴れやかな顔から、一気に曇り顔へ。
もしかすると、前の院長が遺した傷跡が癒えるまで……オズワルドさんの快晴は訪れないのかもしれない。
「うーん……。
私も何か、お手伝いが出来れば良いんですけど」
「ははは、困ったことがあれば相談させてもらうよ。
気軽に遊び道具……なんてものは頼めないしね」
「遊び道具……。
あ、良いじゃないですか!」
「いやいや。錬金術で作ると、さすがに高くなってしまうだろう?
そんなものを子供に渡したら、こっちが冷や冷やものだよ」
……まぁ、確かに。
私のお店はオーダーメイドだから、基本的には高くなってしまうんだよね。
「それでは、何か思い付いたらご相談ください。
そのときはおまけで、遊び道具も付けちゃうかもしれませんよ!」
「ははは、これは商売上手だ。
……そうだ。孤児院のまわりを、不審者がうろうろしているって話があってね」
「不審者?」
「ああ、敷地内を覗き込むように歩き回っているそうなんだ」
「はぁ……。
それはさすがに、警備隊に相談してみては?」
「相談はもう、したそうなんだよ。
定期的に巡回をしてくれることにはなったんだが、どこまでやってくれるかは……正直、不安でね」
「んんー。警備員とかは雇えません?」
「いや、2人は雇っているんだが……それ以上はなかなか……。
いや、金を惜しんでいるところでは無いか……」
……孤児院の運営だけでも赤字。
さらに追加予算で、もっと赤字。
オズワルドさんがお金持ちだとは言っても、きっちりお金を掛けていくのはさすがに厳しそう……。
「……であれば、やっぱり道具に頼った方が良いのではないでしょうか」
「ふむ、人件費が削れるならね……。
何か使えそうなものはあるかい?」
「そうですねぇ……。
防犯グッズ、みたいなものとか」
「なるほど。
誰でも安全に使えて、ある程度の効果を見込めるものなら良いか……。
それじゃ、いくつか考えてもらえるかな」
「分かりました、サンプルを作ってみますね。
このお店用の防犯グッズも、ちょうど欲しかったところなので」
「サンプルは嬉しいな。
お嬢ちゃんの腕は信頼しているけど、やっぱり先に確認が出来た方が安心だから」
「ですよねー。
……そう考えると、返品頂いたオブジェも、先に説明しておくべきでしたね」
「うん? オブジェ?」
私の言葉に、オズワルドさんは不思議そうに聞いてきた。
「……あれ?
お布団のセットとかと一緒に、あそこのオブジェも納品したんですが……」
そう言いながら、私は棚に置いてある謎のオブジェを指さした。
「ああ……。
あれはうちの執事が、我が家には相応しくない……と言っていたな」
「辛辣ッ!」
……まぁ確かに、富豪のお屋敷にあるべき外見はしていないけど……。
でもあのユルさが、なかなか良いと思うんだけど……。
「良いものでも、使わないものは使わないからね。
ちなみにあの置物は、何かしらの効果があるのかい?」
「あれはですねー。
お腹をさすると、前にいる人を眠らせることが出来るんです!」
「……何と、それは凄いね」
オズワルドさんは、少し微妙な顔で笑った。
不眠の悩みが良い形で解決したから、オブジェには反応がしづらかったのだろう。
「でもこの前、あのオブジェで不審者を眠らせたんですよ?」
「おぉ、このお店にもそういう輩が来るんだね……。
お嬢ちゃんは大丈夫だったかい?」
「はい。警備隊の人を呼んで、眠ったまま連れて行ってもらいました♪
多分、こってりと怒られたと思いますよ!」
「うーん……。
私はむしろ、お嬢ちゃんが逆恨みをされないかが心配だよ」
「む……、確かに。
それなら尚さら、このお店用にも防犯グッズが要りますね」
「そうだね、まずは自衛をしていかないと。
それじゃ、良いものが出来たら私にも連絡をくれるかな」
「はい、分かりました!
たくさん作っちゃいますよーっ」
……例え作った分が売れなくても、防犯グッズならうちのお店で使うことが出来る。
私の聖域に忍び込む不届き者を懲らしめるため、しっかりがっつり作ることにしよう……!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――……私の名前はセイディ。
グランドールの外れにある、古ぼけた孤児院で数年前から働いている。
毎日を忙しく過ごしているが、可愛い子供のためだと思えば、仕事の苦労もなんてことは無い。
……ここにしか居場所の無い子供がたくさんいる。
私はその場所を、必死に守っている。
苦労は確かにあるけど、私にとって、この仕事はどんな仕事よりも光り輝いているものなのだ。
「おーい!
オズワルド様から、お届け物だよ!」
昼食後に食器を洗っていると、いつもの配達屋が外から声を掛けてきた。
私は急いで手を拭いて、勝手口の方へと走っていく。
「ご苦労様!
……わぁ、大きいですねぇ」
幅と高さと奥行きが、それぞれ1メートルくらいの木箱が2つ。
一体、何が入っているんだろう。
「あと、5箱あるからな?」
「え……?」
私が絶句しているところに、子供を寝かしつけに行っていた同僚が戻ってきた。
「あ、荷物が来たようだね」
「はい、そのようで……。
中身が何か、聞いています?」
「ええ。
援助してくださっているオズワルド様が、懇意の錬金工房で作らせたものらしいわ」
「錬金工房……?
そういうお店って、高いんじゃないですか?」
……ごく身近なもので言えば、回復剤とか風邪薬とか。
私たちはそんなものを使わず、安価な薬草で何とかするから……どうにも割高なイメージが付き纏ってしまう。
「あはは。高いとしても、私たちが払うわけじゃないからね。
でも、オズワルド様にはお給金を上げてもらったし……、文句を言うところでは無いわよ?」
……う、確かにその通りかもしれない。
今まで不払い気味だったお給金も、最近まとめて払ってもらったし……。
あとは、今後のお給金も上げてもらえることになったし……。
それ以外にも、老朽化したこの建物の修繕も始まったし、強そうな警備員も雇ってもらった。
オズワルド様はこの孤児院の出身らしいけど、それにしても随分とお金を掛けてくれている……。
……文句を言うところは、今のところ全然ない。
ここは素直に、全てに対して感謝をしておくことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「セイディおねーちゃん!」
夕食の準備をしていると、ここで暮らしている子供の一人……トムが、慌てて私に声を掛けてきた。
「ん? どうしたの?
ちょっと今、火を使ってるんだけど」
「裏庭にね、あやしーおじさんがいたよ!」
……怪しいおじさん。
最近、この辺りを歩き回っている不審者だろうか……。
「えぇっと、警備員のおじちゃんは?」
「あやしーおじさんを追いかけてった!」
「あれ? それじゃ、裏庭にはもういないの?」
「ううん、別のおじさんがいるの!」
……え?
今までは、不審者は1人だと思い込んでいたけど……2人いたの?
私はトムに案内をしてもらって、トイレの近くにある窓から、恐る恐る外を確認してみた。
すると――
……見知らぬ中年の男性と、まっすぐに目が合った。
「ひっ……!?」
私は咄嗟にしゃがみ、物陰に隠れる。
トムの話によれば、新しく雇った警備員は、今ここにはいない。
他の職員も姿が見えず、どこにいるかは分からない。
……とりあえず、私はどうすれば良い……?
武器……は、すぐ側に粗末な剣や杖ならある。
しかし私には、扱う自信なんてまるでない。
もっと手に馴染んだ、クワや斧なら――
……いや、それだって武器として使い慣れているわけではない。
それならやっぱり、誰かを探しに――
――ドシンッ!!
「きゃっ!?」
突然の鈍い音に、私は驚いてしまった。
頭上の窓を見上げると、不審者の頭が一部見える。
私は今、不審者と、薄い壁を隔てた場所にいる――
……もはや何も考えられず、私はトムの手を引いて、奥の部屋へと逃げ出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ひっひっひっ。
悪戯させてもらうよぉ~? 恨むなら、オズワルドを恨むんだな~?」
思わず逃げた先は、今は倉庫として使っている広い部屋だった。
しかし広いとは言っても、3秒もあれば簡単に捕まってしまう広さ……。
――……恐怖で声が出ない。
せめて逆側に逃げていれば、もっと隠れる場所があったというのに……。
トムだって、前の院長のせいで大声を出すことが出来ない。
折角これから、みんなと明るく暮らしていけると思ったのに。
前の院長がいなくなってくれた途端、まさかこんな目に遭うだなんて……。
……世の中は上手くいかないものだ。
私は怯えながらも、どこか諦めてしまっていた。
でも、やっぱり悔しい――
「せ、せせせ、セイディおねーちゃんを……、いじめるなッ!」
「トム!?」
突然、トムが大きな声を出した。
足を震わせて、腕を振るわせて、身体を震わせて……でも、私を庇うように立っていて。
「ほう……?
ガキんちょが一丁前に、言ってくれるじゃねぇか……」
不審者は、さらに気持ち悪い笑みを浮かべた。
――ダメだ。
ここで諦めるなんて、私は何を考えていたんだ。
子供のトムだって、大人の私を守ろうとしてくれているのに――
……私は震える脚を叩きながら、何とか立ち上がろうとした。
その姿を見て、不審者はさらににやける。
「おうおう、健気だねぇ。
よし、気に入った。今日だけは可愛がってやるぞ!」
……気持ち悪い。
反吐が出る。
男がゆっくりと、歩みを進めてくる。
「く、来るな! 来るなよーっ!!」
「……ちっ、うるせぇな」
不審者はトムを睨んだ。
そして右腕を振りかぶって――
「だ、だめっ!!」
私は思わず、脇にあったロープを掴んだ。
……これは今日、錬金工房から納品されてきた、たくさんの荷物の中のひとつだ。
でも、これを……どうすれば良い?
ロープは基本的に、ものを縛ったり、繋いだりするためのもの。
だから勢いよくぶつけたとしても、そこまで痛いわけでもない。
「はっはっはっ!
そんなロープで、何をしようってんだ!?」
――いや、使い方なんてどうでもいい。
このロープで注意を逸らして、せめてトムのことは守らないと……!!
私はロープを、不審者に目掛けて思い切り投げ付けた。
そしてその隙に――
「うおっ!?
うおおぉ――――っ!!?」
「……え?」
宙を舞ったロープは突然うにょうにょと動き始めて、不審者の胴を腕ごと縛り上げた。
私もトムも、不審者も。全員が驚きを隠せなかった。
「なんだ、こりゃぁっ!?」
不審者は体勢を崩して倒れ、床をごろごろと転げまわる。
そうこうしている内に、ロープは両脚を縛り、頭に絡みつき、よく分からない形で不審者を拘束していく。
……ちょっと、気持ち悪い。
ただのロープのはずなんだけど……もはや、触手にしか見えない……。
「お、おい!
このロープ、解きやがれ……!!」
男の怒鳴り声が響く。
しかしその声で逆に冷静になり、私は不審者を思い切り睨みつけた。
「だ! ま!! れ!!!!」
「ぐぇっ!?」
私は横にあった木箱を持ち上げ、倒れた不審者の頭に叩き下ろした。
気絶……はしなかったが、かなり痛そうに、身体をぐねぐねとよじらせている。
「お、おねーちゃん! つえぇーっ!!」
「そうよ、私は強いの!
……ううん、トムも強かったよ!」
「そ、そう?
へ、へへへ……」
泣きながら照れるトムを、私はいつの間にか抱きしめていた。
――……怖かった。
でも、何だかよく分からないロープのおかげで助かった……。
……このロープ、一体何だったんだろう……?
私の疑問は、深まるばかりだった。




